太田真貴(鳥取大学)
シンリンラボ 第31号(2025年10月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.31 (2025, Oct.)
1.セラピストの“認知”が実践の舵をきる
皆さんは,「認知療法」にどのようなイメージを持っているだろうか。(認知療法の基本編はこちら)
「使いやすい」「難しい」「合理的」「冷たい」……,読者一人ひとりが,これまでの学びや経験によって認知療法に対する何かしらの認知(考え)を抱いているはずである。
少し私自身の話をさせていただくと,私が心理士を目指して学び始めた頃には,すでに「認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy:CBT)」という言葉が一般的になっており,「認知療法(Cognitive Therapy:CT)」と「行動療法(Behavior Therapy:BT)」を意識的に分けて学ぶという経験はあまりなく,臨床現場に出てからは,目の前のクライエント(以後Cl)にどうCBTを展開していくかを第一に考え自己研鑽をつんでいた。
ところが,あるスーパービジョンで,スーパーバイザーから「(あなたの進め方は)行動療法よりのCBTだね」と言われたことがあった。特に批判的な意味ではなかったが,「自分のやり方は“認知療法らしくない”のだろうか」とモヤっとした気持ちになった(特に認知療法家になりたいという思いもないのだが)。ちなみに,そのスーパービジョン自体はとても有意義な時間だったが,以後,「認知療法らしさとは何か」という考えが面接を展開する度に頭の片隅に鎮座していたように思う。
さらに,学術大会でも,事例発表者に対し「それは行動療法では?」というコメントがなされる場面を何度か目にした。その度に「認知療法らしくなければ,認知療法として認められないのだろうか」「そもそも“らしさ”って何だ?」という奇妙なプレッシャーと戸惑いを感じるようになっていた。
そして私は,いつの間にか認知行動療法のマニュアルや著名な先生方の図書を“正解”とみなし,その枠に沿って臨床を進めるようになっていた。振り返れば,「自分のやっていることが,他者からみて認知療法(あるいは行動療法)だと認めてもらえるように」という認知があったのかもしれない。そんな認知に縛られていると,臨床実践がどこか窮屈で,やりづらさと複雑な感情を抱くことも多かった。今でこそ,行動療法や認知療法の成り立ちや,それぞれの背景にある哲学的な違いについて理解しているつもりである。当時の自分には「たとえ著名な先生に“認知療法らしい”と評価されても,それがClに届いていなければ意味がないのに」と思うが,当時の私は視野が狭くなっていたのである。実際のケースはどうだったかというと,目標を達成し終結するケースもあったので一定の改善は得られていたと思う(認知療法はマニュアル通りの遂行で一定の効果があるのがスゴイところでもある)。しかし,協同的に面接ができていたかは疑問である。
そんな中,精神科医療のある研修で精神科医がこう語っていた。
「いろいろな技法があるけれど,それはあくまでも道具。自分(セラピスト:以後Th)にあったやり方で,自信を持って使えるように取り入れていってください」
また,あるワークショップでは,海外の認知療法の第一人者が模擬セッションを実演した際,「それは認知療法なのか?」という問いがフロアから投げかけられた。すると,その先生は即座にこう答えた。
「認知モデルに基づいて作業仮説を立てアプローチしている。だから,これは認知療法です!」
これら言葉は,私の中にあった「認知療法らしさ」を追求する認知から解放してくれた。
治療の目的は,技法を正確に再現することではなく,Clにとって意味ある変化を促すことであり,認知療法はその一手段に過ぎない。当たり前のことではあるが,私にとっては,治療の本質を再確認する機会となった。以来,認知療法を臨床現場で活用していく際には,基本的な型は意識しつつも,Th自身の「柔軟さ」が必要であると考えるようになった。
Kazantzisら(2017)の著書にも『セラピストには,それぞれの強みと限界,共感的理解などの一般的なスキルを成長させるための能力があります。心理療法を学ぶ多くのセラピストは,自分自身がそのセラピーをリードする人物や提案者の形式を取り入れようとしていることに気づくでしょう。この方略は最初のうちは良いかもしれませんが,私たちはクライエントのニーズに焦点を当てるのに適している可能性がより高いという理由から,セラピストが自分自身の自己理解を深め,自分なりのスタイルを身につけることをお勧めします 』(坂野・青木監訳,2023, p.33,下線は引用者)と記されている。
認知療法は,ある出来事をどう捉えたか(認知)が感情や行動に影響するというモデルに基づいて展開される。当然ながらClの“認知”への働きかけが主軸となるが,その際に用いられる技法や方針は,私たちTh自身の“認知”というフィルターを通してClに提供される。そう考えるとTh側の“認知”そのものが,介入の在り方に大きな影響を及ぼしているといえるだろう。
私自身,「認知療法らしさ」に縛られていた時期と,その枠組みから解放された後の実践では,Clへの向き合い方や質問の質が大きく異なっているように思う。よく「うつ病だから認知再構成法をします」「主治医から“認知療法を”という指示があったが,適応か疑問(だがマニュアルにそってやっている)」という言葉を耳にすることがあるが,Clを十分に理解せず技法を選択することや,適応性に確信が持てないまま介入を進めることが,Clにとって意味のある支援につながるだろうか。
認知療法を効果的に展開するには,Thは「柔軟な視点」と「自らの認知への省察」が必要である。自分の見立てや介入がどのような前提に基づいているか,例えば以下のような問いをTh自身が問い直しながらClと向き合う必要があると考えている。
・この問題はどのように生じ,なぜ維持しているのか
・解決のためにどの技法や関わりが有効か(その理由も含め)
・この介入はClにどのような利益をもたらすか,または,弊害はあるか
・Thの都合で介入が展開されていないか
・この見立てやゴール設定は,Clにとって現実的で妥当か
・その見立てや方針は,Clにきちんと共有されているか
認知療法は,硬直的な枠にClを当てはめるものではない。むしろ,目の前のClに最適な方法を柔軟に模索し続ける実践である。
2.治療の羅針盤としてのアセスメントと目標設定
ここまで述べてきたThとしての“在り方”と並行して,認知療法(Cognitive Therapy:CT)を具体的に展開する上で欠かせないのが初期構造である。それは「アセスメント」と「ケースフォーミュレーション(事例の定式化)」,「目標設定」である。
1)包括的理解と仮説形成のプロセス
アセスメントは,Clの苦痛,現在の生活状況,発達歴,家族関係,価値観,強み,社会資源などを多角的に把握する作業であり,生物-心理-社会モデルなどが参考になる。この情報をもとに,Clの問題が「どのような要因で生じ,どう維持されているか」を認知モデルに沿って整理し,介入の焦点と戦略を立てるのがケースフォーミュレーションである。“認知モデル”に沿って,というのは,Clの問題に関連する,ここ最近の“出来事 → 自動思考 → 感情・行動”を複数列挙し,その結果,どのような状態にClがおかれているのかを可視化することで,Clの理解を深めることを指す。
例えば,うつ病で休職中の30代男性Clで想定してみる。
彼は几帳面で責任感が強く,職場での評価も高かったが,業務過多や人間関係のストレスで抑うつ症状が悪化し休職に至った。治療により症状は改善するも,「復職」に強い不安を感じていた。
アセスメントからは,幼少期から親の高い期待を背負い,成績は優秀で「努力して成果を出すことで認められる」という価値観を内在化してきたことがうかがえた。現在は一人暮らしで,気軽に相談できる人も少なく,社会的サポートは乏しい。
そんな彼が,ここ最近,“復職”に対する強い不安を感じたエピソードとして,支援者が“来週からリワークに通いませんか”と提案したときを挙げ,以下のような報告をした。
・出来事:リワーク参加を提案される
・自動思考:「行っても何も変わらない」「また失敗して恥をかく」「自分なんて誰の役にも立たない」「やっぱり自分はダメだ」
・感情:不安,恥,落胆
・行動:参加を先延ばし,支援者からの連絡を避け自宅にこもる
・結果:支援を受ける機会を逃し,孤立感が悪化→「やっぱり自分はダメだ」という思考が強化される
これをみると,自動思考が感情と行動を規定し,その結果,さらに否定的な認知を強化するという悪循環が見えてくる。さらに複数のエピソードを認知モデルにそって整理し照らし合わせると「失敗してはいけない」「迷惑をかけてはいけない」「他者からの評価こそが自己価値」といったスキーマがうかがえた。
さて,ここまで事例を整理すると,ThはClの認知や行動に寄り添い,「少しでも外に出てみたらどうか」「リワークは“完全にできるかどうか”ではなく,“慣れていく場”として活用するのはどうか」という視点を提案したくなるもしれない。小さな行動変容(例:まず1回だけ見学に行く,事前に相談できる人を増やすなど)を促すこともあるかもしれない。これまで家族の期待に答えながら誠実に生きてきたClの努力を尊重し,その努力をねぎらいたくなるかもしれない。
このようなケースフォーミュレーションは問題解決の糸口をみつけるだけでなく,Th自身の関わり方の指針にもなる。治療の過程では,Thにも様々な感情や思考が喚起され,それが有機的な理解や共感,関係性の深化につながる。一方でClの主体性を尊重するためには,そのようなThの内的反応をメタ的に捉えつつ,意図的に関わりを調整する姿勢が求められる。このような相互の経験を尊重しながら共に理解を深める姿勢は,協同的経験主義の実践そのものである。
これらアセスメントとケースフォーミュレーションは単なる導入手続きではなく,その後の面接で技法の選択や焦点の見極めを支える “羅針盤”として,治療全体の質を左右する重要なプロセスである。
2)変化の方向を共に描く目標設定
ケースフォーミュレーションによって介入の方向性が明らかになった後,次に重要なのが目標の明確化である。目標設定では,「このClはどのような生活を望んでいるのか」「何が変わると意味ある変化と感じるのか」といった視点が重要である。表面的な目標(例:職場復帰)にとどまらず,その背後にある価値や動機(例:社会とのつながり,自己効力感)を丁寧に言語化していく必要がある。これは,アセスメントやケースフォーミュレーションを通してクリアになってくる。実際に目標設定を行う際には,以下のような点を意識するとよい。
【目標設定のコツ】(Wright et al, 2017/大野・奥山監訳,2018, p.77より一部改編)
①目標設定の意義を共有する:目標設定が治療の進め方や方向性を明確にする役割があること,協同した取り組みができることなどをClと共有する
②明確な目標を立てる:抽象的な目標(例:「不安をなくしたい」)ではなく,具体的で現実的な目標に言い換える(例:「電車に一人で乗れるようになる」「週2回,友人と連絡をとる」)
③“手が届く目標”から始める:小さな成功体験がやる気を引き出すため,短期的に達成可能な目標をいくつか設定する
④本人の最大の悩みに焦点をあてる:Clにとって切実な問題に直結した目標選択が動機づけの維持につながる(例:人前で話すと過度に緊張する)
⑤測定可能な形にする:達成度や進捗が確認しやすい指標を設定する(例:「ストレスを減らす」よりも「毎晩30分は湯船に浸かる」)
⑥期限や頻度を加える:時間軸を持たせることで行動の実行可能性を高める(例:「週に3回,近所を10分散歩する」)
⑦柔軟性をもたせる:目標は状況に応じて調整可能であることを伝える
臨床では,初期から明確な目標をもっているClの方が少ない。目標設定はClとThが協同して探索する必要がある。もし,目標が不明瞭な場合は,「“今,ここ”」と「認知の三領域」を意識した質問が有効である。
例えば,「どうなりたいかよくわからない」と語るClに対して,〈なぜここ(面接)に来てくれたのですか?〉〈困難さを強く感じるのはどんなとき?〉〈変化したいと強く思うのはどんなとき?〉といった “今ここ”で感じているClの体験に注目する。仮に「親が行けとうるさいから来ただけ」と返答があったとしても,〈親御さんはなぜそう,うるさくいうのでしょうね〉—「自分が外に出ずにずっと家にいるから」—〈その親御さんの意見に対してはどう思うのですか?〉—「まあわかる気もする。自分も出れるなら出たいけど……」など,ここまで出てくれば,あとは外に出たいが出られないという本人の思いにそって,目標を設定していけばよい。
また,CTでは,「自分」「他者/社会」「将来」という認知の三領域に注目して,否定的な認知を捉えることも目標設定や介入方針の手がかりになる。
認知の三領域とは,例えば,自分への認知:「どうせ私はダメだ」「頑張っても無駄」「自分には対処できない」などの自己否定的,自己効力感不全的な認知,他者/社会への認知:「人は裏切るもの」「迷惑をかけたら終わり」「社会は厳しい」といった他者や社会への否定的認知,将来への認知:「どうせ良くならない」「何をしても意味がない」といった将来に対する否定的,悲観的認知,などである。
「つらいが,何に困っているかわからない」といったClには「今のご自身/社会/将来に対してどのような思いが浮かびますか?」といった質問によって,三領域の思考パターンを整理していくと,Clの内的世界がクリアになり,目標設定や介入の糸口が見えてくる。
最後に,初期段階におけるアセスメントやケースフォーミュレーション,目標設定は,クライエントが「やってみよう」と思え,Thも「一緒に取り組んでいこう」と感じられる関係構築の核となる。 “その人らしさ”を尊重した定式化によって,治療の羅針盤が定まり,技法の選択やCTに特徴的な構造化された支援も機能しやすくなる。もちろん,これらは治療の過程で適宜見直され,ときに修正されながら,新たな道筋を見いだすこともある。こうした丁寧な協同が,柔軟かつ効果的な認知療法の実践を支えている。
3.認知への介入:認知再構成法を効果的に使うために
次に,介入技法の中核ともいえる「認知再構成法(cognitive restructuring)」について実践的観点から述べていきたい。これは,問題に関連した否定的自動思考に気づき,それを吟味し,より現実的で柔軟な視点を得ることを支援する方法である。以下は,その実施上のポイントを紹介する。
1)自動思考にどう気づくか
自動思考は,ある状況に直面したときに瞬間的に浮かぶ考えやイメージであり,本人にはあまりに自然で意識されにくいという特徴がある。CTの説明を受けた後でも,Clが「出来事,認知,感情,行動,身体反応」を的確に区別し語るのは難しく,Thの援助が重要である。
Clが自覚しやすいのは「感情」や「身体反応」である。これらは,「怒り」「後悔」「悲しい」「腹痛」「不眠」「吐き気」など一般的な感情語,身体反応として報告されることもあれば,「モヤモヤする」「胸がざわつく」など漠然とした表現で報告されることもある。若い方は「ぴえん(悲しい)」「エモい(感情が揺さぶられるような複雑な心情)」「きゅんです(ときめき)」など,非教科書的だが日常的に使用している言葉で感情を表現することもある。このような表現も含め,Clがどのような感情体験をしているかThが理解,尊重し共有することが自動思考へのアクセスにつながる。中には,感情をうまく言語化できないClもいるため,あらかじめ感情語リストや身体反応リストなどを用意しておき,それを参照しながら感情の明確化を援助するのも有効である。
ある出来事に対する感情や身体反応が明確になってくると,自動思考も明確になりやすい。感情の強さをあらかじめ数値で確認しておくことも,より的を絞った自動思考の探索につながる。例えば,ある出来事に対して「後悔が80%」とClが語った場合には,〈後悔80%というとき,どんなことが頭に浮かんでいましたか?〉と尋ねることで,感情に直結した自動思考を探ることができる。また,当初の報告から一応の自動思考が出ていたとしても,感情や身体反応を明確にすると,より“ホット”な自動思考が新たに報告されることもある。
感情や身体反応そのものはCTにおいて直接的な介入対象ではない。しかし,Clの体験を共感的に理解し,その後の介入につなげるには,これらを丁寧に聴き取る姿勢が重要である。ここで重要なのは,認知再構成法に必要な項目を単に「列挙する」ことが目的ではなく,「出来事−自動思考−感情」の連なりを共にたどる過程そのものが治療的意義のある営みであるという点である。例えば,コラムを用いて表に各項目を記入する際も,各項目を書き出すことが目的ではなく,それぞれの項目がどのように関連しあい,ひとつの体験として連鎖しているかを,ThとClが一緒に検討していくプロセスが重要である。このような視点で整理することで,Clの理解と気づきの深化に結び付き,認知を再構成していく作業やその後の体験がより洞察を伴ったものとなる。
なお,自動思考がうまく引き出されない場合,前述した「認知の三領域」に関連した質問を投げかけてみるのも自動思考にたどり着きやすくする。
2)“再構成”の目的は「他の視点」に出会うこと
自動思考を捉えたあとは,それを「変える」ことが目的ではなく,「他にどんな見方があるか?」という別の視点や柔軟な考え方に出会うこと,つまり,認知の幅を“広げる”ことが目的となる。そのためにThは,「妥当性」と「有効性」の両面から自動思考を問い直す援助をする。
・妥当性:その自動思考が事実や証拠に裏づけられているか
・有効性:その自動思考を抱え続けることがClの役に立っているか
たとえ妥当性がある程度あったとしても,それがCl自身の生活や目標の達成に役立っていない場合には,別の考え方を探る必要がある。この2つの視点から自動思考を吟味することで,Cl自身が「他にも受け取り方はあったかもしれない」といった気づきを得ることができる。以下に,質問の項目例を記載しておくが,Thは,日々の実践から,自動思考をみつめなおすための「自分らしい質問」を増やしておくと良い。
【妥当性を検討するための質問】
〈その考えを裏づける証拠はありますか?反証は?〉
〈他の人が同じ状況だったら,あなたはどのように思いますか?〉
〈その出来事を,少し離れた立場から見たらどう見えますか?〉
〈それは「事実」ですか?それとも「解釈・推測」ですか?〉
〈その考えは,いつも100%当てはまりますか?例外はありませんか?〉
【有効性を検討するための質問】
〈その考えは自分にとって役に立っていますか?〉
〈その考えは,あなたが大切にしている価値や目標に沿っていますか?〉
〈その考えを信じ続けることで,問題は解決に向かいそうですか?〉
〈その考えを手放したとしたら,今より少し楽になりますか?〉
〈将来の自分がこの出来事を振り返ったとき,どんなふうに捉えると思いますか?〉
3)認知の変化と感情のタイムラグを支える
認知再構成法により別の視点が得られたとしても,感情の変化がすぐに現れないことも多い。特に,長年染みついた認知パターンに基づく感情は,短期間では変化しにくいことも多く,Clから「頭ではわかっているけど気持ちがついていかない」といった反応が返ってくることも少なくない。認知再構成法では,以下のような状態でも一定の効果があったと捉えることができる。
・再構成前より不快な感情が少しでも軽減している
・否定的感情の強さは変わらないが,達成感や感謝など肯定的な感情が芽生えた
・感情は変わらなくとも「頭ではわかる(他の見方がある)」という状態になっている
このような変化は,Clが認知の選択肢を得て,自分の体験に新たな意味づけを加える一歩となる。
Thは,不快な感情がすぐには消えないことを否定せず,Clの小さな変化を見出し,例えば〈少しでも不快な感情が減ったならOKです〉〈別の視点も持てている,という状態がとても大切です〉などのフィードバックを通してClを支える。そして,〈いくつかの考えを持った状態で実際に日常生活を送ってみてください。新たな気づきが得られるかもしれません〉など,実生活の中でも再構成で得られた気づきに注意を向けるよう促す。そうすることで,新たな体験とさらなる気づきが循環し,認知・感情・行動の変化が積み重なっていく。そのようにClを支えていくと認知再構成法の実施が生きてくる。
4.面接の構造化のカギ:アジェンダ設定
CTは,面接を「構造化された時間」として設計し,効果的かつ効率的な支援を目指す。構造化の工夫は様々あるが,アジェンダ設定は構造化を進めていく上で重要な取り組みである。アジェンダを明確に設定することは次のような意義がある。
・セッションの焦点を明確にする
・限られた時間を有効に使うための時間配分を可能にする
・ThとClの“協同作業”という雰囲気を生み出す
アジェンダが曖昧なままだと,漠然とした会話に終始したり,問題が語られるだけで焦点が定まらないまま面接時間が終了してしまうことも少なくない。とはいえ,最初からうまくアジェンダを設定できるとは限らない。以下に実践上の工夫を紹介する。
【アジェンダ設定の工夫】
・アジェンダの意義を説明しておく
CTの進め方として,初期段階でアジェンダを設定する目的をClに説明しておくと,Clは受け入れやすい。例えば,〈限られた時間をできるだけ有効に活用できればと思っています。毎回の面接では,最初に“今日話したいこと”を一緒に整理してから進めていければと思いますが,いかがでしょうか?〉などである。私自身の経験では,このように意義を伝えることで,ほとんどのClが自然に受け入れてくれている。ただ,もし「自由に話したい」といった反応が見られた場合は,自由に話すことにどのような期待があるのかを尋ねてみるのもよいだろう。このような反応が見られる背景には,CTを実施する目的が十分に伝わっていない可能性があり,その場合は,アセスメントやケースフォーミュレーション,目標設定の再確認も含めて,治療の方向性を改めて共有する必要があるかもしれない。
・近況や前回の振り返り,ホームワークの確認は「導入」として位置づける
セッションの冒頭で,近況や前回面接の振り返り,ホームワークの確認などを行うが,そこでは,Clから様々な情報が報告される。Thが深めたいと思う話題も出てくるだろう。しかし,都度対応していては時間ばかりが経過する。そのため,これら確認はあくまで「導入」として位置づけ,一定の時間(目安として50分の面接であれば10分程度)が経過したらアジェンダ設定を提案する。導入部分で治療的に有意義な話題が出ていた場合は,Thからそれをアジェンダの候補として提案してもよい。Clの話題を途中で遮るような思いになり,躊躇するThもいるかもしれないが,導入部分で語られた内容を「要約」して返す(=Thとしての理解を伝え返す)こと,そして限られた時間をClにとって有意義なものにしたいという意図を伝えることで,多くのClは協力的な姿勢を示してくれる。
・アジェンダを可視化する
ホワイトボードやメモ用紙などを用いてアジェンダを視覚的に共有すると,どの話題が重要か,何を優先するか客観的に判断しやすくなる。また,面接中に話題が脱線した場合や,どの話題を扱っていたかわからなくなったときにも,可視化されたリストを一緒に確認することで,面接の焦点を再設定しやすくなる。
・時間の目安を共有する
話題が複数ある場合は〈この話題はどのくらいの時間を要しそうですか?〉などと問い,時間配分を共有する。このような対応により,Clが話したいテーマの選択や話の要点を整理する助けとなる。
これら工夫はあくまでも一例 であり,必ずしも全てを取り入れる必要はない。時間配分についても,厳密に守らなければならないわけではなく,柔軟な構造化,アジェンダ設定を心がけることが重要である。最初は戸惑うClもいるかもしれないが,面接の構造に慣れるにつれ,より率直で活発なやり取りが出現してくることも多い。
また,Clから複数の話題が挙げられ,優先順位を決めかねることもある。さらに,話題が壮大すぎて焦点化しにくい場合もある。このようなときは,初回に設定した面接目標やケースフォーミュレーションを参照しながら,焦点を定めていく。例えば〈私たちはこのような目標を持って取り組んできましたが,その中で今日のお話と関連が深そうなのはどれでしょうか?〉〈ケースフォーミュレーションで,このような悪循環があると考えてやってきましたが,この悪循環を断ち切るために役立ちそうな話題はどれですか?〉などと質問し確認してみる。
なお,自傷他害や服薬の拒否など,生命・健康に関わるテーマは最優先されるべきである。場合によっては,目標設定そのものを見直すセッションになるかもしれない。しかし,それも治療をより有効に進めていく上で重要なアジェンダである。Thは,焦点化に向けた視点や提案を行いながらも,最終的にアジェンダを主体的に決めるのはClとなるよう援助する。
5.おわりに──CTは協同的な営み
さて,ここまで執筆してみて,改めて認知療法の奥深さに私自身が気づかされた。どこに焦点を当てて記載するか迷いながらの執筆であった。「かゆいところに手が届く」ような実践的な工夫がどれだけ伝えられたか不安も残る。それでも今回は,臨床におけるThの在り方や関わりの工夫に焦点を当てたつもりである。CTには,マニュアルに書かれていない多くの工夫と試行錯誤があり,実際にはThの数だけ実践があるだろう。CTは,構造化された枠にClを当てはめる支援ではなく,Clの“今ここ”に深く関わりながら共に歩む協同的な営みである。技法の正確さだけでなく,柔軟性と関係性の中で生まれる“気づき”こそが,変化の鍵となる。私たちTh自身の認知も省察しながら,目の前のClにとって意味ある支援を模索していけたらと願っている。
文 献
- Kazantzis, N., Dattilio, F. M., & Dobson, K. S.(2017)The Therapeutic Relationship in Cognitive-Behavioral Therapy: A Clinician’s Guide. Guilford Press.(坂野雄二・青木俊太郎監訳(2023)認知行動療法と治療関係 臨床家のためのガイドブック. 星和書店.)
- Wright, J. H., Brown, G. K., Thase, M. E., Basco, M. R.(2017)Learning Cognitive-Behavior Therapy: an illustrated guide, Second Edition. American Psychiatric Pub.(大野裕・奥山真司監訳(2018)認知行動療法トレーニングブック第2版. 医学書院.)
太田真貴(おおた・まき)
鳥取大学大学院医学系研究科臨床心理学専攻
資格:公認心理師,臨床心理士
趣味など:スノーボード,旅行






