心理職が「主体的に考える」ということ|書評:『そもそも心理職は,何を目指してスキルアップすれば良いのか?』(下山晴彦著/遠見書房)|評者:浜内彩乃

浜内彩乃(大阪・京都こころの発達研究所 葉)
シンリンラボ 第31号(2025年10月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.31 (2025, Oct.)

研修後のアンケートで「今後の希望」を書く欄に,必ず書いてあるコメントは「○○の場合はどのように言えばいいか教えてほしい」だ。具体的な事例や状況に対して,具体的な助言を求めているものである。どうしたらいいかわからずに困っている状況が読み取れる。気持ちは大変よくわかる。私も臨床現場で困難に直面しているとき,その困難に対応できそうなタイトルの研修を受けるとなれば,その困難さを翌日には解決できるのではないかと期待が高まる。しかし,実際に研修を受けると,解決のヒントになることはあっても,研修で語られていることが自分の臨床現場とは異なっていたり,自分が対応しているクライエントではなかったりするために,冒頭のような意見になる。

本書は,著者がさまざまな心理職と対談した内容が主として書かれている。目次を見てみると,「〜を柔軟に使いこなす」という言葉が並んでいたり,「ゲーム依存」「LGBTQAI+」「アバター心理相談」など現代における心理職として押さえておきたい重要ワードが並んでいる。困難さに直面しているときに本書の目次を見ると「これだ!」と思うだろう。読んでみると,執筆されている心理職の臨床実践が記されており,「なるほど!」と自分もやってみようと意欲が高まる。しかし,実際にやってみようと思うと細部がわからない。1章ずつは10ページ程度の分量しかなく,例えば学校で子どもに実践するトラウマ対策プログラムについての特徴や概要,実施する際の注意点などは書いてあるが,プログラムの開始から終了までの詳細な流れや,逸脱する子どもに対する声かけの方法などは書かれていない。

「もっと具体的に知りたい!」という意欲が掻き立てられている中で,文章は終わりを迎える。しかし「次回へ続く」雰囲気がある。そのため改めて本書の冒頭部分を読み返すと,続きは著者が創設した「臨床心理iNEXT」というサイト内で,詳しく語られている研修動画を視聴することができることがわかる(有料)。本サイトは,研修会動画だけでなく,書籍の紹介や事例検討の場なども用意されており,至れり尽くせりだ。

そこで多くのことを学べることに間違いはない。しかし,きっとその研修動画を全て見たとしても,今目の前にある困難さを直接解決してはくれないだろう。本書の最後には,「自分で考える」ことの重要性が主張されている。「教えてもらう」というスタンスではなく,得られた知識・情報・体験などから,論理的に考えるという主体性を発揮することが大事なのだと。

そして,それが「心理職の専門性とは何か」という問いに答えを見つけるために必要なことだとも書かれている。各章で,それぞれの筆者たちは,「こうやって学んだ」「こんな実践をした」等と書いているが,それをそのまま実践するのではなく,それを参考にしながら,読者一人ひとりが自分なりの学び方を考え,体験し,実践を試みることを求めている。具体的な内容が書かれた本を読んでも,長時間の研修を受けたとしても,主体的にならなければスキルアップはしない。

公認心理師時代に突入し,多くの臨床現場で心理職が活躍することを求められている今,個々人が「主体的に考える」ことを通して,心理職が一丸となろうと言われているのはないだろうか。私は何を目指してスキルアップするのか,「教えてほしい」ではなく,「考えてみよう」と本書を閉じた。

下山晴彦著『そもそも心理職は,何を目指してスキルアップすれば良いのか?』

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浜内彩乃(はまうち・あやの)
大阪・京都こころの発達研究所 葉 代表
資格:臨床心理士・公認心理師・精神保健福祉士 等保有。
主な著書:『流れと対応がチャートでわかる! 子どもと大人の福祉制度の歩き方』(ソシム,2024),『ステップアップカウンセリングスキル集:今さら聞けない12 の基礎技法』(誠信書房,2024),『精神科の受診や特徴までがわかる 発達障害・メンタル不調などに気づいたときに読む本』(ソシム,2022), 『発達障害に関わる人が知っておきたい「相談援助」のコツがわかる本』(ソシム,2022)ほか。

動画にて精神分析について発信している。https://www.youtube.com/@hutaba1891

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