【特集 認知行動療法に力を宿すには!?】#05 弁証法的行動療法──臨床編:治療の難所をしなやかに進むためのヒント|細田・アーバン 珠希

細田・アーバン 珠希(鳥取大学)
シンリンラボ 第31号(2025年10月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.31 (2025, Oct.)

基本編では,弁証法的行動療法(Dialectical Behavior Therapy,以下,DBT)の概要に触れた。日本では,包括的なDBT(standard DBT)を実践している心理臨床家はまだ限られているのが現状といえるだろう。そこで本編では,DBTの考え方を取り入れた心理療法(DBTインフォームドケア)を実践している場合を想定し,実際の臨床場面で役立ちそうなポイントを解説していく。

1.セラピストがつまずきやすいポイント

他の心理療法にも共通する部分はあるが,DBTを実践する中でセラピストがとくに直面しやすい課題として,次のようなものが挙げられる。

• 自傷行為や自殺をほのめかす発言への対応

• 治療への非積極的な関わり(セッションの無断キャンセルや繰り返される遅刻,スキル練習への消極的な姿勢,など)

• セラピストに対する攻撃的・挑発的な言動

• セラピストとの治療関係を築くことに対する強い不安(過度な迎合,一貫性のない態度,セラピストを試すようなふるまい,など)

• クライエントの語る悩みにセラピストが圧倒され,スキル紹介などの治療的介入が後回しになる

このような状況に対応するために,セラピスト自身も弁証法的思考やDBTのスキルを身につけておくことが助けになる。

2.臨床場面で役立つポイント

1)弁証法的な視点を活用する

困難な状況に直面したときに,DBTの土台となる「弁証法的思考」が手がかりとなる。これは,物事を白か黒かで捉えるのではなく,白と黒の中間のグレーの幅に目を向けたり,「一見正反対のように見える二つの視点のどちらにも一理ある」と捉えるような視点を指す。

たとえば,クライエントが心理面接への遅刻やキャンセルを繰り返すと,「治療に対して消極的だ」と感じ,「このアプローチでいいんだろうか?」と不安に思うかもしれない。また,「こんな治療は意味がない!」と声を荒げたときには,「拒否的な態度だ」と受け取り,「なんとかしなくては」と焦って,治療に取り組むよう説得したくなる場面もあるだろう。そんなとき,弁証法的視点が助けになる。「治療に乗り気でない部分が70%くらいある一方で,どこかで助けを求めている気持ちも10%くらいはあるのかもしれない」と捉え直すことで,少し冷静さを取り戻せるかもしれない。すると,「なぜこのような行動を取るのか」と背景に目を向ける余裕が生まれてくるだろう。

また,クライエントが「死にたい」と訴えたとき,多くのセラピストが焦りや不安を感じ,その気持ちに寄り添おうと共感的に話を聞き続けることもあるだろう。けれども,そうした対応によって,クライエントは「自殺を訴えればセラピストは時間をかけて話を聞いてくれる」と無意識に学び,結果的に自殺の訴えがさらに増えていく可能性もある。一方で,自殺しないように説得しようとすれば,クライエントは「ありのままを受け入れてもらえない」と感じ,信頼関係が損なわれてしまうかもしれない。そんなときにも,弁証法的思考が助けになる。「死にたい気持ちが60%あっても,死にたくないという正反対の気持ちも40%くらいあるかもしれない」と両方の側面に目を向けることで,焦りや不安が少しやわらぐかもしれない。すると,過度に共感的になりすぎず,冷静さを保ったままスキルの活用を促すことができるだろう。

治療の方向性を考えるときにも,弁証法的思考が役立つことがある。クライエントが「気分が沈んで家事ができない」と訴えているとき,セラピストとしては「少しずつ家事ができるようになる」ことを治療目標に掲げたくなるかもしれない。けれども,一歩引いた視点で眺めてみると,家事ができないことよりも,「完璧にこなさなければいけない」という考えやプレッシャーがクライエントを苦しめているのかもしれない。もしそうであれば,「完璧にしなくても“まあいいか”と思えるようになること」や,「パートナーに上手に頼れるようになること」といった目標のほうが,クライエントにとっては現実的で,より役立つ目標になりうる。

このように,一歩引いた視点を持つことで,クライエントの言動を冷静に捉え直せたり,セラピスト自身が無意識に抱いていた「こうあるべき」といった枠組みからいったん離れ,クライエントに合った支援の形を探ることができるようになるだろう。そして,これによってクライエントの治療に対する抵抗感や葛藤がやわらいだり,より協働的な関係を築きやすくなるかもしれない。

包括的なDBTでは,こうした弁証法的視点を保つために,チームコンサルテーションが大きな支えとなりうる。これが難しい場合でも,スーパービジョンや,率直に気持ちを話せる仲間の存在が,クライエントとの関係に巻き込まれすぎることを防ぐ助けとなるだろう。

2)「受け入れること」と「変わること」の両立

DBTの弁証法的思考の中でとくに重要なのが,「受容(acceptance)」と「変化(change)」のバランスをとりながら治療を進めていく姿勢にある。つまり,クライエントの今の状態をそのまま受け入れながら,同時に変化を促していくことが目指されている(Linehan, 1993; Linehan, 2015)。

変化には,勇気とエネルギーが必要である。食習慣や話し方のような日常の小さな習慣ですら,変えるのは容易ではない。ましてや,長く続いてきた心の状態を変えることは,大きな負担をともなう。「治療でよくなる」と言われても,「本当に変われるのか」「変わることで何かを失ってしまうのでは」といった戸惑いや疑念,不安が生まれることもある。

また,症状そのものが心を守る役割を果たしている場合もあるだろう。たとえば,これまで抑うつ症状を理由に学校や仕事を避けてきた人にとって,症状が改善すれば,学校や仕事を休む理由を失ってしまい,避けていた責任や人間関係の課題と向き合わざるを得なくなる可能性がある。さらに,「もしも回復したら,これまでの苦しみが無意味に思えてしまうのでは」といった,複雑な思いがよぎることもあるかもしれない。

クライエントによっては,自分を苦しめることで,無意識に親などへの報復を試みていることもある。たとえば,「親に人生を支配されてきた」と感じている場合,「回復したい」と願うこと自体が,反発心や報復心を手放すことにつながり,葛藤を引き起こす可能性がある。

さらに,これまで何人ものセラピストとうまく関係を築けなかった経験があるクライエントにとって,新たに信頼関係を結ぼうとすること自体が大きな挑戦となることが考えられる。「また裏切られるのでは」「セラピストとすら関係を築けない自分なのでは」といった不安が強くなることもあるだろう。

クライエントが「早く楽になりたい」と強く訴えているときでも,その言葉の奥には「よくなること」や「変化すること」への戸惑いが潜んでいることがある。もしセラピストが,十分な受容を行わずに変化を急ぎすぎてしまうと,クライエントは「自分の不安や葛藤がわかってもらえていない」と感じて,治療に対する抵抗感を強める可能性がある。その結果,治療への消極的な態度や中断,自傷行為やセラピストへの怒りといった,困難な反応が生じることもあるだろう。そうした過程の中で,セラピスト自身が困惑したり,疲弊してしまうことも少なくない。

3)変化を急ぎすぎてしまったときに 

セラピストが「変化を急ぎすぎてしまったかもしれない」「間違った対応をしてしまったのでは」と不安になることもあるだろう。けれども,コミュニケーションとは,一度で完全に理解し合うものではない。「わたしはこう感じたけれど,あなたはどうでしたか?」と,認識のズレを少しずつすり合わせていくプロセスといえるだろう。

たとえ,クライエントの気持ちにそぐわない言葉をかけてしまったとしても,そのズレに気づけたときには,「どんなふうに感じましたか?」と率直に尋ねることで,関係を立て直すことが可能である。もし相手を傷つけてしまったと感じたときには,真摯に謝ることで,信頼関係が深まることも少なくない。つまり,間違いは失敗ではなく,気づきや調整のための大切なチャンスになりうる。「完璧な対応」を目指すよりも,対話を重ねながらクライエントとの関係を築いていこうとする姿勢が大切だといえるだろう。

4)DBTのスキルを活用する

セラピスト自身がスキルを身につけておくことは,治療上の困難に対応するうえで大きな助けになりうる。たとえば,マインドフルネスを使ってクライエントに対するネガティブな感情に気づいたり,セルフバリデーションで自分の感情や考えを受け止めたりすることで,心の余裕を保つことができるだろう。また,プレッシャーを感じる場面では感情調節スキルを活用して自分の感情を整えたり,バリデーションなどの対人スキルを通じてクライエントの不安や怒りを受け止めることで,治療関係の安定にもつながる可能性がある。

クライエントの訴えに圧倒され,スキルの紹介などの治療的介入が進まないときにも,セラピスト自身がスキルを活用することが有効といえるだろう。たとえば,マインドフルネスを用いて治療の目的を見失わないように意識を向けたり,「話を遮ると不快にさせるのでは」といった自身の焦りや不安に気づくことで,より冷静に対応できるようになるだろう。

5)スキル習得を促すときのコツ

DBTでは,セラピストがクライエントと「対等な立場で共に学ぶ」姿勢が大切にされている。スキルを紹介する際にも,「わたしもこのスキルを使っているんです」「習得するのに,ここが難しかったです」と自身の経験を交えて伝えることで,クライエントはスキルをより身近に感じ,受け入れやすくなる。こうした姿勢は,セラピスト自身の緊張も和らげ,肩の力を抜いて治療に臨むうえで役立つだろう。

ときには,クライエントの話を止めることができず,スキルを紹介するタイミングを逃してしまうこともあるかもしれない。しかし,次のセッションで「前回のお話を受けて,ご紹介したいスキルがあるんです」などと,改めて伝えることも十分に可能である。

また,スキル習得を急ぎすぎないことも大切である。DBTでは,スキルの「メリット」だけでなく,「デメリット」についても丁寧に扱う姿勢が重視されている。たとえば,マインドフルネスは「今ここ」に意識を向けるスキルだが,その過程で自身のネガティブな感情に気づくこともある。そのため,マインドフルネスを紹介する際に,不安を抱くクライエントも少なくない。「怒りに意識を向けたら,怒りに飲み込まれてしまうのではないか」「悲しみに目を向けたら落ち込みすぎて戻ってこられなくなるのではないか」といった懸念を抱くこともある。そうした反応をまずは丁寧に受け止めることが重要となる。

さらに,スキルを紹介して,すぐに「ではホームワークとして実践してみましょう」と促すのではなく,「どんな生活場面で役立ちそうか」「試せそうな気はするか」「試してみたい気持ちは何%くらいか」「試すときには,どんなサポートがあるとやりやすそうか?」などと尋ねることで,クライエントの心の準備具合を確認しながら進めることができるだろう。

そして,クライエントが変化への心の準備ができておらず,スキル習得に抵抗を示すときには,「今すぐ使うかどうかは別として,こういう選択肢があることを知っておくと,いざ困ったときに思い出せるかもしれませんね」と伝えることで,クライエントの心に選択肢の種をそっと蒔いておくことができるかもしれない。

3.変わるかどうかを決めるのは本人

何より大切なのは,「最終的に変わるかどうかを決めるのはクライエント自身である」という視点である。変化する道を選ぶのも,「今はまだ変わらない」という選択をするのも,その選択の主体は,つねにクライエントにある。セラピストの役割は,あくまでその選択を支える「案内役」のような存在といえるだろう。登山に例えるなら,セラピストがクライエントを無理に山の頂上へ連れていくことはできない。しかし,クライエントが登ると決めたときに備えて,地図を示したり,必要なツールや支えを提供することはできる。

このような視点を持つことで,セラピスト自身も「クライエントの症状を改善しなければ」というプレッシャーや焦りから,少し解放されるかもしれない。十分な受容を通してクライエントのエネルギーが少しずつ蓄えられていくことを信じる姿勢が大切である。そして,クライエントが「今の自分でも一歩踏み出せるかもしれない」と感じられるような関わりを続けていくことで,セラピストは,クライエントも自分自身も大切にしながら,治療の歩みを支えていくことができるだろう。

文  献
  • Afshari, B., Dehkordi, F. J., Asghar, A., Farid, A., Aramfar, B., Balagabri, Z., … Amiri, P.(2022)Study of the effects of cognitive behavioral therapy versus dialectical behavior therapy on executive function and reduction of symptoms in generalized anxiety disorder. Trends in Psychiatry and Psychotherapy, 44; 1–7.
  • Harned, M. S.(2022)Treating trauma in dialectical behavior therapy: The DBT prolonged exposure protocol (DBT PE). Guilford Publications.
  • Linehan, M.(1993)Cognitive-behavioral treatment of borderline personality disorder. Guilford Press.
  • Linehan, M. M.(2015)DBT Skills training manual (2nd ed.). Guilford Publications.
  • Linehan, M. M.(2020)Building a life worth living: A memoir. Random House.
  • Miller, A. L., Rathus, J. H., & Linehan, M. M.(2007)Dialectical behavior therapy with suicidal adolescents. Guilford Press.
  • Perepletchikova, F., Axelrod, S. R., Kaufman, J., Rounsaville, B. J., Douglas-Palumberi, H., & Miller, A. L.(2011)Adapting Dialectical Behaviour Therapy for children: Towards a new research agenda for paediatric suicidal and non‐suicidal self‐injurious behaviours. Child and Adolescent Mental Health, 16 (2); 116–121. https://doi.org/10.1111/j.1475-3588.2010.00583.x
  • Rathus, J. H., & Miller, A. L.(2015)DBT skills manual for adolescents. Guilford Publications.
  • Valentine, S. E., Bankoff, S. M., Poulin, R. M., Reidler, E. B., & Pantalone, D. W.(2015)The use of dialectical behavior therapy skills training as stand‐alone treatment: A systematic review of the treatment outcome literature. Journal of Clinical Psychology, 71 (1); 1–20. https://doi.org/10.1002/jclp.22114
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細田・アーバン 珠希(ほそだ・アーバン・たまき)
鳥取大学大学院医学系研究科臨床心理学講座
資格:公認心理師・臨床心理士・米国心理学博士(Licensed Psychologist)
主な著書:『弁証法的行動療法実践ガイドーDBTインフォームドケアで感情調節が難しいクライエントと伴走するアプローチ(仮題)』(遠見書房,2025年秋頃出版予定)
好きなこと:コーヒーを楽しむ時間

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