【書評特集 My Best 2024】|岡村達也

岡村達也(文教大学)
シンリンラボ 第21号(2024年12月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.21 (2024, Dec.) 

Clinical descriptions and diagnostic requirements for ICD-11 mental, behavioural and neurodevelopmental disorders. Geneva: World Health Organization; 2024.

https://www.who.int/publications/i/item/9789240077263

第1の気づき。ICD-11の「06精神,行動,神経発達の障害」がPDFで利用可能になった。ウェブサイトでのブラウジングは煩わしかった。私には書籍体がもっとありがたい。

②桝井靖之『ヤスパース 精神医学から哲学へ—人間学的歩み』(昭和堂,2012)

③イェーガー, M. 著,木谷知一訳『基礎としての精神病理学—ヤスパースから21世紀の新しい潮流まで』(星和書店,2019)[原著2015]

④松丸啓子『ヤスパースの精神医学の哲学』(リベルタス出版,2023)

桝井靖之ヤスパース 精神医学から哲学へ—人間学的歩み

イェーガー, M. 著,木谷知一訳基礎としての精神病理学—ヤスパースから21世紀の新しい潮流まで

松丸啓子『ヤスパースの精神医学の哲学』


第2の気づき。「ヤスパース」+「精神医学/精神病理学」をタイトル/サブタイトルとする書籍がある。『精神病理学原論/総論』の附録にある「治療の課題/問題について」を読んでみた。

⑤西丸四方訳『精神病理学原論』(みすず書房,1971)[初版 1913]

⑥内村祐之・西丸四方・島崎敏樹・岡田敬蔵訳『精神病理学総論 』(全3巻)(岩波書店,1953-1956) [5版1948]

原著初版にはこんな一節がある(388頁)。

患者が神経医を訪れる時には何を得ようとするのか。それは患者独特の意味での「健康」で,幸福,快感,あらゆる種類の苦悩苦痛の軽減である。……自分の「健康」や幸福がイプセン『野鴨』のレリング博士の治療で最も促進されるような人の数は少なくない。レリング博士はその患者にこう言うのである──「私は患者に生きるためにちゃんと嘘をつけるようにしてやるのです」。また「正直病」というものを嘲ってこう言う── 「ありふれた人間から生活のための嘘を取り去ってご覧なさい,そうすればあなたは同時に幸福を奪ってしまうのです」。(書籍著者・タイトルの強調は岡村)

1人1人に1人1人の治療目標がある。レリング博士もいたく気に入った。

原著第5版(4版1946で大改訂)の「精神療法」の項は,「精神療法とは,心を通して行う手段によって,心か身体に働く治療法のすべてを言う。それには,これに対して患者が同意して協力することが全面的に必要である」(3巻417頁,強調は岡村)と書き出され,次で終わる(423頁,書籍タイトル強調は岡村)。

[シェイクスピアの]『マクベス』の中に出て来る医師は容赦のない真理を簡単に述べている。マクベスから,「侍医よ,病人はどうか」と婦人[妻]の容態を尋ねられた彼は,
医  者──ご病気はさほどでもございません,しかししばしば起こってまいります空想にお悩みなされ,そのため安静がおできになりません。
マクベス──それを追っ払え。何とかして患っている心を癒やし,深い悲しみを記憶から引き抜き,脳に書き込まれている心配を消し去り,快く物忘れを起こす水薬を用いて,心臓を抑えつけている重荷を取り除け,苦しい胸を晴らすわけには行かないのか?
医  者──そのことにつきましてはご病人ご自身が,自分で治療することを知らねばならないのでございます

今日的に言えば,治療同盟のことから書き起こされ,治療の主体は誰かという「容赦のない真理」をもって終わる。ヤスパースが精神療法に寄せる思いを思う注1)。これを機に『野鴨』『マクベス』を読んだのも楽しかった。

注1)加藤敏は「講義の精神療法家Jaspers」と言った(『現代精神医学事典』弘文堂,2011年,1030頁)。

西丸四方精神病理学原論


⑦Strachey, J. (Ed.), Solms, M. (Rev.) (2024) The revised standard edition of the complete psychological works of Sigmund Freud (Vols. 1-24). Rowman & Littlefield.

https://rowman.com/sp/9781538175163/The-Revised-Standard-Edition-of-the-Complete-Psychological-Works-of-Sigmund-Freud-24-Volumes

第3の気づき。英語版フロイト全集(SE)が改訂された。改訂者ソームズは『脳と心的世界』『意識はどこから生まれてくるのか』『神経精神分析入門』でお馴染み。旧版から新版に乗り換えるか? 70歳にしていまさら……

SE 12巻は「技法論リスト」に27編を挙げ,うち一連の6編を収める。うち4編は元来同じタイトルだった。その第1論文「精神分析治療に際して医師が注意すべきことども」(1912年,岩波書店版フロイト全集12巻所収)は,「精神分析」は措いて,読みたい。9つの「注意」のうち,第1は次のとおり(同上248頁,太字は岡村)。

この技法は至って単純なものである。……ことさら何かに気を留めておくことはせず,耳にする一切に……同じ「漂いわたる注意」を向ける。……意図的な注意につきまとう危険も回避されることになる。注意を意図的にある高さにまで張りつめると,提示された素材についても選抜が行われ始めるからである。一部にことさら鋭く固着され,その代わり他の一部が削除される。こうした選抜は自分の期待や好みに左右される。しかし,これこそしてはならいことなのであって,選抜の際自分の期待に追随すれば,すでにわかっているのとは違ったものを見つけられないという危険に陥るし,自分の好みに追随すれば,ありうる知覚を間違いなく贋造するだろう。それに忘れてならないのは,耳にするものの意義は,実際たいていの場合後になって初めて認識されるということである 注2)

「単純なもの」の難しさに,読むたび震える。今日的に言えば,傾聴ないし共感の奥義,臨床のαにしてωではないか?

注2)その「こころ」において,コフートの次につなげたい。「分析家としての私の人生の間に私が学んだ教訓が1つあるとするなら,それは私の患者が私に言うことは真実であるらしいという教訓である──私が正しくて患者が間違っていると私が信じた多くの場合に,しばしば長い探索の後にであるが,結局は彼らの正しさが奥深いのに対して私の正しさは表面的であるとわかった,という教訓である」(本城秀次・笠原嘉監訳『自己の治癒』みすず書房,135頁;原著1984)。

⑧Cooper, M. (Ed.) (2024) The tribes of the person-centred nation: An introduction to the world of person-centred therapies (3rd ed.). PCCS Books. [1st ed. 2004; 2nd ed. 2012]

一転する。パーソンセンタード・アプローチ(PCA)/セラピー(PCT)「諸派総覧」の第3版が出た。次の11が挙げられている。本邦では「⑤ うつのPCT」注3) の紹介が不足しているか?

① Classical PCT古典的PCT 
② The relational approach to PCT関係アプローチ2版で追加
③ Focusing-oriented therapyフォーカシング指向心理療法 
④ Emotion-focused therapyエモーションフォーカスト・セラピー 
⑤ Person-centred experiential counselling for depressionうつのPCT2版で追加
⑥ Motivational interviewing動機づけ面接3版で追加
⑦ Existentially informed PCT実存的PCT 
⑧ Pluralistic PCT多元的PCT3版で追加
⑨ Person-centred creative arts therapyパーソンセンタード・アートセラピー2版で追加
⑩ Pre-therapy and contact workプリセラピー2版で追加
⑪ Child-centred play therapy子ども中心プレイセラピー3版で追加

初版からの編者サンダースが亡くなり,編者が変わった。附録にあったサンダースの2000年の論文「Mapping person-centred approaches to counselling and psychotherapy」がなくなった。そこに記されている「PCTの第1原則」「PCTの第2原則」は,「PCA/PCTとは何か?」を考えるに当たり,変わらず有意義である。初版邦訳で読める注4)

注3)Murphy, D. (2019) Person-centred Experiential counselling for depression (2nd ed.). Sage. [1st ed. Sanders & Hill, 2014]
注4)近田 輝行・三國 牧子(監訳) (2007) パーソンセンタード・アプローチの最前線──PCA諸派のめざすもの.コスモス・ライブラリー.

Cooper, M. (Ed.)The tribes of the person-centred nation: An introduction to the world of person-centred therapies (3rd ed.)


⑨Di  Malta, G., Cooper, M., O’Hara, M., Gololob, Y. & Stephen, S. (2024) The handbook of person-centred psychotherapy and counselling (3rd ed.). Bloomsbury Academic. [1st ed. 2007; 2nd ed. 2013]

前書と異なり,「諸派別」ではなく,「テーマ別」の,PCTハンドブックの第3版も出た。4部から成る。改訂に伴う変化を摘記しておく。本邦では「16章 治療的プレゼンス」注5),「25章 壊れやすい体験過程,解離した体験過程」注6)の紹介が不足しているか?

1部 理論,歴史,哲学11章 スピリチュアリティ2版で追加
2部 治療実践12章 非指示的態度3版で追加
16章 治療的プレゼンス2版で追加
17章 深い関係性[☞ 前書②]3版で追加
18章 体験的実践3版で追加
19章 アートセラピー[☞ 前書⑨]2版で追加
3部 クライアント群20章 児童青年[☞ 前書⑪]2版で追加
21章 夫婦家族 
22章 老人2版で追加
23章 グリーフカウンセリング2版で追加
24章 プリセラピー[☞ 前書⑩]注7) 
25章 壊れやすい体験過程,解離した体験過程注8) 
26章 トラウマ 
27章 アディクション[☞ 前書⑥]2版で追加
4部 専門家の課題28章 アセスメント2版で追加
33章 オンラインPCA3版で追加

そもそもPCA/PCTの展開/広がりについては,本邦では,その内部にも外部にも,しかと認識されていないと邪推する。

注5)Geller, S. M., & Greenberg, L. S. (2022) Therapeutic presence: A mindful approach to effective therapeutic relationships (2nd. ed.). APA. [1st ed. 2012]
注6)e.g., Warner, M. S. (2000) Client-centered therapy at difficult edge: Work with fragile and dissociated process. In D. Mearns, & B. Thorne, Person-centred therapy today: New frontiers in theory and practice (pp.144-171). Sage.
注7)統合失調症,神経発達症への展開。
注8)ボーダーラインパーソナリティ症,解離症への展開。

Di  Malta, G., Cooper, M., O’Hara, M., Gololob, Y. & Stephen, S. The handbook of person-centred psychotherapy and counselling (3rd ed.)


あとがき

以上を記した後,20歳ほど年下の親友に見せた。次のような応答に感動した(抜粋,一部表記改変)。

学ぶことのあり方や学ぶことの喜びが伝わってくるよう。学びが広がり深まっていく様が目に見えるよう。私は10代の終わりころ,世の中のことや人間のことを何も知らないことに愕然として,まず本を読もうと決心しました。最初のうちは,大きな真っ白の模造紙に,本を1冊読むたびに小さな点を1つ打つようなイメージを持っていました。が,読んでも読んでも意味のある図形は浮かび上がらず途方に暮れるような感覚でした。ようやく図らしきものが見えるようになったのはいつだったか……そこまで10年以上かかったと思います。気づいたらすっかり社会に出遅れていました。──そんなことを思い出しました。

「学ぶことの喜び」と言われ,「そうだ!」と思った。私は,10代の親友の歩み,そして,学ぶことの喜びの第1が「クライアントから学ぶことの喜び」であることを,続けられるまで続けられたらと思った。

以上

バナー画像:Alex G. RamosによるPixabayからの画像

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岡村達也(おかむら・たつや)
文教大学人間科学部心理学科教授。1985年,東京大学大学院教育学研究科教育心理学専攻第一種博士課程中退。専門は,臨床心理学・カウンセリング。
主な著書に『思春期の心理臨床』(共著,日本評論社,1995),『カウンセリングを学ぶ』(共著,東京大学出版会,1996,2版2007),『カウンセリングの条件』(日本評論社,2007),『カウンセリングのエチュード』(共著,遠見書房,2010),『臨床心理学中事典』(共編,遠見書房,2022)などがある。

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