松本 圭(元石川県臨床心理士会 会長兼事務局長 / 金沢工業大学)
シンリンラボ 第33号(2025年12月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.33 (2025, Dec.)
令和6(2024)年元日を襲った激震
その日のことは今でも鮮明に覚えています。石川県野々市市(金沢市の南に隣接する市)の自宅でゆっくりと過ごしていた元日の夕方,突然激しい揺れに襲われました。妻や子供に机の下に入るように呼びかけ,自分も机の下に身を隠しました。体感では数分くらい揺れが続いていたように感じました。そうやって身を守りながら,大変なことが起こっていることを確信しました。そして,揺れが収まった後,速報を確認し,なすべきことを思案しながら,静かに覚悟を固めていきました。
当時,私は石川県臨床心理士会(以下,本会)の会長兼事務局長を拝命しており,3年の任期を終えようとしているところでした。発災後間もなく,メールやSlackを通じて本会の幹事と連絡を取り合い,今後の対応を協議し始めました。本稿では本会が発災以降行ってきた活動をご紹介しながら,それらの活動の礎となったもの,また,我々が何をなして何をなしえなかったかについて振り返りたいと思います。それが,本来であれば起こってほしくないことですが,今後の大規模災害時の有効な心理支援を考える一助となることを願っています。
石川県臨床心理士会について
最初に石川県臨床心理士会について簡単に紹介させていただきます。本会は,石川県内に在住もしくは勤務する臨床心理士の職能団体として,平成5(1993)年に23名の有志により設立されました。その後,平成29(2017)年の公認心理師法の施行,公認心理師の誕生を受け,平成31(2019)年3月には,公認心理師も会員に含む団体となりました。会員数も年々増加し,令和7(2025)年10月現在では290名を超える会員によって構成される団体となっています。会の名称は「臨床心理士会」ですが,上述のように本会会員は公認心理師と臨床心理士の両方,もしくは,いずれかの資格を有する者で構成される団体となっています。したがって,以下にご紹介する災害支援活動も,それらの会員によって担われている活動であることをご留意ください。
発災当時,本会の内部組織の一つである災害支援ワーキンググループにおいて,大規模災害発生時の災害対策本部の運営方針の協議を進めていたところでした。しがたって,発災時の本会の動きがまだ十分には定まっていない状態での災害支援活動の開始となりました。
本会の災害支援活動の概要
発災後,まずは令和6(2024)年1月3日に災害対策本部を立ち上げました。そして今日でも災害支援活動が継続されています。当時,会長兼事務局長であった私が災害対策本部の本部長を担うことになりました(なお,同年4月より会長および本部長は新会長である大矢寿美子氏に交代となりましたが,筆者は令和7(2025)年3月まで派遣スクールカウンセラーの窓口担当としてバックアップ業務に携わることになりました)。これまでに実施してきた主な災害支援活動として,① 石川県教育委員会(以下,県教委)と石川県障害保健福祉課(以下,県福祉課)による電話相談事業への協力,② 県教委による緊急派遣スクールカウンセラー(以下,県派遣SC)への協力,③ 文部科学省による緊急派遣SC(以下,文科省派遣SC)の受援体制の構築,④ 災害支援に関する情報収集と発信が挙げられます。以下,各活動の概要を順に説明し,その後,発災後半年以降の中長期的支援の状況をご報告させていただきます。
① 県教委と県福祉課の電話相談事業への協力
今回の震災では特に県北部の奥能登地方で甚大な被害が生じ,発災当初は水や電気に加え,道路も寸断されている地域が多く見られました。そのため,応急的支援として県教委と県福祉課によって,こころのケアを目的とする電話相談が開設され,それらに対応する電話相談員の派遣依頼を本会に頂きました。なお,県教委による電話相談は主に被災した子どもを,県福祉課による電話相談は被災者全般をそれぞれ対象とするものでした。会員の派遣にあたっては,電話相談経験の豊富な本会会員を講師とする研修会をオンラインで開催し,その動画を会員専用ホームページにも掲載することで研修機会を確保し,派遣する相談員の質担保に努めました。また本部内に電話相談員派遣調整のためのチームを設け,会員の募集,経験年数やジェンダーを考慮したシフト決定と通知,電話相談を担当した会員のフォローにあたりました。
結果として,県教委の電話相談には令和6(2024)年1月22日から3月末までの期間に延べ128名,県福祉課の電話相談には同年1月29日から4月末までの期間に延べ84名の会員をそれぞれ派遣しました。私自身も微力ながら,一会員として協力させていただきました。電話相談という制約のある中での支援でしたが,避難所等で周囲も被災しており抱えた辛さを傾聴したり,発災初期に必要な支援に繋いだりする役割は果たせたのではないかと思っています。
② 県派遣SCへの協力
水道等のライフラインの復旧はままならないものの,道路の寸断は解消されてきた1月末には,県教委によるSCの派遣が開始されました。奥能登地方にも元々各学校に配置されているSC(以下,配置SC)が存在しましたが,対応が必要なケースが多数に及び,配置SC自身も被災している場合もあるなど,配置SCだけでは十分な支援の提供が困難となっていました。さらに1月末〜3月末まで,奥能登地方の中学生約400名が,県南部の研修施設に集団避難することになりました。それに伴い,その研修施設へのSC派遣のニーズも生じました。そこで,県教委からの依頼を受け,災害対策本部のSC関連幹事が中心となり,県派遣SCに対応可能な会員を募って県教委に紹介,派遣に応じた会員のバックアップを行いました。道路の復旧が進んできたとはいえ,奥能登の学校への勤務にあたっては移動の困難が伴いました。対応した会員の多くは金沢市周辺に居住しており,まずは輪島市の奥能登教育事務所まで2〜3時間かけて自家用車で移動する必要がありました。さらに,そこから教育事務所職員の車に同乗して各学校まで移動,限られた時間で活動するという厳しい勤務条件となりました。そのような中で,令和6(2024)年3月22日までの期間に延べ126名の会員がこの県派遣SCに従事し,児童生徒や教職員に寄り添い支える心理支援を行いました。なお,金沢法務少年支援センターのお力添えにより,集団避難した中学生に対する心のケアについては,法務省矯正局の法務技官による協力も得られることとなり,法務技官とSCが協働して活動することにもなりました。
③ 文科省派遣SCの受援体制の構築
県派遣SCと並行して,令和6(2024)年1月26日からは文科省派遣SCも開始されました。文科省主導のもと,県教委,日本臨床心理士会・日本公認心理師協会災害支援プロジェクトチーム(以下,災害支援PT),および,本会が協力する形で,奥能登地方(珠洲市,輪島市,能登町)に派遣するSCを全国から募りました。中能登にある羽咋市の「国立能登青少年交流の家」を宿舎として寝泊まりし,毎日,宿舎と学校との間の悪路を片道約2,3時間かけてレンタカーで往復して活動,それを約1週間継続するという,県派遣SC以上に厳しい条件での活動となりました。平成23(2011)年の東日本大震災(松井,2017)や平成28(2016)年の熊本地震(川瀬ら,2020)の際にも,同様のSC派遣事業が実施されましたが,それらよりも過酷な勤務条件となったのではないかと思います。それにも関わらず,北は北海道,南は広島県まで,日本各地からSCの皆様に駆け付けて頂きました。同年2月下旬からは,珠洲市は大阪府と兵庫県,輪島市は愛知県,能登町は岐阜県を中心とする中部ブロック(日本臨床心理士会が定める災害支援の地域区分で,山梨,長野,静岡,愛知,岐阜,三重,富山,福井,石川の9県で構成される)と,市町毎にSC派遣元の府県を定め,活動の引継ぎを容易にする支援体制を取るようにしました。そのような体制の元,文科省派遣SCは1学期末(令和6(2024)年7月末)まで継続され,延べ196名のSCの方々にご協力いただきました。
配置SC,県派遣SC,さらに,文科省派遣SCと,派遣形態や指揮命令系統が異なる3者のSCが現地に入ることになり,SC間の意思統一や情報共有が大きな課題でした。そこで,当会が中心となり,SC活動指針の策定,SC活動の記録用紙の統一,および,Microsoft Teamsを活用した情報共有等の取組みを進め,3者のSCが足並みを揃えて,連携しながら活動できる環境を準備しました。SCによって基盤とするアプローチや得意とする手法は異なり,また,地域や学校によってSCに対するニーズも異なっていました。したがって,画一的,具体的な支援方法をSCに指示することは困難な状況でした。そこで「SC活動指針」として,1)児童生徒の支えとなる教職員を支える支援活動に重きを置く,2)児童生徒と教職員のセルフケアの力を育む支援を優先する,3)配置SCや交代するSCに対して確実に活動内容を引き継ぐ,4)SC自身のセルフケアも心がける,の4箇条を定めて共有しました。この指針により,SCの活動の方向性をある程度統一できたと考えています。また,指針の第3条にも繋がりますが,SCによる児童生徒や教職員との面談,集団を対象とした心理教育的支援の内容を支援者間で共有するため,記録用紙のフォーマットを準備しました。発災以前から,日本臨床心理士会の中部ブロックの会議において,災害時の記録用紙の在り方について検討を重ねており,それをベースとすることができました。具体的には,チェックリストによる記録の簡便化,資源やサポートのアセスメントへの組み込み等の工夫を施しました(詳細は松本(2024)参照)。この記録用紙の統一によって,SC間の引継ぎや情報共有を容易にできたと考えています。さらに,日本臨床心理士会の援助を受け,オンラインコミュニケーションツールであるMicrosoft Teamsを導入し,3者のSCの情報共有,相互連絡の場を提供しました。Teamsの中では,SCの活動予定,活動報告,連絡事項の共有,個別のチャットを通じた関係者間の連絡が日々行われました。集団避難している中学生への支援においても,法務技官の方々に上記指針や記録用紙を活用いただき,法務技官とSCとの連携も実現できました。
④ 災害支援に関する情報収集と発信
会員メーリングリストや本会ホームページ(https://www.shinrishi-ishikawa.com/)を通じた情報発信,情報収集に努めてもきました。発災当日には会員に対して安否確認,被災状況の確認,支援ニーズの収集のための連絡を行いました。県内各地に避難所が設けられましたが,その避難所支援に備えて刻々と変化する避難所情報,避難者数の把握にも努めました。また,令和6(2024)年1月4日には本会ホームページの一般向けのページに災害支援に関する特設ページを設け,随時情報を更新しながら社会資源等の情報提供を行っています。
中長期支援への移行と令和6(2024)年9月の豪雨災害
県派遣,文科省派遣SCの開始当初は,児童生徒の全数面談とその後の個別フォローといった「個」を対象とする支援,ハイリスクアプローチが主でした。発災から半年以上が経過し,中長期的支援のフェーズへと移行してきた令和6(2024)年6月末からは,「こころのサポート授業」(冨永,2015)が奥能登地方の学校を中心に展開されました。これは災害支援PTによる監修の元,県教委と本会が準備したもので,児童生徒にトラウマ反応の理解とその対処法の習得を促す授業内容となっています。このような「場」を対象とする支援,ポピュレーションアプローチも,中長期のSC活動においては採用されています。本授業によって,トラウマ後のPTSD発症の危険因子となりうるトラウマ関連刺激に対する慢性的な回避等の不適切な対処を見直す機会を提供し,トラウマ反応の深刻化,慢性化の予防に繋げることを狙いとしています。また,この「こころのサポート授業」は1回限りの実施ではなく,アニバーサリー反応が予測される発災1年後のタイミング等,各地域や学校の状況に合わせて,その後も適宜実施されています。
県教委と協議の上,令和6(2024)年11月以降は,県教委が主体となり,より被害の大きかった珠洲市,輪島市に絞って長期的に県内外のSCを派遣する体制へと移行していくことになりました。これまでは1週間単位でSCが交代する体制であったため,継続的な支援が難しく,受け入れる学校の負担も大きかったのですが,年度中は同一のSCが継続して勤務する体制とすることで,それらの問題を解決することを検討していました。その準備を進めている最中,令和6(2024)年9月に能登は豪雨災害に見舞われることになりました。豪雨災害を受け,当初11月から予定されていたSCの長期派遣を前倒しし,輪島市については急遽10月からSCの長期派遣が開始されることになりました。11月からは珠洲市でもSC長期派遣が開始され,令和7(2025)年度以降も年度単位でのSCの長期派遣が継続されています。この長期派遣においても,県教委と連携しながら,本会がSCのバックアップを担っているところです。
成しえたことと成しえなかったこと
発災当初は混乱も大きく,次々と飛び込んでくる情報,連絡,依頼にとにかく応じていくことで精一杯であったと記憶しています。それでも,少しずつある程度の受援体制を整備していくことができたのは,多くの有形無形のご支援があったからです。発災後すぐに,多数の心理職能団体からお見舞いとご協力のお申し出をいただきました。特に宮城県臨床心理士会の菱沼正志会長をはじめとする理事の先生方には,発災後間もない令和6(2024)年1月17日に急遽,オンラインミーティングを設けていただき,東日本大震災での受援のご経験を直接伺うことができました。このミーティングで伺ったことが,「SC活動指針」の第一条にある「教職員を支える支援活動」に反映されています。また,「こころのサポート授業」は,冨永良喜先生をはじめとする災害支援PTの先生方や,宮城,熊本両県の教育委員会の皆様が作り上げてきたものを元にして作成したものです。さらに,中部ブロックの災害支援に携わる先生方には,SC派遣の調整,記録用紙の作成,活動の集計,Microsoft Teamsの管理等,多方面にわたりご協力をいただきました。皆様から頂いたご支援を挙げれば枚挙にいとまがないですが,先述の本会の災害支援活動は,これまで培われ,受け継がれてきた災害支援のノウハウと,それを繋ぐ方々によって支えられてきました。
一方で,活動を通じて見えてきた課題も多くあります。一つは,平時からの準備が不足していたことです。災害支援本部の組織,災害支援のガイドライン,県教委をはじめとする関係機関との災害時の動きの打ち合わせや協定締結等,本来なら平時から準備ができていれば,よりスムーズに支援,受援が進められたと思います。SC派遣時の受け入れ学校の負担軽減も大きな課題です。国,県,市町,さらには各学校という異なる層で,それぞれ異なる支援ニーズがあったように感じています。1週間交代で派遣されるSCへの対応や,「こころのサポート授業」の実施において学校にご負担をお掛けする場面も見られました。学校のニーズを的確に把握し,極力現地の教職員の皆様の負担にならない形で支援を届ける工夫が必要です。さらに,本会の災害支援活動が学校への支援に偏っているという課題もあります。公認心理師が厚生労働省も管轄する資格であることからも,学校に限らず,避難所や仮設住宅,保育所,高齢者施設等,より広い領域を対象とする支援活動にも従事していく必要があろうと思います。
今回の支援活動を通して見えてきた課題も枚挙にいとまがありません。しかし,成しえたことも成しえなかったことも,それら全てを次に繋いでいくことが重要だと考えています。我々に渡されたバトンを,受け継がれてきた知識や知恵を,このように記録していくことで引き継ぎ,それはできれば必要とならないことに越したことはないのですが,次にはさらに洗練した形でそれらが活かされることを願っています。また,その時には,そこで私ができる支援活動に微力ながら尽力したいと思っています。
お見舞いと謝辞
令和6(2024)年能登半島地震および9月の豪雨災害により被害に遭われた皆様へ,心よりお見舞い申し上げます。そして,ご家族や大切な方々を亡くされた皆さまへ,謹んでお悔やみを申し上げます。皆様の心の健康の回復,増進に寄与できるよう,引き続き尽力してまいります。
災害支援活動の実施にあたって,先述の関係機関の他,全国の臨床心理士会・公認心理師協会,各種学協会,さらには個人の皆様からも,数多くのご援助をいただきました。そのような皆様のご助力によって支援活動を継続することができました。感謝申し上げますと共に,そのご助力が実を結ぶよう息の長い支援を続けたいと思います。また,今回,このような貴重な執筆の機会に繋いでくださった山下委希子先生,そして前田潤先生をはじめとする災害支援ネットワークの皆様に,改めて感謝申し上げます。
文 献
- 松井豊(2017)東日本大震災における心理学者の支援活動と研究の概観.心理学評論,60 (4); 277-284.
- 川瀬公美子・中野晋(2020)2016年熊本地震におけるスクールカウンセラー派遣に対する支援体制―ICSの観点からの検討.地域安全学会論文集,37; 125-134.
- 松本圭(2024)石川県臨床心理士会による災害支援活動.日本精神科病院協会雑誌,43 (9); 922-926.
- 冨永良喜(2015)ストレスマネジメント理論によるこころのサポート授業ツール集.あいり出版.
松本圭(まつもと・けい)
所属:金沢工業大学
資格:臨床心理士/公認心理師
令和3(2021)年4月から令和6(2024)年3月まで石川県臨床心理士会の会長兼事務局長を務め,能登半島地震への災害支援に携わる






