私の臨床現場の魅力(36)職場の魅力紹介|岩下紘己

岩下紘己(島根あさひ社会復帰促進センター)
シンリンラボ 第36号(2026年3月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.36 (2026, Mar.)

1.どうしよう

編集者の方からメールが届いた。

原稿の締め切りリマインドのメールだろうか,結局ぎりぎりになってしまった,申し訳ないな,と思いながらメールを開いて,凍り付いた。

催促メールではなく,職場の魅力紹介記事の依頼だった。

そう,他でもないこの記事の依頼。

ぼくは頭を抱えた。

「こんなところ辞めてやると何度も思っている自分に,職場の魅力って言われても,書けることなんてあるんだろうか……」と思ったし,「でも専門職として意識高く働いているはずの職場で魅力ありません書けませんなんて口が裂けても言えないよな……」とも思った。

2.どんな職場なのか

大学院卒業後,就職先として選んだのは,島根あさひ社会復帰促進センターという官民協働の刑務所。民間のノウハウを活かし,受刑者の教育に力を入れた刑務所で,刑期が概ね8年以内,更生の見込みが高いとされた成人受刑者が全国から集められる。『プリズン・サークル』(ドキュメンタリー映画で話題になり,後に書籍化された)でご存知の方もいるかもしれない。

更生=社会復帰を目指して訓練を受ける受刑者,ということでセンターでは受刑者のことを訓練生と呼ぶ。ここの運営を担う民間の会社で,社会復帰支援員として働き始めた。主な業務は訓練生との面接,教育と呼ばれる様々なグループワーク(犯罪別プログラムだけでなく,犬や馬などの動物介在療法,詩の創作,地域の方々との文通,自助グループなど本当に様々なプログラムがある),それからカウンセリングや心理検査なども行う。

3.思い出すこと

ぼく自身,大学院生のときに『プリズン・サークル』を観て,ここで働きたい!と志した一人であったが,現実はそう甘くなかった……。

新卒として浴びた洗礼の数々,職場での人間関係のあれこれ,業務に忙殺される日々。疲労感,無力感,現実逃避したくなる感覚。働き始めて四年間で溜まったものが一気に沸き上がってきて,嫌な汗がじんわり滲み出てきた。

けれども冷たい風の中を歩いていると,不思議と次第に書ける気がしてきた。

「どんな職場だって辞めたくなることの一つや二つはあるだろうし,それでも自分が働き続けている理由を書いたらいいじゃないか」ということで,少しばかり職場の魅力をお伝えできたらと思う。

4.職場の魅力

1)何はともあれまずはこれ

一つ目は,待遇が良い点。

俗な話ではあるが,最初にこれは外せない。

大企業サラリーマンに比べたら足元にも及ばないが,新卒の臨床心理士が正社員で働く選択肢がそもそも少ない中,正社員でしっかり給料とボーナスと残業代がもらえ,家賃補助などの福利厚生もちゃんとある。ぼくは育休を一年間取得した。資格の取得や更新の費用,業務に関連する研修や学会に関わる費用も出してくれる。これだけでも辞められなさそうな気がしてくる。

2)真面目な話,これもけっこう大きい

二つ目は,対人援助に関わる専門職の人が多くいる点。

実際に他の職場を経験したことがないので印象の域を出ないが,対人援助職の中でも特に心理の職場は少数精鋭(下手したら一人)のイメージが強い。ここでは心理士10名以上に加えて,社会福祉士などのソーシャルワーカー複数名,弁護士や看護師などの資格を持った人も働いている。十人十色の対人援助の在り方を間近で見ることができるし,多様な視点を学ぶ過程の中で自分に合ったものを取捨選択できる。逆に自分の姿も合わせ鏡のようによく見えてくる。だからこそしんどいこともあるが,型にはまらずに学び吸収できるという印象がとてもある。

3)刑務所という点では,これ

三つ目は,人間と社会の極北を知ることができる点。

刑務所という,社会の必要な構成要素でありながら社会から隔絶された場所。滞りなく流れる(ように見える)日常では見えてこない,犯罪の背景を成す,訓練生の人生に影を差す社会の在り様。その中を生き抜いてきた訓練生の,人間らしさ———どこか極端で,でもそのような一部をぼく自身も間違いなく持ち合わせている,葛藤,醜さ,弱さ。それらを内包する己と向き合い,人は本当に変わってゆけるのだということを目の当たりにすることは,何物にも代えがたい経験であると思う。

5.最後に

以上,現時点でぼくが思いつくかぎりの魅力をざっと挙げてみた。

先輩方からすれば,取りこぼしている点も多々あると思う。

それらはぼく自身これから経験していけたらいいなと思うし,この文章をきっかけに,官民協働の刑務所で民間の支援員として働くというあまりない職場に関心を持っていただけたら,とてもうれしいです。

+ 記事

岩下紘己(いわした・ひろき)
島根あさひ社会復帰促進センター
資格:臨床心理士
著書:『ひらけ!モトムー大学生のぼくが世田谷の一角で介助をしながらきいた、団塊世代の重度身体障害者・上田さんの人生』(出版舎ジグ,2020)

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