佐渡忠洋(名古屋市立大学)
シンリンラボ 第30号(2025年9月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.30 (2025, Sep.)
1.時代の流れ
佚斎樗山(1659−1741)による江戸時代中期の剣術書『天狗藝術論』(1929/石井訳,2014, pp.27-28)において,「昔は〇〇だったのに,今の若者は□□だ」と綴られている箇所がある。300年前の小言と現在のそれ,いったい何が違うのだろう。同様の文句は紀元前にもあったというから,こうした失望・驚き・困惑などが入り混る言葉は,時代の流れに関する考察というよりも年配者的な心情にすぎない,といえなくもない。筆者も中年とされる歳となり,同じ文句を口にするようになった。時代によって心は変わっている,との考えに即座に飛びつきたくなる私がいる。
Z世代(1990年代中頃から2010年代前半に生まれた世代)の方たちが本格的な心理療法の訓練を受け始めて久しく,今ではティーンをコロナ禍で過ごした人たちが心理職養成の大学院に入ってくる。舟津(2024)はZ世代の特徴をシリカルに論じて「お客様化」と名づけた。けれど,彼の重要な指摘は,年配者たるわれわれもまた部分的にはZ世代化しているという点にある。もし,時代の流れにより若者が変わってきたのなら,対岸の火事としてはいられないのだ。
前置きが長くなった。この回では,数十年のあいだに生じた,若者たちのバウム表現の変化を見つめていく。
2.今昔比較の研究より
筆者はこれまで,若者たちが描いたバウムの今昔比較に取り組んできた。一つ目は,中学生の昔と今。表現療法の大家・山中康裕が1967年に収集したバウム約1,000枚と,2011−13年に筆者が収集したバウム約350枚とを,コッホKochの58指標および幹先端処理により比較した(佐渡ら,2014)。二つ目は,大学生の昔と今(Sado, 2022)。心療内科医で生態学者でもあった吉川公雄が論文内に掲載した1970年代のバウム約1,000枚,コラージュ療法の考案者・森谷寛之が収集した1980年代のバウム約900枚,そして筆者が収集した2010年代のバウム約1,000枚を,幹先端処理から比較した。三つ目は,現在の子どもたちのバウム表現に関する大規模発達研究(Sado, 2023;佐渡,2025)。2014−18年に幼稚園年少から高校3年生までの計15学年,3,000名超のデータから,今のバウム表現の発達的変化についてKochの58指標から検討し,先行研究の結果とも比較した。
これらの研究で見えたバウムの変化は,凄まじかった。実物を見ていただく方が分かりやすいだろう。図1が1967年の中学1年生(2025年に71歳になる方たち),図2が2016年の中学1年生である(一部模写を使用)。筆者の選択バイアスだとして,時代による差を訝しむ方がおられるかもしれない。しかし,数量的比較の結果は,時代によるバウムの差をはっきりと示している。図1の下段右端のように,無花果の木を虫観図的に描く子どもに,今はお目にかかれないのではないか。
総じて結果は,昔に比べて今の子どもたち・若者たちのバウムは非リアルである,というものだった(極端に単純化した言い回しではあるが)。
図1 1967年の中学1年生のバウム例

図2 2016年の中学1年生のバウム例

3.今日における抽象化の方略の優位性
バウムテストは実際の樹木(リアルな木)を描くようお願いする技法ではない。Koch(1957/2010, p.25-26)も,すでにバウムを,外的なものと内的なものとが,あるいは主観と客観とが渾然一体となったものとして見なしていた(岸本,2005)。しかし仮に,木を描く方略の一極に,一本の縦線のような究極的に抽象化(簡素化)されたバウムを,もう片方の極に,写真の木のような究極的に具象化(複雑化)されたバウムを位置づけると,昔よりも今の子どもたちのバウム表現は,確実に抽象化の方へ寄ってきている。こうした特徴が今日の子どもたちに認められはじめるのは,社会的活動が増える小学生からであった。
ここでいう抽象化の方略とは,包冠線(樹冠の外輪郭線)を描くことによって,幹上部の描画におさまりをつけるスタイルのことである(近いことを「包冠」と別の言い方をしている研究者もいる)。図1と2の僅かな例からもうかがえるように,昔の子どもは幹の上部を枝と葉でもって描き切っていたのに対して,今の子どもは省略した形の枝と葉をクルっと幹上部に加えて描画課題を乗り越えている。
どちらが良いとかではない。現代の描き方は器用だ,とは言えそうではあるが。ただ筆者は,抽象化の方略で生きる人たちがおそらく大多数になっている今,具象化の方略で生きる方たちのツラさを想像してしまう。
4.もし時代の何かがバウムに映し出されるとしたら……
精神医学では,時代的変化として,境界例と緊張病の減少,統合失調症の軽症化,ASDの増加などがよく指摘されてきた。人間の苦しみや個性のあり方が時代によって変わってきているのである。であれば,数十年のあいだにバウムに変化が生じても何ら不思議ではない。では,そこに何が作用しているのだろうか。
抽象化の方略における包冠線ではなく,具象化の方略において重要な形態部である枝に着目してみよう。抽象化の方略は,今日の子どもたちは環境接合領域である樹冠部を枝で表現しなくなった,と言い換えれるからである。
枝とは何か。語源としては「枝」は「手」と関連がある(山中・岸本,2011, p.186)。したがって,今の子どもたちは「手」が減っている,人や環境とコミュニケートする手段が描画レベルの表象では減っている,などと記述できる。これを根拠に,解釈の度合いをあげて,手が減ってきているのはコミュニケートする手段や主体性が失われている証左だ,若者は環界と「手を切って」おり,すぐに「手を抜き」,だから本当に「手が焼ける」,などと考えることも一応はできる。さらに,大人や治療者には,若者たちの「手の表象」が強まる/高まる支援をすべきだ,と唱える人も出てきそうである。
この枝表現も含めて,時代的影響に関する筆者の率直な考えは,「わからない」である。数十年に生じた社会的・文化的な変動は広範囲かつ複雑である——子どもの平均身長も以前より高いことなどから,生じている変化を安易に心や環境に限定もできない。時代とは,われわれの投影を受け止める大きなスクリーンであるのだろう。したがって,時代について連想を楽しみ,想いを巡らせ,「ほれTVやマンガの影響だ」「やっぱり◎◎が悪いのだ」と多くの人が解説者になる。樹冠部を包冠線で描きやすい今日の子どもたちについての読みは,樹冠部を枝で描かざるをえなかった昔の子どもたちについても同時に説明できねば説得力がなく,申し訳ないが,それは筆者の手にあまる。
5.われわれの今日的ミッション
時代的変化に注目し研究するようになって,筆者は関連する文献に目を通しつつ,それなりに考えを練ってはみたものの,一向にまとまったことが言えていない。しかし,一人の心理療法家・臨床心理学者として,次のことが大切だとの確信は得た。
第一は,バウムテスト理論を修正する姿勢である。時代によって包冠線が描かれやすくなったのだとしたら,今日における包冠線とは何か,時代を超えて樹冠部にはどのような意味があるのか,などをもう一度考える姿勢が大切になるだろう。膨大な研究知見に手が届きやすいわれわれは,先達たちに比べて,ある種,有利な立場にある。それゆえ,既存の理論の一部について批判だけすることは,あまり難しくはない。しかしながら,単なる父権的なものへの反抗を超えたところでの理論改訂という責務が,われわれにはあるのではないだろうか。これはバウム論における大仕事である。この点で筆者としては,描画をする体験に焦点を当てた奥田亮による一連の研究に注目している(奥田,2019など)。
第二は,基準のアップデートである。心理療法の実践において蓋然性や規範はさほど重要視されない。それでも何らかの拠り所(柔軟さを備えたモノサシ)は必要だと思われる。そのために筆者が試みたのが,2014−18年のバウムによる発達研究であった。論文では出現度数と出現頻度を詳細に提示したが,それは数値の羅列でもあるため,多忙な実践家には使いにくいデータになっていただろう。そこで,男女・男子・女子それぞれの発達的変化の結果がわかるように,指標ごとの線グラフを作成した。参照しやすいようpdfにし,筆者のresearchmapにも掲載している。十分なサンプル数による,今のところ最も新しい発達的検討の結果であるから,指標の意味を考える素材としていただきたい。学年(資料A)と年齢(資料B)の検討に加え,3〜10歳では0.5歳単位でも分析(資料C)している。
資料A:2010年代における子どものバウムテストの発達的変化:学年(pdfファイル0.50MB)
資料B:2010年代における子どものバウムテストの発達的変化:年齢(pdfファイル0.50MB)
資料C:2010年代における子どものバウムテストの発達的変化:詳細年齢(pdfファイル0.68MB)
6.次の時代でのバウムテストに向けて
ある日,病院での心理検査業務。担当する母子のもとへ向かい,筆者は挨拶をした。母親は「ほらっ,この先生とお話をするって」。こちらに視線を向けた娘は「このオジサン?」と口にする。あわてて母親が訂正をする。「お兄さんでしょ!」。……母親の方が残酷だった。
個別的にも集合的にも,時の流れは残酷なのかもしれない。そして強烈である。新しいものは既存のものを古いものへと変え,背後へと押しやる。そして,時代とケンカをしても勝ち目はない。2020年からのコロナ時代,すかさずリモート時代を経験したわれわれは,次に到来する時代の特徴を予見することも難しい。
2010年に行われた心理検査の活用頻度調査(小川,2011)では,数々の技法をおさえてバウムテストが最も利用されている技法であった。が,そこから15年である。十年一昔ではないが,バウム研究も時代についていき,常にわれわれが生きる時代のなかでの活用を考えていかなければならない。
佚斎樗山の別著『猫の妙術』は,心理療法家の成長とあり方を教える思想の書としても読むことができる(中島,2010)。現在でも重大な意味をもつ古い示唆とは,本質を語っているのだろう。本質を見失うことなく,移り変わるものを経験しながら生きるとは,なんと難しいことなのだろうか。クライエントの心と時代の何かを映し出しているバウムを,受け取り,知ろうとすることを,基本としていきたい。
文 献
- 舟津昌平(2024)Z世代化する社会―お客様になっていく若者たち.東洋経済新報社.
- 佚斎樗山著(石井那夫訳注)(2014)天狗芸術論・猫の妙術.講談社.
- 岸本寛史(2005)『バウムテスト第三版』におけるコッホの精神.In:山中康裕ほか編:バウムの心理臨床(京大心理臨床シリーズ1).創元社,pp.31-54.
- Koch, K.(1957)Der Baumtest: Der Baumzeichenversuch als psychodiagnostisches Hilfsmittel. (3 Auflage). Verlag Hans Huber.(岸本寛史・中島ナオミ・宮崎忠男訳(2010)バウムテスト 第3版―心理的見立ての補助手段としてのバウム画研究.誠信書房.)
- 中島登代子(2010)心理臨床家の養成と訓練.精神療法,36 (3); 317-323.
- 小川俊樹研究代表(2011)心理臨床に必要な心理査定教育に関する調査研究.第1回日本臨床心理士養成大学院協議会研究助成(B研究助成)成果報告書.
- 奥田亮(2019)描画体験から考えるバウムテストの幹の解釈に関する理論的基礎づけ.心理臨床学研究,37 (4); 363-373.
- Sado, T.(2022)Recent Changes in Representations of Apical Termination in the Baum Test. 常葉大学健康プロデュース学部雑誌,16 (1); 55-64.
- Sado, T.(2023)Reexamination of “Early Types” Hypothesis in the Baum Test. 常葉大学健康プロデュース学部雑誌,17 (1); 39-48.
- 佐渡忠洋(2025)昔と今とで子どものバウムテスト表現はどう変わったのか.名古屋市立大学大学院人間文化研究科 人間文化研究,44; 1-26.
- 佐渡忠洋・岸本寛史・山中康裕(2014)今昔の中学生のバウムテスト表現の検討―1960年代と2010年代との発達指標を通して.明治安田こころの健康財団 研究助成論文集,49; 77-86.
佐渡忠洋(さど・ただひろ)
名古屋市立大学准教授。
資格:臨床心理士・公認心理師
専門は臨床心理学,臨床人間学。
主著:『臨床バウム』(分担執筆,誠信書房),『臨床風景構成法』(分担執筆,誠信書房),『悪における善』(共訳,青土社)。





