永田雅子(名古屋大学)
シンリンラボ 第33号(2025年12月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.33 (2025, Dec.)
周産期は親と子との出会いの時期であり,父母ともに新しい家族を迎えてその変化に適応をしていかなければなりません。すべて思うようにいくかといえばそうではなく,様々な思いで揺れ動く時期でもあります。誰もが精神的に不安定になりやすく,多くの両親は,目の前にいる赤ちゃん自身の存在と,周囲からしっかりと抱えられてもらうことでこの時期を超えていきます。周産期で活動する心理職は,何か問題を抱えた人にだけアプローチをするという形はとりません。周産期を迎えるすべての家族がこころを守られてこの時期を過ごすことが必要であり,周産期医療で活動するたくさんの職種の仲間たちと連携しながら,家族と赤ちゃんの出会いを支え,そして家族と赤ちゃんの育ちを支えていきます。
周産期で心理職が活動しはじめたのは,今から30年ほど前のことです。研究であったり,ボランティアであったり,新生児集中治療室(NICU)の場に,一歩足を踏み入れたことから始まりました。NICUの中にいる赤ちゃんはたくさんの機器や管に囲まれており,医療スタッフが集中治療に力を注いでいる中,何もできずそこにいる体験は,ただただ圧倒され,何もできないことを自覚させられながら,そこに“いる”ことしかできないものでもありました。
一方で,目の前の赤ちゃんは確かに,そこで“生”きており,たくさんのメッセージを私に投げかけてくれていました。そして,赤ちゃんに会いに来る家族もまた,言葉にならない思いを,その姿や様子から伝えてくれていました。その場に“いる”ことしかできず,赤ちゃんと出会う家族にそっと寄り添い,言葉にならない言葉を掬い,語られる思いを受け止めていく日々の中で,赤ちゃんは確実に育ち,家族も家族として力強く歩んでいかれます。その姿に,心理職自身が教えられることが多くあるのがこの臨床の場だと感じています。子どもを妊娠し,出産となることは,だれもが自分の力を超えたところで起こってくることを引き受けていかなければならない体験であり,様々なリスクと向き合わざるをえないことも少なくありません。周産期医療で出会う赤ちゃんや家族は,その強さとしなやかさと“生きる”ということを教えてくれる存在でもあるのです。
また,“いのち”と向き合う現場だからこそ,スタッフも揺れや葛藤を抱えます。時には,スタッフと意見を戦わせたり,出された方針が心理の立場からは納得いかないことすら起こります。それでも,赤ちゃんと家族を支えていくという目標に向かってスタッフと考えて,話し合い,スタッフの思いも支えていく中で,現場が少しずつ変わっていくその場に立ち会えていることは,何とも言えない醍醐味を感じる瞬間でもあります。
NICUで始まった周産期医療領域での心理職の活動ですが,生まれてからではなく,生まれる前からかかわるようになってきています。社会の変化の中で,産後うつ病や虐待の予防の観点から妊娠期からの切れ目のない支援がうたわれるようになったことで,産科クリニック等で活動する心理職も増えてきています。妊娠中であっても,おなかの中の赤ちゃんとの出会いをどう支えていくかが中心になることには変わりがありません。限られた期間にしか出会うことができない立場でもあるからこそ,その時,自分の立場でできること,できないことを見極め,スタッフとともに活動をしていくことが求められます。一人では何もできないからこそ,当たり前のように他職種と力を合わせざるをえないということもこの臨床の場の魅力と言えるかもしれません。
永田雅子(ながた・まさこ)
名古屋大学 心の発達支援研究実践センターこころの育ちと家族分野 教授
資格:公認心理師,臨床心理士
主な著書:『新版 周産期のこころのケアー親と子の出会いとメンタルヘルス』(遠見書房,2017),『親と子の始まりを支える―妊娠期からの切れ目のない支援と心のケア』(遠見書房,2022),『周産期医療と“こころ”の支援』(誠信書房,2025)
趣味:おいしいお酒とお料理をいただくこと




