臨床心理検査の現在(10)内田クレペリン検査①これまでの歴史と特徴|種市康太郎

種市康太郎(桜美林大学)
シンリンラボ 第14号(2024年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.14 (2024, May)

1.内田クレペリン検査とは

1)概要

内田クレペリン検査は,日本で最も長く使われてきた心理検査の一つである(外岡ら, 1975)。100年近くにわたって企業・組織の採用・配置,安全管理,学校での教育効果の測定,進路指導などに幅広く使われ続け,現在でも年間70万人以上がこの検査を受検している。現在は日本だけではなく海外,特にアジア圏において使用されるようになっている。

内田クレペリン検査を取り上げる連載第1回では,内田クレペリン検査の歴史と特徴について説明する。

2)検査方法

内田クレペリン検査は心理検査の中でも作業検査法に分類される。受検者にとなりあう数字の計算をさせ,その下一桁の値を記入させる。1分ごとに行を変えながら前半15分,休憩5分,後半15分,つまり,休憩を挟んで合計30分間実施する。

各行において計算が終わった右側の印刷数字を結びつけると,1分ごとの作業量の推移を折れ線グラフのような形で示すことができる。これを作業曲線という(図1)。

得られた作業曲線は,健常者を中心としたデータの平均的な曲線を元に作成された「定型曲線」と比較されることで,その曲線の特徴を評価される。また,1分間の作業量を前半・後半で計算することによって,受検者の作業量の水準も評価される。

図1 内田クレペリン検査の作業曲線(日本・精神技術研究所から許可を得て転載)

2.内田クレペリン検査の歴史

1)E・クレペリンの精神作業に関する実験心理学的研究

ドイツのE・クレペリン(Emil Kraepelin)は早発性痴呆(現在の統合失調症)と躁うつ病(双極性障害)を分類するなど,近代精神医学体系を確立した著名な精神医学者である。内田クレペリン検査の歴史について記した山田ら(1990)によれば,クレペリンはさまざまな精神作業に関する研究を行っていたことがわかっている。数字暗記,文字かぞえ,綴り暗記などいくつかの方法があったが,中でも連続加算は中心的な課題であった。

クレペリンは例えば,30分の休憩を挟んだ前後半各30分の加算作業において,「練習」「疲労」「慣れ」「興奮」「意志緊張」という5つの因子がどの程度の割合で含まれるかを推定している。初期の研究では,少数の事例に基づいて,このように人間の精神作業における複数の因子が何らかの法則性をもって検査結果に現れることを考察していた。

2)日本における連続加算に関する研究の始まり

クレペリンならびにクレペリン学派の連続加算に関する研究について,日本でも何人かの精神医学者と心理学者が追実験を行った。その中の一人が,東京帝国大学(現在の東京大学)文学部心理学科を卒業し,日本で最初の精神病院である東京の松沢病院心理学室に勤務した内田勇三郎であった。

山田ら(1990)によれば,内田は松沢病院において精神病者の精神検査法を作成する仕事に従事する中で,クレペリンの連続加算法が精神検査として誠に面白いものだと興味を持ち,その検査を病院の患者を対象に実施した。クレペリンの研究結果と比較する中で,長時間の作業における作業曲線に特徴があることに気づき,最初は15分間,次に,5分間の休憩を挟んで追加で10分間,合計25分間の作業が適当であると考えた。それを「早発性痴呆」(現在の統合失調症)等の患者に行わせると,特有な作業曲線が生じることを発見した。そのような気づきの中で,これを常人に行わせても,決まった型が出現するのではないかという見通しを持った。

なお,その当時の加算作業は現在のように横に数字が並んでいるのではなく,縦に数字が並んでいて2つの数字を横ではなく縦に加算する方法だった。また,1分ごとに計算が終わった数字の下に線を引かせて作業量を確認する方法を取っていた。

3)平均作業曲線と「定型」の発見

内田はその後,松沢病院を退職し,旧制高校で心理学を教えることになった。その時に,学生に25分法を実施した。得られた学生のデータを2つに分けて比較したところ,その曲線が酷似していることに気づいた。つまり,ある一定程度の集団のデータが特徴のある平均的な作業曲線を描くことが明らかとなった。

また,そのような一般的な集団での作業曲線が,松沢病院の病者の示す結果とは大きく異なることにも気づいた。そのような結果から,前者を「健康者常態定型」(略して定型),後者を「異常型」(後の非定形)と呼んだ。その後,内田は東京に戻り,現在の統合失調症,不安症,知的障害などの疾病や障害,交通事故者,少年院の非行少年などさまざまな特徴のある集団の結果を定型曲線と比較し,その特徴の違いを明らかにしている。

ここまでの研究では前半15分,後半10分の25分法が用いられていた。これが,現在の30分法になったのは1950年頃とされている。休憩後の作業を5分延ばすことによって,その5分間に定型・非定型の特徴がより明確に現れることがわかり,改定している。

その後,内田以外の多くの研究者も内田クレペリン検査に関わるようになり,内田クレペリン検査はさらに研究が進み,産業・教育・医療など幅広い領域で使用されるようになった。

3.内田クレペリン検査の特徴

1)作業量と作業曲線の評価

内田クレペリン検査は,前半・後半の平均作業量をまず評価対象とする。作業量は,Ⓐ,A,B,C,Dの5段階で評価する(表1,外岡ら,1975から引用)。これら5段階の作業量の段階を量級段階と呼ぶ。外岡ら(1975)によれば,作業量は知能,仕事の処理能力,積極性,活動テンポ,意欲,すばやく反応する能力と関連すると評価される。

表1 量級段階とその評価内容(外岡ら,1975)

量級段階前期作業量後期作業量ものごとの処理能力や速度(テンポ)などの傾向
55以上65以上水準が高い
A40~5545~65不足はない
B25~4030~45いくらか不足
C10~2515~30かなり不足
D10以下15以下はなはだしく不足

作業曲線や誤答は性格・行動面の特徴を見るために用いられる。前述した定型曲線は,以下のような特徴を持つ。

①前期の骨組み(全体的傾向)がU字型(もしくはV字型)を示す。
②後期の骨組みが右下がり(だんだんと減少)を示す。
③前期より後期に作業量が増加し,後期1分目が最高位を示す。
④曲線に適度な動揺がある。
⑤誤答がほとんどない。
⑥作業量が低くない。

これらの特徴は,心的活動の調和・均衡が良く保たれていて,性格・行動ぶりの面で問題が無い人々に見られるものと考えられている。休憩後の作業量が増加するのは,運動を休止する効果(レミニッセンス)が現れていることを意味する。また,前半の練習効果があるので,一般的には後半の作業量は増加すると考えられる。

一方,定型とは異なる特徴が現れている非定型曲線には,以下のものがある。

①誤答が多発する。
②大きい落ち込みや突出がある。
③激しい動揺がある。または動揺が欠如している。
④後期作業量の下落がある。
⑤後期初頭の出不足がある。
⑥作業量の著しい不足がある。

このように作業量と定型・非定型の度合いを評価することにより,24の曲線類型が作られ,被検者の作業曲線の特徴を明らかにできる。

また,作業曲線の特徴から作業時の「発動性(取りかかり)」「可変性(気分や行動の変化)」「亢進性(強さや勢い)」を評価することもできる。「発動性」は初頭部の作業量から評価し,ものごとへの取りかかりを表す。「可変性」は作業量の動揺から評価し,気分や行動の変化の大小を表す。「亢進性」は終末部の作業量から評価し,ものごとを進めていく上での強さや勢いの強弱を表す。

これら3つの特徴から,受検者の性格傾向を読み取ることができる。例えば,「発動性」が過度な場合は素直で気軽な長所を持つ一方,軽はずみだという短所も持つと評価される。

2)使用時の特徴

内田クレペリン検査は,企業・組織の採用時の適性検査として用いられることが最も多い。この場合には,作業量が一定程度以上であり,曲線が定型に近いものを評価することになるが,さらに,作業曲線の特徴は受検者の適性や,職場適応の予測を行うために用いられている。

内田クレペリン検査は作業検査であるため,被検者の作為的意図が入りにくいことが特徴である。大きな書店やネット書店には内田クレペリン検査の攻略本が並んでいるが,実際の検査場面で操作的に作業曲線を再現することは困難である。したがって,性格や適性に関する自己評価よりも客観的に評価できる側面がある。

3)臨床場面での使用時の特徴

臨床場面での使用方法としては,まず,職場における心理支援など,産業場面での活用が考えられる。職業適応上の問題が生じた場合に,どのような能力上,性格上の問題が関与しているのかを推測するのに役に立つ。また,高校や大学卒業後に就職する生徒や学生に対しても,これからの社会適応上のアドバイスを行うことが可能である。

もう一つの使用方法は医療などでの職場復帰支援の場面が考えられる。近年では,休職した労働者に対して,職場復帰支援の効果が一定程度認められるかを測定する一つの指標として用いられる。

内田クレペリン検査は結果が目に見えてわかりやすいので,本人だけでなく関係者にもわかりやすい。例えば,内田クレペリン検査を職場復帰時に実施し,休職当初と比較することで,どの程度の回復が見られているかを比較することができる。この時に結果が具体的であるので理解してもらいやすく,人事や上司に対しても説得力のある説明ができるのが特徴である。

検査結果のフィードバックの仕方は場面によって異なる。職業適応上の問題が生じている労働者に対して実施した場合には,まず,本人の能力の高い部分や優れている点から説明していくことで受け入れてもらいやすい。その上で特徴的な箇所や不足している箇所を指摘し,その結果が具体的には職場でのどのような態度や行動として現れやすいかを説明すると納得してもらいやすい。

職場復帰支援の場面で使用する時には,まず,作業量の回復がわかりやすい目安になる。さらに後期初頭部分の手不足など,部分的な特徴の違いを説明しても良い。休職者の話を聞き取る中で,検査結果から推測される職場復帰時の課題を指摘し,復帰前になるべくその点を意識してもらうことも有効な使用方法となる。

内田クレペリン検査から見られる特徴や課題を本人に伝えた際の反応も重要である。職場復帰後に安定した就労継続ができる事例においては,職場復帰時に内省や振り返りが十分に行えて,他者からの指摘も素直に受け入れられる場合が多い。一方,検査結果の都合の悪い点について直視できない場合や,十分な振り返りが行えない時には,休職時の課題が未消化で,職場復帰後にも不安定な状態になる可能性がある。つまり,内田クレペリン検査の説明に対する本人の反応を見ることで,休職者自身の病気や性格に関する自己理解の度合いをアセスメントできる。

以上,今回は内田クレペリン検査の歴史とその特徴の概説を行った。次回は,内田クレペリン検査に関する近年の研究の動向について説明する。

文 献
  • 外岡豊彦・日本・精神技術研究所(1975)内田クレペリン精神検査・基礎テキスト[増補改訂版第2刷].日本・精神技術研究所.
  • 山田耕嗣・内田純平・瀧本孝雄・臼井博昭(1990)内田クレペリン精神検査データブック.日本・精神技術研究所.

種市康太郎(たねいち・こうたろう)
桜美林大学 リベラルアーツ学群長 教授
資格:公認心理師,臨床心理士,精神保健福祉士,キャリアコンサルタント
主な著書は,『産業心理職のコンピテンシー』(種市康太郎・小林由佳・高原龍二・島津美由紀編,川島書店,2023),『人事のためのジョブ・クラフティング入門』(川上真史・種市康太郎・齋藤亮三著, 弘文堂,2021),『産業保健スタッフのためのセルフケア支援マニュアル』(島津明人・種市康太郎編,誠信書房,2016)

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