私の本棚(14)『現代臨床心理学─クリニックとコミュニティにおける介入の原理』(Korchin, S. J.)|金子周平

金子周平(九州大学)
シンリンラボ 第14号(2024年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.14 (2024, May)

私の本棚という企画なのだが,実は私はこの本を持っていない。絶版になっているということもあり,必要な時に都度,図書館から借りてくるのだ。古本屋の情報を検索すれば,まだ何冊かは見つけることができ,実はカートに入れたこともあるのだが,思いとどまって購入せずいる。もしかすると次世代の若者たちの中にこの本を読みたいと思う人が出てきて,近くに図書館もない時があるかもしれない。そんな人が古本屋で少しでも安く入手できるようにしたいのである。まだ見ぬそんな人たちに勝手ながら親しみを覚え,とにかく自分にできる親切をしたいというのが,私が購入を控えている理由だ。しかし私もちょっとした所有欲は満たしたい。原著なら買ってもよかろうと思い,赤地に黒文字でMODERN CLINICAL PSYCHOLOGYと書かれた本は所有することにした。これで満足している。

新型コロナウィルスの流行でロックダウンした2020年。学生たちは大学に来ることができなくなり,大学生協での教科書購入の手続きもなくなった。それまで私は学部の授業で心理療法のオーソドックスなテキストを用いていたのだが,学生たちにその本をAmazonで購入させるのも嫌になり,学生たちが入手できない教科書を題材として授業をしてみようと思った。そこで思い当たったのがこの本だった。第4部「心理療法」の約200ページ分をもとに,スライドと補足資料を作り,臨床心理学の基本的な講義を構成した。第4部はフロイトFreudのお話療法(talking cure)から始まり,心理療法の基本的な構造について詳述される。心理療法のプロセスも丁寧な記述がなされている。これに現代的な研究を補足しながら説明していくだけで,学部生対象の授業では3コマほどかかってしまう。

次いで20ページ程度ずつで精神分析・行動療法・人間学的実存的心理療法が解説される(第14章)。まだこの本を読んだことがない若い方には,コンパクトにまとめられたこの章だけでも読んでもらいたい。この3つの理論的立場について解説した教科書は世にたくさんあるだろうが,本書の第14章はそれに負けていないどころか,圧倒的に記述が豊かで,背景となる知識まで十分に深く,そして正確である。

そうして私は,コーチンKorchinの『現代臨床心理学』を用いた授業を2020年に初めて行なったのだが,別のテキストを用いた後,やはりまた本書を使いたくなった。3年に1回の頻度で私の授業に登場する予定になっている。

私がこの本を知ったのは大学院生の頃で,先輩の論文に引用された一節からだった。その他にも複数の論文の中で似たような一節を見かけることがあったため,多くの人がコーチンを知るのは同じような記述からなのかもしれない。引用された箇所は,6部構成になっている本書の第3部「臨床アセスメント」からで,心理検査などの「フォーマルなアセスメント」と,日常的で自然な観察などの「インフォーマルなアセスメント」に関する記述だ。第7章にはこのように書かれている。

「臨床家は,その日々の仕事のなかで,インフォーマルなアセスメントに大いに頼っている。面接やテストや系統的な観察を含んだ,インフォーマルなアセスメントに基づいており,それをさらに発展させ鋭敏にしたものである。…(中略)…臨床家が用いた面接やテスト法をさらに詳しく考察する前に,インフォーマルなアセスメントの底に潜んでいる過程を理解することが大切なわけである(pp.193-194)」。

このアイデアにも現れているように,コーチンは臨床の知恵を簡潔な言葉で整理し,種別に分けたり鮮やかに対比したりすることに長けている人だと思う。誰でもすんなりと理解できる言葉を,深い知識とともに示すことができる著者は,真にバランスの取れた頭のいい人だろう。

本書は,臨床心理学を多面的にも俯瞰的にも捉え,安易に簡素化することなく整理してくれる極上の本だ。多くの章で,最初の数ページにその章の基本的なアイデアが明確に示される。そしてほとんどの箇所でそのアイデアが詳しく解説,分析されていく。公認心理師時代の我々に一層身近になった生物─心理─社会モデルについてもその区分が示され,しかも「このような区別は随意的なものであり,問題の起源と,その兆候と,最善の変化をもたらす処置の様式との三者間に何ら必然的な関係といったものはない(p.14)」と冷静に論じる。生物─心理─社会モデルでアセスメントを行うことが現代的だと思っていた自分の浅はかさを知るとともに,さまざまな知見を批判的に考え続ける師を得たような嬉しさを感じる。

筆者の最近の関心の一つは,心理療法が何を目指すのか,である。精神的健康や抑うつ指標の改善を追求するのにも違和感があり,筆者の依っている立場である人間性心理学で言われるところの「十分に機能する人間」や「自己実現した人間」という言葉も理想論のようで違和感を覚える。これを考えるのにもヒントになりそうな記述が複数あって嬉しい。

コーチンは正常について次のように整理する。1)健康,2)理想,3)平均,4)社会的に受け入れられるもの,5)過程としての正常である(pp.126-129)。筆者の違和感は1)と2)で早々に触れられ,3)で統計的概念に,4)で文化的相対主義に,さらに5)で変化していく正常の概念まで登場する。このような調子で,至る所で筆者が考えていることが手際よく整理され,余すところなく解説されていくのである。これほどに気持ちの良い本があるだろうか。

最後に日本語訳についても触れたい。監訳者の村瀬孝雄先生と4人の訳者の仕事がまた素晴らしいのだ。自然で正しい日本語はもちろんのこと,ここで欲しいという箇所,例えば,「(主観的)要求(demand)と(客観的)必要性(need)」のようなところできちんと英語表記を書いてくれる。読者の気持ちが分かっている。

さて,紹介したいところはまだ山のようにあるが,最後にここまで読んでくださった方々にお願いをしたい。ぜひ後世に本書を多く残すために,図書館があれば図書館で本書を読んでほしい。古書で購入することにした方は,綺麗に読み,また安く売ってほしい。古書は,限られた資源である。

  • Korchin, S. J.(1976)Modern Clinical Psychology. Basic Books.(村瀬孝雄(監訳)(1980)現代臨床心理学─クリニックとコミュニティにおける介入の原理.弘文堂.)

金子 周平(かねこ・しゅうへい)
所属:九州大学大学院人間環境学研究院
資格:公認心理師・臨床心理士・日本ゲシュタルト療法研究所SV50セッションDiploma
主な著書:金子周平(2023)集団療法(グループアプローチ).In:岩壁茂ら(編):臨床心理学スタンダードテキスト.金剛出版.

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