【特集 認知行動療法はテイラーメイドだ!】#05 弁証法的行動療法──基本編:しなやかな“悩み方”のレッスン|細田・アーバン 珠希

細田・アーバン 珠希(鳥取大学)
シンリンラボ 第27号(2025年6月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.27 (2025, Jun.)

1.弁証法的行動療法とは?

「弁証法的行動療法(Dialectical Behavior Therapy,以下,DBT)」について耳にしたことがある心理臨床家は増えてきているように思われる。そして,「海外ではかなり普及しているらしい」「治療効果が高いらしい」「心理療法になじみにくいクライエントにも活用できるらしい」と気になる一方で,「かなり本格的な治療プログラムらしいから実施が難しそうだ」と,学ぶのを少しためらっている方もいるかもしれない。それでは,DBTとは実際どのような治療法なのだろうか。

2.マーシャ・リネハン博士とDBTの誕生

DBTを開発したアメリカの心理学者マーシャ・リネハン博士 Marsha Linehan, Ph.D. は,若い頃に深刻な心の苦しみを経験していたとされる。家族の中で自分の居場所を感じられず,「自分には価値がない」と思いつめ,自傷行為をくり返していたという。感情の調整や対人関係に困難を抱え,精神科に入院していた時期もあったそうだ(Linehan, 2020)。

入院中,医療スタッフとのあたたかい関わりが大きな支えとなったものの,当時の治療には失望を感じていたと述べられている(Linehan, 2020)。回復を模索するなかで,認知行動理論,精神分析理論,文脈的アプローチ,クライエント中心療法など多様な理論に影響を受け,とくに禅思想の「あるがままを受け入れる」姿勢や,矛盾を包み込む弁証法的な思考が,自身の回復に大きな役割を果たしたとふり返っている(Linehan, 1993; Miller et al., 2007)。こうした探求の積み重ねが,やがてDBTの誕生へとつながった。

DBTでは,比喩やたとえ話が豊富に用いられていたり,心理学的スキルにキャッチーな名前がつけられていたりと,遊び心がたっぷり感じられる点が特徴的である。たとえば,自分の要望を丁寧に伝えつつ,相手との関係を大切にしながら交渉する際に役立つスキルに,「DEAR MAN」という名前がつけられている。直訳すると「親愛なる人」といった意味にもとれる。しかし,ここではそうした意味合いはなく,スキルを構成する7つの要素の英単語の頭文字をつなげたものである。具体的には,Describe(状況を描写する),Express(気持ちを伝える),Assert(求めをはっきり伝える),Reinforce(相手にとってのメリットを示す),Mindful(マインドフルネスを用いる),Appear confident(自信ある態度で伝える),Negotiate(交渉する)の7つの構成要素から成り立っており,覚えやすく,実生活で思い出しやすいように工夫されている(Linehan, 2015)。さらに,リネハン博士自身も,ユーモアを大切にしながらクライエントと向き合ってきたことが語られている(Linehan, 2020)。

3.弁証法的思考とは?

ここで,DBTの「弁証法的思考」について少し詳しく触れておきたい。弁証法的思考とは,「正しいか間違いか」「成功か失敗か」といった二択で物事を判断するのではなく,その間にある幅やグラデーションに目を向けようとする考え方である。

たとえば,ダイエット中に一度お菓子を食べてしまったとする。そのときに,「もう失敗だ」と極端に考えてしまうと,続ける気力が失われるかもしれない。しかし,一歩引いて考えてみると,たった一度お菓子を食べたからといって,すべてが台無しになったわけではないだろう。むしろ,「一切食べてはいけない」よりも,「週に1回はお菓子OKの日を決めてみよう」と柔軟に見直すことで,自分に合ったペースで続けられるかもしれない。つまり,「食べたことはある意味失敗かもしれないけれど,まだ続けられる道もある」と考え直すことが可能になる。このように,白か黒かで決めつけず,その間にあるグレーの幅に気づこうとする姿勢が,弁証法的思考の土台となる。

日常生活の中で,人はうまくいかないことや心が揺れる場面に直面する。そんなとき,「どちらか一方だけが正しい」と決めつけて結論を出してしまうと,身動きできなくなったり,苦しみが大きくなってしまうことがある。DBTでは,「両方に一理あるかもしれない」「まだ別の道があるかもしれない」と一歩引いて全体を見渡す弁証法的視点を育て,ものごとをバランスよく捉える力を養うことを目指す。

4.DBTの特徴

1)治療体制

DBTの大きな特徴のひとつは,治療体制が明確に体系化されている点にある。基本的には1年間の治療プログラムが想定されており,「グループでのスキルトレーニング」「個別療法」「電話コーチング」「治療チームコンサルテーション」という4つの柱で構成されている。そして,これらは並行して行われる(Linehan, 2015)。

グループでのスキルトレーニングは週1回の集団形式で行われ,クライエントは人生をよりよく生きるためのさまざまなスキルを学ぶ。スキルには「マインドフルネス」「つらさ乗り切りスキル」「感情調節スキル」「対人関係スキル」という4つのスキル群があり,それぞれの群に複数の具体的なスキルが含まれている。通常は各回で1つずつスキルを取り上げ,段階的に習得を促す形で進められる。トレーニングにはさまざまなアクティビティが取り入れられており,楽しみながら学べるよう工夫が凝らされている(Linehan, 2015)。

同時に実施される個別療法も週1回行われる。ここでは,スキルトレーニングで学んだスキルを個々の生活状況に合わせて活用できるよう支援するほか,自傷行為や治療者への攻撃的な態度など,日常生活や治療の妨げとなる行動への対応も行う。

電話コーチングは,クライエントが日常生活で困難に直面した際に,学んだスキルをどのように活用するかを支援するために用意され,通常は24時間対応可能な体制が整えられる(Linehan, 2015)。

また,セラピストが常にクライエントに伴走する体制の中で,セラピスト自身が孤立したり疲弊することなく支援を継続できるよう,治療チームによるコンサルテーションも毎週設けられている。一人のクライエントをチーム全体で支えることを目指す点も,DBTの重要な特徴のひとつである(Linehan, 2015)。

治療開始時には,遅刻やキャンセル,グループ内での他の参加者との関わり方などについて,あらかじめルールを定め,治療契約を交わすのが通常である(Linehan, 2015)。これは,治療に対する両者の責任と協働姿勢を明確にするための重要なステップとされている。

2)スキル不足モデル

DBTは,手厚い治療体制を基盤に,弁証法的思考にもとづく治療観,マインドフルネスの重視,そして対等で協働的な治療関係の構築など,さまざまな特徴を備えている(Linehan, 1993)。なかでも特に注目されるのは,困難を乗り越え,人生をよりよく生きるための具体的な「スキル」をクライエントが使いこなせるよう,きめ細かく支援していくアプローチである。

このアプローチは「スキル不足モデル」という考え方にもとづいており,クライエントの精神症状や問題行動は「生まれつきの性格や特性によるもの」ではなく,「必要なスキルが足りないこと」によって起こっていると捉える(Linehan, 1993)。たとえば,パーソナリティ症の診断を受けた人は,「自分はもうどうしようもないんだ」と絶望的な気持ちになるかもしれない。一方,DBTでは,「これまでスキルを学ぶ機会が少なかったからだ」と捉え直す。そのため,クライエントは「スキルを学べば,今より生きやすくなるかもしれない」と希望を持ちやすくなる(Linehan, 1993)。さらに特徴的なのが,そのスキルの内容が非常に具体的で,しかも体系立てて整理されている点にある。

たとえば,マインドフルネスは,一般的には「今,ここに意識を向ける」などと説明されることが多いだろう。一方,DBTでは,こうした抽象的になりやすい概念についても,「どのようなステップを踏めば実践できるか」「どのような心構えで取り組めばいいか」といった具体的な方法にまで落とし込まれている。そのため,治療者にとってはクライエントにわかりやすく伝えることができ,クライエント自身もマインドフルネスを身につけやすくなるといえよう。

3)スキルのニュアンス―「悩み方のコツ」をスキルとして身につける

「スキルの習得」などと聞くと,「ハウツー」のようなマニュアル化された知識を覚えること,あるいは誰にでも同じように適用する画一的な方法を思い浮かべる方もいるかもしれない。とくに,クライエントの個別性や,そのときどきの心の動きを大切にしたいと考える心理臨床家にとっては,「スキルを習得する」という言葉に違和感を覚えることもあるかもしれない。

一方,DBTが目指しているのは,マニュアルに従うことではない。DBTでいうスキルとは,「何をすればいいか」という一つの正解を覚えることではなく,「どうやって悩み,どうやって向き合うか」という,しなやかなプロセスを身につけることを意味している。では,ハウツーとDBTスキルはどのように違うのだろうか。

たとえば,友だちが「資格試験に落ちて落ち込んでいる」と話してくれたとしよう。一般的なハウツーでは,「“大丈夫だよ,元気出して”ではなく,“つらかったね”と寄り添う言葉をかけましょう」といった言い方が紹介されるかもしれない。

一方,DBTのスキルのひとつである「バリデーション」では,相手の状況をより具体的に思い描くことが鍵となる。その友だちの状況をできるかぎり具体的に想像してみると,周りが遊んでいた中でもひとりで試験勉強に打ち込んでいたり,先が見えないなかで大きな不安を抱えていたかもしれない。試験結果を目にした瞬間,先の人生が絶たれたような気がして,頭が真っ白になって呆然と立ち尽くしてしまった可能性もある。努力してきた日々を思い出してショックを受け,自信を失ってしまったかもしれない。また,結果を家族や友人にどう伝えようか考えたときには,恥ずかしさやいたたまれなさで体が凍りつくような感覚を覚えたことも考えられる。気を紛らわせようと携帯をいじったり食事をしていても,心ここにあらずで,ふとした瞬間に涙がこぼれたかもしれない。外を歩いているときにも,孤独感や疎外感に包まれていたのではないか……。

こんなふうに具体的に想像するだけでも,友だちにかける言葉には自然と心がこもり,より真摯であたたかいものになるだろう。同じ「つらかったね」という言葉でも,心を動かさずにハウツーに従って言う場合と,相手の感情や状況を想像して言う場合とでは,その響きが大きく変わってくることが想像できるのではなかろうか。

このように,DBTのスキルは「何を言えばいいか」「どうすれば正解か」という解決策を教えるものではなく,「どう考え,どう向き合うか」というプロセスそのものをスキルとして学んでいく構成になっている。つまり,困ったときの「思い悩み方のコツ」を身につける営みといえるだろう。もちろん,こうしたスキルは一朝一夕に身につくものではないだろう。しかし,筋肉を鍛えることで少しずつ重いものを持ち上げられるようになるのと同じように,繰り返し練習を重ねることで,着実に身につけていくことが可能である。そして,一度身についたスキルは,さまざまな場面で応用できる「生きる力」となるだろう。

5.DBTが目指すもの

リネハン博士は,自らの回復には,「症状を減らすこと」だけでなく,「自分の力で生き抜くための具体的なスキル」が必要だったと述べている(Linehan, 2020)。こういった背景から,DBTでは,スキル習得を通じて,自己のあり方を受け入れながら,人生におけるさまざまな問題を自分自身で解決できるようになることを目指している。さらに,クライエントが「人生は生きるに値する」と心から思えるようになることを,最終的な目標に据えている。つまり,症状改善や自殺予防だけにとどまらず,生活の質(Quality of Life)やウェルビーイングの向上を目指す心理療法であるといえるだろう(Miller et al., 2006)。

6.DBTの対象

DBTは,もともとボーダーラインパーソナリティ症を抱える大人を対象とした心理療法として開発された (Linehan, 1993)。この疾患を抱える人の多くには,物事を極端に捉えやすく,視点を柔軟に切り替えることが難しいといった弁証法的思考の苦手さがみられる。そうした特性が心の痛みや葛藤を生み,感情調節の困難や対人関係の問題へとつながることがある。DBTは,こうした人々の弁証法的思考を育むアプローチとして有効であることが,さまざまな研究で示されている(Linehan, 2015)。

その後,ボーダーラインパーソナリティ症に限らず,摂食症,物質使用症,精神病など,幅広い問題や症状に有効であることが示されるようになった(Linehan, 2015)。さらに,うつ症状や不安症状への効果も報告されている(Afshari et al., 2022; Valentine et al., 2015)。また,心的外傷後ストレス症に対応する治療法として,DBTの要素を組み込んだ持続エクスポージャー療法(DBT-PE)(Harned, 2022)も開発されている。

対象も大人に限らず,子どもや思春期の若者,さらにはその家族にも広がっている(Perepletchikova et al., 2011; Rathus & Miller, 2015)。このようにDBTは時代とともに進化しながら,さまざまなクライエントに柔軟に応用されている。今後も,さらに多様な場面で活用されていくだろう。

7.DBTの可能性

DBTを実践するためには,治療機関の整備,セラピストの教育体制,スタッフの確保など,多くのリソースが必要となるため,とくに日本の臨床現場では普及が難しい面もあるかもしれない。しかし,それでもなお,DBTには学ぶ価値のあるエッセンスがたくさん詰まっている。感情調節や人間関係の悩みは,誰もが日常の中で直面する課題である。DBTは,そうした場面でよりよく生きるためのヒントを,どんな人にも与えてくれるだろう。

たとえ,包括的なDBTをそのまま実施できない状況であっても,DBTが大切にしている弁証法的な考え方やスキルを重視するアプローチは,治療の指針として,あるいは治療が行き詰まったときに新たな視点をもたらしてくれる。クライエントの状況を別の角度から捉え直したり,「今ここでどんなステップを踏めば,どんな変化が見込めるか」といった道筋を描く助けにもなるだろう。

そして何より,セラピスト自身にとっても,治療の全体像を見渡しながらクライエントと向き合えることは,大きな安心感につながるのではないか。DBTは,クライエントのためだけでなく,セラピスト自身の心の支えにもなりうるアプローチといえるかもしれない。

文  献
  • Afshari, B., Dehkordi, F. J., & Asghar, A., et al.(2022)Study of the effects of cognitive behavioral therapy versus dialectical behavior therapy on executive function and reduction of symptoms in generalized anxiety disorder. Trends in Psychiatry and Psychotherapy, 44; 1–7.
  • Harned, M. S.(2022)Treating trauma in dialectical behavior therapy: The DBT prolonged exposure protocol (DBT PE). Guilford Publications.
  • Linehan, M.(1993)Cognitive-behavioral treatment of borderline personality disorder. Guilford Press.
  • Linehan, M. M.(2015)DBT Skills training manual (2nd ed). Guilford Press.
  • Linehan, M. M.(2020)Building a life worth living: A memoir. Random House.
  • Miller, A. L., Rathus, J. H., & Linehan, M. M.(2007)Dialectical behavior therapy with suicidal adolescents. Guilford Press.
  • Perepletchikova, F., Axelrod, S. R., & Kaufman, J., et al.(2011)Adapting Dialectical Behaviour Therapy for children: Towards a new research agenda for paediatric suicidal and non‐suicidal self‐injurious behaviours. Child and Adolescent Mental Health, 16 (2); 116–121. https://doi.org/10.1111/j.1475-3588.2010.00583.x
  • Rathus, J. H., & Miller, A. L.(2015)DBT skills manual for adolescents. Guilford Publications.
  • Valentine, S. E., Bankoff, S. M., & Poulin, R. M., et al.(2015)The use of dialectical behavior therapy skills training as stand‐alone treatment: A systematic review of the treatment outcome literature. Journal of Clinical Psychology, 71 (1); 1–20. https://doi.org/10.1002/jclp.22114
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細田・アーバン 珠希(ほそだ・アーバン・たまき)
鳥取大学大学院医学系研究科臨床心理学講座
資格:公認心理師・臨床心理士・米国心理学博士(Licensed Psychologist)
主な著書:『弁証法的行動療法実践ガイドーDBTインフォームドケアで感情調節が難しいクライエントと伴走するアプローチ(仮題)』(遠見書房,2025年秋頃出版予定)
好きなこと:コーヒーを楽しむ時間

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