香野 毅(静岡大学)
シンリンラボ 第33号(2025年12月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.33 (2025, Dec.)
本棚はプロフィール
研究室の本棚を見わたして思うことは,分野のまとまらなさ,「浅く広く」を地で行っている。大別すると,特別支援教育,発達心理学,発達臨床,障害学,そして心理臨床に関わる書籍群となる。
所属は教育学部であり,特別支援学校免許の取得のための科目を担当している。あまり知られていないが特別支援学校の免許を出す専攻は障害種に教員が貼り付けられていて,私は肢体不自由になる。以前は障害種でなく分野で担当が分かれていて,そのときは心理の担当だった。学習指導要領をはじめ,教員養成の役割を果たす最低限の書籍は並んでいる。
大学院時代の研究分野は発達心理学であった。共同注意を中心に発達につまずきのある子どもの社会的認知をテーマにしていた。今でもこの関連の書籍群が一角を占めていて,発達臨床につながっていく。
障害学と括った分野で多いのは当事者研究や当事者の手記である。ICF(国際生活分類)やDSMの関連書籍もここに含まれる。「障害」をどのように捉えるかは多面的であり,この多面性を理解しておくことは実際の臨床にも役に立つ。
心理臨床のオリエンテーションは臨床動作法である。動作法とタイトルに付された出版物はほとんど収められている。最初はもちろん勉強するため,途中からは論文執筆や研修の資料として,最近では自分なりのあたらしい動作法を考えるため……といった具体に書籍の役割が変わってきているように感じる。
もうひとつの本棚
私は現在,相談室や機関に所属しておらず,臨床実践のフィールドはすべて外,アウトリーチのみといってよい。中心である臨床動作法の定例会は,地域の学校などを借りて行っている。このような実践の形態だと,記録のほとんどは自分で管理,保有することになる。ファイル,ノート,電子データなど,正確にはカウントしていないが数百人分との関わりの記録が貯蔵されていて,かなりのスペースを占有している。以前,大学の同僚が研究室に訪ねてきたときに書籍の少なさに驚かれたが(その同僚の専門は教育制度や歴史),そのとき「自分は人に現場で会った多くの経験があり,それこそが貴重な資料である」と内なる誇りを発見したことを覚えている。かつ,本が少ないことをそうやって取り繕った。
書籍と出会うこちらの事情
このコーナーの趣旨に応えて田嶌誠一先生の「現実に介入しつつ心に関わる 〜多面的援助アプローチと臨床の知恵〜」(2009年,金剛出版)をあげたい。その書籍が与えるインパクトは,そのとき自分がどのような仕事で,何を考え,迷い,模索していたかという状況との相互作用なのだろう。このころ,園,各種学校,施設などで不特定多数の現場にアウトリーチによる支援を行ってきた。立場は,大学教員であったり,心理職であったりした。身分は,行政から非常勤で雇用されて派遣されることもあれば,直接に依頼されることもあった。緊急支援や災害支援など事前には想定していなかった支援もある。総じていえば,いろんな私がいろんな現場でいろんな子どもとその関係者に会ってきた。
現実に介入しつつ心に関わる
キンダーカウンセラー事業がはじまるときに参加させてもらった。県の私学振興会がブロックに心理職を配置し,私は13園あるエリアの担当になった。初日,指定された園に赴き,相談室として用意された部屋に通された。勤務時間中,一人の来談もなかった。聞けば,すべての園の保護者にチラシで,相談可能日が伝えられ,希望者が申し込むシステムが整えられていた。
さっそく許可を得て,園をひとつずつ訪問して子どもたちを観ながら職員と話せるようにしてもらった。13園の訪問が一周した翌週からは,子どもの相談,コンサルテーション,そして希望する保護者ですべての時間が埋まり,足らなくなった。風呂敷を広げることには成功したが,そこにのってくる事案は多岐にわたった。その仕事は「現実に介入しつつ心に関わる」だった。
みっつのアプローチ
本書で田嶌先生はみっつのアプローチを紹介している。「内面探求型アプローチ」「ネットワーク活用型アプローチ」「システム形成型アプローチ」である。壺イメージ療法の開発者である田嶌先生も多くの心理職がそうであるように密室でクライエントに出会い,心の深いところを慎重に扱っていたそうである。しかし学生相談やスクールカウンセラーをはじめたときに,それだけではやっていけないとネットワーク活用型アプローチが加えられる。実はここは重要なところで,本書のなかではまったく当たり前のように「内面探求型アプローチだけではやっていない」とサラッと書かれている。
私も含め心理職は,学校などの現場で「自分のやってきたアプローチ」をやる構造を作ろうと試みる。今でも学校に行くと特定の療法で使用される道具が置いてあったする。極端な例では,災害支援の現場に道具を持ち込もうとして止められている心理職をみたこともある。この試みはほとんど上手くいかず,「現場は心理のことがわかっていない」と陰口を言いつつ,自分の思う専門性と現場のニーズの折り合いを探すことがはじまる。そんなとき,この一冊と相互作用する。
大きな仕組みをつくる
田嶌先生の真骨頂はシステム形成型アプローチにある。詳細は「児童福祉施設における暴力問題の理解と対応 〜続・現実に介入しつつ心に関わる」(2011年,金剛出版)にあるが,施設全体で取り組む「安全委員会方式」とよばれる問題解決のための仕組みづくりを提案,実行している。ここでもサラッとこういった取り組み全体が心理臨床活動であると述べられている。
この取り組みは全国に広がり,多くの賛否,議論を巻き起こした。この議論は児童養護の領域そのものを心理臨床の対象としたように思う。見えてなかったこと,見てこなかったことを俎上にあげ,施設とそこに関わる人たちの主体的な動きを引き出した。
おわりにひと言
突然,静岡のある施設から仕事の依頼があった。施設長に<なぜ私?>と尋ねたところ「田嶌先生から名前があがりました」とのことだった。断る選択肢はない。多面的アプローチの一例である。
香野 毅(こうの・たけし)
所属:静岡大学教育学部教授
資格:公認心理師、日本リハビリテイション心理学会スーパーバイザー
主な著書
「動作訓練の技術とこころ─障害のある人の生活に寄りそう心理リハビリテイション」(2022年,遠見書房)
「支援が困難な事例に向き合う発達臨床─教育・保育・心理・医療の現場から」(2018年,共編著,ミネルヴァ書房)
「基礎から学ぶ動作法─心理リハビリテイション・ガイドブック」(2015年,共著,ナカニシヤ出版)ほか
趣味:走ること





