野末武義(明治学院大学)
シンリンラボ 第34号(2026年1月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.34 (2026, Jan.)
1.夫婦(カップル)関係に悩む人々の増加
筆者は,1990年から家族療法とカップル・セラピーの専門相談機関で臨床実践に取り組んできた。当時から夫婦(カップル)で来談するケースはあったものの,その多くは不登校や家庭内暴力など子どもの問題に悩む母親と父親が来談するというケースであった。それが徐々に変化し,不倫,セックスレス,不妊,パートナーの実家との関係をめぐる葛藤等,カップル特有の問題を主訴として来談するケースが増え,カップル・セラピーのニーズの高まりを実感してきた(野末,2008)。
さらにコロナ禍以降は,乳幼児の子育てまっただ中の夫婦や未婚のカップルの来談が増加し(野末,2025),医療,教育,福祉などさまざまな領域にカップルの問題が持ち込まれるようになり,臨床心理士等のメンタルヘルスの専門家がカップルの問題に対処しなければならなくなっている(野末,2024)。
2.夫婦(カップル)関係の難しさ
では,なぜ夫婦(カップル)関係に悩む人が増加しているのか。夫婦(カップル)関係は,なぜ難しいのだろうか。愛し合って結婚したはずの二人が,時に些細なことから衝突したり,分かって欲しいのに分かってもらえないと感じたり,自分にとっての当たり前がパートナーにとっての当たり前でないことに戸惑いを感じたり,パートナーの些細な言動に強い怒りを感じたりするのだろうか。
グレイGray(1992)は,日常的な男女間の言動や心理の違いについて詳細に取り上げ,「男は火星から来た,女は金星から来た」と述べている。この男と女を,夫と妻に読み替えてもよいし,AさんとBさんと読み替えてもよいが,夫婦(カップル)にはそれほどの大きな違いがあるということを意味している。
また野末(2015a)は,たとえ日本人同士の結婚であろうと,すべての結婚は異文化間結婚であると指摘している。お互いに異なる価値観や文化や社会的背景を持ったそれぞれの源家族の中で生まれ育ち,その違いを結婚生活の中に持ち込むのであり,日常生活は異文化体験の連続と言っても過言ではない。
例えば,AさんとBさんが結婚したとしよう。AさんもBさんも,この世の中にたった一人しかいないかけがいのない存在である。つまり,そもそもまったく異なる人間なのである。そしてこの二人がカップルになる時,その関係性も世の中でたった一つのユニークなものである。結婚してA姓を名乗ろうがB姓を名乗ろうが,二人が築く家庭はA家と同じではないしB家と同じでもなく,新たなCという家庭を作ることになる。しかし,そんな難しいことを真面目に考えていたら,結婚は出来ない。多くの人は,「きっと幸せになれる」「きっと上手くいく」「何かあっても二人で乗り越えていける」と思って結婚する。ところが実際には,二人の違いを理解し受容しながら関係を継続していくことは,決して容易なことではない。
3.夫婦(カップル)における親密さ(intimacy)
夫婦(カップル)が悩む問題はさまざまであるが,どのような問題であっても,その根底には親密さをめぐる葛藤がある。しかし,そもそも親密さとは何だろうか。二人の気持ちや価値観が一致していることだろうか。関係の中で葛藤が無いことだろうか。一緒に暮らしていて孤独を感じないことだろうか。子どもに対する関わり方が同じということだろうか。いつでも助け合えるということだろうか。
ボーエン派家族療法のトレーニングを受けたレーナーLerner(1989)は,親密さとは「自分が自分らしくいられ,相手のその人らしさも承認できるような関係」としている。これは,「自分も相手も大切にする」というアサーションのエッセンスと相通じるものである。そして,いずれも容易に獲得できる簡単なスキルではなく,その人の生き方そのものに関わることである。
4.自分らしくいることと,相手のその人らしさを承認できること
またレーナーは,我々は親密さと他者との強烈な結びつきを混同しがちな文化の中にいるが,この二つは同じものではないこと,親密さは長期的な関係の中でこそ起こるとも述べている。さらに「〈自分らしくいる〉ためには,相手に対して,重要な事柄を率直に語り,大切な感情的問題に関してどんな態度を取るかを明示できるうえに,その関係の中で自分が受容できる限度をはっきりと知っている必要があります。〈相手のその人らしさを承認できる〉ということは,相手を変えたり説得したり直したりしようという要求を抱かずに,自分と異なる考えや感情や信念を持った他者と情緒的な関係が持てることを意味します。親密な関係とは,その関係の中では二人とも黙っていたり自分を犠牲にしたり裏切ったりせずに,お互いの強さと弱さ,有能さと無能さ,その両面をバランス良く表現できるような人間関係のことです」(下線は筆者による)。
つまり夫婦(カップル)の親密さとは,自分とパートナーがさまざまな違いを持った異なる人間であるという大前提に基づき,お互いに自分らしくありながらも情緒的に繋がれることであり,個と関係性のバランスの上に成り立つものである。こうした関係を構築することは容易ではなく,誰にとっても困難な作業であり,生涯をかけて取り組んでいくものである。だからこそ,多くの人がパートナーとの関係に悩み,傷つき,また時には相手を傷つけてしまうのだろう。
5.夫婦(カップル)におけるアサーションの難しさ
夫婦(カップル)が親密な関係を構築していくためには,日常的なコミュニケーションが最も重要である。お互いの気持ち,考え,欲求が違うという事態に直面した時,ある人は自分の気持ち,考え,欲求を率直に表現せず,パートナーに合わせることでその違いを曖昧にし葛藤を避けようとする。それによって,一時的には葛藤を回避することは出来るかもしれない。しかし,そうした非主張的な自己表現を積み重ねていくことは,自分らしさを犠牲にすることにつながり,パートナーとの関係に不満を蓄積していくことになる。また,自分自身に対する満足感も失われていく。
一方,パートナーとの違いに直面した時,強く自己主張したり,巧妙にパートナーを言い負かしたりすることで,パートナーが自分に合わせるように振る舞う人もいる。そうしたコミュニケーションは,たとえ暴力や暴言を伴っていなくても攻撃的な自己表現であり,相手のその人らしさを承認しようとする姿勢に欠けている。葛藤はすぐに解決したかのように見えるかもしれないが,パートナーは「話を聴いてくれない」「自分のことを大切にしてくれない」「怖い」「話をしても無駄」と感じ,一緒にいても安心感を感じられず距離を取ろうとするだろう。そして,最終的には攻撃的な自己表現を続ける人自身が,大切なパートナーを失うということにもなりかねない。
6.夫婦(カップル)における怒り
夫婦(カップル)の関係は,時代と共に大きく変わってきたように思われる。一昔前は,夫が攻撃的で支配的,妻が非主張的で受動的という組み合わせが一般的だったように思われる。しかし近年では,妻が攻撃的で夫が非主張的,あるいは夫も妻も攻撃的という組み合わせが増えているようである。これは,筆者自身のカップル・セラピーでの経験のみならず,児童相談所,教育相談室,家庭裁判所等で働く心理臨床家から聞かれる声でもある。
パートナーに対して攻撃的な自己表現をしがちな人の多くは,意図的に相手を傷つけようとして攻撃的な言動をしているわけではない。むしろ,自分の寂しさ,不安,傷つき,パートナーに対する期待や理想とする関係を理解して欲しいと強く願っている。パートナーとの強い繋がりや安心感を求めていると言っても良い。しかし,その表現の仕方が攻撃的であるために,パートナーは傷つき,不安を覚え,どのように対処したら良いのか分からなくなって言葉を発しなくなる。つまり,強い繋がりを求めていたはずなのに,むしろパートナーを遠ざけてしまうことになる。また,攻撃的な言動をされた時に,自分自身を守るために攻撃し返す人もいる。こうした関係は心理的に距離が近すぎる自他未分化の融合状態であり,安心できる繋がりは得られない。また,その根底にはアタッチメントの問題があり,過去の源家族におけるトラウマが影響を及ぼしていることも少なくない。
7.カップル・セラピーによる夫婦(カップル)への支援
一口にカップル・セラピーといってもさまざまなアプローチがあるが(野末,2018),いずれも夫婦(カップル)双方の心理や関係性に変化をもたらすような支援を行う。筆者自身はカップル・セラピーを通して二人がよりアサーティブになり,親密な関係を構築することを支援したいと考えている。
1)合同面接の意義:二人の関係をつなぐ
カップル・セラピーは基本的に合同面接で行うが,合同面接には個人面接とは異なる難しさや留意点がある反面,そのメリットも大きい(野末,2015b)。当たり前のことではあるが,自分の気持ち,考え,欲求,不安,傷つき等を明確に認識し,それらを適切な言葉でパートナーに伝えられる人は,非常に少ないだろう。ふだん一緒に生活している中で,自分なりに伝えているつもりなのに伝わらない,分かってくれない,あるいはパートナーの気持ち,考え,行動が理解できない,受け止めることが出来ないという状況にある。そうした状況をどうにか解決したいと思って,セラピストの元を訪れる。そのためセラピストの役割は,二人がそれぞれ自分自身の気持ち,考え,欲求に気づくこと,そしてパートナーの気持ち,考え,欲求を理解すること,さらには自分の言動がパートナーにどのような影響を与えているかを理解することを助け,よりアサーティブに自己表現し,アサーティブにパートナーの話を聴くことができるようにサポートすることである。
セラピストが介在することで,夫婦(カップル)はふだんは意識していなかったパートナーに対する肯定的な気持ちを表現できたり,適切に表現することが難しい寂しさや不安をパートナーに伝えられるようになり,二人だけでは出来ないようなアサーティブな話し合いが可能になる。セラピストはいわば通訳の役割を果たし,二人のパートナー理解を促進し,二人の関係を繋いだり,あるいは違いをより明確にすることで,より親密な関係を構築していくための援助をしていく。
2)合同面接の意義:二人の違いを明らかにし二人の関係性を変える
夫婦(カップル)の関係では,一方が非主張的で他方が攻撃的,あるいは双方が攻撃的もしくは非主張的というコミュニケーションパターンが見られるが,セラピストは基本的に多方向への肩入れ(multidirected partiality)と言われる姿勢で夫婦(カップル)と関わる。つまり,二人に対して中立的に距離を取るのではなく,どちらに対しても積極的に肩入れし,それぞれの言い分を受容的共感的に理解し受け止めていくものである。
しかし,非主張的なパートナーは,二人の関係の中でパワーが弱い状況にあるため,セラピストは気持ちや考えや欲求を言語化できるような働き掛けをより積極的に行う。時には言葉にしきれない思いをセラピストが代弁することもある。一方攻撃的なパートナーには,攻撃的な言動の背後にあるパートナーに対する期待,傷つき,寂しさ等に触れられるように働きかける。また,自分の言いたいことは主張する一方でパートナーの話をきちんと聴こうとしないことも多々あるため,セッションの中での発言を途中でさえぎったり,パートナーの話に耳を傾けるよう働きかけたりすることで,ふだんのコミュニケーションのパターンを変えていく。
カップル・セラピーに来たクライエントが,「自分では気づかなかった気持ちや考えを言葉にしてパートナーに伝えることが出来た」「パートナーの本当の気持ちが聴けた」「うちでは二人でちゃんと話し合えなかったが,ここではセラピストを交えて話し合えるようになった」「パートナーの問題だと思っていたが,自分の問題にも気づけた」「パートナーが変わってくれないと問題は解決しないと思っていたが,自分も変わる必要があると分かった」というフィードバックをくれることがある。二人がよりアサーティブになれるよう,セラピストはファシリテーターとしての機能も果たすと言える。
おわりに
未婚化・晩婚化が進む中で,婚姻件数全体に占める再婚夫婦の占める割合が大きくなっている。不妊治療はより一般的な選択肢となり,ステップ・ファミリーも家族のあり方の一つとして広く認知されるようになった。また,選択的共同親権が始まるなど,夫婦(カップル)をめぐる状況は大きく変わりつつある。その中で,夫婦(カップル)がお互いを大切にし合うアサーションを少しずつ身につけ,親密な関係を構築していくことは,これからますます重要な課題になっていくであろう。
文 献
- Gray, J. (1992)Men are from Mars, women are from Venus:A practical guide for improving communication and getting what you want in your relationships. HarperCollins Publishers. (大島渚訳(2001)ベスト・パートナーになるために―男と女が知っておくべき「分かち愛」のルール:男は火星から来た,女は金星から来た.三笠書房.)
- Lerner, H. G. (1989)The dance of intimacy. Harper & Row, Publishers, Inc. (中釜洋子訳(1994)親密さのダンス. 誠信書房. )
- 野末武義(2008)カップル・セラピーのニーズの高まり.In:中釜洋子・野末武義・布柴靖枝・無藤清子著:家族心理学―家族システムの発達と臨床的援助.有斐閣ブックス,pp.190-191.
- 野末武義(2015a)夫婦・カップルのためのアサーション―自分もパートナーも大切にする自己表現.金子書房.
- 野末武義(2015b)心理臨床実践にいかに夫婦・家族面接を取り入れるか.In:日本家族心理学会編集:家族心理学年報33 個と家族を支える心理臨床実践〜個人療法に活かす家族面接〜.金子書房,pp.13-21.
- 野末武義(2018)カップル・セラピー概論.家族療法研究,第35巻第1号,pp.11-16.
- 野末武義(2024)さまざまな心理臨床現場のニーズから見た家族療法,カップル・セラピーに対する期待と課題.精神療法,第50巻第3号,pp.401-402.
- 野末武義(2025)子育て期における夫婦関係の危機.家族療法研究,第42巻第1号,第41回金沢大会特集大会企画シンポジウム③ 岐路に立つ夫婦・カップルへの支援. pp.41-42.
野末武義(のずえ・たけよし)
明治学院大学心理学部心理学科教授,IPI統合的心理療法研究所長
ご資格:臨床心理士,公認心理師,家族心理士
主な著書:『夫婦・カップルのためのアサーション』(金子書房),『家族心理学―家族システムの発達と心理的援助 第2版』(共編,有斐閣)
趣味:音楽鑑賞(Fusion・Jazz),ドライブ,釣り




