私の本棚(5)『個人療法と家族療法をつなぐ─関係系志向の実践的統合』(中釜洋子)|田附あえか

田附あえか(大正大学)
シンリンラボ 第5号(2023年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.5 (2023, Aug.)

大学院時代にお世話になった本といえば,遊佐安一郎先生の『家族療法入門─システムズ・アプローチの理論と実際』(星和書店,1984)が真っ先に思い出される。家族療法に関心を持ったものの,教科書と呼べる基本書はほとんどなく,また大学院に家族療法を専門とする先生も(異動してしまったために)いなかったので,遊佐先生の本を読んで独学で勉強を始めた。今は,平木典子先生たちの『家族の心理 第2版─家族への理解を深めるために』(サイエンス社,2019)や,中釜洋子先生たちの『家族心理学 第2版─家族システムの発達と臨床的援助』(有斐閣,2019)といった,定番の教科書が手に入るけれども,20年以上前に家族療法が専門だと言えば,なんだか異端児のような気さえするほど,学ぶ機会は限られていた。遊佐先生の本は基本的なことを的確に教えてくれる本当にありがたい本だった。

ほとんど同時期に,児童養護施設において家族支援を行うという実践を始めた私は,児童福祉も専門となった。児童福祉領域の恩師の一人である,増沢高先生の『虐待を受けた子どもの回復と育ちを支える援助』(福村出版,2009)は,まずタイトルが好きだ。セラピーとか治療とか言うよりも,「回復と育ちを支える」という姿勢がこの領域の援助にとてもフィットする。増沢先生は,とても深刻な状況を生き延びてきた子どもたちの回復と育ちを支えるためには,日常生活をとおした支援が大切だと,謙虚かつ熱い語りでいつも伝えてくれる。

それからだいぶん年月を経て,現在の私の関心は,家族療法と児童福祉と学生相談にあるのだけれども,この一見あまり関係なさそうな3領域が1冊の本にまとまっている画期的な本がある。『心理援助のネットワークづくり─“関係系”の心理臨床』(東京大学出版会,2008)だ。家族療法の中釜洋子先生,児童福祉領域の髙田治先生,学生相談の齋藤憲司先生,という私が敬愛する3名の先生方の共著である。3つどの領域も心理面接室のみならず,人が生きている場での援助であり,人を取り巻く関係性や環境への働きかけに視野を広げた心理的支援である。何より,3名の先生共通に持たれている,伝統的アプローチを超えたラディカルともいえる思考と,人の生活に根ざした着実な実践の絶妙なバランス感覚がもつ迫力にちょっと圧倒される。執筆中の様子も漏れ聞いて知っているが,大学の先輩後輩である先生たちが本作りのためのディスカッションの時間をとても楽しみ,活き活きと進めておられたことを昨日のことのように思い出す。

で,座右の書である。……やはり恩師,中釜洋子先生の『個人療法と家族療法をつなぐ─関係系志向の実践的統合』(東京大学出版会,2010)を挙げたい。中釜先生は50代の若さで病に倒れ夭逝されたが,中心的な書籍を2冊遺しておられる。弟子界隈では赤本,青本と呼ばれており,『個人療法と家族療法を…』は表紙が赤いので赤本,もう1冊,『家族のための心理援助』(金剛出版,2008)は,背表紙が青いので青本。家族療法の基本を学んでみたいなと思われたら,まずは青本からお読みください。そして,もし現場で個人療法や個人面接をしている方が,こんなふうに思ったら,赤本をどうぞ。

個人面接をしていても,どうやら家族の問題が背景にありそうだ,と感じた時。

個人面接をしているのに,急に家族や配偶者がやってきてみんなで面接をすることになり,合同面接での対応に困った時。

学校や会社など,クライアントを囲む環境への働きかけなしには問題の改善が見込めないなと感じた時。

個人面接を中心的に行うのが常だが,家族や環境を視野に入れる実践上の必要性に迫られた方が,お手に取られることをお勧めします。理論上の統合的な視点,守秘義務や面接構造の組み方などの実践で浮かんでくる懸念・疑問点,また,実際に家族合同面接を行う時に一体何をすればいいんだろうという対応策。また,家族が面接場面に来てくれるわけではないけれども,家族を視野に入れて面接を行いたい時のセラピストの態度や視点など,役立つこと請け合いです。
赤本を読み直すと,やはり「多方面の肩入れ」と呼ばれる,多世代派家族療法特有の技法の説明は私のお気に入りだ。多方面の肩入れとは,えてして「中立性」が強調される心理療法において,クライアント本人にも,(同席している)家族メンバーにも,「味方をする」というセラピストのあり方である。いつも思い浮かぶのは,子どもの喧嘩の仲裁場面だ。口々に自分の視点からの事情を言い募っているところに,仲裁役の大人が,それぞれの事情や気持ちを一人ずつしっかりと聞き取っていく。自分の話がわかってもらえた,と感じて,ようやく,視点に余裕ができる。他の子からは事態はどう見えていたのか,他の子の気持ちはどうだったのか。他の子や大人の言葉が耳に入ってきて,和解へとつながるという場を経験したことはないだろうか。多方面の肩入れは,人間は自分の思いや事情を過不足なくわかってもらえると,他者の話を聞く余裕が生まれ,多層な視点をとることが可能になる,という,多世代派特有のある種楽天的とも言える人間への信頼に基づいている。多方面の肩入れが,技法であるとともに,臨床家の人間観を反映するといわれるゆえんである。

中釜先生の心理面接はこの多方面の肩入れのお手本である。しばらく前に遠見書房から出してもらった遺稿集『《中釜洋子選集》家族支援の一歩──システミックアプローチと統合的心理療法』(遠見書房,2021)に掲載されている,家族合同面接の逐語録を合わせてお読み下さると,より実践的な理解につながるだろう。赤本,青本とともに,ぜひ一度お手に取ってください。

文  献
  • 中釜洋子(2010)個人療法と家族療法をつなぐ─関係系志向の実践的統合.東京大学出版会.
+ 記事

田附あえか(たつき・あえか)

所属 大正大学心理社会学部臨床心理学科
資格 公認心理師・臨床心理士・家族心理士
主な著書  児童養護施設における虐待への対応とケア (共著,金剛出版,2020),《中釜洋子選集》家族支援の一歩 ─システミックアプローチと統合的心理療法 (共編,遠見書房,2020)

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