書評:『アートベース・リサーチとクリエイティブ・アーツセラピー』(尾上明代編/遠見書房)|評者:小野京子

小野京子(表現アートセラピー研究所)
シンリンラボ 第34号(2026年1月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.34 (2026, Jan.)

アートべースリサーチ(以下ABR)とは,アート表現(絵・音・身体・物語など)を研究の方法として用いる,質的研究の新しいパラダイムである。

本書は,アートを「研究の方法」と「臨床的な癒しのプロセス」の両面から捉えた1冊である。アートを単なる表現活動ではなく,知の創造の媒体として扱いながら,アート表現が人の内的世界に働きかける力(治療)も丁寧に取り上げている。

この本の中心にあるのは,「アートがデータとなり,同時に治癒のプロセスにもなる」という認識である。研究と臨床というこれまで別の領域に置かれてきた二つを,アートという共通の場で繋ぐのがABRであろう。

芸術を「研究」として扱うとき,そして「治療(癒し)」として扱うとき,その二つは同じ本質を分かち合いながらも,異なる側面を見せる。本書は,その接点を示そうとし,私たちに「アートとは何か」を改めて問いかけてくれる。とはいえ両者の区別はなかなか簡単ではない。

ABRは,アート作品そのものを「知を生成するもの」として扱う。理論を説明するための補助ではなく,アートそのものが「知」を生む主体となる。そこが従来の質的研究法と大きく異なる。言語ではすくい切れない感覚,関係性,身体感覚が,アートを通して可視化される。これは第三の知と呼ばれる。第一の知は,客観的(科学的)な知,第二の知は主観的な知,第3の知は,主観と客観の間に生まれる,アート作品などに現れる知である。

「クリエイティブ・アーツセラピー」は,「アートによる癒し」である。アートが身体・感情・思考をつなぎ,内側に眠るリソースを活性化させるプロセスが,事例とともに示されている。私自身にとってこのプロセスは「人が本来持つ生命力を回復すること」だ。

本書では,ABRは「世界をどう理解するか」を,クリエイティブ・アーツセラピーは「人がどう癒されるか」を扱う。だがその根底には共通して,「アートは感情,感覚,考えなど意識を変容させる力を持つ」という認識がある。

私自身,長年表現アートセラピーを実践する中で,アートがクライエントの「今まで語られなかった真実」を浮かび上がらせる瞬間を何度も目にしてきた。

ABRは,臨床で起きている変容が,癒される体験と同時に,人間理解の新たな知のかたちであることを示す。

本書は,アートを「研究」と「治療」という別の領域に閉じ込めるのではなく,互いを照らし合う関係であることを示唆している。アートは現象を理解する道であるとともに人を癒す道でもある。

ABRは,研究者が研究の中で自己の変容のプロセスを統合できる点が素晴らしい。研究としてのABRを,私が真に理解しているとは言い難いが,ABRを自分も実践してみようか,という思いが生まれたことは確かである。

『アートベース・リサーチとクリエイティブ・アーツセラピー』(尾上明代編,遠見書房)
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小野京子 (おの・きょうこ)
表現アートセラピー研究所代表,NPOアートワークジャパン理事長,日本女子大学前特任教授
資格:臨床心理士,国際表現アートセラピー学会認定表現アートセラピスト
主な著書:『表現アートセラピー入門:絵画・粘土・音楽・ドラマ・ダンスなどを通して』(誠信書房,20025),『癒しと成長の表現アートセラピー―EXPRESSIVE ARTS THERAPY』(岩崎学術出版社,2011),『現場で活用する表現アートセラピーの実際』(誠信書房,2024)

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