【特集 アサーションのすすめ】#03 学校分野におけるアサーション・トレーニングの実際|隅谷理子

隅谷理子(大正大学/日本アサーション協会)
シンリンラボ 第34号(2026年1月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.34 (2026, Jan.) 

1.はじめに──母校でのトレーニングプログラム導入の背景

現代の若者は,SNSを介したコミュニケーションが日常化する一方で,対面での率直な意思表示や感情表現に困難を抱える傾向にある。友達には言えるのに家族には言えない,先生に相談したいけれど勇気が出ない,仲の良い友達との間でも本当は嫌なのに断れない──こうした葛藤は,思春期の多くの生徒が抱えている。自己も他者も尊重する自己表現について知ることは,この時期の健全な心理発達において重要な意味を持つと考えている。

筆者はシステム,集団における自己表現に興味を持ち,主に職場や家族の関係性を扱った支援を行ってきた。コミュニティアプローチ・システムズアプローチで産業労働分野の組織開発やメンタルヘルス支援を行う心理臨床の実践者のひとりである。筆者が長年,企業組織内において出会ったコミュニケーションの困難を抱えた休職者から,中学・高校時代から良好な人間関係を構築する体験ができなかったという話をよく聞いていた。「あの時,もっと上手く伝えられていたら」「無理に合わせてしまって自分を見失った」といった後悔もコミュニケーションの障壁となっていることも少なくない。

さらに近年の小・中・高校生は,パンデミックの影響で,学校生活において友人や教師とのコミュニケーションが制限される時期を過ごし,充分な対面のコミュニケーションの体験が残らないまま,大学生,社会人生活と環境の変化を迎えている。その中で人間関係のやり取りに自信が持てず,環境との不適応を起こす人が目立つようになってきている。こうした問題が社会人になってから顕在化した後に対処するのではなく,思春期の早い段階で適切なコミュニケーションについて知り,考えることには意義があると考え,アサーション・トレーニングを予防的アプローチとして位置付けることを提案したい。予防的アプローチとしてのトレーニングも重要だと考えている。

筆者は,縁あって母校である私立中・高等学校において,アサーション・トレーニングプログラムの導入を企画・提案する機会を得て,2013年度より中学1,2年生を対象としたプログラムを行っている。導入の目的は,教員生徒間の日々のコミュニケーションの向上と充実,学校生活の中で生徒一人ひとりが自分らしい自己表現を学ぶことであり,導入当時の校長と養護教諭が中心となり,学校をあげてコミュニケーション教育を開発したいという要望をもっていた。そこで筆者はスーパーバイザーである平木典子先生にも指導を仰ぎ,中学生向けのアサーション・トレーニングを開発した。

特に,新しい人間関係を構築する中学1年生の時期は,自他尊重のコミュニケーションを学ぶ良いタイミングである。入学直後に始めるプログラムが,6年間の学校コミュニティの生活の中で,充分にコミュニケーションを体験できる土台となるよう,願いを込めて導入し継続実践をしてきた。この10年以上にわたる実践を通じて見えてきた,思春期の自他尊重のコミュニケーション教育の意義と課題について述べたい。

2.アサーション・トレーニングプログラムの概要と特徴

本プログラムは,中学1年生と2年生の2年間にわたり,各学年5回計10回のトレーニングで構成した。授業という位置づけではなく,正解や間違いのないトレーニングとし,成績評価をしない。学年全体への導入のオリエンテーションと締めくくりの全体のまとめ以外は,クラス単位での実践的なワークを中心に展開する内容となっている(表1)。

(表1)2年間のアサーション・トレーニングプログラム

学年 実施形態回数内容
中1全体導入オリエンテーション:アサーションのすすめ
クラス単位  第1回 3つの話し方を知ろう・体験しよう
クラス単位第2回3つの話し方を区別してみよう アサーションスタイルの自己理解
クラス単位第3回3つの話し方のまとめとアサーション権
クラス単位第4回ものの見方や考え方のいろいろ
クラス単位第5回ほめ言葉のプレゼント~自己発見と他者発見~
中2クラス単位第6回インタビュー体験~自己発見と他者発見~
クラス単位第7回困った場面でのアサーティブな表現1~伝えることの工夫~
クラス単位第8回困った場面でのアサーティブな表現2~私が伝えたいことを上手に伝えるセリフ作りのコツ~(DESC法)
クラス単位第9回アサーティブなやりとり~より葛藤場面がつよい場面で上手に伝えるセリフ作り~(DESC+listen法)
クラス単位第10回 アサーティブに聴くということ
全体まとめアサーションのすすめ

中1で学ぶ内容として,第1-2回で3つの話し方(アグレッシブ・ノンアサーティブ・アサーティブ)の理解と体験,第3回でアサーションスタイルの自己理解とアサーション権・歴史の学習,第4回で認知の多様性への気づき,第5回で一緒に過ごしたクラスの友達にほめ言葉のプレゼント(自己発見と他者発見)を行う。そして中2になると,第6回で新しいクラスの友達にインタビュー体験,第7-9回で困難場面でのアサーティブな表現(DESC法を含む),第10回でアサーティブに聴くことを通じて,自他尊重の自己表現について考える。最後に,2年間のふり返りとして全体で集まり,アサーションプログラムの総まとめを行う。

本プログラムは,思春期の生徒の発達段階と学校文化に合わせて独自に作成したものである。生徒が日常生活で実際に直面する具体的な場面を題材とし,正解を求めがちな生徒たちに対してコミュニケーションには唯一の正解はなく,状況や相手によって適切な表現を考えること,自分らしい表現で聴き伝えてみるということの柔軟な視点を持たせることを重視した内容になっている。

プログラムの実施にあたっては,臨床心理士・公認心理師の心理学の専門家の外部講師がチームを組んでトレーナーとして担当し,学校側と綿密に協議を重ねて毎回実施している。トレーナーは生徒の発言を否定せず,一人ひとりの意見や表現を受け入れ,考えさせる促しをする。そして一人ひとりが考えたことを発言することを推奨している。また,担任教員も授業に同席し,担任自身も日常の学級運営にアサーションの視点を取り入れることができるよう配慮した。このように,専門性を確保しながらも,学校の教育活動の一環として有機的に機能するよう,学校と外部専門家の協働体制を構築している点が本プログラムの特徴である。

3.トレーニングプログラムの実践内容と生徒の声

1)1年目の学び:アサーションの基礎の理解と自己理解

アサーションの基本となるのが,アグレッシブ(攻撃的),ノンアサーティブ(非主張的),アサーティブ(自他尊重的)という3つの自己表現の理解である。誰もがこの3つの表現スタイルを持ち合わせており,場面や相手によって使い分けているという複雑さを理解する。

ロールプレイを通じて,生徒たちは同じ内容でも表現方法によって相手の受け取り方が大きく異なることを体感する。第3回の授業では,チェックリストを使って,友達・家族・教師などコミュニケーションの相手や場面によって自己表現スタイルがどう変わるかを可視化する。生徒の振り返りには,「私はノンアサーティブよりなんだということに気が付いた。勇気をもってはっきり友達に伝えてみるとその時にしっかり受け止めてもらえた嬉しさはとても大きかった」「親も人間だということが分かった。親にも感情があるとわかったから」という記述があり,自己表現を学ぶことで人間関係の理解も深まる様子が見られた。

第4回では,図と地のイラストなどを使って,「ものの見方や考え方は人によって異なる」ということを体験する。生徒たちからは「ものの捉え方は人によってかなり変わること。これからも様々な価値観を手に入れたい」という声もきかれるようになり,認知の多様性を肯定的に受け止める態度も見られるようになる。そして中1のプログラム最後は,同じクラスで同じ時期を過ごした友人であるからこそできる「ほめ言葉のプレゼント」のワークである。共に過ごした相手に感じた相手の良いところを,自分の言葉で贈り合う。「今まで自分は皆の印象に残っていないんだろうなと決めつけていたが,いざ話してみると,みんな細かいエピソードを話してくれて,自分のままでいいんだと思えました,嬉しかった」という感想もみられるように,自己肯定感の形成につながる体験としても位置付けられるだろう。

2)2年目の学び:実践的応用への挑戦

中学2年生では,より実践的な内容に進む。第7回から第9回では,アサーティブになれない場面や日常生活で「言いにくい」と感じる場面を取り上げ,DESC法などを用いながら自分なりの表現を考える。重視しているのは,マニュアル的な指導ではなく,自分の気持ちと相手の立場の両方を考慮しながら表現を模索するプロセスである。

生徒たちの振り返りからは,「理想的な接し方をすることがアサーティブな表現ではなく,I messageで表現することが大事だとわかった。常に理想的な表現でいる必要はなく,自分の表現でよいというのがほっとした」「実際に家族や友達にお願いするときに意識してみると話が通じやすくなった」と,実生活への活用もみられるようになる。

そして最終回では,「アサーティブに聴く」ことについて考え,2年間のアサーション・トレーニングをさらに深める。「アサーションは身につけていれば楽になるという言葉を聞き,安心できました」という生徒の声もきかれるように,アサーションは,相手を大切にしながら自分を自由に表現でき,人との関係を楽に,そして豊かにしてくれる考え方だと捉えられる第一歩になったことを示している。

4.10年間の実践から見えてきた効果

1)生徒の変化

プログラム導入から10年以上が経過することで,複数の学年にわたる長期的な関わりを通じて,時代の変化と共に学校内の文化の変化を観察することができた。教員からは,「アサーションを学び学年が上がっても他者への配慮と自己主張のバランスが取れている」「部活動で後輩指導をする際も,頭ごなしに注意するのではなく,相手の状況を想像しようとする姿勢が見られる」といった報告が寄せられている。

また,生徒自身の振り返りからも変化が読み取れた。「以前は友達に合わせすぎて疲れていたけど,今は自分の意見も伝えられるようになった」「アサーションを思い出して,冷静に対応できた」「相手の話をよく聴こうと思うようになった」「家族の中で明らかに喧嘩が減った」「アサーションで学んだコミュニケーションの取り方について親に話すことができた」「親と大切な話をするときに役に立つと思った」といった声は,アサーションを知り,実生活で活用しようとする側面があらわれている。

もちろん,すべての生徒がプログラム内容を肯定的に効果的に受け取り,実践に活かしているとは言えないが,プログラムを通じて,少なくとも生徒たちは自分自身のコミュニケーションの傾向を客観的に認識する機会となり,単なるスキルの習得を超えて,自己理解を深める契機となっているのではないだろうか。同時に,「人によって受け取り方は異なる」「相手にも相手の事情や背景がある」という他者理解も進むことで,アサーションが願う自他尊重の世界を体験していることは確かである。これは,現代社会が求める多様性を尊重する態度の基盤をアサーション・トレーニングが提供できる可能性を示し,生身の人と人が学び合う確かな実践の学びとして,学校全体が取り組む意義が大いにあると言えるだろう。

2)教員や学校全体への波及効果

興味深いことに,教員からプログラムは生徒だけでなく教員自身にも影響を与えていると報告されたことがある。授業に同席する担任教員は,アサーションの視点を日常の生徒指導に取り入れるようになる。「生徒の話を,まず最後まで聴いてみようと思うようになった」「自分の伝え方も振り返るようになった」という声が聞かれ,教員間のコミュニケーションにおいても,互いの意見を尊重しながら率直に話し合う文化がつくられつつある。

さらに,全ての生徒がアサーションを学んでいるということは,安心してコミュニケーションができる環境になるということでもある。思うような自己表現ができずに後悔しても,あとから修正してもよい,誤解が生まれたら話し合いをし,歩み寄ればいいということを,学校内の生徒も教員も全員が知っている。これはコミュニケーションを失敗してもよい安心感があるのだ。

プログラム導入後数年後,「生徒同士がもめているときに,“アサーションしようよ”,という言葉を聴くようになりました」と教員から告げられた。葛藤的なやり取りから逃げずに,しっかりと話し合おうという文化が生まれ,根付きつつあることは確かである。このように,アサーションが学校文化の一部として定着し,生徒たちが日常的に活用できる共通言語となっていることは,プログラムの大きな成果と言えるだろう。

5.おわりに──アサーション教育への願い

長年にわたるアサーション・トレーニングの実践を通じて,思春期の生徒たちが自他尊重のコミュニケーションを学ぶことの意義を,改めて強く感じている。教室で真剣な顔で自己表現を考え込む生徒たちが「分かった!」と目を輝かせる瞬間の姿,そしてグループワークを通して友達と笑い合いながら分かち合う姿,それらすべてが,筆者にとって,生徒たちがアサーションを知り世界の見え方が広がり,晴れ晴れとしている姿に見えるのである。

最後に平木典子先生のおっしゃった言葉を改めて心に刻みたい。「アサーションは,人と人が出会う時の作法です。お互いを尊重し,対等な関係を築くための,かけがえのない営みなのです」。

コミュニケーションには正解はない。しかし,相手を思いやり,自分も大切にしながら,より良い関係を築いていこう,歩み寄ろうとする姿勢──それこそが,アサーションが目指す本質である。このアサーションの学びが,多くの生徒たちの人生を豊かにし,これからの日本のより良い社会の構築に寄与することを願ってやまない。

+ 記事

隅谷 理子(すみたに・みちこ)
大正大学臨床心理学部臨床心理学科 准教授
(一社)日本アサーション協会 代表
資格:公認心理師,臨床,理士,上智大学総合人間学部心理学研究科子博士後期課程修了,博士(心理学)

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