【書評特集 My Best 2025】|畑中千紘

畑中千紘(京都大学)
シンリンラボ 第33号(2025年12月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.33 (2025, Dec.) 

河合俊雄「ミヒャエル・エンデ『モモ』」(NHK100分de名著,2020年8月)

おすすめしたい本と聞いて真っ先に思い浮かんだのがこの本だ。Eテレ番組のテキストとして出版されたものであるため,コンパクトで誰にでも読みやすいものとなっている。このテキストでは,児童文学の王道とも言えるミヒャエル・エンデの『モモ』について,心理学的にはこう読めるという道筋を示してくれているのだが,これを読むと『モモ』には,大きな物語と小さな物語,物言わぬ老人とおしゃべりな若者,今・ここで満ちた時間と虚無の時間などたくさんの対構造が出てきて,それらが見事なほどに意味をもった物語であることがわかる。モモは何もできない少女のようであるが,「話をきく」というすごい才能があったというところも,心理療法家としては考えさせられるところである。筆者はいわゆる本好きの子どもであったと思うが,なぜか『モモ』だけは唯一,机の一番目立つところに置きながらも読み進むことができないままであった。しかし,このテキストだけで『モモ』を読まずともその素晴らしさを体感できた気分になれている。『モモ』を読んだ方も読んでいない方も,このテキストから自分が気づいていなかった可能性について考えを深められるのではないだろうか。

河合俊雄『ミヒャエル・エンデ『モモ』』

鈴木俊貴『僕には鳥の言葉がわかる』(小学館,2025)

第13回河合隼雄学芸賞をはじめ複数の賞を受賞し,2025年10月時点で17万部を売り上げている話題の書である。シンプルに,読んで元気が出た本であった。著者の鈴木さんが,森にこもってシジュウカラが言語を使ったコミュニケーションをしていることを発見していくまでのプロセスが,ライトに親しみやすい口調で描かれている。あまりにもさらっと書かれているので,ついつい自分でも世紀の大発見ができるのではという気さえしたが,いやいや,ハシブトガラスの死骸から剥製を作る,アオダイショウを生け捕りにする,森中の鳥を捕獲して足輪をつける,とあり,自分には絶対に無理だ……と思い直す。単にエッセイ的であるだけでなく,丁寧に仮説を検証し,自らの説の欠点をひとつひとつ潰していく着実な研究態度を追体験させてもらい,単純にも自分もがんばろうという気持ちになれてしまう。近所の工事現場に掲げてある「凡事徹底。どうせやるならしっかりやる」というスローガンが胸に刺さった。また,鈴木さんはいわゆる“好きこそものの上手なれ”的精神をもった研究者だと思われるのだが,“こういう人ってオタク的で人間とのコミュニケーションは難しいんだろうな”という,よくあるイメージが軽く覆される点も心地よい。鈴木さんは国際学会のパーティーを楽しみにできてしまうくらいおしゃべり上手で,アウトリーチに長けていて,そんなところにも勇気をもらえた。著者によれば,これも研究対象のシジュウカラに似ているということらしいが。

鈴木俊貴『僕には鳥の言葉がわかる』

宇野常寛『庭の話』(講談社,2024)

以前,室内画(家の絵を描いてもらい,もう1枚にその家の中の一室を描いてもらう描画法)を用いた研究をした際,「庭」を描ける人の健康度が高いことが興味深く印象的だったため,手に取った本である。上記2冊に比べれば圧倒的に難解ではあるが,日常的な例がふんだんに使われており,この手の書籍としてはついていきやすいように思う。宇野は,共同体に回帰しようとする現代社会の傾向を批判的に指摘し,それでは孤独の問題が解決しないと述べる。古きよき中央線沿線文化を守る共同体の象徴として紹介されることの多い小杉湯という銭湯の例がわかりやすい。私たちはつい,昔ながらの銭湯であれば常連さんたちが語らい,のんびりと時間を過ごす様子を思い浮かべる。そして,こんな場所がもっと増えたらいいなと安易に考えてしまいがちだ。しかし,このような共同体は結局のところ,強者のための場所であり,そこに入っていけない者はますます孤独になってしまう。いっぽう,「庭」がよいのは,そこが物語を共有しなくてもすむ空間であり,語られないことにより・・・・・・・・・・個人の物語がそのまま尊重される場所だからだ。(なお,現実の小杉湯では,目礼や簡単な挨拶すらなく,なじみの顔を見てなんとなく安心できる程度だそうである。)心理療法でいえば箱「庭」がそれにあたるだろう。解釈や物語はなくとも置くだけでよくなってしまうのは,そこがまさにクライエントとセラピストの間の第三の空間としての「庭」だからだと思われる。この本ではさらに論が展開されているので実際には本書を当たっていただきたい。

宇野常寛『庭の話』

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畑中 千紘(はたなか・ちひろ)
京都大学大学院教育学研究科
資格:公認心理師,臨床心理士,日本ユング心理学会認定心理療法士
主な著書:『話の聴き方からみた軽度発達障害』(単著・創元社),『発達の非定型化と心理療法』(共著・創元社),『SNSカウンセリング・ケースブック』(共編著・誠信書房),『SNSカウンセリング・トレーニングブック』(共編著・誠信書房)ほか

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