キョウジュの心理学(4)臨床家,予算をもらう|富樫公一

富樫公一(甲南大学
シンリンラボ 第32号(2025年11月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.32 (2025, Nov.)

今回は,カネの話だ。

大学教員は,カネを持っている――みんなそう思っているようだ。安心して欲しい。そこまでではない。

確かに,現場の心理職と比べたら,給料はそれなりにもらえる。しかし,それほど高くはない。現場が安すぎるだけだ。シンリ業界ではカネモチ枠でも,社会一般では大したことはない。特に,国公立の教員は悲しい。

大手商社や外資金融系,伸び盛りのAI企業に勤める知人の方が,ずっと高い給料だ。しかも,彼らは大卒で働いている。最短なら,23歳からテニュアだ。

大学教員は,博士課程まで行く人が多い。最低でも,大学卒業+5年かかる。通常はもっとかかる。博士課程を出ても,テニュアまで数年かかることもザラだ。それまでは,要するにフリーターだ。生涯賃金で比べたら,大企業の社員にはかなわない。

30代後半まで,非常勤講師や予備校講師で食いつないだ人もいた。その間も論文を書き続ける。業績がないとテニュアは得られない。書くには研究しなければならない。論文を書いても一銭にもならないが,研究するにはカネがかかる。

それでも,現場系シンリシはまだましだ。臨床の仕事がある。スズメの涙程度でも,探せばそれなりに仕事はある。何とか食べていける。それに,今のところ,シンリン系学部はまあまあ人気だ。今頃,学科を新設するところもある。地域にこだわらなければ,募集はそれなりにある。

哲学や宗教学,理論物理学の友人の話を聞くと,ひどいものだ。募集が実に少ない。有名とは言えない大学の講師ポジション一つに,200人の応募があった話を聞いたこともある。

シンリガッカを新設するところはあっても,哲学科を新設する大学の話は聞かない。大学は余っている。定員割れも多い。高校生の人気が出そうにない学科を作る余裕はない。資格と直結する学科ばかりで,学問とも言えない名前の学科があるのはそのせいだ。日本の高等教育はどうなるのかと,心配している暇はない。学生獲得が最優先だ。


脚 注

1. 使い方を覚えた♡


なぜ,大学教員がカネを持っていると思われるのか

では,なぜ,そんなイメージができるのか。

周りに聞いてみた。学会にしょっちゅう来ているからだという人がいた。

なるほど,確かに,臨床系の学会でも大学教員が目立つ。

発表を聞きに行くと,真っ先に手を挙げて議論にならない意見をだらだらと語るのは大抵大学教員だ。「また,あいつか」と,いらだつ。

何とか自分の体験を言葉にしようと,緊張しながら必死に話す現場のシンリシとはえらい違いだ。人前で(中身のない)話をすることにすっかり慣れ,司会が時間超過を気にしても,意に介さない鈍感力がある。次の発表でも,喋っているのはまたあいつだ。そんなに話したいなら,自分で事例発表でもすればよいのにと思うが,自分は出さない。

現場系シンリシは,そんなに学会に行けない。常勤職でも,「年に一回国内に限り,学会参加の旅費の一部を助成する」という職場は,待遇が良い方だ。出張費がまったくないところもある。給料は安くても,自腹を切って参加する。「臨床心理士」には資格更新ポイントがある。参加しておかないとポイントはたまらない。

現場系シンリシが行ける学会は限られている。「来年の○○学会は,沖縄で開かれるらしいよ。学会員じゃないけど,参加しようかな」とつぶやく大学教員を見れば,殺意が湧くのも無理はない。

アイツラ,カネ持っているゾ――と確信する。


脚 注

2. 「お前のことだ」と声が聞こえる。

3. 臨床心理士は,資格更新までに研修や活動のポイントを15以上取得しておかなければならない。3群にまたがって取得する必要があるが、更新の際に確認すると必ず1群足りない。


教員はいくつか予算がある

彼らが学会にしょっちゅう来ているのは,給与以外の割り当て予算があるからだ。独自裁量で使える費用だ。大学教員の待遇の違いは,給与よりこのあたりに出る。教員にとって良い大学とは,この予算が大きいところだ。参加費を小遣いから出す現場系シンリシから見れば,その点では確かにカネを持っている。

しかし,これは自分のカネではない。使途も厳密に決められている。

代表例は個人研究費だ。大学によって違うが,地方開催の学会に宿泊有で二回くらい参加できる程度はある。国内学会参加助成金,国外学会参加助成金,図書費,研究室運営費など,異なる名目の予算が別にもらえる大学もある。それを駆使して,学会に参加したり,パソコンを買ったり,本を買ったりする。

そんなにあるのか。一体それぞれいくらなんだ。

金属バットを握りしめ,待ち構えている読者もいるかもしれない。

残念ながら,ここには書けない。連載もすでに4回だ。そろそろ周りも気づき始めている。下手なことを書けば,シンリンラボとはお別れだ。それに,この手の予算は公開されていない。教員自身も,採用されるまでわからない。

そして,自分でとってくるカネがある。

学内外の競争型資金と言われるものだ。

代表例は科研費だ。「科学研究費助成事業」の略で,一番有名なのは文部科学省がやっているものだ。自分でやりたい研究を申請し,審査に通過すると研究費が交付される。枠によって金額は違うが,心理でいえば一般的なものは3~5年の研究で,百万円単位の資金になる。大学教員だけでなく,研究機関の研究職も応募できる。

ただし,競争型なので,そんなに採択されるわけではない。年度や応募分野によって違うが,一般的なものは採択率10%から30%だ(日本学術振興会, 2025)。そんなに簡単にはもらえないので,毎年その時期になると,教員間で「科研費,当たった?」「当たった当たった⤴」「当たらなかった⤵」という会話が飛び交う。当たれば,自分のやりたい研究に資金を使うことができる。

中には大規模な研究を申請する人がいて,これに当たると大きい。5年で千万単位の資金を獲得した人もいる。真のカネモチだ。仲良くしておいた方がよい。


脚 注

4. 正確には「採択された」という。


予算は厳重に管理されている

当然のことながら,資金の使い方は厳重に管理されている。

病院時代は自己裁量予算などなかったので錯覚するが,これは自分の金ではない。決められた目的にのみ,自分の判断で執行できるというだけのことだ。

特に,科研費は税金だ。国家予算のごく一部を自己裁量で使う権利が与えられただけだ。それ以外に使用すれば,社会的制裁だけでは済まない。場合によっては刑事犯になる。

大学はその点で極めて慎重だ。大学にはそうした予算の管理部門がある。常に鋭い目を光らせている。

数百円の物品でも,よほどの理由がない限り,立替払いは認めない。カラ発注を防ぐためだ。他に方法がなくて自分で買った場合は,現物を担当事務員まで見せに行く。子ども対象の研究用に購入した253円のキャラクター缶バッジ(直径3cm)でも,領収書と合わせて持参する。事務員は,重々しい表情で手に取り,何度も裏返して確認する。偽物だったら大問題だ。

デジタル機器を購入したら大ごとだ。売り飛ばしていないことを確認するために,毎年事務員が研究室に調査に入る。現物があるのか確認する。

学会旅費の管理も厳重だ。

海外の学会に行ったら,航空機の搭乗券を捨ててはいけない。帰国後に事務員に見せる。「ちゃんと乗りましたよ」と証明するためだ。なくしたらただでは済まされない。

現地に到着しても気を抜いてはいけない。学会会場では写真を撮る。学会の看板を背景に自分を映す。「ちゃんと学会に行きましたよ」と証明する。一人のときは,見ず知らずの学会参加者に写真に撮ってくれと依頼する

どうせならと,TikTokの女子高生のように会場前でジャンプした瞬間の写真を事務員に見せたことがあったが,笑ってもくれない。

帰国したら,証拠書類をそろえて提出する。そのときに,パスポートに「帰国」のハンコがないことを知る。自動化ゲートを通過したからだ。自分でハンコをもらいに行かなければならなかった。それを忘れた。

おそるおそる事務員のところまで足を運ぶ。罪人の気分だ。

「大変申し訳ありません。帰国のハンコをもらい忘れました」

「ちゃんと帰国したことを証明できるものを提出してください」

「帰国した証明ですか」

「そうです。帰国したふりをする人がいるので」

「私は今,大学であなたに会っています。もう日本にいます」

「証明するハンコが必要です」

研究室に戻り,なぜ忘れたのか,いかにそれが罪深いことなのかを長々と書いた反省文を提出する。

この作業を嫌がってはいけない。大事な予算を自己裁量で執行しているのだ。日本人の強迫性のよい例だと,海外の同僚にネタとして話をしている場合ではない。

そもそもチェックが厳しくなるのは,不正をした人がいるからだ。

カラ出張とか,カラ発注とか,たびたび研究費不正使用が報道される。ああいうことがあるたびに,厳しくなる。これだけ厳しくチェックされると,不正など不可能だと思うが,穴を見つける人は見つけるようだ。次の年,また厳しくなる。

数年後には,自宅出発から帰着まですべての行動を動画に収めて提出するように求められるはずだ。学会会場では,会期中の3日間,毎日日付の入った新聞を広げ,参加したすべての発表で,発表者とツーショット写真を撮らなければならない。


脚 注

5. 自撮りだと変な顔になる。

6. 注意の欠陥があるからだ。

7. 正確には始末書。


備品が消えた

教室の窓から見えるまつたけ山は,夕陽の色に染まりつつあった。数羽の鳥が山頂辺りを旋回している。この風景にも慣れた。

教壇の横に控える院生二人が,横目でニヤッと笑った。「ほら。あれはカラスでしょ?」とでも言いたげな視線だ。確かにあれはカラスだ。

学部3年生対象のロールプレイの授業だ。受講生は80人いる。シンリン大学では,助教は単独で授業を持てない。主担当教員は三日月キョウジュだ。

院生は,TA(ティーチングアシスタント)としてここにいる。TAとは,大学院生の授業補助アルバイトだ。シンリン系大学院生はひどく忙しい。学部時代のようにアルバイトの暇はない。授業の合間にできるTAは人気だ。職歴として履歴書にも記載できる。

受講生には,3人のグループになって,心理面接のロールプレイをしてもらった。セラピスト役,クライエント役,観察者に分かれ,セラピストがクライエントの話を5分聞く。交代して,それを3回やった。

ロールプレイを終えた受講生たちが,体験を共有しているところだった。

「5分がこんなに長いなんて思いませんでした!」
「クライエントの話すリズムに合わせて,セラピストの身体が動いているのが印象的でした」
「丁寧に聞いてくれると,こんなに話しやすいんだとびっくりしました!」

マイクを回しながら,口々に体験を言葉にする。忘れていた感動に触れ,心が洗われた気がした。

「セラピスト役だったんですけど,目を見すぎるとプレッシャーになるんじゃないかとか,メモを取ると気を使わせるんじゃないかとか,まじめすぎる顔だとリラックスできないんじゃないかとか,相手が私をどんな風に感じるのかすごく気になってしまいました」

マイクを両手でしっかり握りしめる女子学生の声は,少し震えていた。初々しさに感動した。

「ダメだね」教卓の三日月が無感情な声で言った。「そんなこと気にしているようじゃ,相手の話は聞けない」

女子学生は顔を白くした。

「それは,自分がちゃんとできているかを気にしていただけだ。人の話を聞くというのは,自分のことを気にすることじゃない」

思わず,三日月の横顔を見た。

「すいませんでした……」と,女子学生はマイクを持ったまま下を向いた。

「情報をしっかりとらないと。その人が何をどのように処理するからそのような傷になるのか,なぜ傷つきやすいのか,それを知らないとアセスメントできない」

受講生を見ると,うん,うんと頷きながら必死にメモを取る人もいる。

ちょっと待て,そんなのでいいのか。

教壇を降りて,学生の前に出た。

「私は,今の学生さんのお話はとてもよいと思いますよ。確かに,自分のことが気になったんでしょう。でも,あなたは,自分の前の相手がどんな気持ちなのかと,真剣に考えたんだと思う。それは,臨床家としてとても大切な態度だと思います。何より,初めてのロールプレイでしょ? その体験を味わってもらうとよいと思いますよ」

振り返ると,三日月は無表情のままだ。「で? 次は誰?」

女子学生は,震える手でマイクを後ろの学生に渡した。

「クライエント役がすこし緊張しているように見えました。対人緊張の強い人の役を演じてくれたからだと思うのですが,その方とぼくは話したことがなかったので,もしかしたら,そこには二人の実際の関係も現れているんじゃないかと思いました。そうしたら,どっちを見ればよいのかわからなくなってしまいました」

「ロールプレイになっていない。ダメだね。もういいね。ここで終わりにします」

それはないだろう。

「私も最後に一つ言わせてください」左手で三日月を制して,学生を見た。「ぼくは好きだな,その感性。関係の二重性を感じ取ってたんだと思う。そうした二重性はロールプレイの特徴かもしれないけど,それだけじゃない。面接のときもある。クライエントはクライエントという一種の役も背負いながらやってくるからね。そこに,本当の自分も重なっている。それを捉えるのは,とても大切だよ」

黙っていられない。そんな性格だ。

教卓を振り返ると,三日月はもうカバンに資料をしまって歩き出していた。

毎回こんな感じだ。やりにくい。考え方が違いすぎる。

学部生には,臨床の感覚を味わって,その楽しさを知ってほしい。それをもとに,自分でいろいろ考えるはずだ。しかし,三日月は全く違うところを見ている。

暗い気持ちで,院生と後片付けをした。二人は何も言わない。あれでも,彼らの臨床指導教員だ。信じたい気持ちもあるだろう。

授業資料一式を台車に積んで,二人と一緒に教室の入り口に向かった。

「ぼくは,学生のコメントはとても素敵だったと思いましたよ」
「同感です。私が学部生の頃にも,同級生たちは,ああいった感想を口々に言っていたものです。あれで,よろしいように思います」

二人の表情は堅かった。応援の言葉だと受け取った。

「ありがとう」

廊下に出ると,三日月が立っていた。

しまった。聞かれたか――学生たちが気になった。

「センセイにちょっと話があります。台車は院生たちに持っていかせて,少しいいですか」と,学部生が出払った教室に押し戻された。

「何でしょう」

「先週返していただいた領収書ですが,あのことを誰かに話しましたか」

相変わらず目は合わないが,その力は強い。

「いえ。誰にも話してませんよ」

「そうですか。それならいいです」

「あっ」

そう言えば,領収書のことを話した人が一人いた。お天気さんだ。

「誰かいるんですか」目の奥が光った。

「いえ。いません。領収書のことで,なんかあったんですか?」

「助教は,余計なことを聞かないことです。それからもう一つ」と,カバンからA4の紙を取り出した。「これ,センセイのパソコンではないですか」

フリマアプリ「デルカリ」の出品物を印刷したものだった。「SOLD【Windows○○搭載】ノートPC。美品 大学流出品」とある。

「え?」と,覗き込んだ。

「ここに,ラベルがあります」と,三日月は短い指を紙の上にのせた。「備品番号TQ3011140525(シン)とあります。TQは個人研究費予算で購入したものであること,301はシンリン学部の備品,11はわかりませんが,405は研究室番号,25は年号です。このラベルを使っているのはうちの大学です。405はセンセイの助教室です。ちなみに,(シン)はシンリン学科のことです」

「え。そんなはずないですよ。だって……鍵のかかるキャビネットに厳重に保管してあります」

しかし,ラベルに見覚えがあった。

「盗まれたか,あるいは,センセイが売却したか……まさかとは思いますが,可能性は二つです」

そんなはずはない。紙をひったくるようにして駆け出した。

鍵を開けて助教室に飛び込むと,デスクの引き出しからキャビネットのカギを取り出した。痛っ……無造作に突っ込んであったボールペンの先が指先に当たった。

キャビネットには,パソコンがなかった。影も形もない。

「ない。どういうこと?」

最後に見たのはいつだ? そういえば,最近はあまり使っていなかった。デスクトップばかり使っていた。でも,一週間前にはあったはずだ。研究用の臨床記録を入力した。そのときはあった。

残りのキャビネットを全部あけながら,頭を猛烈な速さで動かした。

「ない。どこにもない」

研究室を見渡しても,どこにもない。

家に持って帰ったか? そんなはずない。動かすなと,事務にきつく言われていた。ガッカチョーには,「確認のときだけ持ってくればいいから,家に持って帰ればいい」と言われていたが,そうもいかない。一度も持ち出したことはなかった。

――あるいは,センセイが売却したか。

三日月の声が頭に浮かんだ。疑われているのか。

大学の備品として登録されている。盗まれたとしたら,管理不十分の責任は免れられないし,売却したとされたら懲戒ものだ。

デスクトップを起動して,「デルカリ」サイトを開いた。

初期画面は書籍になっていた。「キョウジュの本一式4冊(裁断済み)¥20」が目に飛び込んできた。20円はやばいな。気になったが,そんな場合ではない。

「PC」を検索した。

やはり売られている。

一体,何が起こっているんだ。それにしても,三日月はこれをどうやって知って,なぜわざわざ伝えに来たんだ。

闇に呑まれかけながら輪郭を残すまつたけ山上空を,大量のカラスが声を上げて舞っていた。


脚 注

8. とうとうカタカナにしてやった。


文  献
+ 記事

富樫公一(とがし‧こういち)
資格:公認心理師‧臨床心理士‧NY州精神分析家ライセンス‧NAAP認定精神分析家
所属:甲南大学‧TRISP自己心理学研究所(NY)‧栄橋心理相談室
著書:『精神分析が生まれるところ─間主観性理論が導く出会いの原点』『当事者としての治療者─差別と支配への恐れと欲望』『社会の中の治療者─対人援助の専門性は誰のためにあるのか』(以上,岩崎学術出版社),『Kohut's Twinship Across Cultures: The Psychology of Being Human』『The Psychoanalytic Zero』(以上,Routledge)など

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