伊藤絵美(洗足ストレスコーピング・サポートオフィス)
シンリンラボ 第31号(2025年10月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.31 (2025, Oct.)
本論ではスキーマ療法における様々な臨床的工夫について具体的に紹介したい。(スキーマ療法の基本編はこちら)
1.治療関係(特に治療的再養育法)に関わる臨床的工夫
1)セラピストの自己開示
境界性パーソナリティ症(BPD)のクライアントは,当初セラピストを神格化・理想化しがちである。そこでセラピストは最初の心理教育の段階で,「自分にも早期不適応的スキーマがある」「自分もスキーマ療法に取り組んで変化した」といったことを自己開示し,セラピストもクライアントと同じ人間であり,生きづらさを抱えていること,それがスキーマ療法によってよい方向に変化したことを伝えることによって,よい意味でクライアントが驚き,セラピストに人間的親しみを感じてくれるようになる。スキーマ療法ではこのようにセラピストが「リアルパーソン」として機能することを重視する。そのうえで治療的再養育法を実践するのである。
2)「チャイルドモード」への名づけと呼び方
治療的再養育法について心理教育したうえで(心理教育なしの再養育法は危険!),クライアントに自らの「チャイルドモード」に名前をつけてもらう。大抵は「〇〇ちゃん」「〇〇君」という呼び名になる。名前がついたらそれ以降,セラピストがクライアントの「チャイルドモード」に言及するときは,子どもに呼びかけるように,「〇〇ちゃん」「〇〇君」と一貫して呼びかける。それを続けるうちに,クライアントの「チャイルドモード」が活性化しやすくなったり,「親」であるセラピストに甘えたりできるようになる。
3)移行対象を活用する
筆者は毎回のセッションで,アロマオイルを沁み込ませたコットンをジップロックに入れ,可愛いシールを貼ったものをクライアントに渡すようにしている。そのこと自体が「チャイルドモード」を喜ばせるし,コットンを持ち帰ることによってそれが「移行対象」として機能する。その他にもセラピストを想起させるような何か(カード,ビーズ,一緒に撮った写真,スマホに吹き込んだ声のメッセージ)を差し上げて,「私はあなたといつでも一緒にいますよ」というメッセージとすることができる。セッションを録音・録画するクライアントも少なくなく,セッションとセッションの間にそれらを見たり聞いたりすることも移行対象として機能する。
4)終結後は自立後の「実家」として機能する
治療的再養育法がモデル学習となって,クライアント自身の「ヘルシーアダルトモード」が成長し,強化されると,クライアント自身が自らの「チャイルドモード」のケアやサポートができるようになり,そうなるとスキーマ療法は終結する。しかしクライアントによっては完全なる終結は「今生のお別れ」のようで寂しくてつらい,と言う人もいる。その場合,自立した人がときに実家に里帰りするようなイメージでフォローアップセッションを設定することができる。ずっとセラピーに依存させるのではなく,自立してもらった後に,「実家」として細々と機能するのである。
2.安心安全の確保に関わる臨床的工夫
スキーマ療法は幼少期から思春期にかけての傷つき体験を,そのときの感情も含めて振り返ったり,それによって形成されたスキーマに直面化したりするので,侵襲性がそれなりに高いセラピーであると言える。そのため安心安全を確保し,クライアントの「チャイルドモード」をケアしながら進めていくことが不可欠である。そのための臨床的工夫について以下に紹介する。
1)お膳立てによるセルフケア力の底上げ
当事者用のワークブック(伊藤,2015)には,本格的なスキーマ療法に入る前のお膳立てとしてのワーク(例:サポートネットワークの確認,セルフモニタリング,マインドフルネス,コーピングレパートリーなど)がいくつも掲載されており,それらに予め取り組んでクライアントのセルフケアの力を底上げしてから,スキーマ療法に入るよう構造化されている。このようなお膳立てによってスキーマ療法に入ってからのしんどさをクライアントが自らケアすることが可能になる。またお膳立ての期間を通じて,治療的再養育法を中心とした治療関係を築くことができる。
2)安心安全のイメージの確保
お膳立ての次に,「安心安全のワーク」をさらに行い,スキーマ療法のワークの前後に必ず「安心安全のワーク」を実施することで,スキーマ療法のしんどさをケアする。「安心安全のワーク」にはイメージを用いるもの(例:大好きだった祖母の姿,自然の光景)と,持ち歩いたり触ったりできる物体の両方を用意する。イメージはフラッシュバックが起きたときなどに瞬時に使えるので有用である。クライアントが安心安全のイメージを自ら作るのが難しい場合は,ワークブック(伊藤,2015)にたくさんの例が書いてあるので,それらを参考にしてイメージを作ることができる。
3)ぬいぐるみの活用
安心安全を感じさせてくれる物体は,クライアントの「チャイルドモード」がホッとできる物であれば何でも構わないが,ぬいぐるみを活用するクライアントが非常に多い。ぬいぐるみは当機関にも何体もおり,セッション中は自らのお気に入りのぬいぐるみ抱きながら話をするクライアントもいる。その場合,そのぬいぐるみの写真が日常生活で使える「安心安全な物体」ということになる。一方,自宅にあるぬいぐるみを活用する人もいれば,ショップに出向いてお気に入りのぬいぐるみを購入し,それを「安心安全の物体」として利用する人もいる。その場合,日常生活でも常にぬいぐるみと接し,さらにセッションにもぬいぐるみを連れてきてもらう。ぬいぐるみの威力は絶大で,クライアントの「チャイルドモード」を癒してくれる効果は計り知れない。
3.早期不適応的スキーマに関わる臨床的工夫
1)振り返り(ナラティブ)をじっくり大事に行う
過去体験の振り返りについては,クライアントのペースで感情をこめてじっくりと語ってもらうようにする。この語り(ナラティブ)それ自体が,「ナラティブ・エクスポージャー・セラピー」(Schauer et al., 2011)と同様の効果をもたらし得ることを筆者は強く実感している。振り返りをするだけで回復が進むクライアントが一定数いるからである。また振り返りが済むと,クライアントが自らを「サバイバー」と認識できるようになり,困難な人生を生き抜いてきた自分をねぎらうことができるようになる。さらにそのような人生の体験を他者(セラピスト)と初めて共有したことに安心感や満足感を抱くクライアントは少なくない。
2)スキーマを「真実」ではなく「スキーマ」として扱えるようになる
早期不適応的スキーマの検討が終わりスキーママップを描き,日々自らのスキーマをモニターできるようになると,クライアントはこれまで「この世の真実」だと信じてきたスキーマが,単に「スキーマ(思い込み)」に過ぎないことを実感していく。この認知の転換は非常に重要で,セラピストは認知的技法を駆使して,この転換をクライアントに起こす必要がある。「不信/虐待スキーマ」「欠陥/恥スキーマ」によって誰とも関われず,自分を無価値とみなしてきたあるクライアントが,最終的には「スキーマって要するに妄想だったんですね」としみじみと語ってくれるようになったことを思い出す。
4.モードアプローチに関わる臨床的工夫
1)「チャイルドモード」へのアクセスは最初からどんどん行う
スキーマ療法開始当初にクライアントの「チャイルドモード」に名づけをしたら,セラピストは治療的再養育法を通じて,クライアントの「〇〇ちゃん」「〇〇君」に対してどんどん声かけをして(直接的にも間接的にも),アクセスしたりケアしたりしてみせる。またホームワークとして,「チャイルドへの声かけ」「チャイルドのケア」といった課題を早々に設定し,クライアントの「ヘルシーアダルトモード」が,日常的に自らの「チャイルドモード」に声かけをしたり,「つらかったね」「あったかいお風呂に入ろうね」などとケア的な対応をしたりするのを継続的にサポートする。
2)アディクションは「非機能的コーピングモード」として扱う
過食嘔吐,アルコール,OD,自傷行為などアディクションの問題を抱えるクライアントは多いが,スキーマ療法ではアディクションを「非機能的コーピングモード」として捉え,非機能的ではあるがそれらを使って生き延びてきたことをクライアントと共有し,スキーマ療法の進行に応じて,次第にそれらに頼らずに済むようになると説明し,アディクションのモニターを続ける。そして実際にスキーマ療法が進行すると,「ヘルシーアダルトモード」が健全なコーピングを使えるようになるので,アディクションは結果的になくなったり大幅に減ったりするものである。
3)「非機能的ペアレントモード」には耳を貸さない
「非機能的ペアレントモード」のうち,「懲罰的ペアレントモード」は,「お前は要らない」「お前はダメ人間だ」といった虐待的な大人の声が内在化されたもので,それらの声には一切耳を貸さなくてよいとクライアントに伝え,一緒に撃退の方法を考える。たとえばそれらの声を紙にわざと汚い字で書いて,その紙をびりびりに破るなどのワークを何度もすることができる。一方の「要求的ペアレントモード」は,「もっと頑張れ」「完璧にやれ」といったきりのない大人の声が内在化されたもので,これらの声にも耳を貸す必要はなく,こちらに対しては「うるさい!〇〇ちゃんはもう十分頑張っているのだから,放っておいてよ!」などと言い返すといったワークを何度も体験するとよいだろう。
4)イメージの書き換え:セラピスト編
スキーマ療法のモードアプローチのなかで最強の技法がこの「イメージの書き換え(imaginary rescripting)」である。これはセラピストと一緒に行うべき技法なので,クライアントが一人で取り組むことのあるワークブック(伊藤,2015)では紹介しなかった。詳細はYoungら(2003)やArntz(2012)や伊藤(2016)を参照してもらいたいが,以下のような手順で行う。①まずクライアントに閉眼してもらい,過去の傷つき体験が今にも起こりそうな場面をイメージしてもらう。②クライアントの許可を経て,セラピストがそのイメージに入り込み,クライアントの欲求に沿って,セラピストがクライアントを傷つける相手を撃退したり,クライアントを連れて一緒に安全な場所まで逃げたりするといったイメージをする。これが「書き換え」である。③「書き換え」のストーリーによって,クライアントが十分に安心安全を感じられたら,開眼してもらい,終了する。これはトラウマ処理の技法でもあるが,従来のエクスポージャーとは異なり,トラウマ的出来事が起こる前にセラピストがクライアントを守ってしまうストーリーに書き換えるので,クライアントは苦痛を感じることなしに「大丈夫だった」「守ってもらえた」という修正感情体験を得ることができる。「イメージの書き換え」は,一度きりではなく,クライアントの過去の様々な傷つき体験をもとに何度も行う必要がある。
5)イメージの書き換え:クライアント編
セラピストがクライアントの記憶イメージに入り込んでクライアントを守る形の「イメージの書き換え」を何度も行うことで,クライアントが徐々にエンパワーされ,またどのように書き換えればよいのか,そのやり方やコツを掴むことができ,そうなると「イメージの書き換え」もセラピスト主体ではなく,大人になった今のクライアント自身が,過去の体験に入り込み,傷つけられそうになった子どもの自分を,虐待者から守ったり安全な場所に連れて行ったりするというストーリーに書き換えることができるようになる。これも何度も行うことで,「ヘルシーアダルトモード」が強化され,自らの「ヘルシーアダルトモード」が自らの「チャイルドモード」を守れるのだという自信が強化される。このようにクライアント自身が「イメージの書き換え」ができるようになれば,セラピストの治療的再養育法は徐々に必要がなくなり,スキーマ療法は大幅に終結に近づくこととなる。
文 献
- Arntz, A.(2012)Imagery Rescripting as a Therapeutic Technique: Review of Clinical Trials, Basic Studies, and Research Agenda. Journal of Experimental Psychopathology, 3 (2); 189–208.
- 伊藤絵美(2015)自分でできるスキーマ療法ワークブック Book1&2. 星和書店.
- 伊藤絵美(2016)ケアする人も楽になるマインドフルネス&スキーマ療法 Book1&2. 医学書院.
- Schauer, M., Neuner, F., Elbert, T.(2011)Narrative Exposure Therapy: A Short Term Treatment for Traumatic Stress Disorders (2nd revised and expanded edition). Hogrefe Publishing.(森茂起・森年恵訳(2023)ナラティブ・エクスポージャー・セラピー 第2版. 金剛出版.)
- Young, J.E., Klosko, J.S., & Weishaar, M.E.(2003)Schema Therapy: A Practitioner’s Guide. Guilford Press.(伊藤絵美監訳(2008)スキーマ療法:パーソナリティの問題に対する統合的認知行動療法アプローチ.金剛出版.)
伊藤絵美(いとう・えみ)
洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長。
慶應義塾大学大学院社会学研究科社会学専攻博士課程修了。博士(社会学)。
資格:公認心理師,臨床心理士,精神保健福祉士,国際スキーマ療法協会認定上級セラピスト/トレーナー&スーパーバイザー。
主な著書:『自分にやさしくする生き方』(筑摩書房,2025),『カウンセラーはこんなセルフケアをやってきた』(晶文社,2023),『世界一隅々まで書いた認知行動療法・認知再構成法の本』『世界一隅々まで書いた認知行動療法・問題解決法の本』(いずれも遠見書房,2022),『セルフケアの道具箱』(晶文社,2020),『自分でできるスキーマ療法ワークブック』(星和書店,2015)ほか




