坂中尚哉(香川大学)
シンリンラボ 第30号(2025年9月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.30 (2025, Sep.)
1.アスリートの心理臨床その①
一般にアスリートは「明るく,元気」という印象があり,心理臨床領域とは程遠いイメージを抱かれやすい。しかし,アスリートは,パフォーマンスを追求する過程において,怪我やスランプ,実力発揮の出来なさ,競技引退など多種多様な悩みを抱える。
我が国のスポーツ心理臨床の歩みは,1964年の東京オリンピック開催に向けた強化の一環として「あがり対策」を主軸に心理サポートが行われたのがその始まりとされている。そして,実力発揮での課題を抱えるアスリートに対する対処方法として,自律訓練法,イメージ技法,催眠法といった心理技法が適用された。中込(2021)によると,東京オリンピック後のアスリートに対する心理サポートは,ストレスや不安・緊張軽減を目指した心理スキルを実践するメンタルトレーニングがその中心であり,アスリートの人格レベルでの成長を視野に入れたカウンセリングの実践は行われていなかった。
2.アスリートの心理臨床その②
我が国においてスポーツカウンセリングへの関心が深まり始めたのは,1990年頃であり,臨床心理士を有する体育学系出身者や精神科医などの先達によるスポーツ心理臨床の研究会開催が大きな契機となっている。特にスポーツ心理臨床の発展の船頭役として存在しているのは,中込四郎(筑波大学名誉教授)と鈴木壯(中部学院大学教授)の二人であろう。中込や鈴木は,アスリートへの臨床心理学的アプローチを模索し,個の全体性やCl-Thとの関係性,そして象徴的理解を手がかりにアスリートの事例研究(中込,2004/鈴木,2014)を精力的に報告している。
中込(2018)は,「競技力向上や実力発揮を目的としたメンタルトレーニングが対象としてきたアスリートに対して,心理スキルの指導ではなく,カウンセリングや心理療法によるアプローチを行い,その有効性を実感しつつある」とし,アスリートが競技体験を語り直すことを介し,アスリート自身が自己表現の促進,問題・課題への理解の深まり,イメージトレーニングとしての機能,競技場面での気づきや意図性の高まり,競技行動・姿勢への新たな意味づけ,等の変容可能性があることを示唆している。
また,鈴木(2021)は,アスリートの語りの特徴として「からだの体験」の語りが多いことを指摘する。例えば,「普段通りに動かなかった」「プレッシャーに押しつぶされそうになった」「競技前に吐き気がした」と訴えるアスリートの語りは,心理的な体験同様にからだの体験であり,アスリートは競技を介した「身体表現者」といえる。米丸・鈴木(2013)は「自分の動作について語るということは,自ずと頭の中で自分の動作をイメージ想起することになる。すなわち,動作を語るという行為は,イメージトレーニングをしていることと同様のこと」と指摘するように,アスリートの心理臨床では,競技中の動きやパフォーマンス,演技などを含めた自身の身体の語りがその中核となり,心理療法が展開される。いわば,アスリート心理臨床の独自性ともいえる。
3.アスリートの心理臨床におけるイメージを介したアプローチ
アスリートの心理臨床においては,主訴を手がかりにアスリート自身の競技中の動きなど身体を巡った語りを共有することになるが,同時に,中込や鈴木の事例研究では,箱庭や風景構成法,夢などのイメージを介した面接経過を報告している。例えば,表1のように,中込(2004)は,5事例中3事例が風景構成法の経過を交えた事例であり,鈴木(2014)では,7事例中6事例が風景構成法,夢,箱庭などのイメージ技法を援用した心理療法を導入している。
表1 アスリートの心理臨床におけるイメージ技法の援用について
| 著者 | 書籍名 | 年号 | 事例数 | イメージ技法について |
| 中込四郎 | アスリートの心理臨床 | 2004 | 5 | 風景構成法:3事例 |
| 臨床スポーツ心理学 | 2013 | 16 | 風景構成法:8事例 箱庭療法:1事例 風景構成法,夢:1事例 | |
| 鈴木壯 | スポーツと心理臨床 | 2014 | 7 | 風景構成法:2事例 風景構成法,箱庭療法:1事例 風景構成法,夢:1事例 風景構成法,箱庭療法,夢:1事例 夢:1事例 |
筆者は,日本心理臨床学会の自主シンポジウム(2024)において,中込,鈴木らの先達に加え,コッホのバウムテスト第三版(1957)の邦訳者の一人である岸本寛史(静岡県立総合病院)らとともに「スポーツと心理臨床」をテーマに,アスリートに対してバウムテストや風景構成法などの描画法を援用することの臨床的意義について検討している。その中で,岸本は,「(思うように身体が動かせないなど)アスリートのパフォーマンスに力動的な無意識が介入してくるものだから思うようにいかない」と指摘するとともに「描画は,競技との関係を視覚的,イメージとして捉えることができる」とアスリート臨床に描画法を用いることの臨床的意義に言及する。
1枚のバウムテストや風景構成法からブラインドアナリシス的に理解を深めることは暴論であるが,心理療法の経過とともに描かれる複数の描画からは,描き手の内的な変化が如実に表現されるように思われる。図1〜図4(筆者模写)は,吐き気を訴え競技離脱した高校生アスリートAのバウム画であるが,面接初期に施行した1回目のバウム画(図1)は,幹,樹冠の描線は,弱々しく途切れ途切れであった。樹冠には,枝のない果実が複数描かれており,競技で結果を出さなければならないとするプレッシャーに対する過剰適応な状態が表現されているように映る。2回目のバウム画(図2)は,黒く塗られた果実は一粒一粒が大きく,果実に枝が付け加わっている。黒い果実には,成果に対する諦めや腐敗であろうか。心理療法では,これまでの競技生活を振り返り,「プロにならなければいけないと自分を縛っていた」と述懐するセッションが続いた。また,1回目と比べ,樹冠に遠近感が生じ,いくぶん奥行きを感じる。
競技離脱から半年後の3回目のバウム画(図3)では,2つの果実が大地に落下し,死と再生の循環的イメージが喚起された。この頃,主訴の吐き気などの身体症状は消失し,競技へ部分的な復帰を果たしている。競技へ完全復帰となった終結時の4回目のバウム画(図4)は,これまでの複数の果実は,4つに減少すると共に大地に木が植樹しており,身軽かつしっかりと安定したバウム画となっている。




図1 バウム画1
図2 バウム画2
図3 バウム画3
図4 バウム画4
このように時系列的に施行した描画からは,描画のイメージの変容とともにアスリートの内的な課題や身体化された症状との連動が垣間見られる。イメージは,言葉以上に雄弁であることを実感する瞬間でもある。
4.アスリートのバウム画の諸特徴
筆者は,10代のアスリートに対してバウムテストを行う機会が多く,その印象に基づくと,図5のように「幹の太さ」,「実の大きさやその数の多さ」,「画用紙からはみださんばかりの大木」,などの特徴が見られる。また,描画後のPDI(Post Drawing Interrogation:描画後の質問)では,「ジブリなどに出てきそうな森の中の大きな木」,「たくさんの実や虫など生命が集まって生活している大きな木」,「この木は,根が太く,とても大きく実がたくさんなる木でいろんな人から親しまれ,愛される木」,「草原の中にあって,嵐にも負けない木」など,多種多様なイメージを投影する。

図5 バウム画5
5.おわりに
大地に根を張り,天にむかって伸び上がる木の姿は,そこに自身の成長をなぞらえてみたくなる。木の成長イメージは,アスリートの心性を表現するメタファーとしてほどよく,一般の非アスリートより,自己イメージを投影しやすいと思われる。なぜなら,競技種目問わず,アスリートの世界は,前進することを常に命題づけられた競技環境を生きているからである。とりわけ,アスリートが描く果実には,成果を求められるアスリートの大いなる苦悩であるとともに,希望の果実であること,その両面を心に留めておきたい。
文 献
- Koch, K.(1957)Der Baumtest (Dritte Auflage). Hans Huber.(岸本寛史・中島ナオミ・宮崎忠男(2010)バウムテスト第三版.誠信書房.)
- 中込四郎(2004)アスリートの心理臨床.道和書院.
- 中込四郎(2018)アスリートと身体—アスリートのパフォーマンス向上におけるカウンセリング(語り)アプローチの意味.日本臨床心理身体運動学会第21回大会(ワークショップ).
- 中込四郎(2021)アスリートの心理臨床の歩み:1964〜2020.In:中込四郎編:スポーツパフォーマンス心理臨床学—アスリートの身体から心へ.岩崎学術出版社.
- Sakanaka, N., Maeda, T.(2017)Soul Making and Sacrifice of Athletes from the Jungian Points of View. Jungian Congress Papers, 20; 673-687.
- 鈴木壯(2014)スポーツと心理臨床—アスリートのこころとからだ.創元社.
- 鈴木壯(2021)競技力向上や実力発揮における語ることの意味.In:中込四郎編:スポーツパフォーマンス心理臨床学—アスリートの身体から心へ.岩崎学術出版社.
- 米丸健太・鈴木壯(2013)身体について語る意味—心理的強化を求めて来談したアスリートへの心理サポート.スポーツ心理学研究,40 (1); 31-42.
坂中尚哉(さかなか・なおや)
香川大学医学部臨床心理学科准教授
資格:臨床心理士・公認心理師,博士(学術)。






