私の本棚(28)『急に具合が悪くなる』(宮野真生子・磯野真穂著,晶文社)|豊原響子

豊原響子(島根大学)
シンリンラボ 第28号(2025年7月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.28 (2025, Jul.)

座右の書を紹介するという貴重な機会をいただいたものの,どうしても1冊に絞り切れず,悩みに悩んだ。ちょうどそのとき,『急に具合が悪くなる』(宮野真生子・磯野真穂著,晶文社)を原作とした映画を濱口竜介監督が制作中であるというニュースが飛び込んできた。これには驚いた。『急に具合が悪くなる』は,執筆依頼をいただいて私の頭に真っ先に思い浮かんだ数冊のうちの1冊であり,他の候補のひとつ,『ラインズ—線の文化史』(ティム・インゴルド著,工藤晋訳,左右社)を読むきっかけとなった本でもあるのだ。そういうわけで,これを機に,以下では私にとって切っても切れない関係にあるこの2冊を紹介させていただきたい。

ラインズ—線の文化史

まず『ラインズ—線の文化史』(以下,『ラインズ』)から見てみよう。人類学者によって書かれた本書には,著者自身による描線や,世界の様々な部族によって編み出された模様やスケッチ,楽譜や王家の系譜図など,線にまつわる図や写真が多数掲載されている。それらを見るだけでも,線とはかくも多様なものなのかと気づかされる。

心理臨床における描画では,想像に比べて力の入った濃い線が描かれることもあれば,逆にかすかに震える消え入りそうな線が引かれることもある。描かれたものの形よりも,そういった線のあり方そのものにその人らしさが表れているように感じることもしばしばある。特になぐり描きをもとに絵を描いていくスクイグルの場合,描線にはその時々の,線にはその時々の描き手の硬く窮屈な感じやのびのびした自由な感じが如実に表れ,回を重ねるなかでそれが変化したりしなかったりするのも興味深い。

このように線を描くことが,実は生きることと密接に関連していることを本書は教えてくれる。

ラインに沿って

『ラインズ』の序論は以下の記述から始まる。

「歩くこと,織ること,観察すること,歌うこと,物語ること,描くこと,書くこと。これらに共通しているのは何か?」

この時点で,本書には心理臨床実践と直結するテーマが満載であることがわかるだろう。さらに次の記述が続く。

「それは,こうしたすべてが何らかのラインに沿って進行するということである。」

ここで何気なく書かれているように見える「ラインに沿って(along)」というあり方は,この世界に生き生きと住まううえで非常に重要なものとして本書で繰り返し言及される。この「ラインに沿って(along)」と対照的なのが,「上に向かって(up)」あるいは「横断して(across)」というあり方である。これはフリーハンドで描く線と,点と点の間を結ぶ定規で引くような直線との違いでもあり,本書では「徒歩旅行」と「輸送」との対比として表現されている。

世界と関わりながら共に歩く

「輸送」が目的地志向であり場所の表面を横切り二地点を連結する行為であるのに対して,「徒歩旅行」とは道に沿って(あるいは道を作りつつ),その場所や土地と積極的に関わりながら進んでゆく運動である。

本書で「徒歩旅行」と関連して書かれていることは,特に語りやイメージを大切にする心理療法家が重視していることと大いに重なるように思われる。クライエントが語り描き紡ぐラインに沿って共に歩むには,臨床家もまたラインに織り込まれ,そこに参与しなければならない。本書は心理療法を直接的に論じた本ではないものの,引用されている文献も含め,臨床的な示唆に満ちた刺激的な1冊だと思う。

急に具合が悪くなる

もう1冊の『急に具合が悪くなる』は,「身体にがんを飼っている」(p.9)哲学者の宮野さん(本書に倣ってこう呼ばせていただく)と,出会って半年強になる人類学者の磯野さん(同上)との往復書簡である。どの書簡でも,生きること,死ぬこと,病いを患うこと,選ぶこと,リスク,偶然や不確定性などについて,とにかくものすごい濃度と強度の言葉で(しかししなやかに)書かれていて,私はこの本をどこから何度読んでも毎回止まらなくなるのだが,なぜか今までひとつも付箋をつけていない。おそらく本書全体が無数のラインでつながっているからこそ,一部を取り出すのはナンセンスだと感じるのだろう。

先の『ラインズ』が『急に具合が悪くなる』のなかで登場するのは,磯野さんが宮野さんに宛てた第9便でのことである。その頃の宮野さんは,モルヒネも効かないほど病いが進行し,痛みと死の恐怖が立ち上がるなか,「それでも」,未来に向かって約束を生きようとしていた。

生と死をめぐる魂の対話

約2カ月間にわたる全10往復の書簡の日付をみると,早いと翌日に,長くても1週間で返信していることがわかる。ふたりの魂がぶつかり合うようなこの対話がこの密度と速度で交わされたというのは,本当に驚異的なことである。

先述した磯野さんから宮野さんへの第9便は,よく見ると宮野さんから第8便が返ってくる前に出されたものだった。この宮野さんによる第8便に込められた気迫と覚悟は本当に凄まじい。研ぎ澄まされた思考と言葉はどこまでも鋭く,自分の身体に立ち止まりながらも,なぜ他でもない“私”が偶然の病いを生きるのかを真正面から見据えている。そして宮野さんの第9便では,生きるとは何か,という問いが投げかけられる。

これに続いて第10便で出された結論は,もう第1便から順を追って(ラインに沿って!)読んでいただくほかない。生きることや出会うことに関する宮野さんの言葉は,死や病いがすぐ目の前には迫っていない(と思っている)人にとっても,じんわりと深く染み入ってくるだろう。磯野さんが明かした「魂の分け合いの物語」も非常に印象深く,物語を生み出すことがいかに様々なものごとを“つなぐ”のか,改めて考えさせられる。

踏み跡の厚み

これほど深く鋭くこころ震える往復書簡を交わしたふたりが直接会ったのは,実はたったの5回なのだそうだ。他者と本当に出会うために必要なのは,回数でも時間の長さでもなく,自分を開き,相手を受け止め,共に世界に分け入ろうとする覚悟なのかもしれない。

ふたりの関係性のなかで紡ぎ出されてきた言葉の数々は,宮野さんとはもう会えなくなった今も,本書を読んだ人のこころに分厚い踏み跡を残し,新たなラインを描き続けている。

『急に具合が悪くなる』(宮野真生子・磯野真穂著,晶文社)
『ラインズ—線の文化史』(ティム・インゴルド著,工藤晋訳,左右社)
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豊原 響子(とよはら・きょうこ)
所属:島根大学人間科学部
資格:臨床心理士,公認心理師

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