【特集 時代・風土・心理:臨床に生きる描画法:バウムテストを巡って】#04 バウムテストと風土──カンボジア人のバウム画を踏まえて|坂中尚哉

坂中尚哉(香川大学)
シンリンラボ 第30号(2025年9月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.30 (2025, Sep.)

1.はじめに

東南アジアのインドシナ半島南部に位置するカンボジア王国(以下,カンボジア)は,熱帯気候,モンスーン気候帯に属し,雨季と乾季がある。近年,首都プノンペンの経済発展は著しく,2022年には,第25回ASEAN(東南アジア諸国連合)が開催されるなど,近代化に向けた歩みが加速されている。一方,首都プノンペンなどの都市部を少し離れると,広大な農村地帯が広がり,木材,藁,竹,ヤシの葉と,暮らし向きに応じた材料を使った木造高床式の家屋が立ち並び,まさに自然とともに,土地に合わせて生きている,そんな風土が根付く。

さて,カンボジアは,1975年4月より,ポル・ポトが率いるクメール・ルージュ(カンボジア共産党)による統治が1979年1月まで続き,粛正の名のもとに富裕層,医者などの各専門家,知識人が大量虐殺された内戦の歴史があった。また,この4年もの間に,処刑や処罰,飢え死にや栄養失調による死,病死などによりおよそ200万人の住民が犠牲になったと言われており,こうしたカンボジアの内戦は,カンボジア人の心に深く傷つく過去の歴史だと考えられる。

私が,カンボジアに赴き,はじめて首都プノンペンやアンコール・ワット遺跡群へ訪れたのは2011年のことである。およそ800年前から現存しているアンコール・ワット遺跡群は,9世紀から14世紀にかけてのクメール美術を今に伝え,1992年にユネスコの世界遺産(危機遺産リスト)の登録を受けている。現在,ユネスコや各国のNGOおよび現地遺跡修復家の保護を受けながら,当時の文化や宗教を色濃く残し,特に,12世紀末にジャヤーヴァルマン7世が建立したタ・プローム寺院の木々に圧倒されたことが鮮明に思い出される。寺院内には,遺跡とガジュマルの一種であるスポンの木が絡み合い,スポンの木の根は,遺跡を浸食すると同時に,遺跡を支える支柱となり,長い年月を経て,遺跡と木々はお互いを必要としている。この木々たちは,静かにカンボジアの歴史を生き,文化を見守ってきたことを慮ると,あらためて木はその国の風土を象徴する生命であることを実感する。

写真1 タ・プローム寺院(筆者撮影)

2.風土と異文化バウム

風土と呼ぶものはある土地の気候,気象,地質,景観などの総称であり,人間が住まう自然環境における空間的・時間的構造が含まれる。和辻(1979)によると,「人間存在を把握するためには,歴史的・風土的現象を単に客観的対象として取り扱うのならば,風土の意義は全然把捉されない」と述べる。また,「人間は単に一般的に過去を背負うのではなくして特殊な風土的過去を背負うのである」とし,歴史は静的な時間軸ではなく,動的な構造を持つことを示唆する。

日本におけるバウムテストの異文化研究は,藤岡・吉川(1971)の東南アジア内のマレーシア領ボルネオ島北部にあるサバ州の調査研究がはじまりと考えられる。藤岡らは,「幼児から成人に至るまでに,そのバウムがどのように発達し,生長するか,を明らかにすることは人類学的にも,臨床的な解釈法のためにも,基礎知識として必要である」とし,1967年から,東南アジア学術調査の一環としてバウム画を収集している。その折,二本線で構成された幹の先端をどう描くか,どう処理するかという描画行為のプロセスから「幹先端処理」の視点を提示し,バウムの類型(幼型,基本型,放散型,冠型,人型)を提唱するに至る。

その他,窪田(1991)は,オーストラリアのアボリジニの3歳から14歳に至る52例,濱野・杉岡(2005)のカメルーンのマロワ市の中学生14歳〜17歳までの359例,吉(2006)の日中比較(日本人132人,中国人120人),近年では,佐渡ら(2024)によるフランス・ニューカレドニア・日本の子どもの「早期型」(Koch, 1957)に関する比較文化研究(フランス人442人,ニューカレドニア人459人,日本人177人)が報告されている。

こうしたバウムテストの異文化研究は,現代の意識中心の社会において,自然や歴史,文化といった風土の側からの接近を試みることにより,バウムテストがもたらすパーソナルな視点に囚われない多様な視点を提示することになり,バウムテストの心理学的理解に向けた新たな風を吹き込むのではないだろうか。

3.カンボジア青年のバウム画の諸特徴

筆者が授業等で大学生に対してバウムテストを行う場合,ほどなくその多くに「りんごの木」が描かれる。描画後に<りんごの木って見たことある?>「ないです」<見たことがないのに,どうしてりんごの木なんだろうね!?>と尋ねると,「なんででしょうか。考えたことがなかった」,「ゲームとか教科書とかで見たイラスト的なりんごの木を思い出したから」など不思議なほどに日本人にとって,実のなる木には「りんごの木」のイメージが象っているようである。

さて,筆者がはじめてカンボジアの大学生にバウムテストを行った時のことである。彼らが実に丁寧に時間をかけて描く様子や写実的描写に感激し,あまりのリアリティさに思わず<これまで絵を描くことは?>と聞くと,意外にもいずれのカンボジア学生は口を揃えて「絵を描いたのははじめて」と答えるのであった。調査当時のカンボジア国内の学校教育において美術教育はなく,絵を描く習慣がない事を教えてもらった。そして,カンボジアバウムは,日本人お馴染みの「りんごの木」はすっかり影を潜め,ヤシやバナナ,ココナッツなどのフルーツバウム(図1)が多く描かれていた。確かに,ひとたび都市部を離れると,農村地帯が広がり,南国特有のフルーツの木が至るところに覆い茂っており,フルーツバウムは,彼らの生活と密接につながり,身近なものであること,日本の学生がこぞって「りんごの木」を描くありようとの違いに驚いたのであった。

図1 フルーツバウム画(筆者模写)

従来,筆者はカンボジア青年を対象にバウムテストを施行してきた(坂中,2014)。カンボジア青年のバウム画をコッホの58指標(コッホ,1957/2010)に分類してみたところ,No6 二線幹99%,No9 二線枝57%,No29 二線根51%,No36 カール状の樹冠29%と日本人のバウムとさほど大きな違いは見られなかった。しかしながら,外傷性指標でもあるNo26 落下中の,落下した実,葉,枝10%,No44 切断された枝,折れた枝(図2),幹14%,No45 幹や瘤や凹み14%とその出現率は高く,何がしかの傷つきを抱えていることが類推された。

図2 外傷バウム画(筆者模写)

4.内戦経験者のカンボジアバウム

これまで,カンボジア青年を対象にバウムテストの施行に加え,クメール・ルージュによる民主カンプチアの統治下での内戦体験者に対するインタビューおよびバウムテストを行ってきた(坂中,2012,2018)。

フィールド調査で出会ったAさんは,内戦当時,30代後半(調査当時80代)で6人の子どもがいたが,その内の当時15歳の息子は強制労働後,行方知らずのまま現在に至っている。

Aさんは,主に稲作や牛の世話役を担い,日の出と共に働きはじめ,夜中12時まで労働に従事し,眠気と空腹との戦いであった事を話していた。子どもたちとは別々に住むことを余儀なくされていたために,子どもたちがいつ殺されるか気がきではなかったことやかつて自分たちが栽培していたバナナを夜中に盗み,ポル・ポト兵に見つかり,殺されかけたことがあった事を涙ながらに語っていた。今は,毎晩お線香をあげ,近くのお寺の清掃や祭りごとのお世話をしており,失った息子のことを思い,日々祈っているとのことであった。

Aさんが描くバウム画(図3)は,用紙左側に一線枝,幹は二線幹ながら,幹先端及び下部は開放され,浮遊した小さく,弱々しいバウム画であった。描画後,Aさんは「リュウガンの木」と説明を加え,「リュウガンの木はお金持ちという意味があって,普通の家に生えている。カンボジアでは商売繁盛の木」だと教えてくれた。

図3 Aさんのバウム画(筆者模写)

5.さいごに

カンボジア青年たちのバウム画やポル・ポト率いるクメール・ルージュによる内戦時を生き延びた方々のバウム画を通して,バウム画は描き手の人格的な投影に留まらず,描き手の生きてきた時代性,そして風土性を抜きにして語ることができないことを確信した。カンボジアに限らず,異文化のバウム画への眼差しは,異国との出会いであり,同時に自国との新たな対話が生まれる契機となるように思われる。その自己内対話は,人間に通底する心理的世界の探究への一歩となるのではないだろうか。

文  献
  • 藤岡喜愛・吉川公雄(1971)人類学的にみた,バウムによるイメージの表現.季刊人類学,2 (3); 3-28.
  • 濱野清志・杉岡津岐子(2005)樹木画と風土―自然植生と表現.In:山中康裕ほか編:バウムの心理臨床(京大心理臨床シリーズ1).創元社,pp.312-323.
  • 吉沅洪(2006)日中大学生の描画特徴,パーソナリティ特徴比較と文化.文化とこころ,5 (1); 52-62.
  • 窪田幸子(1991)オーストラリア・アボリジニの木のイメージ―バウムテストの人類学的考察.国立民族学博物館研究報告,15; 365-378.
  • 坂中尚哉(2012)バウム画の語り—カンボジアバウムの誘目性から.関西国際大学心理臨床センター紀要,5; 33-41.
  • 坂中尚哉(2014)カンボジア青年のバウムに関する基礎的研究―外傷との関連に注目して.臨床心理身体運動学研究,16 (1); 17-25.
  • 坂中尚哉(2018)カンボジア内戦体験者の内戦体験に関するトラウマ記憶の語り―バウム画の表現も交えて.関西国際大学心理臨床研究,1; 1-7.
  • 佐渡忠洋・Frank Jamet・山祐嗣・山愛美・岸本寛史・Jean Baratgin(2024)Cross-cultural Study of Children’s Representation in the Baum Test. 名古屋市立大学大学院人間文化研究科人間文化研究,41; 15-23.
  • 和辻哲郎(1979)風土―人間学的考察.岩波文庫.
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坂中尚哉(さかなか・なおや)
香川大学医学部臨床心理学科准教授
資格:臨床心理士・公認心理師,博士(学術)。

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