こころをつなぐ災害支援(6)震災支援と私のつながり──震災支援のハードルを考える|萩臺美紀


萩臺美紀(岩手大学)

シンリンラボ 第27号(2025年6月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.27 (2025, Jun.)

私は実際に被災地に赴いて心理社会的な支援に携わった経験はありません。そのため,読者の皆さまに役立つような情報はないかもしれませんが,これまで私が携わった活動を振り返りまして,震災支援について考えていることを書いてみたいと思います。

東日本大震災と私

私にとって一番身近な震災は東日本大震災です。私は盛岡の出身で東日本大震災が起きた当時,高校で体育の授業をしていました(正式には,自由時間でしたのでマットに座って友達とおしゃべりをしていました)。すると,突然,大きな揺れが起き,体育館の窓ガラスが割れました。男子がふざけてフットサルを続けようとしましたが,先生が「やめろ!外に出ろ!」と大声でどなり,ただ事ではないと思いました。それから外に避難し,その後一斉下校となりました。電車が止まってしまい,長い道のりを歩いて帰ることになり気が重くなりましたが,途中で友人のおじいちゃんが車で家まで送ってくださり無事帰ることができました。自宅では暖房器具がないまま何日か過ごしましたが,電気が復旧してテレビをつけたとき自分の周りの被害よりもはるかに甚大な被害が報道されているのを見て,初めて震災被害の規模を実感しました。ただ,その後は,受験勉強に追われ大学進学を目指して勉強する日々で,被災地の復興や変化について深く知ろうとすることはありませんでした。今思うと高校生だった私にとって,震災と向き合うこと自体が,何もできない自分と向き合うようで負担だったのかもしれません。私は震災を身近に経験しながらも,恥ずかしながら積極的に関わることのないまま時間が過ぎていったのです。

はじめての震災支援

その後,大学院生として東北大学に進学し,先輩方が行っている仮設住宅の支援に少しだけ参加しました。ちょうど仮設住宅から復興公営住宅へ移り住む人が多く,仮設住宅にほとんど残っている人は少ない,そんなときでした。先輩方が作成した仮設住宅のマップを手掛かりにして住民の方を訪問したり,これまで実施してきた仮設住宅での心理社会的支援の感想についてインタビューをしたりしました。そのときの記憶として鮮明に残っているのは,住民の方が私たちの訪問に嫌な顔をせずに快く応じてくれ,家族のように接してくれたということです。仮設住宅の方からすれば,私たちはただの学生ですし,私は先輩方のあとについていっただけなのでどのように接すればいいのか緊張していたのですが,お菓子やお茶を出して快く迎えてくれたのがとても印象的でした。それまで仮設住宅の支援に携わった先輩方が住民の方の信頼を得てきたからこそ,新しく来た私のことも快く受け入れてくれたのではないかと思います。“支援”といっても,何かこちらが提供するということだけでなく,つながりを持つということの大切さを学ばせていただいた日だったと思います。ほんの些細な関わりではありましたが「行ってよかったなあ」と感じました。私が最初に震災支援に関わった出来事でした。

災害心理社会的支援大学間ネットワークでの活動

2021年度より東北大学の若島孔文先生を中心に,南海トラフ地震を想定した災害心理社会的支援に関する大学間ネットワークの構築が進められてきました。このネットワークは,災害時の人的資源を確保し,心理社会的支援を行う体制を整えることを目的としています。これまでの活動は東北大学教育学研究科心理支援センター紀要に掲載されています。

  • 若島孔文・萩臺美紀(2023)災害心理支援の大学間ネットワークの構築に関する活動報告.東北大学教育学研究科心理支援センター研究紀要,2; 19-23.
  • 若島孔文・萩臺美紀(2024)令和5年度 災害心理社会的支援に関する大学間ネットワークの活動報告.東北大学教育学研究科心理支援センター研究紀要,3; 1-57. 

私は東北大学大学院教育学研究科心理支援センターの業務としてこの活動に参加することになりました。そして,このネットワークでの活動を通じて,災害時の心理支援について調べるなかで,各自治体や民間団体では災害時相互応援協定などの相互支援の体制があることを知りましたが,心理社会的支援に特化した明確な連携体制は私が探したなかでは見つけられませんでした。また,災害直後の心理的支援は整っていても,中長期的な支援体制には課題が多く残っていることも分かってきました。

こうした課題に対応するため,平時からのネットワークの構築と,災害時に備えた人材育成が進められました。2023年度には「災害心理社会的支援オンラインセミナー」を全5回で開催し,私はその広報や司会などを担当しました。各回講師とテーマは以下の通りです。

1.災害心理社会的支援の理念と避難所における心理支援について(名古屋大学大学院教育発達科学研究科 狐塚 貴博先生)

2.仮設住宅・在宅避難者における心理支援について(岐阜大学 板倉 憲政先生)

3.行政職員への心理支援について(香川大学 野口 修司先生)

4.実践に基づく心理職の心理支援活動の立ち上げと推進,終結について(室蘭工業大学 前田 潤先生)

5.改訂スリー・ステップス・モデル(山形大学 鴨志田 冴子先生)

広報を開始してから100名の定員はすぐに埋まり,災害心理支援に関する関心やニーズの高さが窺えました。オンラインセミナーの目的としては,災害心理支援に関する基礎的知識の習得であり,全5回の出席者およびレポートの提出者には修了証を発行しました。

さらに,緊急時支援連絡先リストへの案内を行いました。これは発災時に心理的支援の要請があった際により多くの心理士を派遣するために,人材募集の連絡するためのリストになります。

講師を担当された先生方の多くが震災時に心理社会的支援に携わった経験のある方で,被災地への支援の知識だけでなく,心理社会的支援を実施するなかで感じられたことや思いが語られました。特に,心理支援にこだわらない,ということはとても学びになりました。被災地に入ったときに温かい豚汁が被災者の心を癒したこと,仮設住宅で住民が亀のお世話をしたこと,ニュースレターとしてそれらを発信したことなどでした。カウンセリングに関わる技術以外のこと,身近なことが人々を癒していく効果があるということは,心理支援に携わるものとして,自分の専門性にこだわらず被災者にとって何が効果的かを考えることの重要性を学びました。

能登地震の発生と対応

2024年1月1日には能登半島地震が発生し,これを受けて東北大学大学院教育学研究科心理支援センターは,2023年に開催したオンラインセミナーのオンデマンド動画の配信および,修了証の発行,緊急時連絡先リストへの案内を行いました。オンライン動画の申込者数,修了証の発行,緊急時連絡先リストへの登録人数については以下の通りです。心理士だけでなく,多くの方がセミナーを受講してくださいました。

表1 災害心理社会的支援オンラインセミナー参加者の概要(令和6年2月末時点)

開催・配信時期申込者数修了者数緊急時連絡先 リスト登録者数
令和5年8月~10月(リアルタイムでのオンライン開催)89名33名20名
令和6月1月~3月 (動画配信)574名247名158名
令和6年11月~令和7年2月 (動画配信)15名5名3名  
        合計678名285名181名

また,このとき動画配信に関して,字幕を付けることは可能かというお問い合わせをいただきました。ろう難聴者当事者で精神保健福祉士等の有資格者が災害心理支援に関わる知識を身につけ,被災地の支援に携りたいという目的のためでした。字幕付与の方法を確認させていただき(横に長すぎるのは読みづらいため,改行をしてほしいとのことでした),5つの動画に字幕をつけさせていただきました。慣れない作業と早くしなければという焦りがあり,正直とても大変な作業ではありましたが,今自分にできることはこれしかないという思いで必死でした。また,様々な障害を持った被災者や支援者がいるということも学ばせていただき,被災地に行って支援するだけでなく,その方たちをバックアップする役割もあるのだということを実感しました。

心理臨床・災害ネットワークへの参加

2024年には室蘭工業大学の前田潤先生,あゆみカウンセリングルームの青山正紀先生,星槎道都大学の蝦名美穂先生を中心に次世代の災害支援者の育成を目的としたネットワークが構築され,ミーティングに参加しました。ネットワークに参加した皆さんは東日本大震災や熊本地震,能登半島地震において災害支援のご経験がある方ばかりでした。私は震災支援におけるセミナーや動画の配信には携わっていましたが,現地での支援の経験はないため,「私は場違いではないか」という思いでいっぱいで,少し肩身が狭いと感じました。しかし,先生方がどのような思いで災害支援に携わっているのか,その熱い思いだけでなく,「行っても何ができるか分からない」「初めていくときは何をしたらいいか分からずドキドキした」というお話を聞きました。先生方も最初から現地での災害支援の方法が分かっているわけではないのだということを知り,被災地支援に精通していてその方法を熟知しているというイメージが少し変わりました。私はコメントを求められたときに,災害支援に行った経験がないので,いざ災害が起きたとき,まずどのように飛び込んだらいいのか,何をしたらいいのか,想像もつかない,と正直な気持ちをお話させていただいたことがありました。先生方は,それが普通だとおっしゃってくださいました。もちろんある程度の知識や経験は必要だと思いますが,災害支援に関する知識をたくさん身につけるだけでなく,飛び込んでいくこと,それが大切なのだということが分かりました。

支援とはなにかを捉えなおす

実は,このリレーエッセイも最初は,自分は書かない方がいいのではないかと思っていました。現場に行ったことのない自分が何を書けばいいのか分からなかったですし,読者に対して説得力を持たないのではと考えたからです。しかし,これまでのオンラインセミナーの開催や動画配信,修了証の発行など,災害心理支援の育成に携わった経験などをまとめてもらえばいい,被災地での支援の経験のあるなしにこだわらずに書いてほしいという言葉をかけていただきました。私は災害支援に直接携わった経験はないにしても,災害支援携わった経験のある先生方と知り合うことができて,それだけでも災害心理支援の入り口には立っているのかもしれないと思いました。そう考えると,被災地に行くことだけが支援ではないかもしれないと,気づかされました。私自身が関わってきた震災支援に関する経験を振り返ると,直接的な被災者への支援ではないにせよ大学間ネットワークでの活動,セミナーの企画・広報,動画配信といった,「支援者の支援」を中心とした間接的な支援として位置けることができます。支援者が被災地に赴くための知識や不安に対して少しでも役に立てたのであれば,私たちの役割もまた「支援の環の中にある」ものなのかもしれないと思うようになりました。

自分のなかにあったハードル

支援と聞くと,現地に行って被災者と関わることが「支援」であり,それ以外は違うというように自分のなかで2極化させていたと思います。しかし,これまでネットワークのみなさんをはじめとする様々な方とお話をさせていただいたことで,誰もが手探りで被災者への支援を模索していること,自分に何ができるか不安になり戸惑うのが当然であるということを教えていただきました。このようなネットワークに参加しなければ,震災支援に対するイメージを払拭できずに自分には無理だと思っていたのでは,そう思います。自分は被災者支援の経験がない,被災地に行っていない私は災害支援のネットワークに参加していいのだろうか,そのように,引け目を感じていたのは,スキルや知識の不足ではなく,自分は経験がないから,自分は精通していないからといった思い込みや不安からくるものなのかもしれません。災害支援に対するハードルは自分のなかにあったのです。知らない・見えない・わからないことが自分のなかでの震災支援に対するハードルを高くしてしまっていたようです。被災地支援のためにできること,それは自分は未熟だからと支援から遠のくのではなく,被災地の情報を把握することや,被災地支援の経験のある方と接すること,自分の立ち位置でできることを模索し,自分と被災地の心の距離感を近くに置くこと,それが大切なのではないかと今は考えています。

つながり続ける

震災支援に携わるきっかけになったのは,院生時代の活動や東北大学大学院教育学研究科心理支援センターとしての活動がきっかけでした。そのような活動を行うなかで,自分自身で感じているハードルに気づき,どのように関わることが必要かを考えさせれました。自ら飛び込んだわけではないけれども,災害支援に関わる人々や仕事とめぐり合うことができたこの機会に感謝しています。高校生の私のように,被災地と身近なところにいても知ろうとしなければ何も始まらない,そんなことを考えると,支援というのはだれかに何をすることだけでなく,つながり続けようとすることなのかもしれません。私は自分自身と震災との関わりを振り返るなかで人とつながることで震災支援について知り,また自分の気持ちを話すことで,震災支援について考えを深めることができました。今後は,大学間ネットワークや心理臨床・災害ネットワークでのみなさんとのつながりを大切にしながら,自分が被災地や被災者のためにできることを被災地に飛び込むことにとらわれず模索していきたいと考えています。

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萩臺 美紀(はぎだい・みき)
所属:岩手大学人文社会科学部准教授
資格:臨床心理士,公認心理師
専門:臨床心理学,家族心理学

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