私の本棚(2)『エビデンス臨床心理学―認知行動理論の最前線』(丹野義彦)|小西宏幸

小西宏幸(大阪大谷大学)
シンリンラボ 第2号(2023年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.2 (2023, May)

1.本書の選択の経緯

わが国でもようやく心理専門職の国家資格である公認心理師の制度が開始され,試験についても受験資格の経過措置期間が終了される段階となった。

本書の出版年は2001年であり,わが国では「臨床心理士」なる協会資格が心理専門職の中心的役割を果たしていた時代に公にされたものである。出版年からすると,20年以上前の書物であるが,私にとっては自らの学びもそうだが,学生に臨床心理学を示す際の重要な地図ともいえる。臨床心理士は公認心理師という国家資格が成立した現在でも存在している資格である。受験資格に関して,公認心理師が臨床心理士と大きく異なる側面の1つに,学部での体系的な心理学のカリキュラムが必要とされることである。臨床心理士は臨床心理士プログラムの存在する大学院を修了すれば受験資格はある。換言すれば,臨床心理士は公認心理師とは異なり,学部での体系的な心理学教育は必要最低限の条件にはならない。本邦でも国家資格の名称として,臨床心理士が使用される歴史的展開になっていれば,本書のタイトルと内容は1つの標準モデルを反映したものと思われる。ちなみに,国家資格の名称が「公認心理師」となったのは,わが国では「臨床心理士」なる名称の資格がすでに存在していたからといえる。ただし,公認心理師のための「公認心理学」なる心理学領域があるかと問われると,そうではない。実践心理学および応用心理学である臨床心理学がその中核的な知識になるといえる。

2.カウンセリングとサイコセラピー(心理療法)と臨床心理学は異なる

本書だけでなく,臨床心理学に関するいくつかの概論書では,「カウンセリング」「心理療法」「臨床心理学」の3種類は,厳密には異なるものであるとの記述がある。本書でもその立場が強調されている。たとえば,日本の伝統的な臨床心理学では心理療法を理想としながらも,実際にはカウンセリングが中心的な役割を担っている実情がわかりやすく解説されている。臨床心理学の中核としては,ユング(Jung, C. G.)に代表される精神力動論やロジャース(Rogers, C. R.)のヒューマニスティックなカウンセリング論などが認識されやすい。行動療法の手法も古くから紹介されてきているが,どちらかといえば本邦の臨床心理士では多数派とはいえなかった。そのような状況下,本書は日本における臨床心理学のイメージに一石を投じたものである。

3.認知行動療法

本書のサブタイトルは「認知行動理論の最前線」である。この認知行動理論は認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy; CBT)の理論モデルを示しているといえる。認知行動療法と表記される際,行動療法と認知療法を包含する包括的な定義を示す場合と,認知療法とほぼ同義語とする,より狭義な定義を示す場合がある。本書は後者の定義を中心に論が展開されており,ベック(Beck, A. T.)の認知療法を基軸として多様な認知行動的理論が紹介されている。抑うつと不安障害,精神分裂病(今でいう統合失調症)と,精神医学の領域で主たる3つの臨床群ごとに非薬物療法といえる心理学的介入法の重要性を認知的アプローチの文脈から記述されている。

なお,一般的に,精神療法(心理療法)の1つである認知療法の「認知」と実験心理学ないし情報処理心理学とも関連の深い認知心理学における「認知」は,同じ認知の表記であっても,これら2つの内容は同じではないとされる。これに対して,「両者を明確に区別できるのか?」のような主張が展開される場合もある。認知療法の創始者であるベックがもともと精神分析の訓練を受けており,心理学のプロパーではなかったことも1つの要因といえる。本書は「認知」を精神療法(心理療法)の文脈から定義した内容と,情報処理心理学の文脈での「認知」との架け橋を行っている構成ともいえる。

4.実証的な心理学は実践的な現場では役に立たないのか?

「知覚・認知心理学」は公認心理師の受験資格に必要な科目の1つであるが,このような心理学の基礎分野として学習する内容は,時として,「心理専門職の現場では不要である」とか「役に立たない」と主張されることがある。しかし,これらの見解は妥当ではないと記述しておきたい。むしろ,役に立たないというよりは活用の仕方に関して十分に周知されていないと表現することが適切かもしれない。

私自身が学生時代に,「心理学と臨床心理学は異なる」と一部の臨床心理士の大御所が強調されていた場面が認められた。現在,臨床心理士の受験資格が整備されているほとんどの大学院には公認心理師カリキュラムが存在しているといえる。ただし,公認心理師のみのカリキュラムを有する大学院(つまり,臨床心理士のカリキュラムを放棄した大学院)も次第に認められるようになってきた。現在では認知行動療法に詳しい専門家が存在しない大学院は数少ないといえる。本書には,そのような時代背景を先取りした内容が提示されたように思える。
また,本書では心理専門職にとっての実証的な心理学研究の大切さ,有名な先行研究と異なる研究知見が示されれば,それを真摯に受け止め,心理学的支援法にも反映すべきと読者に問いかけているようである。たとえば,ベックによる抑うつの理論は,「認知の歪み」が中核的な特徴といえるが,リアリーの「抑うつリアリズム」は,抑うつ傾向が認められる者が,より現実的な認知ができている。極端にいえば,うつ病に罹患していない非患者が現実を「より楽観的に歪んで認知している」と表現することもできる。このような研究知見は日々の臨床に大きく応用できるものである。

さらに,本書では自動思考と侵入思考の対比は概念の差異を提示するだけでなく,どのような介入法が基本となるかの記述もあり,「良き理論は実効的な実践に通じる」のコンセプトが随所に認められる。
そして,心理学的支援法のマニュアル化については賛否両論が認められてきたが,本書では認知療法はマニュアル化によって,追試であったり,理論の再構成などが学術的に実証的に行えたりするなどの観点から推奨されている。認知行動療法に限らずエビデンスが認められる心理療法の体系は,マニュアル化に関して肯定的な立場が多いといえる。逆にいえば,具体的な方法論および手順が示されているマニュアルが存在しない体系は,普及や教育の観点で学術的なニュアンスよりも芸術的あるいは宗教的な修行に類似していくものと思われる。
これらの多様な観点から,本書はこれから臨床心理学を学ぼうとしている方々や心理専門職を目指す方々に一読を勧めたい。

文  献
  • 丹野義彦(2001)エビデンス臨床心理学―認知行動理論の最前線.日本評論社.
+ 記事

小西宏幸(こにし・ひろゆき)
【所属】
大阪大谷大学 人間社会学部 人間社会学科教授
【資格】
公認心理師・臨床心理士・博士(社会学)
【著書】
「ロールシャッハ法の最前線」(共著,岩崎学術出版社,2021)

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