【書評特集 My Best 2025】|野坂祐子

野坂祐子(大阪大学)
シンリンラボ 第33号(2025年12月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.33 (2025, Dec.) 

アドレセンス』(制作:ジャック・ソーン,スティーヴン・グレアム,Netflix,2025年)

2025年3月に配信された全4話のリミテッド・シリーズ。早朝,13歳の少年ジェイミーが同級生の女子生徒ケイティ殺害容疑で逮捕される場面からはじまる。突然,自宅に入ってきた警察に怯えるジェイミーと困惑する家族。両親は何かの間違いと信じて警察署に向かい,関与を否認する息子に寄り添うが——。

4話は,毎回異なる角度から事件に迫る。1話は,逮捕から取り調べまで。2話では,担当刑事による学校訪問と聞き取り。ジェイミーがいなくなった学校では,無関心にみえる生徒や激昂する生徒,そして,かれらに手を焼く教員たちの姿。学校の閉そく感が伝わり,息苦しくなる。心理士/師としての見どころ(?)は,3話における収監されたジェイミーと女性心理士との対話のシーンだろう。無邪気にうつる少年の態度に見え隠れする,怒りとおそれ,侮蔑と欲望を受けとめながら,ときにその憎悪にひるみ,打ちのめされる心理士。4話では,約1年後の家族の日常が映し出される。

アドレセンス(adolescence:思春期)特有のあやうさだけでなく,SNSやインターネットの影響から逃れがたく生きる子どもたちのリアル。マノスフィアと呼ばれる男性のオンラインコミュニティは,「man(男)+sphere(領域)」という造語で,男性の権利擁護を訴えながら,女性への蔑視や偏見による暴力を正当化していく。

全編,ワンテイク(ノーカット)撮影の緊迫感と「もう一つの世界」がすぐそこにある不安。この胸のざわつきから逃げてはいけない,と思う。

https://www.netflix.com/jp/title/81756069

毛利真弓『刑務所に回復共同体をつくる』(青土社,2025)

収監された男性たちとかかわる女性心理士……というつながりではないが,はからずも刑務所で回復共同体(Therapeutic Community: TC)をつくるという挑戦をした心理士の声(というか叫び)が綴られた本書は,今年にとどまらず,わたしにとって生涯のベスト本になるだろう。

少年鑑別所での勤務ののち,米国のTC「アミティ」の手法を取り入れた新しい刑務所を日本につくるために,官民協働刑務所である島根あさひ社会復帰促進センターで民間事業者側のスタッフとして教育プログラムに携わった著者。その奮闘たるや,よくぞここまで言葉にできたと圧倒される。暴力にしがみついているのは,「罪を犯した人たち」だけではない。刑務官や国という大きなパワーによる支配。そのなかで受刑者のみならず支援者も,支配と従順というトラウマティックな関係性の悪循環に陥る。

著者いわく「無理ゲー」の状況のなか,しかし,TCのなかで感情に向き合い,つながりでわかちあい,わずかでも変化への希望をつかみとろうとする姿は,社会の希望でもある。TCを必要としているのは,刑務所だけではない。それをつくるのは「だれか」ではなく,それぞれの「わたし」であろう。生身の心理士としての生きざま,働きざまをここまで見せてくれた著者の毛利さんにこころから敬意を表し,そのありかたを見習いたい。

毛利真弓刑務所に回復共同体をつくる

橋本明子著,山岡由美訳『日本の長い戦後——敗戦の記憶・トラウマはどう語り継がれているか』(みすず書房,2017)

マノスフィアによる女性憎悪,刑務所における管理と抑圧,そして,自分の感情や考えを麻痺させて社会の価値観に迎合しながら生きるわたしたち——こうしたトラウマティックな関係性の連鎖や再演を考えたとき,それは個人の選択や家族の責任に帰すことができないものであり,集合的トラウマの影響に向き合わざるを得なくなる。戦争トラウマがいま,社会と「わたし」にどんな影を落としているのか。

2017年に刊行された本書を,実のところ,最近になってようやく手にとることができた。トラウマ臨床に携わりながら,わたしにとって戦争トラウマはずっと回避していたテーマだった。ほんのわずかさかのぼるだけで,戦死した父方祖父と戦時中の極貧を生き抜いた祖母と父,ビルマ戦線帰還兵だった母方祖父と戦後生まれの母がおり,幼い頃に嗅いだ「戦争のにおい」をわたしはこの身に覚えている。そこに恥辱と苦難,秘密と高揚を感じとったことも。

本書では,戦後の日本社会が現代にいたるまで「敗戦の記憶」をどう語り継いできたか,家族・学校・メディアなどによる比較文化の視点から分析している。わたしたちが捉えている「戦争」への意識がいかに形成されてきたか。「美しい国」「悲劇の国」「やましい国」という戦争の記憶をめぐる3つの道徳観の指摘は,わたしたちが「戦争」だけでなく「戦争トラウマ」の語りによって分断させられていることに気づかされる。

戦争トラウマと現代社会の問題をつなげてみていくことが,わたしの2026年の目標である。

橋本明子著,山岡由美訳日本の長い戦後——敗戦の記憶・トラウマはどう語り継がれているか

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野坂 祐子(のさか・さちこ)
所属:大阪大学大学院人間科学研究科
資格:臨床心理士,公認心理師
著書:『トラウマからの回復と社会の修復:分断と再演を超える』(金剛出版,2025),『トラウマインフォームドケア:“問題行動”を捉えなおす援助の視点』(日本評論社,2019),『マイステップ:性被害を受けた子どもと支援者のための心理教育【改訂版】』(共著,誠信書房, 2023)など
好きなもの:温泉と日本酒

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