太田真貴(鳥取大学)
シンリンラボ 第27号(2025年6月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.27 (2025, Jun.)
1.日常にひそむ“考えること”の力
日々の生活の中で,我々はさまざまな場面で自然と何かを“考え”,それに基づいて行動を選択している。
先日,行きつけのカフェで,私にとっては少々失礼に感じる店員の態度に不快感を覚えた。その時,一瞬『文句を言ってやろうか』と思ったものの,商品を受け取る際には,笑顔で「ありがとうございます」と伝えていた。おそらく,私の頭の中には『ここは穏やかに振る舞った方がよい』と促す,静かな声があったのだろう。店を出た後も『あそこまで丁寧に応じる必要はなかったか』『やはり店員に指摘した方がよかったのでは』『その方がお店のためになるのでは(『何様?』と自分自身に突っ込みを入れる)』といった考えが巡り,しばらく不快感が残っていた。しかし,やがて『まあ,あの店員は私の人生にさほど関係のない存在だ』と思い直し,その出来事は自然と意識から薄れていった。また別の日には,同じ店を訪れ,例の店員の姿がみえると『どうしよう』と葛藤し,入店することもあれば,しないこともあった。もちろん,『もうこの店には行かない』という選択肢もあったが,私にとってそのカフェは,その店員を上回る魅力をもつ場所でもあった。例の店員がいても入店する際には,『1人の店員のせいで自分の居場所を奪われてたまるか』といった一種の対抗心さえ抱いていたのである。ある店員を避けたいがためでもあったが,その店員のおかげで他店員に目を向ける機会が増えた。意外にも多くの従業員が働いていることに気づき,中には非常に気持ちの良い接客をしてくれる店員もいた。次第に『(例の店員も)この店の一部でいろいろな人がいるな』とか『あの時は忙しかったのかもしれない』と受け止めるようになり,そのカフェは私にとって再び居心地の良い場所となったのである。この変化に気づいた私は『ここ最近,ある店員のことを意識して入店していた煩わしさから解放された』と喜び,そして,そうした感慨も束の間,締め切り間近の作業に全く手をつけていない現実に直面し『やばい!』と焦り,店の居心地や店員の存在など気にしている余裕はなくなっていった。
──行きつけのカフェを通した私の一連の体験から,我々人間は,状況に応じて意識的あるいは無意識的に“考え”をめぐらせ,その考えが感情を動かし,行動の選択に大きな影響を与えていることに気づかされる。つまり,私たちの“考え”は,単に頭の中で浮かんでは消えていく現象ではなく,その“考え”の内容によって,外界への注意の向け方や判断,意思決定,行動,さらには感情の動きにまで深く関与し,私たちの人生に豊かな彩りを与えてくれる存在である。“考え”は,常に身近にいる頼もしいサポーターであり,ときに困らせる存在でもある。そして何より,それは自分自身でありながらも,さまざまな声や視点をもった「豊かな人間」が内在しているようにも思えるものである。もちろん,“考え”を言語化できる程度には個人差はあるものの,“考える”という認知的な作業はすべての人に備わっており,この“考え”とどう付き合っていくかは,誰にとっても重要なテーマである。こうした“考え”との関係性に注目し,こころの健康を回復・維持しようとする方法が認知療法(Cognitive Therapy: CT)である。
2.認知療法とは
認知療法は,物事の捉え方や考え方(=認知)に焦点を当て,その偏りや歪みを修正することで,感情や行動の改善を図る心理療法である。1960年代にアーロン・ベック Beck, A. T. によって開発され,特にうつ病患者が現実を過度に否定的に捉える傾向にあることに着目し,そうした否定的な認知が症状の維持に関与していると考えたことに端を発する。
認知療法の中心には,「感情や行動は,出来事そのものではなく,出来事に対する個人の解釈=認知によって決まる」という考え方,すなわち認知モデル(cognitive model)(図1)がある。例えば,前述のカフェ店員とのやり取りにおいて,失礼な態度の店員に,私は不快感を抱きながらも「ありがとうございます」と対応した。この出来事に対して,私は『あそこまで丁寧に応じる必要はなかったか』という考え(認知)が浮かび,不快感という感情が残った。しかし,同じ出来事で,別の人は『大人な対応ができて良かった』と解釈(認知)したかもしれない。そう解釈すれば,その時感じる感情は肯定的なものであり,その後の行動も異なったものになっていたであろう。さらにいえば,私が店員を『失礼な態度』と解釈した点についても,別の人はそう解釈せず,それほど気に留めない人もいたかもしれない。このように,同じ出来事であっても,そこから生じる感情や行動が人によって異なるのは,その出来事に対する個人の認知の違いが影響しているためである。

図1 認知モデル
3.自動思考とスキーマ
図1に示した認知モデルの「認知」には,「スキーマ」と「自動思考」という概念がある。認知療法において「認知」とは,思考や視覚的イメージ,信念,推論など,人間の内的な情報処理全般を指す。中でも特に注目されるのが「自動思考(automatic thoughts)」である。自動思考とは,ある状況に直面したとき(あるいは出来事を思い出したとき)に,瞬時に頭に浮かぶ考えやイメージである。多くの場合は意識されることなく自動的に生じ,感情や行動に即座に影響を及ぼしている。例えば,先のカフェでの出来事で,私の中で次々,浮かんだ考えは自動思考そのものである。さらに,この自動思考の背後には,「スキーマ(schema)」と呼ばれる深層の認知構造が存在する。スキーマとは,幼少期からの経験などを通して形成された自分自身や他者,世界に対する一貫した捉え方(信念体系)であり,個人が物事を解釈する際に強い影響力を持つ内的な枠組みである。スキーマは通常,意識されずにいるが,ストレスや重要な出来事などを契機に活性化し,その人の物の見方を大きく方向づける。
この自動思考とスキーマの関係は,インターネット上の「検索アルゴリズム」に例えると理解しやすい。検索アルゴリズムとは,膨大な情報の中から,ユーザーの過去の検索履歴や位置情報などをもとに,関連性の高い情報を自動的に選び出して表示する仕組である。これに当てはめると,スキーマは検索アルゴリズムそのものであり,自動思考は,そのアルゴリズムによって導き出された検索結果である。「検索アルゴリズム」は情報を瞬時に処理する点で非常に役立つが,ユーザーの履歴に依存するため,表示される情報は偏ったものとなりやすい。同様にスキーマも,過去の経験に基づいて効率的に自動思考を導き出し,環境への適応を促す一方で,時に現実を歪め,過度に偏った自動思考を生じさせる。例えば,過去の経験から『完璧にできないと私には価値がない』というスキーマが形成されていた場合,何かに失敗すれば「私はダメ人間だ」と考え,別の場面で,新たな課題を課された際には「完璧にしないと認められない」といった否定的な自動思考が,ほとんど意識されないまま自然と浮かんでくるのである。
4.治療対象となる認知
認知モデルで示される認知過程は,誰もが共通して有しているものだが,認知療法において,治療の対象となるのは「非機能的認知(dysfunctional cognition)」である。これは,認知の偏りや歪みを指すが,より具体的には,個人の社会適応や対人関係を妨げるような極端かつ否定的な認知を指す。例えば,「自分は何をやっても失敗する」「自分は誰からも好かれない」といった認知によって,不適応的な感情(例:過度の不安や抑うつ)や行動(例:回避,攻撃)が引き起こされる場合,こうした認知は治療の重要な対象となる。
一般的に,非機能的認知の背景には,否定的なスキーマがある。スキーマは,長期にわたって形成された信念体系であるため,当人にとっては「現実的」「当たり前」と感じやすく,修正には時間を要する。一方,否定的な自動思考は,特定の状況で生じるものであり,不適応的な感情や行動が現れる直前に生じるため,比較的,当人が意識しやすいという特徴がある。そのため,認知療法では,まず否定的自動思考を捉えることから始める。そして,自らの認知的特徴に気づき,それをより柔軟で適応的な認知へと修正していく。
このプロセスを通じて,最終的にはより深層にあるスキーマの変容を目指す。このとき,自分自身の認知的特徴に気づく手がかりとして有効なのが「認知の歪み(cognitive distortion)」という概念である。ベックら(Beck et al., 1979)は,情緒障害を持つ人にみられる特徴的な認知の誤りや偏りを理論化し,例えば「自己関連づけ」や「全か無か思考」など,代表的なパターンを複数特定している。この認知の歪みの分類は,専門家によって様々だが,竹田ら(2012)は認知の歪みを「ユガミン」という8種類のキャラクターに擬人化し,それぞれの特徴を表1の通り紹介している。各認知の歪みは,重複や共通点が多くみられるものの,臨床において,クライエントが自身の認知的特徴に気づき,治療への動機づけや自己理解を深めるための実用的なツールとして活用されている。
表1 8種類の認知の歪み(竹田ら,2012)

認知療法では,認知の修正を具体的に行うための技法が体系化されており,代表的なものとして認知再構成法(Cognitive Restructuring)がある。認知再構成法は,否定的な自動思考に気づき,その妥当性や有用性を吟味し,より現実的かつ柔軟な考え方に修正していく技法である。その際,治療者は妥当性や有用性を吟味するための質問をクライエントに投げかけ,クライエント自身の気づきを促せるよう援助する。例えば,〈その自動思考がその通りだと思える理由は?〉〈その自動思考のままでいることは自分にとって役立ちそうですか?〉〈親しい人が同じ考えで悩んでいたら何と声をかけますか?〉などである。認知再構成法の中で,表1の8種類の認知の歪みを紹介し,クライエント自身の認知的特徴への気づきを促すこともある。
また,この認知再構成を視覚的かつ構造的に実施するための代表的な方法がコラム法(コラム=枠の意)である。コラム法にはさまざまな形式があり,例えば,表2に示すような7コラム法,出来事・認知・感情の3つを記録する3コラム法などがある。これらは,クライエントの特性や介入段階に応じて適宜調整していく。コラム法は,自動思考の検出から,適応的な認知の生成までのプロセスを視覚的・段階的に記述していくことにより,頭の中で生じている反応を外在化し,客観的に検討することを可能にする。
表2 コラム法の例 (大野,2003に一部加筆)
コラム | 記入例 |
①出来事 | ○月△日。会議で資料を間違えて提出した |
②自動思考 | 「やっぱり自分はダメなんだ」「上司に無能だと思われた」 |
③感情 | 落ち込み90%,恥90%,不安80% |
④自動思考の根拠 | 上司がため息をついた/会議中も会議後も何の指摘もなかった |
⑤自動思考の反証 | 会議の進行が一旦止まったことへのため息だったかもしれない/上司は会議を進めることを優先し議題の順番は変更になったが予定通りに終わったので指摘しなかったのかもしれない/間違えたが,すぐ準備しなおして正しいものを提出できた |
⑥適応的認知 | 確かにミスはしたが,ミスは誰にでもある。今後は資料が間違ってないかダブルチェックしよう |
⑦心の変化 | 落ち込み90%→30%,恥90%→50%,不安80%→10% |
5.認知療法の特徴
認知療法の特徴として以下の3つが挙げられる。
1)「構造化」
認知療法では,各面接に明確な流れを持たせる「構造化」が重視される。構造化は,面接という限られた時間を有効活用し,クライエントの集中力や学習効果を高めるための工夫である。また,面接の見通しが立てやすくなることで,クライエントの安心感やモチベーションの向上にもつながり,話題の脱線を防ぐ効果もある。
典型的な面接の流れは表3の通りである。
表3 面接の流れ
①気分の確認 ②ホームワークの確認 ③アジェンダの決定 ④アジェンダについての話し合い ⑤まとめ・ホームワークの設定 |
ここでいうアジェンダとは,その日の面接で扱うテーマや課題のことで,クライエントと治療者が毎回協働して〈何について話すか〉を決める。治療者はアジェンダに沿って面接を進めるが,面接中,新たに重要な話題が出てきた場合には,柔軟に予定を変更することもある。
また,ホームワークとは,面接と面接の間の日常生活において,クライエントが取り組む課題のことである。これは,面接で得た気づきやスキルを実生活で試行・検証してもらうためのものであり,クライエントの問題解決(治療の目標)につながる認知療法のスキルを身につける機会となる。さらに,ホームワークは,面接におけるアジェンダ設定のヒントとなることもあり,面接間の橋渡し役を担うことによって治療の構造化にも役立っている(Wright et al. , 2006/大野・奥山監訳,2008)。例えば,前回面接で認知再構成法によって導き出された適応的な考えを検証するためのホームワークを設定したが,②のホームワークの確認で,クライエントから「うまくできなかった」との報告があった場合,③のアジェンダ設定では,ホームワークへの取り組みを困難にした要因やそこから得られた気づきをテーマとして設定することができる。
各ステップの具体的な役割は次の通りである。
①気分の確認では,前回から今回の面接までの経過や,面接当日の感情的・身体的状態を確認し,クライエントの状態に応じて面接内容を調整する。例えば「落ち込んでいる」という報告があった場合,その日の面接は認知療法のスキルの練習を優先せず,落ち込んでいる中で工夫したことや支えになった要因に注目し,クライエントの持つ資源を見出す面接にしてもよいかもしれない。また,落ち込みという感情に対して「どう対処したらよいかわからない」といった訴えがあれば,それをその日のアジェンダに設定することもある。②ホームワークの確認では,前回以降の取り組みを振り返り,学習内容の定着や課題を確認,評価する。③アジェンダの決定では,①,②で報告された内容も踏まえクライエントと治療者がその日扱うテーマを話し合い,面接の焦点を明確にする。④アジェンダについての話し合いは,面接の中心部分であり,認知療法のスキルを提供したり,それを深める場となる。⑤まとめとホームワークの設定では,面接の要点を振り返り,④の内容を踏まえた課題(ホームワーク)を設定することで,学習の継続と日常生活への応用を促す。
この構造化の考え方は,「着物の着付け」にも似ている。着る人が安心して気持ちよく過ごせるように,基本の着付けには一定の型がある。一方で,着物や帯の柄,小物のあしらいは,着る人の個性や場の雰囲気に応じて自由に調整される。認知療法の面接でも,あらかじめ定められた進行の枠組みをもちつつ,クライエントの状態やテーマに応じて柔軟に展開されるのである。
2)協働的経験主義(collaborative empiricism)
治療者とクライエントが対等な立場にたち,あたかも「共同研究者」として治療を協働する姿勢を協同的経験主義という。治療者は一方的な助言者ではなく,クライエントの体験を尊重しつつ,認知モデルに沿ってクライエントの問題の背景を仮説立て,共に検討・検証していく。この過程で活用される治療者のコミュニケーション技法として「ソクラテス式問答法(Socratic questioning)」がある。これは,治療者は大切な事柄について「知らない」と認め(不知の知覚),クライエントに問い訊ねていくことを通して,クライエントの自問を促し,自ら気づきを得るよう促す技法である。このような治療者の関わりは,クライエントの固まった認知を和らげ,クライエントにとって妥当な気づきや納得を得ることを助け,クライエントの治療への意欲を高めることに繋がる。
3)「今ここ(Here and Now)」への注目
認知療法では,現在の生活や問題,直近の出来事に対する認知・感情・行動に焦点を当てて治療を進める。これは,今の状況の中にこそ,問題が今もなお続いている理由や,それを解決するためのヒントがあると考えられているためである。
例えば,「私は人間関係がうまくいかない」といった自己認知をもつ40代のクライエントがいたとする。このクライエントが,小学生時代に「友人にいじめられた」という過去の経験を思い出すことに意味はあるかもしれないが,今日,職場で「同僚から飲み会に誘われたが『自分がいくと場がしらける』と思い断ってしまった」という出来事の方が,記憶は鮮明で,具体的に振り返りやすい。報告される内容が鮮明で具体的であることは,クライエントの認知的パターンやそれに伴う感情的,行動的反応パターンも把握しやすく,検討や介入を行いやすい。認知療法では,こうした「今,ここ」での出来事を取り上げることによって,現在も続く問題に関連した認知のパターンを可視化し,実際に働きかけやすくするのである。
さらに,「今,ここ」への注目は,面接の中で扱った認知療法スキルを実際に試すことができるという実践的な意義もある。例えば,上記40代のクライエントに対して,認知再構成法によって「自分は面白い返しはできないが,相手の話を穏やかに聞くことができる。だから場をしらけさせているわけではない」という適応的な認知が得られたとする。その結果,「次,飲み会に誘われたときは参加してみよう」といった行動目標が設定された場合,実際に飲み会に参加するという場面を通して,その認知の妥当性や有用性を検証することができる。一方で,いじめられた過去の出来事に立ち返り,「仲の良い友達もいた」と再解釈したとしても,当時の友人との交流が現在には存在しない場合,その認知の妥当性や有用性を現実の中で確かめることは難しい。つまり,変化を検証し,学びを得ることができる場は,常に「今,ここ」にあるというのが認知療法の基本的な立場である。
この点は,専門職のスキル習得にも通じるものがある。例えば,ある心理士が多くのうつ病患者との面接を積んでいたとしても,今,目の前にいるクライエントにどう対応するかが重要であり,そこでの工夫や振り返りを重ねることで,心理士としてのスキルは洗練され,自身の力としてより定着していく。認知療法を実践するクライエントにとっても同様で,学んだスキルは,実際の場面で使ってみて初めて自分の力として育まれるのである。
もちろん,クライエントをより深く理解し,適切な治療計画を立てるためには,幼少期の発達,家族関係,性格形成に関わる体験,教育歴など,過去の背景を理解することも重要である。ただし,認知療法では,これら過去の体験は「現在にどう影響しているか」という視点で扱い,治療の実践の場はあくまでも「今,ここ」にあるという考え方を重視する。「今,ここ」への注目とは,単に“現在の出来事”だけをみるということではなく,今の体験の中に表れている認知や感情のパターンを手がかりに,問題を維持している要因を見出し,クライエントがこれまでとは異なる認知や行動を選択できるようにすることを指している。さらに言えば,クライエントがより良い生活を送るための新たな選択肢を見出すための鍵が,「今,ここ」への注目にあるとも言える。
6.認知療法の適用と限界
認知療法は,うつ病や不安障害などの情動障害に対して高い効果が実証されており,科学的根拠に基づく治療法として広く用いられている。一方で,治療にはある程度の認知的作業やメタ認知的な理解が求められるため,重度の認知症や急性期の精神病状態,強い混乱を伴う状態のクライエントに対しては適用が難しい場合もある。また,認知への注目や視点の転換を中心とする治療であることから,発達特性などにより認知的柔軟性が乏しい場合や,複雑な対人関係の問題,深層的なパーソナリティの問題を扱う場合は,補助的な技法や他の治療モデルとの併用が必要となることも多い。
そのため,認知療法を導入する際には,クライエントの症状の程度,認知機能,感情調整力,対人関係の特徴などを総合的に評価し,適応の可否を慎重に判断する必要がある。また,治療を進める際にも,個々のクライエントの状態やニーズに応じて,治療の進め方を柔軟に調整することが重要である。
なお,臨床実践の場では,支持的面接や動機づけ面接,行動活性化など,他アプローチと併用,統合して治療を展開することも少なくない。たとえば,行動活性化は,認知的作業が困難な状態にあるクライエントに対しても導入しやすく,認知療法の導入段階として活用されることがある。また,主たる治療モデルが他にある場合でも,認知療法が補助的に用いられることがある。例えば,不安障害のクライエントに曝露療法を行う場合,曝露の前にクライエントが抱く非現実的な予期や恐怖に対して認知療法を行うことで,不安の軽減や曝露療法に向き合うための準備性を高めることができる。このように他手法を柔軟に取り入れながら認知療法を展開することで,その適用範囲を広げ,治療効果の向上にもつなげることができる。
次回(31号)では,実際に認知療法を展開していく上での工夫をいくつかご紹介していきたい。
文 献
- Beck, A. T., Shaw, B. W., Rush, A. J. & Emery, G.(1979)Cognitive therapy of depression. Guilford Press.(坂野雄二訳(2007)うつ病の認知療法.岩崎学術出版社.)
- 大野裕(2003)こころが晴れるノートーうつと不安の認知療法自習帳.太洋社,p.130.
- 竹田伸也(2012)マイナス思考と上手に付き合う 認知療法トレーニングブックー心の柔軟体操でつらい気持ちと折り合う力をつける.遠見書房.
- Wright, J. H., Brown, G. K., Thase, M. E., Basco, M. R.(2017)Learning Cognitive-Behavior Therapy: an illustrated guide, Second Edition. American Psychiatric Pub.(大野裕・奥山真司監訳(2018)認知行動療法トレーニングブック第2版.医学書院.)
太田真貴(おおた・まき)
鳥取大学大学院医学系研究科臨床心理学専攻
資格:公認心理師,臨床心理士
趣味など:スノーボード,旅行