【追悼 村瀬嘉代子先生】『子どもと大人の心の架け橋』を読む:アンソロジー|岡村達也

岡村達也(文教大学名誉教授)
シンリンラボ 第29号(2025年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.29 (2025, Aug.)

はじめに

1.村瀬嘉代子さん(1935-2025)を最初に読んだのは,修士課程1年のとき,次の事例研究だった(と思う)。

村瀬 嘉代子(1980)子育ての喜びに気付くまで——自閉症児をもつある母親との面接経過——.In:河合 隼雄・佐治 守夫・成瀬 悟策編:臨床心理ケース研究3.誠信書房,pp.67-81

第1論集『子どもと大人の心の架け橋』に収められている。本稿における同書からの引用は初版による。

村瀬 嘉代子(1995)子どもと大人の心の架け橋—心理療法の原則と過程——.金剛出版.[新訂増補 2009]

2.ほどなく初めてその名を成書の背表紙に見ることになる(ベッテルハイム(1903-1990)の訳書『愛はすべてではない』(村瀬孝雄・村瀬嘉代子訳,誠信書房,1968年)は措く)。 

瓜生 武・松本 泰儀・村瀬 嘉代子・屋久 孝夫・渡辺 進(1980)学校内暴力・家庭内暴力(有斐閣新書).有斐閣.

当時社会問題化されていた「校内暴力」「家庭内暴力」をメインタイトルとする成書としては,本邦出版順が,前者は2番目,後者は5番目の早期のもので,「2章 家庭内暴力」を執筆されていた。第3論集『子どもと家族への援助』(金剛出版,1997年)に「家庭内暴力の構造とその対応」というタイトルで収められている。

3.決定的にその名が心に刻まれたのは,修士課程2年のとき,次の論文だった。

村瀬 嘉代子(1981)子どもの精神療法における治療的な展開——目標と終結——.In:白橋 宏一郎・小倉 清編:児童精神科臨床2 治療関係の成立と展開.星和書店,pp.19-56.

村瀬嘉代子さんのマスターピースだと思う。『子どもと大人の心の架け橋』に同じタイトルで収められている。

中井久夫さん

1.『子どもと大人の心の架け橋』に収められている最古の論文は『季刊精神療法』の特集「思春期の症例I」所収の事例研究で,これには『季刊精神療法』の特集「精神療法の比較研究」に,中井久夫さん(1934-2022)のコメントと村瀬嘉代子さんのリプライがある。すべて『子どもと大人の心の架け橋』に収められている。

村瀬 嘉代子(1978)さまざまな身体症状を訴えた一少女のメタモルフォーゼ——わが内なる「雪女」に気づくまで——.季刊精神療法,4巻3号.
中井 久夫(1981)村瀬嘉代子氏の症例を読んで.季刊精神療法,7巻4号.
村瀬 嘉代子(1981)中井論文を読んで.季刊精神療法,7巻4号.

中井久夫さんは村瀬嘉代子さんを「私の尊敬する少数の治療者の一人」(p.128)と言い,そして言う。

村瀬嘉代子さんは,『治療関係の成立と展開』(星和書店,1981)の中に,その治療原則を具体的に要約しておられる。これは現在のわが国において現実的に実践可能な児童の精神療法の骨子を尽くしているように思われる(p.128)。

「現在のわが国において」は,今なお「現在のわが国において」だと思う。

2.中井久夫さんには『子どもと大人の心の架け橋』の書評もある。一部抜粋する。

中井 久夫(1996)ほんとの対話 村瀬嘉代子著『子どもと大人の心の架け橋』.こころの科学,66号.
中井 久夫(1996)精神科医がものを書くときII.広英社,pp.366-368.
中井 久夫(2013)中井久夫コレクション 私の「本の世界」(ちくま学芸文庫)筑摩書房,pp.178-181.
ただ,少数の人間だけが幼い時の夕焼けの長さを,少年少女の,毎日が新しい断面を見せて訪れた息つく暇のない日々を記憶に留めたまま大人になる。村瀬嘉代子さんは間違いなくそういう人であって,そういう人として「子どもと大人の架け橋」を心がけておられるのだ。より正確には,運命的に「架け橋」そのものたらざるを得ない刻印を帯びた人である。

あるいは村瀬さんは私にも同じ刻印を認めておられるのかもしれない。その当否はともかく,何年に一度かお会いするだけであるのに,私も村瀬さんに独特の近しさを感じている。それは,精神療法の道における同行の士であると同時に,朝礼で整列している時に,隣りにいるまぶしいばかりの少女に少年が覚えるような羞恥と憧憬と,近しさと距離との同時感覚である。この本の中に村瀬さんの症例への私のコメントが1つ掲載されているが,それを書いた時の感覚がそのようなものであったことを昨日のように思い出す。

[中略]学寮の若き日々を共にしたモートン・ブラウンが神谷美恵子さん[1914-1979]の追悼に捧げた言葉を借りれば[中井久夫訳「美恵子さんの思い出」 神谷美恵子『うつわの歌 新版』(みすず書房,2014年)所収],村瀬さんは「行為」である。そして行為の軌跡として村瀬さんの著書はある。それは1つの「山脈」であって,年齢とともに山容は深みを帯びるのであるが,妻となり母となった経験を重ねつつも,その中で「むいたばかりの果物のような少女」も決して磨耗していない。村瀬さんが患者を前にして覚えるおそれとつつしみとはその証しであり,それを伝えることがこの本に著者が託した大切なメッセージではなかろうかと私は思う。[強調は岡村]

どんな治療者なのだろう?

『子どもと大人の心の架け橋』の中で2番目に古い論文は,『季刊精神療法』の特集「患者の側からみた精神療法」への寄稿である。

村瀬 嘉代子(1979)子どもからみた治療者——それは万華鏡のよう——.季刊精神療法,5巻3号.

クライアントさんの言葉から抜粋する。

1.症例3 C子:13歳,私立中2年女子

[初 回]:「楽しかった,でもまた会うのは危険な感じ」。「一目おく」(p.42)。

[第I期]:「やい子ども,変人!」。「ヤイ,この矛盾」(p.43)。

[第II期]:「暖かい人なのにひんやり冷たい風吹いてきて,ふわっとしてるみたいで硬質でエジプトの王妃像に似ている」(p.44)。

[第IV期]:「奥さんでお母さんで,弱くて疲れやすいみたいなのに,案外タフで敏捷で,落ち着いてるかと思うとオッチョコチョイで,そんな矛盾したとこが一杯あるようで,それらが自然のバランスとってて」(p.45),「今こうしてみると,先生はごく普通のいい人です,それ以上でもそれ以下でもない……」(p.46)。

2.9歳より不登校,非行を5年間続け,さまざまな遍歴を重ねてようやく父子和解し,元気に働き出した15歳のある少年の述懐

大人なんて絶対信じられない,自分が変わってなるものかと堅く誓っていろいろ抵抗してきたのに,村瀬さんの中の子どもがひょいと飛び出してきて,俺の中の子どもがふっとつかまっちまった。こんなはずじゃないと思いながら,一方,俺の中に今までと違う俺自身の考えや感じが湧いてきた(p.49)。

3.別の論文からもう1つ抜粋する。『子どもと大人の心の架け橋』の第2論文からである。

村瀬 嘉代子(1988)病む子どもの心に出会う.神奈川県立子ども医療センター医学誌,17巻4号.
20年も前のこと私は急病で入院しました。当時,面接していた統合失調症の少女が突然,病室を訪ねて来ました。[中略]「先生は自分がうまく話せなくても,よく気持がわかる人なので変わっていると思っていた。冷静なようで暖かくて,ひどく矛盾している人だと思っていた。こんなに矛盾している人はきっと病気になるなら統合失調症だ。[中略]今回入院と聞き,再発だと考えこの病院で真っすぐ精神科病棟へ行ったら,こちらを教えられた。がっかりした」(pp.7-8)。[一語の表記を変更した。]

いずれも治療関係・治療過程の中での発言や述懐だが,私にとっては,“リアルな村瀬嘉代子さん”を的確に表現している。

無粋なことを記す。クライアントさんのこうした伸び伸び生き生きした発言や述懐が現出する場ないし関係が現出すること,そして双方が安全にこれらを表現しかつ安全に受け取ることができることが治療関係・治療過程における肝である。本稿の中で唯一,これは断言しておきたい。

その実践の肝は?

近藤邦夫さん(1942−,東京大学名誉教授)の最終講義が,その実践の肝を直指している(と思う)。

近藤 邦夫(2001)最終講義 思い出 近藤 邦夫(2010)学校臨床心理学への歩み——子どもたちとの出会い,教師たちとの出会い——.福村出版,pp.182-223.
これで最後のまとめにしますが,この事例は,その後の私の考え方や探究の方向を決める重要なことをある方から示唆された事例でもありました。村瀬嘉代子先生という,私が心理臨床家として育つ過程で,最も深く頭を垂れて「ありがとうございました」と感謝したい方ですが,その村瀬先生に言われたことです。

少年との遊びが終わってから6,7年後,私は,彼との遊戯療法過程をもとに,私が考える遊戯療法過程論とでも言うべきものを書いて先生のところに伺いました[近藤 邦夫(1977)遊戯療法のプロセスについて.千葉大学教育学部研究紀要,26; 1-21]。先生は,治療終了後の彼が,中学の成績も良くなく,高校も彼が願っていたところへは行けずに,しぶしぶと家業を継いだというその後のプロセスを取り上げ,「あなたの治療は,子どもの内的な変化だけを目指す治療の観点から見れば評価されるものかもしれないが,あなたはそれで満足しているの?」と問うてきました。「こんなに豊かな感性と表現力を持つ子どもが,その力を具体的に学校という社会的な場で充分に発揮し,自分の力にふさわしい進路を社会的な場で見いだしていくことに関して,あなたはどういう援助をしたのか?」と問われたのだと思います。村瀬先生ご自身は「当たり前のことを,ただ当たり前に指摘しただけ」であったと思いますが,私にとっては,胸ぐらを摑まれて,「あなたは,こういう治療だけで,子どもへの充分な支援になっていると,本当に思っているのか?」と問いただされた思いがしました。

その論文を書いた頃,そして村瀬先生にそのようなことを言われた頃,私は千葉大という教員養成大学に奉職し,教師との関係や学校教育という文脈の中で子どものことを考えようとし始めていました。「単に子どもの内面的な成長をはかるだけではなくて,子どもの内面的成長やそこで現れてきた能力が,例えば学校という社会的な場でどのように発揮され,外側の世界とどのように嚙み合って展開し,子どものポテンシャリティがどのように社会的な場でも生かされていくかという,いわばその子の生活全体を視野に入れた臨床を」という先生の指摘は,年をおうごとにじわじわと私の視野の中にしみ込んできたと言えるかもしれません。私はその後30年くらい,「学校臨床」と言われる領域でそれを自分の問題としてかかえ,つたない探究を続けてきた気がします(pp.221-222)。[強調は岡村]

その基盤は?

『子どもと大人の心の架け橋』の巻頭論文からの次の抜粋に,その基盤の一端を見る思いがする。

村瀬 嘉代子(1987)「伝える」ということ.岩波講座教育の方法,月報8.
幼い頃,病弱で幼稚園へも行けず,床に伏すことの多かった私にとって,たまたま体調のよい時に触れる外の世界は,小さいことでも,輝いて見えた。[中略]そんな頃,街角で汚れた衣服をまとった物乞いをする人をみて,私はショックをうけた。[中略]痛ましいとか,世の中にはいろいろなことがある。恐ろしいこともたくさんある。そんな想いにひとり捉われたのであった。

そんなある日の午後,台所の出口に人の気配がした。その頃住んでいた家では,御用聞きも内玄関に来ていたし,不審に思われた。そして,呼び鈴に応答して表へ出るのは子どものすることではないとわきまえていたが,裏口へ出てみるのは「取次ぎ」というお手伝いにもなるような気がして,私はそっと戸を開けてみた。小腰をかがめ,手を差しのべて乞食がいた。「待っててね。」とっさに,自分の部屋から,田舎の祖母に貰って,それが貨幣だと知りつつも使う気はまったくないまま,腕輪のように紐通しにしてあった白銅貨を幾枚か持ってきて,乞食に渡した。深々とおじぎをして,乞食は足早に去って行った。私は,一瞬,自分が大変善いことをしたのだという気分でうっとりしかけた。

「どうなさったのです?」背後の声に私は我にかえった。家の中のことは,母からたいていまかされていたお手伝いの文さんだった。私は優しい行いをしたのだという気分で次第を話した。文さんの表情がきりっとした。

「そんなことをなさってはいけません。乞食というのは,中には働けるのに怠けて物乞いをしている人もいるのです。中途はんぱな優しさはその人の働く気持を失くします。それにまだお子様です。子どもには子どもの身の程があります。たとえお金をたくさんお持ちでも,それは御自分の力で得られたお金ではありません。もとはお父様お母様のものです。誰でも皆,自分というものをわきまえなくてはなりません。」

雷にうたれたようだった。私には意味がすっとのみこめた。「自分の分際をわきまえないで中途はんぱなことをしていい気になるなんて……」恥ずかしさが身体中をかけめぐって,私は絶句して立ち尽くした。「よろしゅうございます。今日は御存知なくてされたことですから,お父様お母様にはないしょにしておきます。お話ししたこと,おわかりですね。」私が衝撃さめやらぬままにうなずくと,文さんは平素の微笑を含んだ表情に戻り,私をそっと抱き寄せた。

文さんはその頃21歳だったろうか。3歳年下の妹の春さんと2人で,家事見習いをかね,お手伝いさんとして住み込んでいた(pp.3-5)。

文さんは母の世話で,幸せな結婚をされたのに,戦災で新婚後間もなく亡くなられた。

この秋,亡母の一周忌で訪ねた実家の古びたソファに,フランス刺しゅうのクッションが2つ昔のままに置かれていた。色はあせているが,刺し方は美しい。バラの花の方を母が,百合の花の方を文さんが刺していたのを覚えている(p.6)。

「生きることの芯(の形成)」がくっきり伝わってくる思いがする。これはかなわない。

子どもらしさ

マスターピース「子どもの精神療法における治療的な展開」の「おわりに」の前にある最終節「終結の基準」は次のように終わる。

最後に,シンガー[1919-1980]はさまざまな精神療法の理論を考察して,基本仮説は一見さまざまにみえるが,精神療法の諸家が治療の結果,到達する望ましい精神的健康の特質として,「子どもらしさ(Childlikeness)」をあげている。これは,いわゆる「子どもっぽさ(Childishness)」つまり未熟を指すことばとは似て非なるもので,健康な生き生きした子どもがもっている特質,すなわち,いろいろなことに開かれた態度で注意を向ける能力,驚く能力,勇気をもって不確実さに耐える能力を指している。

「子どもの治療者には,半身が子どもと同じ次元に退行できる,子どもの心が求められる」といわれる場合の子どもの心も,まさにこの「子どもらしさ」に通じるものであろう(pp.91-92)。[強調は岡村。また一語の表記を変更した。]

「子どもの治療者」に限らぬ,「治療目標」であり,「治療者の資質」であると思う。村瀬嘉代子さんはこれを体現していたと思う。

参照されているシンガー『心理療法の鍵概念』にはご自身による書評があり,第6論集『統合的心理療法の考え方』(金剛出版,2003年,pp.198-199)に収められている。

自然にということ

「子どもの精神療法における治療的な展開」の初出書『治療関係の成立と展開』には,『子どもと大人の心の架け橋』には収められていない「討論」がある(pp.53-56)。前項に(も)関連して,村瀬嘉代子さんの一塊の発言を1つ抜粋しておく。仮に「自然にということ」というタイトルを付す。

最初子どもに会ったときの状態把握に応じて一応の見通し,方針をたてますけれど,その際当然のことですが,その子に対する病理学的理解や使う技法がこちらの関心に基づくものではなく,その子に何が必要とされているかという観点が大切かと思います。

もうひとつ自然にということに関連してですが,私の中に子どもと会うと自分がもう一回患者さんと同じ年齢にかえって,もう一度その患者さんと同じ時期を旅する気持ちがふっと自然に出てくるのです。だから10歳くらいの男の子だと,自分の半身は本当にそのくらいの気持ちになっています。

それから相手に対したとき,できるだけ心の窓がたくさん大きくあく人間でありたい。いろいろなことに対して開かれた姿勢をもっていて,いろいろなことに関心がもてる,私が一番好きなことはこれとこれだけだというふうにかたくなな態度でなく,いろいろなことに興味をもっていけるような人間であることが必要だと思います。河合隼雄先生[1928-2007]もそういう意味のことをおっしゃっていました。

また私は先ほど申しましたように,はじめはむしろ思春期の言語化のできる人を出発点としましたが,ことばのない子どもに接してみて,子どもと1回1回会うことによって今まで知らなかった世の中の現象,気づかなかった側面を一緒に探っていくという気持ちが基本になっているように思います(pp.53-54)。[強調は岡村]

シンガーの言う「子どもらしさ」を体現した姿がありありと浮かんでくる。

おわりに

1.村瀬嘉代子さんが参照しているシンガーの原典の箇所を抜粋しておく。3章「心理療法のねらいと努力目標——操作的基準と定義The Aims and Goals of Psychotherapy: Some Operational Criteria and Definitions」の中の丸々一パラグラフである。引用は訳書により,訳文は変更しないが,表記は若干変更させていただく。

Singer, E.(1970)Key concepts in psychotherapy (2nd ed.). Basic Books.
(鑪 幹八郎・一丸 藤太郎訳編(1976)心理療法の鍵概念.誠信書房.)
情動的健全さemotional well-beingを評価するために,ここで提起された基準criteriaを一語で要約してしまうことができる。つまり子どもらしさchildlikenessである。

それは,(晩年に現れてくるような)〈子どもっぽさchildishness〉ではなくて,活動性activityによって特徴づけられる子どもらしさである。そして,この子どもらしさはさまざまな形態をとって現われる。つまり,

注意を集中して溶け込むことattentive involvement,

自己の体験に開かれていることopenness to experience,

驚きを受け入れる用意があることreadiness for surprise,

不確実さに進んで耐えることwillingness to stand uncertainty,そして,

知覚し探究していく焦点を柔軟に移し変える能力capacity to shift flexibly the focus of perception and inquiry

といったものがそうである。

子どもたちが夢中になって没頭できるのを考えてもわかるように,聞くことができるto be able to listenのは,子どもらしさの特性のように思われる。と言うのは,大人は〈自分の主張を通すto make points of their own〉ことばかりに熱心なのだから。

あることに何度もぶち当たり,取り組むことができ,徹底してやれるto be able to go over something time and again, to be able to be thoroughのは,子どもらしさのなせるところであろう。子どもにこの種の行動が見られるのは明らかである。しかしこれに対して,小説の要約やニュースのダイジェストを読む場合でさえ,大人(特に神経症的な大人)は〈物事を「手早く進めて片づけてしまう」to “get on with it quickly and get it over with”〉ことに極めて熱心である。

何にでも好奇心を燃やし,いろいろ調べてみたり,ビックリするような発見をしたときに歓声を上げたりするto be inquisitive, to explore, to give a shriek of glee when a surprising discovery is madeのは子どもらしさであり,〈退屈さboredom〉は大人びた神経症的な現象であるように思える。

さらに,冒険好きto be adventurousなのも子どもらしさの1つであって,神経症者はその臆病さのために〈非活動的inactive〉である(p.69 鑪・一丸訳編,1976, p.75)。[強調は岡村]

2.村瀬嘉代子さんによるシンガーの参照を読んだとき,言い知れぬ懐かしさ,「読んだことがある!」を感じた。それと思えるものに,昨年,43年ぶりに行き当たった。

マルクス,K.(1859)A Contribution to the Critique of Political Economy. Progress Publishers.(武田 隆夫・遠藤 湘吉・大内 力・加藤俊彦訳(1956)経済学批判(岩波文庫).岩波書店.)

『経済学批判』(1859)の「序言」は“唯物史観の公式”と言われるが,「ざっと書き終えた一般的序説を,私は差し控えることにする」(p.11)とされた「経済学批判序説」(1857)が「附録1」の第3文書にある。その最終パラグラフである。引用は訳書により,訳文は変更しないが,表記は若干変更させていただく。

大人は再び子どもchildになることはできず,もしできるとすれば子どもじみるchildishくらいが落ちである。

しかし子どもの無邪気さnaiveteは彼を喜ばさないであろうか,そして自分の真実さveracityをもう一度作っていくために,もっと高い段階でみずからもう一度努力してはならないであろうか。

子どものような性質の人にはどんな年代においても,彼の本来の性格がその自然のままの真実さで甦らないだろうか?(pp.328-329)

マルクス(1818-1883)は,真実の子どもが持っている無邪気さを喜んでいるように思える。また,大人がより高い段階で子どもが持っている真実を生かす努力を愛しているように思える。「子どものような性質の人にはどんな年代においても,彼の本来の性格がその自然のままの真実さで甦らないだろうか?」マルクスの中にある無邪気さや健康な精神の美しさを見る思いがする。

以上

+ 記事

岡村達也(おかむら・たつや)
文教大学名誉教授。1985年,東京大学大学院教育学研究科教育心理学専攻第一種博士課程中退。専門は,臨床心理学・カウンセリング。
主な著書に『思春期の心理臨床』(共著,日本評論社,1995),『カウンセリングを学ぶ』(共著,東京大学出版会,1996,2版2007),『カウンセリングの条件』(日本評論社,2007),『カウンセリングのエチュード』(共著,遠見書房,2010),『臨床心理学中事典』(共編,遠見書房,2022)などがある。

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