窪田由紀(九州産業大学)
シンリンラボ 第35号(2026年2月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.35 (2026, Feb.)
1.はじめに
今日,学校が大規模自然災害や事件・事故などに遭遇して危機的な状態に陥った際に,臨床心理士や公認心理師などの心の専門家が学校に派遣され,教職員ととともに危機対応に当たる体制が全国で整ってきた。本稿では,わが国における学校危機対応の発展過程に触れた上で,学校危機対応としての緊急支援活動の現状と課題について述べる。
2.学校危機対応の発展過程
わが国で,公立学校へこころの専門家として臨床心理士等が派遣されるようになったのはスクールカウンセラー(以後,SC)活用調査研究委託事業が始まった1995年からである。児童生徒の呈する問題の多様化・重篤化の中で始まったが,同年1月に阪神淡路大震災が発生したため,初年度から被災県へはSCの重点配置がなされた。このように,災害後の心理支援は当初からSCの役割とされた。90年代終盤から2000年代初頭に全国の学校現場で児童生徒が被害者となる衝撃的な事件が続き,事後の心理支援に当該校SCや地域の心理専門職が関わっているという報道がなされた。表1に,各地で生じた事案と,それを受けて徐々に取組が開始された各地での体制整備について記した。C小学校事件,D中学校事件が生じた地域では,当該地域の臨床心理士会によって学校危機への緊急支援体制の整備がなされた。多くの児童や教員が殺傷されたE小学校事件は全国に大きな衝撃を与えたが,大学付属であったため,数年後に当該大学に学校危機メンタルサポートセンターが設立され,関係者への中長期的な支援のほか,教員対象の研修等が行われている。筆者自身は,職能団体である県の臨床心理士会の役員の一人として,学校危機の発生時に当該校SCとして事後の心理支援の中心となる県臨床心理士会会員をバックアップする体制の構築に関わった。
表1 1990年代終盤からの学校における災害,事件・事故と事後対応
| 年 | 災害,事件・事故 | 事後対応 | システム構築 |
| 1995 | 阪神淡路大震災 | SC追加配置 | |
| 1997 | A連続児童殺傷事件 | SC追加配置 | |
| 1998 | B教師刺殺事件 | 県臨床心理士会会員派遣 | |
| 1999 | C小学校小学生殺害事件 | 市教育センターチーム,SC配置 | 2005職能団体手引き作成 |
| 2000 | D中学校中学生殺害事件 | 当該校SC | 2001職能団体手引き作成 |
| 2001 | E小学校事件 | 多機関・多職種チーム | 2003学校危機 メンタルサポートセンター |
3.学校コミュニティの危機
学校というコミュニティは,「さまざまな背景を持つ人格発達途上にある児童生徒の成長・発達を支援する」機能を持っており,日常的には児童生徒が心身の不調や虐待被害等の個人的な危機に陥った際も,地域の専門機関と連携もしながら支援がなされている。しかしながら,児童生徒が自ら命を絶つ,多くの児童生徒が事件や事故にまき込まれて多数の死傷者が出る,地域全体が自然災害に見舞われるといった多くの人々が直接・間接に影響を受けるような出来事が生じると,学校コミュニティ自体が混乱し,本来の機能が発揮できなくなる。
学校コミュニティ危機とは,このような「構成員の多くを巻き込む突発的で衝撃的なできごとに遭遇することによって,学校コミュニティが混乱し本来の機能を発揮できない状態に陥ること」(窪田,2005a)である。
そのような学校コミュニティの危機をもたらすのは,構成員の多くが強い恐怖や喪失を体験する出来事である。具体的には,大規模自然災害,児童生徒の自死,通学途上や部活動中,校外学習時の事故など学校管理下の事件・事故による児童生徒の死傷,長期休暇中の事故や自宅の火災など学校管理外の事件・事故による児童生徒の死傷,地域の衝撃的な事件,体罰,公金横領,ハラスメント等の教師の不祥事の発覚や教師の突然死などが挙げられる。2020年から続いた新型コロナウイルスの世界的な大流行(パンデミック)も,学校コミュニティに深刻な影響をもたらした。
筆者らの研究グループが,F市の教員を対象に行った調査で,分析対象とした教員2,887名のうち,994名(34.3%)が何らかの学校危機を体験したと回答しており,学校危機への遭遇は決して稀なことではないことがわかる(窪田・樋渡,2025)。
表2 事案別の経験件数
| 延件数 | 経験割合 | 件数 平均 | SD | 最大値 | |
| 児童生徒の自殺・自殺未遂 | 270 | 27.72% | 1.19 | 0.83 | 6 |
| 管理下事故 | 329 | 33.78% | 1.90 | 2.85 | 30 |
| 管理外事故 | 448 | 46.00% | 1.61 | 2.72 | 50 |
| 地域の事件・自然災害 | 187 | 19.20% | 1.10 | 0.96 | 10 |
| 加害事件 | 368 | 37.78% | 2.88 | 4.32 | 50 |
| 教師の突然死 | 210 | 21.56% | 1.04 | 0.68 | 4 |
| 教師の不祥事 | 478 | 49.08% | 1.60 | 1.16 | 10 |
| その他 | 38 | 3.90% | 0.88 | 0.83 | 4 |
| 合計 | 2328 | (%は経験者994人中) |
表2に,事案別に教師が経験した学校危機を示した。教師の不祥事の発覚,学校管理責任外の事件・事故による児童・生徒の死傷,児童生徒の加害事件,学校管理責任下の事件・事故による児童生徒の死傷,児童生徒の自殺・自殺未遂,自殺等教師の突然死,地域の衝撃的な事件・自然災害の順であった。なお,ここでの件数は実際の発生件数ではなく,教師の認知によるものであるため,1事例であっても10名の教師が遭遇したと回答すれば,10件とカウントされる。
4.学校コミュニティ危機への反応
1)危機への個人の反応
学校コミュニティ危機に遭遇した個人は,不安や恐怖,怒り,悲しみや抑うつ,無力感といった感情・心理面の反応,めまい,動悸,不眠,腹痛,頭痛などの身体面の反応,記憶の欠落・記憶力の低下,判断力・問題解決能力の低下などの認知面の反応,攻撃的な言動や引きこもり,落ち着きのなさなどの行動面の反応を起こす。これらの反応は,学校コミュニティ危機という「異常な事態」に対する「正常な反応」であり,大半は時間と共に軽減される。
これらの反応の中で,感情・心理面,身体面の反応は比較的広く知られているが,記憶や判断力の低下といった認知面の反応への理解は十分とは言えない。管理職といえども,突然の危機的状況に遭遇して判断力が低下し,的確な指示が出せなくなる可能性がある。これらが危機遭遇に伴う認知面の反応と知っておくことで,管理職への非難によって教員集団がさらに混乱することを避けられる。
2)危機への集団・組織の反応
集団・組織レベルでは,人間関係の対立,情報の混乱などが起こる(窪田,2005a)。元々あった集団・組織内の葛藤が顕在化する,余裕をなくした個々人が自身と異なる反応を示す他者を受け入れられなくなる,他者に責任転嫁することで自身の安定を図ろうとするといったことから,人間関係の対立は容易に生じる。また,情報の混乱は,個々人の認知面,感情・心理面の反応による情報の錯綜や,情報不足に伴う不安から不正確・不適切な情報の蔓延などによって生じる。今日,これらがSNSによってあっという間に拡散し,二次的,三次的な混乱を招く事態となっている。
3)事案に特有の反応
児童生徒の自死は学校コミュニティを揺さぶる最も大きな出来事の一つであり,構成員は強い心理的打撃を受け,自責や他者への非難・攻撃が生じやすい。背景にいじめの存在が窺える場合,地域やマスコミも含めて,犯人探しや学校の対応への非難など,大きな混乱が生じ得る。
教師の不祥事の発覚は,児童生徒にとっては教師に対する尊敬・信頼の喪失であり,当該教師を強く慕っていた児童生徒ほど,強い反応を示す(窪田,2005b)。教職員には当該教師への怒りとともに同僚の不祥事を阻止できなかったことへの自責が生じる。
児童生徒が加害者となって他者を殺傷する事件は,学校のみならず社会全体に大きな衝撃を与える。加害者の在籍校は極めて深い傷を負うが,さらに被害者が児童生徒や教職員など,当該校の関係者であった場合,学校は加害者・被害者双方への対応を迫られることになる。
大規模自然災害が生じた場合,学校のみならず地域全体が巻き込まれる。生活そのものが破壊され,まずは衣食住の確保が最優先される。日頃は危機発生時に危機対応の中核を担う教職員も直接的な被害を受けている場合が多いため,他の危機にも増して,外部からの支援が欠かせない。
5.学校コミュニティ危機への緊急支援
1)緊急支援の必要性
学校コミュニティの危機に遭遇すると児童生徒はもとより教職員もさまざまな反応を起こす。適切な時期に適切な対応を行うことによって,その大半は回復可能であるが,適切な時期に適切な対応がなされないと反応の長期化・重篤化の危険性がある。また,元々不安定であった児童生徒や出来事と深く関わりがある児童生徒については早期に発見し,専門的・継続的なケアに繋ぐ必要がある。しかしながら危機遭遇によって学校コミュニティそのものが機能不全に陥っている場合には,不十分・不適切な対応がなされ,結果として反応が増幅されるという悪循環に陥る可能性がある。
したがって,このような場合には,学校の危機対応を,教育委員会等と共に臨床心理士等のチームが外部から支援することが必要であり(窪田,2005c),今日では,各地で地域の実態に即した体制が整備されてきている。
2)緊急支援プログラムの概要
①出来事についての正確な情報の共有:最初に重要なことは,その段階でわかっている正確な事実を伝え,構成員で共有することである。事実と異なる噂の蔓延による二次被害を防ぐ意味でも早期の事実共有は欠かせない。その際,直接被害を受けた児童生徒や保護者の意向を尊重することは当然である。遺族の意向で,「自死であることを伏せて事故死・病死として欲しい」と言われる場合は少なくないが,その場合は「亡くなった」という事実のみを報告する。詳細は(窪田,2012)を参照されたい。具体的な報告は,児童生徒の反応が捉えやすく必要に応じて質疑応答が可能なように少人数で行うことや,想定される質問への応答については事前に準備しておくことなどが重要である。
②危機的な出来事を体験した際のストレス反応と対処方法についての心理教育:資料に基づいて,危機遭遇時に生じるさまざまな反応を具体的に示し,これらは「異常な」事態に対する「正常な」反応で大半は時間経過とともに終息すること,信頼出来る人に話を聞いてもらうことや呼吸法などのリラックス方法を大切にすること,できるだけ規則正しい生活をすることなどの留意点を伝える。これらの情報に触れることで,多くの元々健康な人々は,自身の反応を理解し,自身で対処するという自己コントロール感を回復する。
③出来事についての各自の体験をありのままに表現する機会の保障:個々の構成員が,どのようにその出来事を知り,その際,何を考えたのか,その後の心や体,行動はどのような状態か,今,気になっていることは何かなどについて,ありのままに表現する機会を保障することは,辛い体験を一人で抱えて「危機を防げなかった」「自分に責任がある」といった否定的な認知に囚われ続けることを防ぐ。状況に応じて,アンケート,個別面談やグループセッションなどの形で提供可能だが,あくまで「表現の機会の保障」であって,表現を強要することがあってはならない。
6.学校危機対応をめぐる今日的課題
SC活用調査研究委託事業開始以来,各地域では教育行政と地元の臨床心理士会等の職能団体が信頼関係を構築し,学校危機対応に関しても協働した取組が発展してきた。その後,2018年の公認心理師の誕生に伴って各地域で職能団体の再編がなされたことや,2020年度からSCが会計年度任用職員となったことで,それまでの推薦配置中心から教育行政からの公募配置中心となった。結果として,危機発生時に地域の職能団体のSC担当者が緊急派遣の体制(派遣人数や期間など)について相談を受けることが減り,教育行政が独自に地域のSCへ直接連絡して派遣されることや,危機対応が当該校SC一人に任せられることが増えた。結果として,当該校SCの負担増や配置されたSCへの職能団体からのバックアップが困難となるといった事態が生じている。
学校危機対応は迅速かつ適切に行われるためには,それぞれの地域の実情に応じて日頃から地域のSCの職能団体と教育行政との間で危機発生時の支援体制について合意形成に努めておくことが重要であろう。
文 献
- 窪田由紀(2005a)学校コミュニティの危機.In:福岡県臨床心理士会編・窪田由紀ら著:学校コミュニティへの緊急支援の手引き.金剛出版,pp.22-44.
- 窪田由紀(2005b)教師の不祥事発覚後の支援.In:福岡県臨床心理士会編・窪田由紀ら著:学校コミュニティへの緊急支援の手引き.金剛出版,pp.101-108.
- 窪田由紀(2005c)緊急支援とは.In:福岡県臨床心理士会編・窪田由紀ら著:学校コミュニティへの緊急支援の手引き.金剛出版,pp.45-76.
- 窪田由紀(2012)緊急支援活動の実践事例―生徒の自殺後の中学校への支援.子どもの心と学校臨床,7; 53-65.
- 窪田由紀・樋渡孝徳(2025)教師の学校危機遭遇体験に関する研究.人間科学,7; 1-8.
窪田由紀(くぼた・ゆき)
北九州市スクールカウンセラー
資格:臨床心理士,公認心理師
主な著書:『臨床実践としてのコミュニティアプローチ』(金剛出版,2009),『災害に備える心理教育』(共編著,ミネルヴァ書房,2016),『学校心理臨床実践』(共編,ナカニシヤ出版,2018),『危機への心理学的アプローチ』(共監修,金剛出版,2019),『学校コミュニティへの緊急支援の手引き第3版』(共編,金剛出版,2020),『危機への心理的支援』(編,ナカニシヤ出版,2022),『学校における自殺予防教育のすすめ方[改訂版]』(共編,遠見書房,2024)
趣味:桜を愛でる,テラスで野菜を育てる,出張先や旅行先で走る






