【特集 ポリヴェーガル理論とトラウマ】#03 ポリヴェーガル理論からとらえ直す学校・教育の可能性|鎌田明日香


鎌田明日香(伽羅堂)

シンリンラボ 第36号(2026年3月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.36 (2026, Mar.) 

1.はじめに 

「事件は現場で起きている」──学校で働いていて,時折思い浮かぶ言葉である。スクールカウンセラー(SC)の元に舞い込む相談は,対応が一筋縄ではいかなかったり,緊急性が高かったりすることが多い。最も憂慮されるのは,子どもの命に直接的に関わる児童虐待や自殺であるが,そんな事案が起こると,私のニューロセプションが,「事件だ!大変だ!」と感知し,全身が臨戦態勢になることに気づく。もちろん,学校でかわいらしい子どもの様子に和んだり,希望を感じたりすることもある。ポリヴェーガル理論(以下PVT)は,子どもの現場で起こる全てのこと,健やかな発達から緊急事態までに理解し対応する“よすが”になっている。

PVTそれ自体は技法ではないため,様々な応用がきく。

PVTの解説および治療的意義に関しては,本特集の津田や花澤の論考を参照いただくとして,ここでは,10年以上公立の小中学校でSCとして働いてきた筆者が,学校をPVTの視点をもって概観し,読者とアイディアを共有することにしたい。

2.子ども理解と関わりにおけるPVT

1)子どもを理解するためのPVT

ポージェス(Porges &Dana, 2018)によると,PVTでは,安全,危険,生命を脅かす環境的特徴や内臓的特徴を区別することができる神経プロセスを,知覚とは分けて強調し,「ニューロセプション」という用語を使っている。人は,危険を察知すると,脅威に適応するための反応を起こし,これにより,生理学的状態,社会的行動,心理的体験,健康に影響が及ぶとする。臨床的な障害は,神経的制御が困難になっている状態と考える。これは,これまで,異常行動は学習によるものだと捉えてきた伝統的な「学習理論」とは異にするもの(Porges, 2018)である。

PVTを学校に導入することは,新たな視点をもたらす。代表的な例を2つ挙げてみよう。

ケース1:授業中,絶えずそわそわと体を動かす,おしゃべりをする子がいる。望ましい行動が身につくまで「言ってきかせる」「できたらほめる」ことをしているが,いくら厳しく指導しても改善が見られない。

PVTの文脈だと,この子が「安全を感じられていない」可能性に目を向ける。先生は,静かな場所で児童にやわらかく視線を合わせ,おだやかに何を感じているのかについて聞くだろう。

ケース2:リストカットを繰り返す女子中学は,「リストカットはやめる」と親や先生に約束するもののやめる気配がない。SCとの面接で,自分の心身の状態に目を向けてみると「自分の感情や感覚がわからなくなることがある」「自傷すると落ち着く」と気づきはじめた。PVTに基づいてSCが“解離”や“凍りつき”について説明したところ,「自分の状態そのものだ!」と言い,「これは授業で教えたほうがいい!」目を輝かせた。自傷を自分の“生き延びるための適応”と理解し,自責感がやわらいだようだった。

ケース1のような子どもの様子は,どこの学校でも頻繁に観察されるが,現場ではその理解と対応に苦慮する。さらに,ケース2のような高い交感を高い背側で抑え込んでいるような場合は,本人も周囲のおとなも理解することが難しい。これらの状態がある際,PVTに関する情報提供は,行き詰まりを解消する良いきっかけとなる。

筆者は,PVTを背景の理論の一つとしてもち,どんな人でも利用可能なセルフケア法である,コミュニティ・レジリエンシー・モデル(コレモ)Community Resiliency Model Ⓡ(CRM)を学校で使用しその効果を感じている(鎌田,2024)。コレモの“大丈夫ゾーン”は,シーゲルの「耐性の窓」や,オグデンの「最適覚醒(=過覚醒でも低覚醒でもなく,心身が安定した状態で効果的に機能し,情報を適切に処理・統合できる最適な覚醒の幅)」というコンセプト(Porges & Dana, 2018)をよりわかりやすく説明しており,子どもでも自身の状態を理解するのに役立つ。

2)関わりの中のPVT

小学校の先生からこんな声を聞くことがある。「年々,昔に比べて子どもが幼くなっているのでは?」「個別対応の手間が増えた」と。ポージェス(Porges, 2018)によれば,人が,「安全の合図」を通して,社会交流システムを発動させたときに,「健康・成長・回復」がもたらされる。この社会交流システムは,信頼できる協働調整の体験によって育まれる。そして,“人といてリラックスできなければ,1人でリラックスができない”(津田の解説より)ので,幼いというよりは,自己調整に至る前の段階として“協働調整を必要とする子ども”が増えている状況と言い換えられるかもしれない。

ポージェス(Porges, 2018)は,「あそび(交感+腹側)」をレジリエンスを促進する“神経エクササイズ”と位置付けている。「あそび」では,交感神経系の可動化の「合図」があっても,社会的つながりに包まれることで攻撃になることを防ぐ。

ケース3:小学校低学年の子。毎日のように興奮して教室にいられなくなる。大人はあれこれ話しかけて気をそらそうとするが,難しい。ある時,先生が近くの空き教室にあったマットを使うことを思いつき,子どもに「巻き寿司になって!」と声をかけながら転がらせてみたところ,子どもはひとしきり楽しげに転がったあとに落ち着いたという。

その話をする先生の表情はとても明るく生き生きしており,聞いている私自身も嬉しい気持ちになった。

先生は身体の感覚をつかって子どものニーズをキャッチし,2人は「安全」の合図を送り合いながら,「協働調整」をしたのだろう。このような幸せな協働調整は,周囲の人(話を聞いた私)にも波及する。

「親密さ」は,ニューロセプションが,ふれあいと接近が安全であると解釈し,身体が心地よい状態に変わってはじめて成立するとポージェスは述べている(Porges, 2018)。

学校では,一律に「みんな仲良く」「元気よく」という価値観が幅をきかせていて,揺れ動くニューロセプションや生理状態との間に乖離が起こり,苦しみが生まれる。筆者が,学校で「バウンダリー注1)」の考え方を紹介し,「自分のニーズを大切にしよう」と伝えたところ,とても好意的に受け入れられた。「自分らしくいる」ことは,こうして始まるように思う。

注1)バウンダリー(境界線): 自己の尊厳や安全を守る「私的な領域」。定義は多岐にわたるが,一般的には,心身・時間・思考など,あらゆる側面で他者との適切な距離を保ち,自分が自分であるための,安心できる範囲を指す。

3.環境の中のPVT

ひとたび子どもが不登校状態になると,おとなは子どもから原因を聞き出そうとするが,正直な子は「わからない」と答えることがよくある。不登校の背景には,意識化されないまま蓄積した危険や脅威の感覚が存在することがある。子どもをとりまく環境を俯瞰し,子どもの立場で,身体感覚に耳をすませると,「健康・成長・回復」のために何ができるのかの糸口が見えてきそうだ。

1)学校の物理的環境

校舎や教室といった物理的な環境に足を踏み入れること,身を置き続けることが難しい子が増えてきている。

学校は昔ながらの簡素なつくりで,大勢の人がひしめき合っている。核家族で暮らす自分の家よりも快適ではないということは往々にして起こる。集団生活の中では,個人の好みは抑制される。緊張や疲労状態にある子にとっては,静かな図書館,カウンセリングルームや保健室,抱きしめることのできるクッションなどが助けになることを忘れないでいたいものだ。

2)学校システム

文科省は「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実を目指している(文部科学省,2021)。そのバランスを取るためには,ぜひPVTの視点を入れて欲しい。学ぶ内容だけでなく,「今,学べる状態か」に目を向ける視点が重要である。子どもの生活の一部を切り取るのではなく,休息と活動,自己調整と協働調整の流れやリズムを見て,バランスをとれるようにしたい。

筆者は,子どもたちと接していると,子どもたちの交感神経の圧倒されるようなパワーに驚かされる。こういった生命のエネルギーをむやみに抑え込むのではなく,活かしたいと常々感じている。学校が,子どもにとって安心できる場であること,すなわち,評価される恐怖にさらされ続けることなく,物申すことができ,逃げることや選択することが許され,気軽に失敗を重ねながら成長できる場であってほしい。

3)おとなの自己調整

子どもにとって,教師と保護者の自律神経の状態はとても重要な意味を持つ。この人たちから「安全」の合図を得られるかどうかが鍵になる。

子育ては,子どもとの協働調整の心地よさや喜びを経験できるものであるが,同時に他とのつながりが断たれた孤立した中で行うのは困難を極める。協働調整なしで人は落ち着くことができない。子育てという重労働を行う人にとっては,なおさらである。この人たちの自助努力に頼るのではなく,社会として仕組みを考える時が来ているのではないだろうか。子どもが問題を起こすと,学校や教師や親が社会的な批判にさらされる風潮があるが,そんなことよりも,社会の一員として,子育てする人々にどうやって安心を与えることができるだろうかという眼差しを向けてもらいたい。そんな雰囲気を作るためにもPVTは使えるだろう。

4.おわりに──日本の教育のこれから

昨年,「小学校〜それは小さな社会」(山崎,2023)という映画が話題になった。日本の公立小学校の教育によって規律,責任感,協調性をもった“日本人”が形作られていくことが見てとれる。世界的に日本社会の治安の良さや正確性が評価されている。他方,日本の自殺者数(2024年)は減少傾向にあるなか,小中高生は527人(暫定値)と過去最多を記録した。大人の自殺者数は減少する一方で,子どもは増加しており,特に女子の増加が目立つ。推定される理由は「学業不振」や「進路の悩み」と,学校問題が大きな割合を占めている(厚生労働省・警察庁,2025)。

また,不登校児童生徒数は増え続け(文部科学省,2025),いじめに関するセンセーショナルな報道がなされている。

文部科学省が定める教育基本法第1条は,「教育は,人格の完成をめざし,平和的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」と掲げている。この理念を実現すべく,現在の学校のシステムが作られていると考えると,何かのピースが欠けているのではないだろうか。その一つとして,人の身体的・生理的な側面から教育を捉える視点が,十分に組み込まれてこなかった可能性がある。

これまで述べてきたように,日本の学校において,PVTを応用していくメリットはたくさんあるが,その方法には注意も要するだろう。ポリヴェーガル理論が善意のもとで導入されたとしても,うわべだけでとらえると,“腹側のブレンドができない子”や, “自己調整や協働調整ができない子”といった新たな“評価”や“レッテル貼り”が行われる危険性がある。

また,セルフケアの面を強調しすぎると,いくら過酷な環境でニューロセプションが危険や脅威を感じたとしても,可動化(より良い環境を作るために声を上げる,行動する)する機会が失われるということになりかねない。

PVTのモデルで見ると,人間は単体で存在しているのではなく,他者との関係,組織や社会との関係などより大きなシステムの中で常にゆれ動きながら懸命に生きていることが明確になる。目を転じると,個人が環境に対して受身的なだけの存在ではなく,能動的に上位システムである社会や組織を形作っていく可能性も見えてくる。

筆者は,グループアナリシス(GA)注2)でよく引用されるジョン・ダンDonne, J.の言葉「No man is an island(何者も孤島にあらず)」(Donne, 1624)を思い出す。GAの創始者であるフークスFoulksは,個人というものは本来社会的存在であり,「社会という巨大な力が,その芯まで浸透している」と考え,グループによるアナリシス(分析)を実施してきた(ロア,2021)。

現在,学校の中で対話を通して交流をするプログラムが様々実践されてきているが,特に,GAも含まれるグループアプローチでは,集団のもつ光と影の部分を認識し,個人が他者との関係性の中でより健康的になっていくための方法をもっている。こうした知恵は学校でも応用できる(相田,2023)が,そこにPVTを統合していくことは有効であろう。

現存の学校や社会システムに人を適応させる方向や,脅威から自らの身を守る方向にばかりPVTを応用すると,人類を落とし穴にはめてしまうかもしれない。それよりも,「より安全で快適な環境」の実現に向けて,健康的な交感神経のエネルギーを発揮しつつ,腹側を生かして葛藤や不安を乗り越えるのを促進することに用いられることを願いたい。

学校は,そのような社会交流を媒介として,人間を育てることのできる格好の場所であろう。

注2)グループアナリシス:対象関係論的精神分析理論に理論的基盤を置くインテンシブな集団精神療法であり,同時に人間行動の社会的側面について探索する方法でもある。(日本集団精神療法学会,2014)
文  献
  • 相田信男(監修)大橋良枝・梶本浩史(編)(2025)学校でグループ・アプローチを活用する手引きースクールカウンセラー・教職員のためのメソッド.遠見書房.
  • Donne, J.(1624)Devotions upon Emergent Occasions.
  • エリザベス・ロア(著)柴田応介(翻訳)(2021)特別講演 グループ・アナリシスの治療的要因.集団精神療法,37 (2).
  • 鎌田明日香(2024)身体志向のトラウマ・ケアとストレス・ケアーソマティックエクスペリエンシング®︎とコレモ/SCOPEの臨床的な魅力.精神看護,27 (5).
  • 厚生労働省(2024)令和6年版 自殺対策白書.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/jisatsuhakusyo2024.html
  • 厚生労働省・警察庁(2025)令和6年中における自殺の状況.https://www.mhlw.go.jp/content/001464717.pdf
  • 文部科学省(2021)「令和の日本型学校教育」の構築を目指して—全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現.https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/079/sonota/1412985_00002.htm
  • 文部科学省(2025)令和6年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査ー調査の概要.https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/shidou/gaiyou/chousa/1267368.htm
  • 日本集団精神療法学会(監修)北西憲二・小谷英文ら(編)(2014)集団精神療法の基礎用語.金剛出版.
  • Porges, S. W. & Dana, D.(2018)Clinical Applications of the Polyvagal Theory: The Emergence of Polyvagal-Informed Therapies. W.W. Norton & Company.(花丘ちぐさ訳(2018)ポリヴェーガル理論 臨床応用大全.春秋社.)
  • Porges, S. W.(2018)The Pocket Guide to the Polyvagal Theory: The Transformative Power of Feeling Safe. W.W. Norton & Company.(花丘ちぐさ訳(2023)ポリヴェーガル理論入門.春秋社.)
  • 山崎エマ(2023)『小学校 〜それは小さな社会〜』[映画].日本.
+ 記事

鎌田明日香(かまだ・あすか)
伽羅堂主宰/公立学校スクールカウンセラー
資格:臨床心理士,Somatic Experiencing®︎プラクティショナー,日本集団精神療法学会認定グループサイコセラピスト
主な著書:『学校でグループ・アプローチを活用する手引き─スクールカウンセラー・教職員のためのメソッド』(分担執筆,遠見書房),『集団精神療法ハンドブック 総論編』(分担執筆,金剛出版),『オンラインセラピーの理論と実践 インターネットを通じた個人・集団・家族・組織への介入』(分担翻訳・解題共著,創元社)

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