私の本棚(9)『心理面接のノウハウ』(氏原 寛・東山紘久・岡田康伸編)|平安良次

平安良次(医療法人へいあん 平安病院)
シンリンラボ 第9号(2023年12月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.9 (2023, Dec.)

この本の初版は1993年4月30日である。私の手もとにあるこの本は1997年2月10日第3刷発行となっている。なので,私は1997年2月10日以降に購入したことになる。その当時の私は,この本を,どこで知り,どのような目的で,どこの書店で購入したかの記憶がない。おそらく学会会場の書籍販売コーナーで見かけ,手にとって購入したと思われる。私の住んでいる地域には,こういう類の専門書を購入する書店はその当時はなかった。なので,「おそらく」と思ったのはそういう理由もある。

さて,この本のタイトルである。『心理面接のノウハウ』(氏原 寛・東山紘久・岡田康伸編,誠信書房,1993)。刷年から考えると,私が初学者の頃に購入したと推測される。その当時の私がこの本を購入した理由として,タイトルから「カウンセリングのハウトゥ」を安直に求めたのか? 著名な執筆陣のネームバリューに惹かれて購入したのか? その当時の記憶がないので定かではないが,おそらく,前者だと思われる。「カウンセリングのハウトゥ」を求める,そこまで浅はかではなくても,ある種の「型」のようなものを初学者の私は欲していたのかもしれない。

この本のまえがきには「カウンセリングには,同時に客観的な技法があって,ある程度そのコツを身につければ,誰しもがそこそこのレベルまでならばクライアントのお役に立つことができる」とある。また,編者の氏原は第1章の「心理面接にノウハウはあるのか」の冒頭で「ノウハウとは,まあコツのようなものである。これは何事であれ,何らかの技能を手軽に身につける方法を指している。はたして心理面接が,そのように簡単に習得できるものかどうか。(中略)しかし,現在,いろんな場面で心理面接の技術が教えられているのも確かである。筆者の独断的な感じからすると,ノウハウとは,おそらくあまり理論にこだわることなく,一種の体感で,よくいわれる“体で覚える”こと」と述べている。確かに技術にはコツというものがある。氏原が述べているように,それは「体で覚えるもの」かもしれない。

あるベテラン看護師との話を思い出した。「点滴の針を刺すのはコツがある」と。「それは,若い時に何度もいろんな患者さんの血管を刺して体で覚えたものだ」。もちろん,そのベテラン看護師も学生時代,教科書で「理論的知識」を得,先輩看護師から,「血管の走行の見方」「針を刺す角度・深さ」「(血管に)逃げられない刺し方」などなど,コツを伝授してもらって,その上で,老若男女のあらゆる「血管」を刺し,習得した技術である。心理療法も,本書に散りばめられている「ノウハウ(コツ)」や先人からの教えをさまざまなクライアントと体験し,自分の技術(コトバ)として取り入れていくものと思われる。

本書は初版から30年以上の月日が流れている。30年前に比べクライアントを取り巻く生活環境,社会的状況,家族の価値観も時代とともに変化をしている。心理臨床を取り巻く社会的な要請,制度も変化をしている。精神科臨床の中で私が出会うクライアントは統合失調症,高次脳機能障害,うつ病(リワーク),(小児の)発達障がいと広がりを持って変化してきている。しかし,人が人としてそこに居ること,家族や他人との間での喜び,葛藤,悩みの本質は30年前と変わっていない。本書における各執筆者のメッセージは,「今の時代でも」というか「今の時代だからこそ」価値があるメッセージ「コツ」が散りばめられている。

今回の執筆依頼を受けて,本書を再度,読み返してみると,マーカーであちこち線が引かれている。あの頃の私の心理臨床に対する情熱を感じさせられた。今も情熱は失っているとは思いたくないが……。しかし,ある面,今よりもがむしゃらだったと思う。その中でも「非行面接のノウハウ」の章が,マーカーの線が一番多かった。私は,精神科臨床にいるので,当時は精神疾患を患っているクライアントが臨床の中心であった。その中でも時々,非行少年が来院し面接を受け持つことがあった。通常の精神科臨床では出会うことが少ないゆえに何かしら,この章からヒントを得ようとしていたのかもしれない。その後,スクールカウンセラーをさせていただく機会を持った時には,「非行面接のノウハウ」は大変に役立った。この章の中で,非行少年がカウンセラーに語った「自分の話を一所懸命聞いてくれる人が身近にいることほど,幸せなことはない」という言葉があり,非行少年との面接の場合は,とにかく「一所懸命聞こう」と襟を正したものだ。また,非行少年との面接では,その親とも面接をすることも多い。その時,第6章の親面接のノウハウの章の言葉「わが子を悪く育てようと思う親はいない」が思い出された。親面接をする時,親は,自分の子育ての不安や葛藤,時には悔いなどを語ることがが多い。その時も「わが子を悪く育てようと思う親はいない」という言葉を胸に刻みながら,親の話をお聴きしている。

現在,私は療育の現場にも関わっている。その中で発達障がいのお子さんをお持ちのお母さんたちとも接する機会が多い。そういうお母さんたちから子育ての相談を受けることもある。特性に合わせて環境を整え,本人の要求に応えることに対して「この子を甘やかすことにならないだろうか?」という問いかけをよく受ける。そういう時には,「本人が求めていることをかなえてやることは,甘やかしにはならない。お母さんの意図や気持ちを通すために,本人の希望を入れると,これは甘やかしになる」という本書の第8章「集団面接のノウハウ」の一文が思い出される。

このように,本書で述べられている「心理面接のノウハウ」は,私のさまざまな臨床場面で参考にさせてもらった。最後の章で著者の一人,岡田康伸がこのように述べている。「二十年ほど前の臨床心理士の訓練の環境と今の人たちの環境を比べるとき,今もまだまだ不十分ではあるが,今は昔より充実してきている。そこで,育ってきている若い人たちは,昔の人に比べ,その技能や力がついてきている。もう一歩というところに肉薄しているといえる。しかし,この残りのあと一歩がなかなか越えられない。このあと一歩が体験の重みであろう」

この本が出た頃から30年経った。私は決して若くはないが,先人に追いつくために,あと一歩(もしくはあと二歩,三歩)のために体験を重ねていきたい。

文  献
  • 氏原 寛・東山紘久・岡田康伸編(1993)心理面接のノウハウ.誠信書房.

+ 記事

プロフィール
名前:平安 良次(ひらやす・りょうじ)
所属:医療法人へいあん 平安病院
発達相談クリニックそえ〜る
資格:公認心理師,臨床心理士,精神保健福祉士
専門:コーヒー栽培

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