津川秀夫(吉備国際大学)
シンリンラボ 第29号(2025年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.29 (2025, Aug.)
本書は,二人の講師によるオンラインセミナーを書籍にまとめたものである。第1章は催眠やマインドフルネスで著名な大谷彰氏の講義,第2章はポリヴェーガル理論の第一人者の津田真人氏の講義,そして第3章は両者の対談という構成である。
両者の講義は,膨大な知識と経験に裏付けられており,読み手はその情報量と洞察の深さに圧倒される。脳みそがクタクタになったところで二人の対談が始まり,ユンタクへと続いていく。「ニューロセプション」「中動的プロセス」「ブレンド」など理解が追い付いていなかった事柄も,対談のなかで噛み砕いてもらうと,なるほど,と収まってくる。
読んでいて気持ちのよいのは,両者のやりとりが互いへのリスペクトにあふれていることだ。本書で繰り返し強調される「安全で包む」が見事に体現されていると言えるだろう。安全な関係だからこそ,それぞれの見解や経験が披露でき,それに応えて話も広がりまた深まっていく。オンラインであれ対面であれ,これだけ濃密なセミナーは滅多に実現できない。その貴重さに気づき,書籍化に踏み切ったのは大城由敬氏の慧眼であろう。
さて,本書のテーマはタイトルにある通り「治療関係」である。語り尽されてきたテーマであるが,ポージェスのポリヴェーガル理論から捉えなおすと実に新鮮だ。
交感神経と副交感神経という従来の二本立てのモデルに対して,ポリヴェーガル理論では,副交感神経を背側迷走神経複合体(以下,背側)と腹側迷走神経複合体(以下,腹側)に分け,それに交感神経(以下,交感)を加えた三重構造のモデルを提唱する。情動反応で見ると,「シャットダウン」の背側,「安全感」の腹側,そして「戦うか逃げるか」の交感の三つになる。
トラウマ関連の疾患については,「戦うか逃げるか」の交感から捉えるには無理があった。しかし,「シャットダウン」という背側の働きとしてみると理解しやすく臨床的感覚とも合致する。また,腹側でいう「安全感」と社会的な関わりについて自律神経レベルで言えるようになったのも,この理論の大きな貢献である。
さらに,ポリヴェーガル理論は,傑出した臨床家であるミルトン・エリクソンの理解も助けてくれる。大谷氏はエリクソンの高弟であるトンプソンから学び,津田氏は5年ほどエリクソンの研究をしたというように,両氏ともエリクソンの影響を多分に受けている。
エリクソンの患者は,彼について「なんと物わかりのいい先生だろう」と口をそろえて語っていたという(p.8)。彼らが「わかってもらえた」と感激するのは,裏を返せば,それまで周りから理解されず厄介者扱いされてきたことを示している。では,そのような,いわゆる「困難」とされる患者とエリクソンはどのように治療関係をつくったのか。
治療関係の構築には,腹側の「安全感」が求められる。しかし,セラピストが単に腹側にいればよいということではない。苦しんでいるクライエントを前に,それだけであれば「何もわかっちゃいないオメデタイ先生」(p.175)と捉えられてしまう。そこで,有益なのがブレンドという視座である。
「クライエントが交感でくるならこっちも少し交感で合わせ,クライエントが背側で来るならこっちも少し背側で合わせ,それでいてどっちの場合も腹側の軸をぶらさない」(p.175)
おそらくエリクソンがしていたのはこういうことだろう。だからこそ,他のセラピストが治療関係を結べなかった患者とも,望ましい関係を築けたに違いない。
本書をじっくり読む機会を得たおかげで,自律神経という観点からエリクソンの理解を深めることができた。その他にも,ロジャーズの自己一致は「マインドフルネスそのもの」(p.17),逆転移や投影による「トリガーの見落とし」(p.166-167)など,既知だと思っていた事柄がそうでなかったという嬉しい気づきをいくつも得た。
貴重な示唆を与えてくれる一冊である。多くの方に読まれることを願っている。
津川秀夫(つがわ・ひでお)
吉備国際大学人間科学部 教授
資格:公認心理師,臨床心理士
主な著書:『認知行動療法とブリーフセラピーの接点』(共編著,日本評論社,2014),『新装版ミルトン・エリクソンの催眠療法入門』(訳,金剛出版,2016),『ブリーフセラピー入門』(共編著,遠見書房,2020),『臨床力アップのコツ』(共編著,遠見書房,2022)







