書評:『みんなの認知行動療法──ケース・フォーミュレーションを使いこなす』(下山晴彦著/遠見書房)|評者:三田村 仰

三田村 仰(立命館大学/カップルらぼ)
シンリンラボ 第36号(2026年3月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.36 (2026, Mar.)

今回,僭越ながら下山晴彦氏の新刊『みんなの認知行動療法──ケース・フォーミュレーションを使いこなす』(遠見書房,2025年)への書評執筆の機会をいただいた。「下山晴彦」氏といえば,私個人でも20年以上遡る学部生の時代からその多くの著書から学びを得てきた,先達にあたる。それから20余年の時を経て,本書を手に取ったとき,現代の日本の臨床現場に向けて,下山氏がどういったメッセージを本書で届けようとしているのかについては,個人的にも大きな関心と刺激を覚える。本書の特徴を私なりに読み解くと,三つの主要なポイントに整理できる。

一つ目の特徴は,本書が「ケース・フォーミュレーション」をテーマに掲げている点だ。本書によれば,ケース・フォーミュレーションとは「支援の対象となる問題の成り立ちを説明する仮説」(p.79)である。これは単なる診断や面接技法の補助概念ではなく,臨床家がクライエントの困難をどのように理解し,支援をどのように構築していくかの“地図”にあたる。評者自身の見解としても,このケース・フォーミュレーションの技能こそが,心理職という専門職の中核的な専門性を形成していると考えている。理論や技法の選択以前に,どのようにケースを捉えるかという技能こそが,プロの心理職と他の支援者とを分けるだろう。下山氏が現代日本の文脈において,このケース・フォーミュレーションに焦点を定められた点は,評者個人としても深く共感できる。

本書の二つ目の特徴は,表題に「認知行動療法」を冠しながらも,特定の理論的枠組みに限定されない統合的な立場を取っている点にある。下山氏はこれまでにも認知行動療法に関する多くの著作を刊行してきた。ただし,その在り方は単なる「認知行動療法家」の枠を超えている。講義1「認知行動療法に至る私の臨床遍歴」では,著者が,来談者中心療法,分析心理学,家族療法,力動的心理療法など,認知行動療法以前に多様な臨床的関心と経験を培ってきた経緯が簡潔に紹介されている。著者が英国での研修を経て,これら多様な臨床実践を包括する枠組みとして認知行動療法を再定位していることが,ここからもうかがえる。つまり本書の「認知行動療法」とは,特定の理論や技法を排他的に強調するものではなく,むしろさまざまな心理支援の視点を結びつける包括的・統合的な実践として提示されているのだ。

三つ目に,本書では,ケース・フォーミュレーションを展開するうえで「物語」という独自の視点を導入している特徴がある。本書ではケース・フォーミュレーションにおける二つの側面として,「語りとしての物語」と「劇としての物語」という概念を提示する。前者は,クライエントが支援の場で語る自身の苦悩や体験のストーリーであり,セラピストがそれを聴き理解しようとする営みは心理的支援の出発点にあたる。他方,「劇としての物語」とは,クライエントが置かれている現実的な状況や対人関係,環境的要因の連関を指し,現実の中での行動や出来事のダイナミクスを捉える視点である。これまで,それぞれさまざまな理論においては,学派ごとに,二つの側面の内のいずれかが強調される傾向にあった。そこに,下山氏は「物語」というメタファーを用いることで,それらを一つの地図として統合的に描き出す方法論を具体的に提案している。

総じて,本書は,現代の心理職にとってきわめて時宜にかなった書である。認知行動療法とはマニュアルに沿ったパッケージ療法だという誤解もある一方,個々のケースの文脈や物語をどのように理解し支援につなげるかというテーラーメイド的な問いは,いまなお臨床の核心にある。本書は,そうした問いに対して理論的にも実践的にも示唆を与え,心理職としての思考の筋道を再確認させてくれる。下山氏の長年にわたる臨床・教育の蓄積が凝縮された一冊として,心理職を志す学生から現場の実践家まで,幅広い層に強く推奨できる良書である。

『みんなの認知行動療法──ケース・フォーミュレーションを使いこなす』(下山晴彦著/遠見書房)
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三田村 仰(みたむら・たかし)
所属:立命館大学総合心理学部,カップルらぼ(個人開業カウンセリングオフィス)
資格:博士(心理学),臨床心理士,公認心理師,認知行動療法スーパーバイザー®️,認知行動療法師®️ EFTカップルセラピスト(ICEEFT)
主な著書:『カップルセラピーの教科書』(日本評論社,2025印刷中),『はじめてまなぶ行動療法』(金剛出版,2017),『臨床心理学.第23巻第6号. 特集:カップルセラピーをはじめる』(編著,金剛出版,2023),『臨床心理学.第21巻第2号.特集:アサーションをはじめよう』(編著,金剛出版,2021)

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