書評:『私が弁証法的行動療法を作らなければならなかったわけ』(マーシャ・M・リネハン著,高木美恵訳/星和書店)|評者:宮城 整

宮城 整(医療法人社団積信会 長谷川病院)
シンリンラボ 第36号(2026年3月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.36 (2026, Mar.)

暴言や暴力,リストカットや過量服薬(OD)などの衝動行動,不安定な対人関係や激しい衝突,さらには解離状態に至るケースに,どのように関わればよいのか。感情調節が困難な方への支援に難しさを感じている臨床家は少なくないだろう。

弁証法的行動療法(DBT)は,境界性パーソナリティ障害における自殺関連行動や自傷行為,入院頻度の減少に有効性が示されてきた心理療法である。近年では双極症,摂食障害,物質使用症,ADHDなど,感情調節困難を中核とする多様な臨床群へと応用が広がっている。本書は,その開発者であるマーシャ・M・リネハンが,自身の壮絶な入院体験と自傷・自殺企図の経験を振り返りながら,なぜDBTを創らなければならなかったのかを語る回想録である。

「地獄に落ちたような経験」と表現される入院生活は凄絶だ。激しい感情の波,空虚感,解離,希死念慮に圧倒され,保護室への隔離を繰り返す日々。その渦中で彼女は「必ずこの地獄から抜け出し,同じように苦しむ人々を救う」と誓う。本書は,その誓いが研究者としての歩みと結びつき,DBTという体系へと結実していく過程を力強く描く。物語のテンポや推進力そのものが,DBTセラピストが患者とのやり取りで重視する「動き,スピード,流れ」と呼ぶダイナミクスを体現しているかのようである。

DBTの核心の一つは,受容と変化の双方を重視する弁証法的アプローチにある。感情調節が困難な人の行動には,その人なりの必然性と意味があると捉え,支援者が問題解決を急ぐ前に,まず体験の妥当性を見出し承認することが重視される。一方で,スキルトレーニング等を通して具体的な変化を促す。この両極を行き来する力動的バランスこそがDBTの特徴であり,それは著者自身の体験と実践の中から生み出されたものである。また,マインドフルネスを心理療法の体系に取り入れた先駆的意義についても,その背景が率直に語られている。

当然ながら,DBTの効果が直ちに認められたわけではない。行動療法が主流でなかった時代に,彼女は粘り強く研究を重ね,実証データを積み上げ,批判に耐えながら理論を洗練させていった。その姿勢は,臨床と研究の統合を志す私たちへの強いメッセージでもある。

評者自身,精神科病院でDBTを基にしたスキルトレーニングを実践している。苦悩耐性,感情調節,対人関係,マインドフルネスの各スキルを身につけることで,患者が自らの感情と折り合いをつけ,「今日も生きようと思えるような人生(a life worth living)」へと歩み出していく姿を見てきた。本書を通して,それぞれのスキルがどのような体験から生まれたのかを知り,臨床実践への理解がいっそう深まった。

リネハンという一人の人間の苦悩と誓いに触れるとき,DBTの根底に流れる信念と深い愛が伝わってくる。本書は,感情調節困難なケースに向き合う支援者のみならず,すべての臨床家にとって示唆に富む一冊である。

『私が弁証法的行動療法を作らなければならなかったわけ』(マーシャ・M・リネハン著,高木美恵訳/星和書店)
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宮城 整(みやぎ・ただし)
医療法人社団積信会 長谷川病院
資格:公認心理師・臨床心理士

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