稲田尚子(大正大学)
シンリンラボ 第28号(2025年7月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.28 (2025, Jul.)
はじめに
自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder:ASD)は,乳幼児期に発見し,適切な支援へとつなげることで,その後の発達や適応に大きな違いを生むことが知られている。とりわけ1歳6か月から2歳前後の時期は,ASDの特徴が次第に顕著になってくる時期であり,早期に支援のニーズを見極めるためにも,専門的な観察やアセスメントが求められる。M-CHAT(エムチャット:Modified Checklist for Autism in Toddlers:乳幼児期自閉症チェックリスト修正版)は,こうした時期の一般乳幼児を対象としたASDのスクリーニングツールとして広く活用されている。日本語版の信頼性・妥当性の検証もなされており,多くの自治体の乳幼児健診で導入されている。本稿では,M-CHATの構成,スクリーニング手続きの概要をふまえつつ,心理検査や臨床場面での具体的な活用法について整理し,どのように支援に活かしていくかを検討する。単なるスクリーニングにとどまらず,子どもと家族への理解と支援につなげるアセスメントとしてのM-CHATの可能性を掘り下げていきたいと思う。
1.M-CHATの開発の歴史
M-CHATは,アメリカのRobinsら(2001)によって開発された,乳幼児期におけるASDの早期スクリーニングツールである。その前身となるのが,イギリスで開発されたCHAT(Checklist for Autism in Toddlers:乳幼児期自閉症チェックリスト)である。CHATは,Baron-Cohenら(1992)により開発されたツールで,18か月健診においてASDの兆候を早期に捉えることを目的として作成された。CHATは保護者からの報告に加え,医療従事者による直接観察を含む二部構成となっており,ASDの兆候を示すリスク因子として,「共同注意」「模倣」「ふり遊び」などの欠如に注目した。しかし,CHATは感度が低く,特にASDのリスクのある子どもを見逃す傾向があると指摘されたため,より感度の高いスクリーニングツールを目指して開発されたのがM-CHATである。M-CHATでは,保護者からの報告のみで完結する23項目の質問紙形式が採用され,より簡便に広範な乳幼児健診等での使用が可能となった。さらに,2段階スクリーニング(第1段階:質問紙,第2段階:フォローアップ面接)という形式を取り入れることで,偽陽性や偽陰性のリスクを軽減し,実用性と精度を両立させている。
M-CHATはその後,多くの言語に翻訳され,日本語版についても信頼性と妥当性が検証されている(Inada et al., 2011)。1歳6か月健診における有効性を示す研究(Kamio et al., 2014)もあり,日本でもスクリーニングツールとして定着している。M-CHATは,CHATの限界を踏まえ,保護者と支援者の双方が活用しやすいツールとして進化を遂げたといえる。
2.M-CHATの概要と構成
M-CHATは,ASD)の早期スクリーニングを目的とした質問紙である。対象年齢は16〜30か月の乳幼児で,言語や非言語による対人コミュニケーション,遊び,興味・関心の示し方など,ASDに関連する行動特徴を保護者が観察して回答する形式となっている。全23項目から構成されており,それぞれ「はい/いいえ」の二者択一で回答する。M-CHATの大きな特徴は,二段階スクリーニング方式を採用している点である。まず第1段階として,保護者が質問紙に記入し,その結果をもとに一定数の項目で「不通過(ASDが疑われる行動)」が見られた場合に,第2段階としてフォローアップ面接を行う。第2段階では,不通過項目を中心に,保健師や心理職などの専門職が保護者に具体的な状況や頻度を尋ね,行動の持続性や文脈を把握する。これにより,第1段階での偽陽性(実際にはASDではないが陽性となるケース)を減らし,より正確な評価が可能となる。
M-CHATの23項目のうち多くが社会性発達に関連する行動であり,その獲得時期に応じて大きく3群に分類されている。第1群は,8ヶ月以前に獲得する行動であり,身体遊び,他児への興味,イナイイナイバー,アイコンタクト,微笑み返し,呼名反応である。第2群は,11〜12ヶ月に獲得する行動であり,ふり遊び,要求の指さし,興味の指さし,模倣,指さし追従,注意喚起である。第3群は,15〜17ヶ月に獲得する行動であり,機能的遊び ,ものを見せに持ってくる,視線追従,社会的参照である。各行動の獲得時期と発達的複雑性を理解することで,ASDリスクの高低だけでなく,子どもの発達支援の方向性も見えてくる。
日本語版では,保護者がより理解しやすいよう質問にイラストを添える工夫もなされており,初めて育児を経験する保護者でも直感的に回答しやすい設計となっている。このように,M-CHATは簡便かつ実用的でありながら,子どもの社会性発達を多面的に把握できる構成となっている。
3.M-CHATの評価方法
M-CHATの評価は2段階で行われるのが標準的である。第1段階では,保護者が質問紙に「はい・いいえ」で回答し,不通過項目(ASDのリスクを示す行動)が多い場合に陽性と判定される。カットオフ値としては,23項目中3項目以上の不通過で陽性とされるのが一般的である。第2段階では,1〜2か月後に専門職(心理職・保健師等)が電話あるいは対面で,質問紙で不通過だった項目について詳細に確認する。ここでは,単に行動の有無ではなく,頻度・状況・文脈などを問うことで,より正確に通過か不通過かを判断する。この2段階方式によって,偽陽性を減らし,実際のASDリスクを精度高く見極めることが可能になる。評価結果は,ASDの診断ではなく,あくまでリスクの検出を目的としており,陽性の場合には,さらに専門的なアセスメントや発達検査へとつなぐことが推奨される。
4.心理検査場面でのM-CHATの活用
健診の場面では,事前にM-CHATの質問紙を送付し,保護者に記入して持参してもらう方法が一般的である。回答をもとに,健診当日に心理職や保健師が不通過項目について具体的な状況を尋ね,観察や問診と併せて発達状況を総合的に評価する。第2段階のフォローアップ面接は,電話でも実施可能であり,プロトコルに基づいて行動発達の詳細を確認し,通過か不通過かを専門職が判断する。
就学前健診までフォローアップした研究(Kamio et al., 2014)では,M-CHAT第1段階スクリーニングの感度は0.69,特異度は0.84とされている。第2段階の感度は0.48,特異度は0.99と,偽陽性の大幅な減少が確認されている。陽性的中率は0.45であり,ASDの有病率が約2%と低いことを踏まえると,M-CHATはスクリーニング尺度として,一定の精度があると考えられる。
M-CHATの活用により,ASDの可能性がある子どもを健診の早期段階で捉えることができ,必要に応じて発達相談や専門機関への紹介が可能となる。さらに,保護者に対しては,非言語的コミュニケーション行動の重要性を伝える機会にもなり,育児支援の一環としての意義も大きい。
5.心理臨床場面でのM-CHATの活用
M-CHATは本来,一般乳幼児を対象とした一次スクリーニングツールとして開発されたが,心理臨床場面,すなわち発達相談や心理検査などで専門家と親子が直接関わる場面でも,有効に活用することができる。とくに対象が16〜30か月の乳幼児であれば,M-CHATはアセスメントの一つの出発点として機能し,子どもの社会性やコミュニケーションの発達の状態を観察する枠組みを提供する。
臨床場面でM-CHATを用いる際には,まず保護者に質問紙を記入してもらい,その内容をふまえて問診や行動観察を行う。臨床場面は,乳幼児健診などの一次スクリーニングの場とは異なるので,質問紙の回答から第2段階のスクリーニングに1,2ヶ月待ってはならない。このとき重要となるのが,M-CHAT各項目に含まれる行動の意味を正確に理解し,観察の視点をもって子どもの様子を尋ねたり,確認することである。面接の内容は,電話面接プロトコルを確認してもらい,本稿では,観察のやり方やポイントを紹介していく。たとえば,項目6「要求の指さし」では,子どもが欲しいものを人さし指で示して保護者に伝える行動があるかをみる。場面設定としては,おやつやおもちゃなどの2つの選択肢を提示し,「どっちが欲しい?」と尋ねることで観察が可能である。
項目7「興味の指さし」,項目9「興味があるものを見せに持ってくる」は,要求とは異なり,子どもが面白いと感じたもの,興味があるものを大人に指さしで知らせようとしたり,持ってきて見せる行動である。観察する場合は,子どもの興味を引きそうなおもちゃやポスターを用意しておき,一定の時間内に,指さしで知らせたり,共有するために持ってくる行動が自発的にみられるかを確認する。 さらに,項目15「指さし追従」では,大人が離れたところにある物を指さしたときに,子どもがその方向を見るかどうかを確認する。壁に貼られたポスターなどを使い,支援者が「ほら」などと声をかけながら指さした際,子どもがその方向を見るかを観察する。反応が乏しい場合は,近い距離の対象物から始め,ゆっくりとした動きや声かけで子どもの注意を引きやすくする工夫も必要である。項目17「視線追従」は,指さしよりも難易度が高く,大人が目線だけで示した方向に子どもが注意を向けるかを見る。大人が「あっ」などの声かけとともに顔と視線を動かした際に,子どもがその視線の先を追うかを観察する。視線追従が見られなければ,続けて指さし追従の観察に移る。いずれも共同注意の発達段階を把握するうえで非常に重要な指標である。
項目10「アイコンタクト」や項目12「微笑み返し」といった対人反応に関する項目では,検査者が子どもに語りかけたり,笑顔で接したりする中で,子どもがどの程度相手の目を見るか,表情に応じた反応を返すかが注目される。項目14「呼名反応」では,子どもの名前を呼んだ際にどの程度反応があるかを確認するが,集中している時とそうでない時で反応の違いがあることにも留意する。項目13「模倣」は,子どもが大人の動作を真似するかどうかをみる。観察する際には,支援者が玩具を動かしたり,簡単な手遊びをして見せた後,子どもがその動作を模倣するかを確認する。模倣の乏しさは,後の言語や社会性発達にも関連するため,丁寧に観察したい項目である。
遊びについては,項目5「ふり遊び」と項目8「機能的遊び」で見ることができる。項目8「機能的遊び」では,子どもがおもちゃ本来の機能に合った遊び方をするかどうか,おもちゃを落としたりなめたりするような感覚遊びから脱却しているかを確認する。観察場面では,年齢や発達に合ったおもちゃを用意しておき,おもちゃの使い方や関心の向き方に注目する。項目5「ふり遊び(ごっこ遊び)」は,たとえば,コップを口に当てて飲むふりをする,ぬいぐるみにご飯を食べさせる,電話のおもちゃを耳に当てて話すふりをするなどのふり遊びが該当する。臨床場面では,こうした前象徴遊びが生まれるような道具(ミニチュアやぬいぐるみなど)を準備し,自由遊びの中で自発的にふり遊びが出るかを観察する。
こうした観察を通して,質問紙だけでは判断しにくい項目の意味を保護者と共有しながら,発達特性の理解を深めていくことができる。また,非通過項目が見られた場合には,それを単なるリスク要因としてとらえるだけでなく,家庭での関わり方の助言につなげることも重要である。たとえば,子どもの行動の真似を親が積極的に行う,興味のある対象を親が指さして知らせるなど,社会的コミュニケーションの基盤を育むような具体的な関わりを紹介する。
M-CHATは,スクリーニングツールにとどまらず,心理臨床場面での行動観察と保護者支援の橋渡しとなる実践的なツールとして,大きな可能性を持っている。行動の芽生えを捉えるための枠組みとして活用し,子どもの強みと困難さを把握しながら,発達支援へとつなげていくことが求められる。
6.M-CHATのアセスメントに基づく支援
M-CHATは,ASDのリスクをスクリーニングするためのツールだが,アセスメント結果を保護者への支援へとつなげることが重要である。とくに第2段階スクリーニングでは,専門職が保護者と対話しながら,子どもの行動の芽生えや変化を具体的に把握できるため,家庭での関わりを助言する貴重な機会となる。
模倣が乏しい子どもには,まずは保護者が子どもの遊びや行動を真似するよう助言する。こうした相互的なやりとりは,子どもにとって自分の行動が受け止められているという安心感につながり,関わりの起点になる。このとき重要となるのが,保護者と子どもが向かい合って座ることである。向かい合うことで視線が合いやすくなり,非言語的な相互作用が生まれやすくなる。 遊びやコミュニケーションの場面では,まずこのポジションを意識して確保することが大切である。
また,「イナイイナイバー」や「たかいたかい」などの身体を使った遊びは,喜びの共有や要求行動の基盤となる。子どもが喜ぶやりとり遊びを見つけ,繰り返し行うことも重要である。
さらに,「要求の指さし」や「興味の指さし」が不通過であった場合,子どもが自然と指さしを引き出せるような環境づくりが助言の中心となる。要求の指さしを引き出すためには,おやつやおもちゃをあえて子どもの手が届かないけれども見える場所に置くことで,欲しいものを他者に伝えようとする機会を作る。また,子どもが興味の指さしをしない場合でも,保護者が面白いものを見つけたときや子どもが見ているものに気づいた際に,「あ,○○があったよ」「○○だね」などと言いながらゆっくりと指さすような行動の見本を繰り返し見せることを伝える。これは「共同注意」の力を育む上で非常に重要な工夫であり,子どもが大人の行動を見て学び,模倣し,やがて自発的な関わりへとつながっていくことが期待される。
M-CHATの不通過項目は,単なるリスクの指標ではなく,家庭での関わりを調整・工夫するきっかけとなる。「今はまだ芽生えていない行動」を「どうすれば芽生えるか」という視点に転換し,保護者にその手がかりを伝えることが支援の第一歩となる。とくに乳幼児期は発達が大きく変化する時期であり,保護者の関わりの影響も大きい。したがって,「様子を見ましょう」とだけ伝えるのではなく,「今できることがある」「こんな工夫であれば自分にもできそう」と保護者に実感してもらえる助言が求められる。このように,M-CHATはASDのスクリーニングにとどまらず,保護者が子どもの行動の意味を理解し,非言語的な対人コミュニケーションを育む関わりを促す支援ツールとして,大きな意義を持っているのである。
おわりに
M-CHATは,乳幼児期における自閉スペクトラム症(ASD)の行動特徴を早期に捉えるための有効なスクリーニングツールである。23項目の質問紙をもとに,保護者の気づきを引き出し,子どもの対人コミュニケーションや社会性発達の特性を把握するための足がかりとなる。M-CHATの価値は単なるスクリーニングにとどまらない。各項目を通して,子どもの社会的な行動の芽生えや発達過程を観察し,保護者との対話を通じて,家庭での関わり方の工夫を提案することができる。たとえば,共同注意の育ちを促すために指さしの見本を多く示すことや,模倣や身体遊びを通じたやりとりの機会を意識的に増やすことは,保護者にとっても取り組みやすい関わりの工夫となる。
臨床の現場では,「様子を見る」だけで終わらせず,「今できることがある」という視点を保護者と共有し,子どもと家族の発達的な可能性を広げていく支援が求められる。M-CHATは,その一歩を最早期に踏み出すための強力なツールであり,ますます活用していきたい。
文 献
- Inada, N., Koyama, T., Inokuchi, E. et al.(2011)Reliability and validity of the Japanese version of the Modified Checklist for autism in toddlers (M-CHAT). Research in Autism Spectrum Disorders, 5 (1); 330-336.
- Kamio, Y., Inada, N., Koyama, T. et al.(2014)Effectiveness of using the Modified Checklist for Autism in Toddlers in two-stage screening of autism spectrum disorder at the 18-month health check-up in Japan. Journal of autism and developmental disorders, 44; 194-203.
- Kamio, Y., Haraguchi, H., Stickley, A., Ogino, K., Ishitobi, M., & Takahashi, H.(2015)Brief report: Best discriminators for identifying children with autism spectrum disorder at an 18-month health check-up in Japan. Journal of autism and developmental disorders, 45; 4147-4153.
- Robins, D. L., Fein, D., Barton, M. L. et al.(2001)The Modified Checklist for Autism in Toddlers: an initial study investigating the early detection of autism and pervasive developmental disorders. Journal of autism and developmental disorders, 31; 131-144.
稲田尚子(いなだ・なおこ)
大正大学臨床心理学部臨床心理学科 准教授
資格:公認心理師,臨床心理士,臨床発達心理士,認定行動分析士
主な著書は,『これからの現場で役立つ臨床心理検査【解説編】』(分担執筆,津川律子・黒田美保編著,金子書房,2023),『これからの現場で役立つ臨床心理検査【事例編】』(分担執筆,津川律子・黒田美保編著,金子書房,2023),『いかりをほぐそう 子どものためのアンガーマネジメント』(共著,東京書籍,2025)






