【書評特集 My Best 2025】|黒川由紀子

黒川由紀子(黒川由紀子老年学研究所,上智大学名誉教授
シンリンラボ 第33号(2025年12月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.33 (2025, Dec.) 

日本老年臨床心理学会企画・長嶋紀一監修『老年臨床心理学ハンドブック』(福村出版,2025)

2018年に高齢者の心理支援を主軸とする日本で初めての学会が設立された。本書は学会が企画し,老年期の臨床心理学の主たる領域がカバーされたものである。人生100年時代と言われ,高齢クライエントが増加しているが,心理職の仕事は認知症関係の検査が中心という現状がある。今後,広範なニーズを持つ高齢者が増加するだろう。本書を手元に置き,必要が生じたときに参照して,実践や研究に活かしていただきたい。

日本老年臨床心理学会企画・長嶋紀一監修老年臨床心理学ハンドブック

東畑開人『カウンセリングとは何か,変化するということ』(講談社,2025)

学派を超えて,カウンセリングとは何かを,ユーザーの視点から紐解いた書である。「現実を動かす」作戦会議としてのカウンセリングと,「心を揺らす」冒険としてのカウンセリングに分けて論じている。30年読み継がれる本にすべく書いたとある本書を契機に,心理臨床についての議論が活発になることを期待する。

東畑開人カウンセリングとは何か,変化するということ

谷川俊太郎『行先は未定です』(朝日新聞出版,2025)

詩人の晩年の言葉はユニークでありながら,多くの高齢者の思いを代弁する面もある。「年取ったから日記のような詩を書きたくなったんですね あんまり次元の高い抽象的な言葉じゃなくて 日常に即した言葉で現代詩を成立させたいと思っています」「いまは生きている意味もなくていいと思える」「いい音楽には自分がない そういう言葉を書けたらいな」

谷川俊太郎行先は未定です

石井哲代・中国新聞社『103歳,名言だらけ。なーんちゃって:哲代ばあちゃんの長う生きてきたからわかること』(文藝春秋,2024)

103歳の女性の「日常に即した言葉」が紡がれている。教員として駆け出しだった頃小学校1年生だった生徒はもう米寿。「心も体も変化していきます,今この一瞬一瞬が本当の自分なんじゃと思うの。見失わんように,自分の心と対話することが増えた気がしております」「体は思うように動かんけど心だけは自由です。ドクンドクンと活発に動くんでございます」

石井哲代・中国新聞社103歳,名言だらけ。なーんちゃって:哲代ばあちゃんの長う生きてきたからわかること

樋口恵子,鈴木秀子『なにがあっても,まぁいいか』(ビジネス社,2024)

介護保険の母,樋口恵子さんと,聖心会のシスター,鈴木秀子さんは同じ1932年生まれ。「その年になってみないとわからない事」を共有しながら進む対話が興味深い。「92年生きてきた私が自信をもって言えるのは,何が起きてもどうにかなる」ということ(樋口)「面白いなと思うのですけれどね。過去のことも未来のことも考えなくなりました。考えないようにしようというのではなく,考えていないのです」(鈴木)

樋口恵子,鈴木秀子なにがあっても,まぁいいか

ジェーン・グドール『森の隣人,チンパンジーと私』(平凡社,1973)

チンパンジーの研究で知られる著者は,2025年10月に91 年の生涯を閉じた。本書は著者のアフリカにおける研究成果をまとめたもので,原題は“In the Shadow of Man”。タンザニアで,豹や感染症と対峙しながらチンパンジーとの信頼関係を育て,画期的な発見に至った。訳者は霊長類研究者の河合雅雄。今西錦司らを中心とする京大霊長類研究グループとも接点があったことが,訳者あとがきに記されている。アフリカを舞台に研究者たちが切磋琢磨する姿を想像してわくわくする。人間を偉そうな立ち位置に据えるのは誤り。

R. Waldinger, M. Schulz “The Good Life, Lessons from the World’s Longest Scientific Study of Happiness” (Simon & Schuster Paperback, 2023)

ハーバード大学の84年に及ぶ縦断研究(Harvard Study of Adult Development)の成果をまとめた書であり,豊富な事例が紹介されている。初期の研究対象者は,ハーバード大学の学部生群,貧困地域に暮らす若者群だった。著者の一人である現在のチームリーダーは4代目。老いの困難を乗り越える要因,幸福な人生の鍵として,名声や富よりも「他者との良好な人間関係」が重要との事が,長年のリサーチの結果明らかになったという。他者には,夫婦,家族,友人,地域の人,仕事上の知人・友人などが含まれる。

R.Waldinger, M. Schulz “The Good Life, Lessons from the World’s Longest Scientific Study of Happiness”

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黒川由紀子(くろかわ・ゆきこ)
黒川由紀子老年学研究所,上智大学名誉教授
資格:臨床心理士
主な著書:『百歳回想法』(木楽舎,2003),『回想法―高齢者の心理療法』(誠信書房,2005),『認知症と診断されたあなたへ』(編著,医学書院,2006),『認知症の心理アセスメント はじめの一歩,』(編著,医学書院,2018),『いちばん未来のアイデアブック』(編著,木楽舎,2016),『ミモザ』(木楽舎,2020),『「豊かな老い」を支えるやさしさのケアメソッド―青梅慶友病院の現場から』(編著,誠文堂新光社,2022)ほか。
趣味:朝早い散歩,神社で近所の人とする太極拳,たまにテニス

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