稲田尚子(大正大学)
シンリンラボ 第27号(2025年6月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.27 (2025, Jun.)
はじめに
第3回では,ライフステージに応じた情報収集と整理ができるツールとしてPARS-TR(パース・ティーアール:Parent-interview ASD Rating Scale – Text Revision:親面接式自閉スペクトラム症評定尺度テキスト改訂版)を取り上げる。自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder:ASD)は先天的な脳機能の違いに起因し,その行動特徴は乳幼児期から現れる。自閉スペクトラムの子どもたちは発達の道筋が独特であり,平均的な発達をする子どもたちが各ライフステージにおいて通常獲得する対人コミュニケーション行動が見られない,あるいは乏しいという特徴がある。こだわり行動においても,ライフステージごとに現れやすい行動がやや異なる一方,変化しない行動もあり,個人差も大きい。特に自閉スペクトラムの見立てや鑑別には,幼児期のエピソードが不可欠である。自閉スペクトラムの行動特性を適切にアセスメントするには,幼児期・児童期・思春期以降の各ライフステージにおける,年齢相応に期待される対人コミュニケーション行動を理解しておく必要がある。このような知識を,簡便かつ系統的に学ぶのに適しているのが,PARS-TRである。
1.PARS-TRの開発の歴史
自閉スペクトラム症のアセスメントツールは,海外で開発され,その日本語版が使用されているものが多い中で,PARS-TRは日本で開発された独自の尺度である。ASDの臨床および研究経験が豊富な児童精神科医や臨床発達心理学者,統計学者らの協働によって,二次スクリーニング(発達的なニーズに気づいて相談があった段階でのスクリーニング)のためのツールとして開発が始まった。
PARSというアクロニムは一貫して用いられているが,その正式名称がこれまでに二度変更されている点は興味深い。日本自閉症協会の委託研究として開発が始まったため,当初は,「日本自閉症協会広汎性発達障害評定尺度:Pervasive Developmental Disorders Autism Society Japan Rating Scale」という名称が用いられていた。その後,より広く普及することを見据えて日本自閉症協会の名称部分が削除され,詳細な解説を加えたテキストも整備されたことから,2013年には「PDD-ASD Rating Scale-Text Revision」へと名称が変更された。さらに,DSM-5における診断名の変更を反映し,現在では「Parent-interview ASD Rating Scale-Text Revision(親面接式自閉スペクトラム症評定尺度テキスト改訂版)」とされている。
この現在の日本語名に「親面接式」という語が加えられた背景には,アクロニム(PARS)を維持する意図があったと考えられるが,当時,この尺度が一部で質問紙として誤用されていたことも関係していると推測される。PARS-TRは,ASDに関する専門的知識を持つ者が保護者に面接を行い,その際に得られた情報をもとに専門家が評定する方式を採っており,この方法に基づいて信頼性や妥当性が確認され,スクリーニングのためのカットオフ値が設定されている。一方,質問紙は,保護者が自ら項目を読み,回答する形式であり,面接尺度とは本質的に異なる。そのため,カットオフ値などの解釈も当然異なってくる。現在では質問紙として使用されることはないが,PARS-TRの普及過程では,そのような誤用の歴史があったことも事実であり,PARS-TRはあくまで保護者への面接を通じた評価尺度であるという点を忘れてはならない。
2.PARS-TRの概要と構成
PARS-TRは,二次スクリーニングのためのツールであり,その最大の特徴は,幼児期・児童期・思春期以降の3つのライフステージごとに項目が設定されている点にある。3歳から成人までの幅広い年齢層を対象に,各ライフステージに応じたアセスメントが可能である。また,対象者の年齢にかかわらず,幼児期の行動については基本的に必ず評定を行い,幼児期と現在の特性を併せて把握する。PARS-TRは,幼児期・児童期・思春期以降という3つのライフステージ別に,信頼性および妥当性が確認されている(安達ら,2006;神尾ら,2006;辻井ら,2006)。さらに,ライフステージごとに12項目の短縮版も提案されている(安達ら,2008)。いずれのライフステージにおいても,ASDのスクリーニングのためのカットオフ値が設定されているが,最も精度が高いとされているのは,幼児期におけるピーク評定である。
PARS-TRは全57項目から構成されており,年齢や発達段階に応じて,幼児期34項目,児童期33項目,思春期・成人期33項目に分類されている(一部には共通の評定項目も含まれる)。この尺度は,自閉スペクトラム症の特性を評価するために開発されたが,同時に支援ニーズを把握するためのツールとしての側面も持つ。評価項目には,自閉スペクトラム症の主要な特性のみならず,多動,異食(食べ物でないものを口にする行動),カタトニア症状(動作の遅滞,繰り返し行動の増加,または動作停止)といった,併存しやすく,かつ支援の必要性を高めるような行動も含まれている点が,PARS-TRの特徴である。PARSの開発はDSM-5の改訂前に開始されたが,CARSと同様に感覚に関する項目も多く取り入れられている。PARS-TRの各項目を丁寧にみていくことで,日本におけるASDの診断と支援における高度な専門知識を有する開発者たちの意図が随所に反映されていることが理解でき,非常に興味深いといえるだろう。
3.PARS-TRの評価方法
PARS-TRは,誰がどのように評定するのだろうか。PARS-TRの評定者には特定の職種の制限はないが,ASDに関する基本的な知識を有し,日常的にASDに関わっている専門家であることが求められる。専門家でない者による使用は想定されておらず,評定にあたっては必ずPARS-TRのマニュアルを熟読したうえで実施しなければならない。
実施の基本的な流れとしては,すべての対象者に対してまず幼児期のピーク時における特性を尋ね,その後,対象者の現在のライフステージに応じて,幼児期,児童期,思春期以降のいずれかに該当する「現在」の様子について評定を行う。幼児期のピーク評定では,幼児期において特性が最も顕著であった時期について,保護者からの報告をもとに評価を行い,ASDの有無を判定する際の指標として用いられる。一方で,現在評定は,現在または最近の様子に基づいて保護者の報告をもとに評価され,日常生活における困難さの把握に活用される。評定は,0点(そのようなことはなかった),1点(多少〈時々〉そのようなことがあった),2点(よくそのようなことがあった)の3段階で行われる。
PARS-TRは,ASDの特性を把握するだけでなく,支援のためのツールとしても活用されることを想定して開発されている。そのため,使用目的に応じて複数の実施バリエーションが設定されており,「フル項目版」と「短縮版」,そして「スクリーニングのみに用いる方法」と「環境条件の把握を含めて用いる方法」の組み合わせによって,4通りの実施方法が存在する。スクリーニングのみに用いる場合には,マニュアルに沿って各項目を保護者に尋ね,具体的なエピソードや行動の頻度について確認したうえで評定を行う。一方,環境条件の把握も含めて実施する場合には,「人」も環境の一部として捉えながら評価を進める必要がある。たとえば,「名前を呼ばれたときに応じるかどうか」を評価する際には,単に行動の有無を確認するのではなく,どのような物理的環境や人的関わりのもとでその行動が生じるかを丁寧に聞き取る。大きな声で呼んだ場合,近づいて肩を叩いてから話しかけた場合,繰り返し呼んだ場合,好きなおもちゃの音を鳴らしてから呼びかけた場合,保護者にのみ反応する場合,逆に保護者には反応せず見知らぬ人にだけ反応する場合など,対象者によって反応の仕方はさまざまである。このように,どのような環境条件において各項目に該当する行動が生じるのかを細やかに確認することで,評価の質が高まる。環境条件を把握できれば,対象者への日常的な関わりの質が向上するだけでなく,面接を通じて保護者自身が対象者に対する理解を深めることにもつながる。その意味でも,PARS-TRはまさに支援のためのツールとしての機能を果たすのである。
実施にかかる時間は,短縮版を用いてスクリーニングのみに実施する場合が最も短く,およそ20分程度である。短縮版で環境条件の把握も含めて実施する場合や,フル項目版をスクリーニングのみに用いる場合は,いずれも約40分程度を要する。そして,フル項目版を用いて環境条件の把握も含めて評定を行う場合が最も時間を要し,60〜80分程度が見込まれる。
4.心理検査場面でのPARS-TRの活用
心理検査の場面においては,実施の目的や時間的な制約に応じて,前述の4つのバリエーションの中から適切な方法を選択して実施することになる。たとえば,インテーク面接後のアセスメントの過程では,特性の見立てを行ったり,その後の支援の方向性を検討したりする目的で,スクリーニングを中心にPARS-TRを活用することが考えられる。一方で,支援の過程においては,環境条件の把握を含めながら,より丁寧に対象者の状態を評価し,保護者の理解を深めることや,今後の支援計画に反映させることを目的に実施される場合もあるだろう。PARS-TRは,使用目的に応じて複数の実施形態が用意されているため,心理検査の現場においても導入しやすく,柔軟性の高いツールであると言える。
また,PARS-TRはスクリーニングを目的とした尺度であるため,各ライフステージにおける評定結果の合計得点には,あらかじめ定められたカットオフ値が設けられており,それに基づいてASDの可能性があるかどうかの判定を導くことができる。ただし,PARS-TRの評定は保護者からの報告に基づいた専門家による間接的な評価であること,またスクリーニングツールとしての性質を持つことから,実際の行動を直接観察することも含めた,より包括的なアセスメントが重要である点には十分に留意する必要がある。
5.心理臨床場面でのPARS-TRの活用
保護者面接の際には,PARS-TRの項目を念頭に置きながら,幼児期と現在の様子について情報を収集していくことが可能である。特に注意を払って確認してほしいのは幼児期に関する項目であり,少なくとも短縮版に含まれる12項目については,一般の面接で生育歴を聴取する際に必ず確認しておきたい。保護者の自発的な語りだけに依存せず,ASD特性の見立てに必要な内容については,面接の中で適切なタイミングを見て積極的に尋ねることが望ましい。たとえその結果として,ASD特性が見られず,ASDを疑う必要がないと判断されたとしても,それ自体が見立てにおいて重要な情報となるのである。
また,「環境条件の把握」という視点を取り入れることで,保護者から育児上の困りごとが語られた際に,その困りごとがどのような環境条件下で生じているのかを具体的に特定していくことも極めて重要である。たとえば,ある保護者から「子どもが多動で,一目散に走っていってしまうため困っている」といった相談を受けた際,どのような場面でその行動が見られるのか,また,どのような関わり方をする人がいるときにその行動が生じやすいのかを丁寧に確認していったことがある。すると,その子どもは,家から幼稚園までの通園時には母親と手をつないで歩くことができ,決して走り出すことはないこと,また走り回るのは動物園や公園といった車のいない広い場所に限られることが明らかになった。さらに,動物園や公園で子どもが走っていってしまった際に,保護者がどのように対応しているのかを尋ねたところ,「迷子にならないようにいつも全力で追いかけている」と話してくれた。そこで,「もしかすると,母親が必ず追いかけてくると子どもが分かっているために走っていっているのかもしれない」という仮説を立て,次回そのような場所に出かける機会があれば,見通しの良い場所で子どもを追いかけずに安全には配慮しつつ見守るという対応を試してみるよう提案した。翌週の面接で母親からは,「追いかけずに待っていたところ,子どもが振り返って,私が追いかけていないことに気づき,自分から私のもとに戻ってきたんです」との報告を受けた。その後,この親子は,動物園などのレジャー施設で手をつなぐようになり,安心して出かけられるようになったという。このように,多動さとして捉えられがちな行動であっても,その意味は子どもや家庭によって異なり,また子どもの行動の前後に大人がどのような対応をしているかが極めて重要であることが分かる。子どもの行動は,子ども自身と周囲の大人との関係性や相互作用の中で成立しているのであり,大人の行動もまた子どもとの関係によって形作られているということに改めて気づかされる。子どもの困りごとを相談された際,すぐに「どのように対応すべきか」を検討したくなるが,その前に「なぜその行動が起きているのか」という背景を丁寧に把握したうえで,対応の方向性を考えていくことが大切である。
6.PARS-TRのアセスメントに基づく支援
PARS-TRは支援のためのツールとしての側面も持つため,環境条件を把握し明確化する場合,そのプロセス自体がすでに支援の一部となっている。たとえスクリーニングを目的として使用した場合であっても,幼児期のピーク時と現在の様子の両方を尋ねていくことで,保護者が対象者の幼児期からの成長や変化を面接の中で自然と振り返る機会となっている。実際,面接後には「幼児期は○○だったけれど,今はこんなにも成長していることを改めて確認できてよかった」というような感想をいただくこともあり,アセスメントでありながら,同時に支援でもあるという思いを一層強くする。
また,PARS-TRはASD特性に関連した項目で構成されているため,面接の中で「このような行動もASDに関連するものなのですね」と保護者が話されることもある。そうした対話を通して,自閉スペクトラム症に一般的に見られる特性について改めて理解を深め,それを踏まえてわが子の特性やその程度をより的確に捉えていくプロセスにもつながっていると実感している。アセスメントそのものが保護者の心理教育の機会となっているのである。
さらに,各ライフステージにおける様子が把握できれば,現在のライフステージに対応する項目の内容をもとに,対象者の支援計画に具体的に活かすことも可能となるであろう。対象者に対する周囲の人の理解を促進すること,周囲が対象者の特性に応じて対応を変えること,合理的配慮が優先されることに留意して計画することが肝要である。
おわりに
PARS-TRは,自閉スペクトラムの特性を的確に把握するために,日本で独自に開発された信頼性と妥当性の高いアセスメントツールであり,その活用方法はスクリーニングにとどまらず,支援や保護者との協働の場面にも広がっている。本ツールは,幼児期・児童期・思春期以降という各ライフステージごとに行動特徴を丁寧に捉えることができ,特に幼児期のエピソードを通してASDの見立てを支える重要な手がかりを得ることが可能である。また,評価に際して環境条件を含めて検討する視点は,対象者の行動を単なる困りごととして捉えるのではなく,個々の関係性や背景を理解する上でも有効であり,保護者の気づきを促し,支援につなげていくプロセス自体がすでに臨床的価値を持っている。PARS-TRの使用にあたっては,マニュアルに準拠した正確な実施と,ASDに関する専門的な知識が求められるが,その分,得られる情報は質が高く,支援に直結しやすい。今後も,PARS-TRを活用した丁寧なアセスメントと,保護者との協働を通じた支援実践が一層推進されていくことが期待される。
文 献
- 安達潤・行廣隆次・井上雅彦ほか(2006)日本自閉症協会広汎性発達障害評価尺度(PARS)・児童期尺度の信頼性と妥当性の検討.臨床精神医学,35 (11); 1591-1599.
- 安達潤・行廣隆次・井上雅彦ほか(2008)広汎性発達障害日本自閉症協会評定尺度(PARS)短縮版の信頼性・妥当性についての検討.精神医学,50; 431-438.
- 一般社団法人 発達障害支援のための評価研究会 編著(2018)PARS®-TR 親面接式自閉スペクトラム症評定尺度 テキスト改訂版.金子書房.
- 神尾陽子・行廣隆次・安達潤ほか(2006)思春期から成人期における広汎性発達障害の行動チェックリスト―日本自閉症協会版広汎性発達障害評定尺度(PARS)の信頼性・妥当性についての検討.精神医学,48 (5); 495-505.
- 辻井正次・行廣隆次・安達潤ほか(2006)日本自閉症協会広汎性発達障害評価尺度(PARS)幼児期尺度の信頼性・妥当性の検討. 臨床精神医学,35 (8); 1119-1126.
稲田尚子(いなだ・なおこ)
大正大学臨床心理学部臨床心理学科 准教授
資格:公認心理師,臨床心理士,臨床発達心理士,認定行動分析士
主な著書は,『これからの現場で役立つ臨床心理検査【解説編】』(分担執筆,津川律子・黒田美保編著,金子書房,2023),『これからの現場で役立つ臨床心理検査【事例編】』(分担執筆,津川律子・黒田美保編著,金子書房,2023),『いかりをほぐそう 子どものためのアンガーマネジメント』(共著,東京書籍,2025)