香山リカ(むかわ町国民健康保険穂別診療所)
シンリンラボ 第36号(2026年3月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.36 (2026, Mar.)
精神医療の世界からドロップアウトしてへき地医になってしまった私には,伊藤順一郎さんはその王道を歩む希望の星に見える。では,「精神医療の王道」とは何か。それが4人の専門家たちとの対話によって浮かび上がって来るのが本書だ。
最初の対話者は,“同業者(精神科医)”である森川すいめいさん。森川さんは,心の病の患者さんと「水平な立場で対等に話し,誰にとっても開かれた対話を行うこと」を基本とする,オープンダイアローグという新しい取り組みを行っている。「精神医療なんだから対話するのはあたりまえでしょ?」と思う人もいるかもしれないが,実はなかなかうまくいかない。それは医師や医療スタッフには「権力(パワー)」があるからだ。森川さんはこうつぶやく。
「最初は意思決定を大事にするけど,こちらはパワーを持っていた。それがそのパワーを手放せたのがオープンダイアローグのおかげはあるなと思います。」
この場合の「パワー」とは絶大な力のことというより,治療の場で医師やスタッフにだけあり,当事者にはない権限などのことだ。たとえば「あなたの診断は……」と診断名を告げる,などというのがその代表だろう。伊藤さんも告白する。
「対話を続ける関係というのは,治す−治される,支援する−支援される関係とは違ってくる。そうは言っても薬を出すので,先生と呼ばれちゃうところはあるのですが,治療の場自体が,治療の場じゃないところで当事者の人たちと会っていたときにちょっと近づいてきていると,私としては感じています。」
このオープンダイアローグがすごいのは,当事者が不安定なときや発病したばかりの急性期と呼ばれるときでも「対話を続ける」が基本なことだ。「どんなに混乱していてもこちらの言葉はなんだか届いているから,それに対する応答のやり取りは続ける」と伊藤さんは言う。このふたりのやり取りを読んでいるだけで,なんだか安心した気持ちになれる。
脱精神科病院を果たしたイタリアの話をする人類学者の松嶋健さんの言葉もすごい。
「ほとんどの人が病院で生まれて病院で死んでいく。(中略)生の最初から最後まで全般的に医療化している面がある。だからをそれをもう一度,生活の方に戻していく,いわば『生活の医療化』ではなく『医療の生活化』が大事だということが共有されていったということです。」
パワーを手放す。医療からもう一度,生活の方に戻していく。そう,「精神医療の王道」とはまさにこれだ。興奮しながらあとがきまでたどり着いたら,伊藤さんはちゃんと言葉でまとめてくれていた。「人間の尊厳をどう扱うか」。尊厳がどのページからもあふれてくるこの対話集,あなたもぜひ読んで体験してみてほしい。
香山リカ(かやま・りか)
むかわ町国民健康保険穂別診療所
精神科医
主な著書:『精神科医はへき地医療で“使いもの”になるのか? 私の転職奮闘記』(星和書店,2024),『捨てる生き方』(共著,集英社,2025)ほか多数







