こころをつなぐ災害支援(8)「わたしに何ができるのだろう」──災害支援への迷いと学び|永田裕子


永田裕子(熊本赤十字病院)

シンリンラボ 第30号(2025年9月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.30 (2025, Sep.)

災害支援への戸惑い

「災害支援って何をするの?」

「備えが大事というけど,なにをしたらいいの?」

「被災地にいって,自分になにができるのか……」

これは,災害支援に関わったことのない方々が抱く,率直な気持ちではないでしょうか。

支援者としての関心や使命感がある一方で,自分のスキルが通用するのか,現場で混乱を招かないか,自分が壊れてしまわないか——そんな不安がよぎるのも無理はありません。

実際,私もはじめて被災地で活動した際には,大きな戸惑いと不安を抱えていました。

災害支援を経験した今でも,支援の在り方に正解を見つけることができているとは言えません。

しかし,その体験は今の自分にとって,支援を考える上での大きな財産になっていることは確かです。

そして今,災害支援に少しでも関心をもつ読者のみなさんに,そのとき感じたこと,気づいたことを共有し,ともに災害支援について考えていく材料となればいいなと思い,この文章を書いています。

私と災害

記憶をたどると,私が初めて災害を肌で感じたのは,幼少期の頃でした。私の地元は熊本県玉名市というところで,近くには長崎に渡るためのフェリーの港があります。ある日,朝から車に積もった灰色の砂を見て,「どうして空から砂が降るのだろう」と思っていたことを覚えています。それは雲仙岳の噴火によって降った火山灰でした。その後も,今日まで,日本では至る所でさまざまな災害が起きました。阪神淡路大震災,新潟県中越地震,東日本大震災,各地で台風や豪雨災害,電車事故などの人為災害,数えきれません。ただ,それらはすべて自分が暮らしている日本で起きていることなのに,私にとってはいつも「テレビの中でのこと」「対岸の火事」であったと思います。そのため,私は災害に対してとても無防備だったと思います。

しかし,2016年4月に,熊本地震が起きました。私はまさにその4月に熊本赤十字病院に入職したばかりでした。私にとって初めての「リアルな災害」でした。

熊本地震を経験した私は,「また災害が起きた時のためになにか備えておかなければ」という思いから,さまざまな研修会を受講しました。

日赤のこころのケアを学んで

日本赤十字社では,災害時の支援として「こころのケア」が位置付けられています。

「こころのケア」という言葉は,聞いたことがあるという方も多いのではないでしょうか。でも実際のところ,それがどのような支援なのかは,人によってイメージが少しずつ違うかもしれません。

たとえば,DPAT(Disaster Psychiatric Assistance Team:災害派遣精神医療チーム)のような精神科医療的な関わりを思い浮かべる方もいるかもしれません。日赤の「こころのケア」はそれとは異なり,広く「心理社会的な支援」を行うチームです。災害により,日常が急激に変化すると,安心できる環境や人とのつながりが奪われ,心の回復力が落ちてしまいます。日赤の支援は,その回復を後押しするためのものです。

ただ,正直なところ,説明を聞いた時は,「結局こころのケアってなにしたらいいのだろう」とピンと来ない部分も多くありました。

そんな中で講師のひと言が心に残っています。

「難しく考えすぎないでください。こころのケアとは,人と人とのあたたかい関わりです」

その言葉を聞いて,「そうか,なにか特別なことをする,なにか役に立つことをすると意気込むのではなく,難しいことは抜きにして,きちんと礼儀やマナーを守って,人として向き合うことが一番大事なのだ」と腑に落ちました。その感覚が,「私でもできるかも」とほんのちょっと自信になったのを覚えています。

現場で感じた「無力さ」と「焦り」

私はこれまで,熊本豪雨災害と能登半島地震において,現地での災害支援活動に参加しました。

初めての派遣の時,最初に感じたのは,「何もできない」という感覚でした。

私たちは指定された避難所を巡回しながら,被災者の方々や避難所運営をする方たちとお話をさせていただきました。大変な状況をお話してくださる中で,どこか自分の中に“もやもや”を感じていました。

その一つは,「私たちは短期間しか滞在できないので,あまり役に立てない。だから深く関わってはいけないのではないか」という迷いでした。そのため,どこか逃げ腰な姿勢になっていたと思います。また,お話を聞きながらも,どこか心理士としての役割を全うしなくてはというプレッシャーから,アセスメント的なやりとりをしてしまうこともありました。もちろんアセスメントの視点も大事ですが,「聴く」ということがちゃんとできていたのだろうかと反省しています。

「役に立たなきゃ」というのは呪いの言葉です。支援とは「何かをすること」だと思い込んで焦って動こうとする自分は,ただ自分自身の無力感を解消したかっただけかもしれません。

自分が思い描く支援と,相手が求めることが食い違っているというのは,日常の臨床でもあります。

私は総合病院に勤務していますが,目の前で苦しんでいる患者さんを前に,「何かできることはないか」と焦るあまり,患者さんの気持ちを置き去りにしてしまうことがあります。“支援”のつもりが,いつのまにか“押し付け”になってしまっている。それが無力さや不安を打ち消そうとする,自分自身のための行動だったと気づいたとき,「私はいったい何をしているのだろう」と恥ずかしくなります。

「支援者」というと,なにか困っていることや苦痛を解決しなくてはと思いがちです。でも,相手は「誰かに苦痛を取り除いてほしい」なんて思っていないのではないかと感じる場面が多々あります。「誰かに簡単に取り除ける苦痛ではない」ということを理解する方がよっぽど大切なことなのだと思います。

支援とは,問い続けること

自分の無力を認めることは,勇気がいることです。無力感から,独りよがりな行動につながると分かっていても,どうしてももがいて,空回りをしてしまうことがあります。それが空回りであると気づくのは,たいてい相手の反応からです。返ってくる反応の薄さや,距離を置かれる感じ——それが,「私の支援は今,空回っているのだ」と教えてくれます。

けれど,そうやって自分の限界を認めた瞬間から,ふっと相手の表情が和らぐことがあります。「私には,あなたを楽にする術はなにもありません。それでも,こうやって話をしたり,顔を見に来てもいいですか」。そう尋ねると,どこか安心したような顔をされる方がいます。何もしていないはずなのに,関係の空気が少しやわらぐ瞬間です。

被災地でお話を聞いていると,なんと声をかけてよいのか分からない場面も多々あります。「大変でしたね」「つらかったですね」——どの言葉も軽すぎて,口に出すことがためらわれます。そういうとき,無理に言葉を探しても,たいてい役に立ちません。結局「ごめんなさい,言葉が見つかりません」と伝えるしかないこともあります。すると,しばし沈黙が流れます。それでも,そのやりとりに不満をもたれたということはほとんどありません。

そう考えると,災害支援において必要なのは,「なにかを言うこと」や「なにかをすること」だけではないのだと思います。被災者の方が感じている無力さとともに,支援者自身も自分の無力さを持ったまま居ること。それが,私たちのできることの一つなのかもしれません。

「これでよかったのだろうか」という問いは,今も私の中にあります。けれど,その問いを手放さないことが,支援の質を少しずつ深めてくれるようにも思うのです。相手の力を信じること,自分の限界を知ること,そして完璧でない自分を許しながら,それでも関わり続けるという“覚悟”——それこそが,災害支援に求められている姿勢なのではないかと感じています。

備えが大事だというけれど

「災害には備えが大事」とよく言われますし,「備えあれば憂いなし」という言葉もあります。

それはその通りだと思います。だけど正直,「備えたからといって,うまくできるわけじゃない」と感じることがたくさんありました。

それでもやっぱり,「備えておいてよかった」と思う場面が,現場では何度もありました。私が「備えは大事だ」と思う理由は,大きく3つあります。

1.共通言語があるだけで,スムーズに動ける

私は心理職として対人援助についてはある程度学んできましたが,災害支援の現場はまったくの別世界でした。最初の頃は,普段使わない言葉を理解するのにやっとで,チーム内での会話や会議の流れにまったくついていけませんでした。

でも,災害支援の研修を受けたおかげで,そういった言葉に慣れるということができたと思います。災害時はただでさえ情報量が多く,現場も慌ただしい中で動くことになります。だからこそ,「共通言語」を事前に知っておくことが,現場での情報共有や意思疎通をスムーズに行うための土台になると感じています。

2.知識が,誰かの安心につながることがある

先ほど,被災地の方々の悲しみや不安に対して,私たちは非常に無力であるという話をしました。

でも,「知識」が誰かの力になる場面も,実際にはあります。

ある避難所で,地域の保健師さんが「子どもたちが夜眠れない」「災害を思い出すような遊びをしていて止めていいのか分からない」と話されていました。そのとき,私が知っていた“子どものトラウマ反応への対応”についてお伝えすると,「そうなんですね。どうしたらよいか分からなかったので,知ることができてよかったです」と安心した表情をされていました。その保健師さんは,ご自身も被災されながらも避難所の運営を担っておられました。私たちが,知らない,分からないことで不安を感じるのと同様に,その保健師さんも分からないことでたくさんの不安を抱えておられました。

私が持っていた知識は,特別なものではありません。きっと多くの心理職が知っている基本的な知識です。でも,それを必要としている人がいて,それを言葉にして届けることができれば,その人の力や安心になると思います。

3.ストレスへの理解は,自分を守ることにつながる

そしてもう一つ,備えの大切さを強く感じたのは,自分自身が辛くなったときです。

被災地で活動していると,緊張や疲労が積み重なって,思いがけない形でストレス反応が出ることがあります。私自身,疲れがたまって余裕がなくなったとき,チームの仲間に対して不機嫌な態度をとってしまい,あとから自己嫌悪に陥ったことがありました。

でも,研修などで「災害支援中のストレス反応やセルフケア」について学んでいたことで,「これは一時的な反応だ」「戻ってこれる」と,自分の感情と少し距離をとり,振り回されずにすんだということがありました。

事前の知識は,支援に活かすだけでなく,自分自身のケアのためにも大事なのだと思います。私は支援に関わった人が,回復できないほどの傷を負うというのは避けるべきことだと感じています。そのため私たちは“自分を守るための備え”は十分すぎると言っていいほど,しっかりしておく必要があると思います。

とはいえ,備えがあるからといって,不安が消えるわけではありませんし,絶対大丈夫という保証にはなりません。研修を受けても,初めて災害支援に行くときはやっぱり不安でしたし,「これでよかったのか」と悩むことばかりです。

思い返せば,心理師として働き始めたときも同じだったなと思います。経験も専門性も自信も足りない中で,「私にできることなんてあるのかな」「もっと経験のある人が対応したほうが,相手のためになるんだろうな」「私の一言が相手を傷つけたらどうしよう」と不安になりながら,ひとつずつ手探りでやってきました。災害支援も,結局はその延長線上にある気がしています。

事前に「知っている」ことが助けにはなる。でも,最後はやっぱり,「分からないなりに向き合っていくしかない」という覚悟が一番大事なのかもしれません。

災害支援に関わる者の役目

被災地に行くことで得られるのは,単なる「経験」ではありません。

そこで感じた空気,見た光景,交わした言葉——それらすべてが,自分の中に「記憶」として刻まれ,静かに残り続けていきます。

その記憶を,ただ心の奥にしまっておくのではなく,誰かに伝えていくこと。それが,被災地に足を運んだ支援者の大切な役割の一つだと私は思います。

最近,災害支援のつながりで知り合った方から「熊本地震のとき,自分も現地に行きました」と声をかけられることがありました。当時の私は,病院内の支援に専念していたため,外でどんな活動が行われていたのかほとんど知りませんでした。それでも,「熊本のために動いてくれた人がいたんだ」と思うだけで,胸がじんと温かくなります。活動の内容が違っても,あのとき一緒に「何かできれば」と動いてくれていた人たちがいた——そう感じることは,今の私にとっても大きな支えです。

実際,災害支援に関わっていると,「支えているはずが,自分が支えられていた」と感じる瞬間がたくさんあります。一緒に現場で踏ん張った仲間,思いを共有できる人たち,被災地の外からたくさんのサポートをくださった方々,そして被災者の方から受け取った言葉の数々。それらが,いまの私を支えてくれていると感じています。

先日,近所のお菓子屋さんに「復興支援」の文字が掲げられ,能登の食材を使ったお菓子が販売されていました。「何か力になりたい」「被災地を忘れない」という気持ちが,形になっているのを感じました。これも大きな支援だと思います。

「忘れないこと」。そして,「つなぐこと」。

それには,とても大きな力があります。

被災地で感じたこと,考えたことを自分の中だけにとどめず,言葉にして次の誰かに手渡していくこと。

それが,バトンとなり,支援の輪をひろげていけると信じています。

謝辞

災害支援に関わらせていただいた若輩者の心理士として,自分の思いや葛藤を,率直に綴らせていただきました。このように,自分の言葉で語る機会を与えてくださった先生方に,心より感謝申し上げます。 稚拙な部分や至らない表現も多々あったかと思いますが,どうかご寛恕いただければ幸いです。 

最後に—— 

私の知識も経験も,そしてこの文章に込めた想いも,すべてはこれまでに起きた数多くの災害と,それによって深く傷つきながらも懸命に生きてこられた方々の歩みの延長にあることを,忘れずにいたいと思います。 

これからも学び,心を尽くして歩み続けていきたいと思います。

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永田 裕子(ながた・ゆうこ)
所属:熊本赤十字病院
資格:臨床心理士, 公認心理師

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