富樫公一(甲南大学)
シンリンラボ 第22号(2025年1月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.22 (2025, Jan.)
臨床家とは何者か。
読者の多くが臨床家だとすれば,これは,私たちは何者かという問いでもある。
前回の問いから導かれたもう一つの問いだ。
私たちは,患者やクライエントは何者かといった問いに取り組んだ。そして,彼らは,苦悩し,傷ついた人だという答えを得た。
彼らは,ひとりの傷ついた個人というだけではなかった。傷ついた人が無限にいることを知りながら,その出会いに身を投じた私たちにとって,彼らは,患者やクライエントの姿で現れ,絶対的な応答を求める唯一の傷ついた世界でもあった。
では,臨床家のあなたは何者なのか。
あなたは,なぜ,傷ついた人の呼びかけに応じ続けようとするのか。なぜ,彼らから目をそらすことができないのか。
それは簡単だ。私たちが臨床家だからだ。臨床の専門家は,目の前で苦しみを訴える人をほうっておいてはいけない。それが専門家の倫理だ。当たり前じゃないか。
そんな声が聞こえてきそうだ。
職業倫理と倫理的転回の違いは,それだ。
専門家だから傷ついた人の声に応じるべきだというのは,職業倫理の話だ。それは,専門家になった後に出てくる言葉である。ここで問うているのは,そういったことではない。
仕事を辞めることを考えてみたらいい。人にかかわることなく,決められた作業を淡々とこなす仕事に就いたらどうなるだろうか。苦しみを訴えられても,何も思わなくなるだろうか。よくわからないなら,資格を返上することを考えてみたらいい。
あなたは,それでも,彼らから目をそらすことができないはずだ。
資格を取ったから,訴えに応じなければならないと思ったのではない。苦しみを訴える人がそこにいることを知って,その声に応じようとして資格にたどり着いただけだ。
専門家になる前から,あなたは彼らの声を無視できなかったのだ。
臨床家になることを,誰も強制してはいない。しかしあなたは,この業界にいる。臨床家になる前から,すでに傷ついた人に呼びかけられ,それに応じてしまっているからだ。
倫理的転回は,専門的知識や態度を身に着ける前の患者との出会いの話だというのは,そういった意味だ。
もう一度問おう。
私たちは,なぜ,苦しみを訴える人から目をそらすことができないのか。
なぜ目をそらせないのか
今回は,何だかシリアスじゃないか。そう思った人もいるかもしれない。
私だって,いつもふざけているわけではない。
前回の公開後,読者から「感動しました」とか「涙が出ました」というコメントを初めていただいた。とても,調子に乗っている1。この路線で行ってみよう。
苦しみを訴える人から目をそらすことができないのは,相手を不憫に思うからだろうか。おそらくそれは違う。相手をうらやんだり,恵まれていると思ったりしても,私たちはその訴えを無視することができないからだ。
相手が弱く,傷つきやすいからか。あるいは,社会的に低い立場にいるからか。残念ながら,それも違う。当てはまらない患者はいくらでもいる。相手の立場がどうであれ,私たちは相手の訴えに応じる。
それに,それは,訴えの本質ではない。彼らの立場や状況に対する感情的反応だ。
ここで問うているのは,私たちがなぜ,訴えを無視できないかである。
それは,その訴えが自分のものだったかもしれないからだ。
考えてみて欲しい。その苦悩が目の前の患者のものだったのは,偶然である。
患者は,苦しみの声を持ち込む。幼少期から,ひどい虐待を受けていた。最愛の人を失った。自分が何者かわからない。テロで顔に大やけどを負った。病魔に侵され,余命が少ない──いくらでもある。
彼らがそのような人としてこの世にいることに,必然性はない。彼らは偶然に,そのように割り当てられただけだ。
私たちもそうだ。臨床家も,それぞれの苦悩や痛みを背負っている。ひどいトラウマ体験を持つ者もいる。自尊心を傷つけられた者もいる。目立った傷はないが,生きることに疑問を感じる者もいる。
私たちがそうなのは,偶然だ。患者と私たちの人生がそのように異なったことに,そうなるだけの理由があったわけではない(Togashi, 2023)。
目の前の人が虐待を受けていて,私たちがそのような虐待を受けていなかったとしても,彼らが特別に虐待を受けるべき理由を持って生まれたわけではない。目の前の人が親兄弟を失って,私たちがそうではなかったとしても,私たちに特別に守られるだけの理由があったわけではない。
私たちはいつでも,目の前の人でありえたし,目の前の人もまた,いつでも私たちでありえたのだ。
臨床家とはつまり,目の前の『患者』(Patient)だったかもしれなかった人だ2。
脚 注
1. 「何を言っているかわかりませんでした」というコメントもたくさんあったが,それは見なかったことにした。↩
2. この辺でまた,感動してくれるかもしれない。↩
当事者性とは何か
第二回で書いたように,私はこの感覚を「当事者性」と呼んでいる(Togashi, 2020)。
当事者性は,トラウマ体験者本人のあり方を意味するわけではない。これは,トラウマ体験者に呼びかけられたときの私たちの体験の仕方だ。私は,以下のように述べた。
偶然性の自覚によって思い起こさせられるのが当事者性である。ここでいう当事者性は,私たちが,自分たちは今,偶然あちらとこちらに分けられているが,あちらの人は私であったかもしれないという自覚を持ち,その偶然性に身を委ねている状態のことである。自分も常に相手であり得たことは,偶然以前の宇宙では,相手も自分もどちらもその体験者でありえたことを意味する。
富樫(2023, p.21)
どうだ。なかなかすてきな文章じゃないか。
ほらほら,そうやって調子に乗るから,ナルシストっぽいって言われるんだ。そもそも,深く傷ついた患者を前にして,自分が彼らであったかもしれないなんて思うのは,おこがましい。そんなこと言ったら,「お前に何がわかる」と,怒られそうだ。
忠告してくれそうな人の顔は,いくつか浮かぶ。
ナルシストっぽいのは否定しないが,ここで述べているのはそういったことではない。
これは「私たちは同じだったのですよ」とか,「私だってあなたと同じ立場だったかもしれませんよ」と,患者に伝えることを勧めるものではない。まして,患者の立場になって体験を想像したり,共感的に理解したりすることを意味するわけでもない。
自分が目の前の患者だったかもしれなかったことを知るということは,患者と自分が,手を伸ばすことができないほど分断されてしまったことを知ることでもある。自分がその患者であり得たことに思いを馳せる者は,自分がもう決して彼らにはなり得ないことを知る者だ3(Togashi, 2024)。
当事者性は,偶然によって作られた分断を乗り越えるための何かではない。それは分断の原点に戻ることだ。偶然による分断の悲劇性と世の不条理をそのまま受け止めることでもある。治療者はそこで,患者に応答することに縛られる。自分はその患者であったかもしれないのに,絶対にその人にはなり得ないからだ(富樫,2024)。
当事者性は,誰もがよく知るものだ。それがあるから,遠い国での戦争や災害,難民問題にも,心を奪われる。これがなければ,知らない土地の知らない人のことで,心が締め付けられたりしない。
しかし,私たちは,いつもこれを忘れる。ニュースを見た瞬間は心が動いても,通勤電車に揺られるときには社会問題の一つに収まっている。解説記事を読んで知識を得たり,自ら解説したりするときにはもう,すでにどこか違う世界の話だ。
臨床家も同様だ。
当事者性が大切なのは,専門家がすぐにそれを忘れるからだ。
患者の苦悩を分析し,診断基準に当てはめて解説するとき,治療者はその苦悩が自分のものだったかもしれないことを忘れる。患者の苦悩を分析し,解説することが悪いわけではない。しかし,苦悩が自分のものであり得たことを忘れてそれをすれば,患者の話は永遠にヒトゴトのままだ。
患者の苦悩を理解し,共感的に寄り添うときもそうだ。治療者は,自分が決して患者にはなり得ないことを忘れる。患者の苦悩を理解し,共感的に寄り添うのが悪いわけではない。しかし,自分がもう患者にはなり得ないことを忘れてそれをすれば,患者の苦悩は永遠に患者だけの問題にとどまる。
では,その当事者性は何によって成り立っているのだろうか。
脚 注
3. この辺も感動ポイントだと思う。↩
患者の顔をみているか
「では,当院を志望した理由を教えてください」
右端に座るスーツ姿の中年男性が甲高い声を出した。事務長と名乗っていた。
「はい。私は貴院の理念である『医療人の自覚と人としての真心をもって,患者様の人権を尊重し,心のこもった医療サービスと安心を提供します』という考え方に共鳴し,心理師として働きたいと考えました。新卒ではありますが,心理検査や面接の実習は一通りこなしております。不十分なところはありますが,誠心誠意患者様と向き合い,他職種の先輩たちと意見を交換しながら,しっかりと勉強していきたいと思っています」
「当院の理念」は,前に座る三人の背後に額装されて掛かっていたから楽勝だ。
「うーん」左端の白衣の面接官が,頭を掻いた。「勉強するために就職されても困るんですよね……」
心理師だと自己紹介していた女性だ。キャリアは長そうだ。
精神科病院の就職面接である。
非常勤職が多く,常勤職の求人があっても,経験者のみも多いこの業界で,新卒も応募可能な求人が出た。以前から気になっていた病院だ。
「一般企業の新卒採用枠じゃないんですよ。専門職ですからね。入社一年目に新入社員研修をしてくれるような世界じゃないんです。心理検査や面接の実習っていっても,本格的なのは大学院の2年間でしょ? 心理検査はどれだけの数こなしたんですか?」
「はい。ロールシャッハ・テストとWAISは授業でやりました。発達障害のスクリーニング検査もいくつか見たことがあります。神経心理学検査はこれから大切になると思い,MMSEやCATは実習の際に見学させてもらいました」
「ふぅ」心理師はあからさまに溜息をついた。「それで,一通りやった,と。なるほど。急ぎの患者さんが回ってきたとき,その場でテストバッテリーを組んで,翌日には所見を出せますか?」
確かに,今の自分にはそれは無理だ。
「できないと思います。ですが,私は患者様との出会いは大切にしたいと思っています」
「あなたね,出会いで患者さんがよくなるとでも思っているんですか」
「まあまあ。大学院生さんなんですから,先生のようにすぐに何でもできるというわけにはいかないでしょう」中央に座る白衣の高齢の男性が制した。理事長・院長だと言っていた。「私だって,研修医のときは何もできませんでしたよ。患者が暴れてるって連絡が来て,病棟に行っても何もできず,先生は技術と知識だけじゃなくて,気合と体力もないんですねって,看護師長にばかにされたものです」
院長はからからと笑った。
「やる気はありそうじゃないですか。とても良い目をしている。採用したら,心理検査だろうが,面接だろうが,勉強してすぐに追いつくかもしれませんよ」
「でも,先生,この求人は,心理検査とか,個別面接とかの仕事ではないですよ」と,心理師が困った表情をした。
「そうでしたか?」
「はい。今回は,福祉ホームか,就労支援に入ってもらう方の募集です」心理師がこちらを向いた。「あなた,それでもいいですか?」
一瞬ひるんだ。
心理検査や個別面接がまったくないのはちょっとな,と思った。
「……はい。どんな仕事でもやります」
「本当ですか?」心理師は見抜いたかのようにたたみかける。「利用者さまの生活の場に入って一緒に過ごしたり,作業したり,基本的にはそんな仕事です。それでもいいですか?」
「構いません」
がっかりしたのは確かだ。どこかに,心理検査や個人面接が王道だという意識がある。これで採用されたら,転職しない限りずっとその仕事なのだろうか,と不安になった。
それでも,滅多にない求人だ。
常勤職は,あっても民間の給与は安い。公務員やそれに準じるものはそれなりにもらえるが,心理業務そのものではないこともある。これはと思うのは,経験者も多く受けるので倍率は高い。
非常勤はぽつぽつあるが,スクールカウンセラー以外の時給はひどく低い。最低賃金のところさえある。スクールカウンセラーだって,年間の時間数は決まっている。それに,便利な都市部の学校に配属されるのはひどく難しい。周辺地域の仕事はあるが,他の非常勤もやるとなると,そんなに奥地の仕事はできない。
なにより,「出もの」が少ないのだ。検索してもそんなに出てこない。公に募集せず,大学教員や先輩を通して行われる求人も少なくないからだ。
これも採用枠は1名だが,筆記試験の様子を見ると受験者は20人以上だ。とても合格できる気はしないが,淡い期待はある。
「私は経営者ですからね。人を見てとりたいんですよ」院長は柔和に見えるが,目には迫力があった。「中途半端なスキルだけを身に着けた人はいりません。それっぽい心理師さんはいくらでもいます。専門家ですから,技術を磨くのは当たり前です。私は,信念を持って働いてくれる人が欲しいんです」
そんなことを言ってくれる人はなかなかいない。
「はい。私も,そのように考えておられる方の下で働きたいです」
「書類選考のときから,あなたに会ってみたいと思っていたんですよ。修士論文の『患者と治療者の出会いの意味』というやつ。他の方の業績書にある研究とは明らかに違いますね」
「はい。私は,患者様と治療者の臨床的出会いの原点を探求しています!」思わず立ち上がりそうになった。「臨床家は専門的理論や技法を使用することで,原点を忘れることがあると考えています。それを忘れると,技法や理論は患者を傷つけることに使われます。ですので,それ以前の人間的出会いとは何かを研究しています」
「うん。精神科臨床の原点だね,それは。いいと思うよ」
心が湧きたっているのがわかった。
「ありがとうございます。患者様の想いに応答できる専門家になりたいと思っています」
「うん。その心意気がいい」院長は身を乗り出した。「では,ちょっと意見を聞かせてくれますか? うちの患者さんは病院に満足していると思いますか? 彼らは,この病院に来ることで希望を持てているでしょうか? スタッフは充実しているように見えましたか? 今日ここにいる人たちの顔を見たでしょう? あなたの意見を聞かせてくれますか」
「え……ここの患者さんやスタッフの方たちですか?」
まだ仕事もしていないのに?
「そうです。見たままで構いません。あなたの意見を聞きたいのです」
何も頭に浮かばなかった。
「一次試験は,9時半からでした。あなたは9時ごろには病院にいたはずです。外来が一番にぎわう時間ですよ。何も見ていないはずはありません」
院長の眼光は鋭い。
確かに,外来で受付に声をかけてから,試験会場に案内してもらった。患者さんもスタッフも忙しそうにはしていた。
「すいません……。私は,患者様もスタッフの方もちゃんと見ていなかったようです」
「そうですか。私はね,いつも,受験者には外来を通ってきてもらうんですよ。忙しい時間帯ですから,受付は嫌がりますけどね」院長は,おどけたように笑った。「私が一緒に働きたいのは,人をちゃんと見ている人です。もしあなたが,心理師らしい仕事をしたくて応募したなら,それでもよいと思います。でも,その場合は,理論や技法をもっと学んでから来てください。私も臨床医ですから,6年間勉強したくらいで何もできないのはよくわかっています。臨床は症例数が勝負です。逆説的ですが,臨床的出会いの原点を考えたいなら,小手先のスキルではなく,理論や技法を根幹から学び,それを実践的にしっかり身に着けることです。それからでないと,何も言えませんよ」
声を出すこともできなかった。
「面接は終わりです。帰っていただいて構いません」事務長の声は,変わらず甲高い。
心理師はもう,次の応募者の書類を見ている。
立ち上がって,数歩歩き,ドアに手を掛けた。
「ああ,そうか。あなたはこの大学院でしたね」と,院長が声を上げた。「キョウジュがいるでしょ? 彼ね,もともとうちの病院で働いていたんですよ」
「えっ」思わず振り返った。
「熱い人でした。ずいぶん昔ですが,私が気に入って採用したんです。入職前に,自分で見つけた実習先で心理検査を100ケースは取らせてもらったって言ってましたね。別の精神科病院で看護助手の当直のアルバイトもされてました。入職後もしばらく続けさせてほしいって,直談判されましてね。週2回だったかな。うちの仕事を終えてから夕方6時くらいにはあちらの病院の慢性期病棟に入って,患者さんの食事介助やオムツ交換,トイレ介助,夜間救急対応までやってたそうです。翌朝にはうちで外来の仕事です。うちは職員の兼職は認めないんですが,患者さんの生活や,他職種の思いを知らずに,心理の仕事などできるかって,そりゃ,すごい剣幕だったから,承諾したんです。ずっと一緒に仕事をしたかったですね。……あんなことがあって辞められましたが」院長の顔が曇った。「でも,この論文,彼が指導しているなら,いいものになるでしょう。頑張ってください。いつかまた会いましょう」
キョウジュのゼミ生ではないと,誤解を解く余裕もなかった。
不合格であることは明らかだった。
外来は閉じているからと,職員通用口から外に出るように促され,建物をあとにした。
冬の太陽は,すでに地平線に迫っていた。
敷地横の付属施設から利用者らしき人たちがぱらぱらと出てきた。ケーシー白衣のスタッフが二人,あとを追って玄関まで出てきた。
「気をつけて帰ってくださいね」
「今日は,お酒飲んだら絶対だめだからね!」
何かのプログラムが終わったところのようだ。
「ちょっとは信頼してくれよな。酒は飲まないよ」
利用者らしき中年男性が,振り返り,笑いながらスタッフに返答した。
「そんなこと言って,昨日も飲んだでしょ。言われて当然。はいはい。ちゃんと帰ってゆっくり寝てください」
「ちぇっ。分かったよ。お疲れさまでした」
男性は,慣れた足取りで駐車場に消えた。
年配の女性が,サンダルのまま,背をかがめ,つんのめりそうなぎこちない足取りで建物から出てきた。もぐもぐと口を動かしながら,スタッフには目もくれず駅へと向かう道を歩いていく。
「じゃあね,じゃあね」と,無表情でスタッフと何度も握手をして,なかなか帰ろうとしない若い女性もいた。スタッフも「はい,はい」と握り返していた。
病院の建物からは,大きな荷物を抱えた中年女性に手をひかれ,男性が出てきた。長い前髪で顔は見えないが,随分汗をかいているようだ。
「早くしなさいよ。車で帰るよ!」女性はいらだっていた。
男性の足元はおぼつかないのに,無理に引っ張るので転びそうで怖い。
入院患者の外泊か,退院だろうか。いずれにしても,男性の調子はよさそうに見えない。
彼らは,どんな生活をしているのだろう。どんな人生を歩んできたのだろう。どのようにして,この病院に来るようになったのだろう。彼らは何に苦しみ,何を求め,何に希望を見いだそうとしているのだろう。
ふと,幼少期に,幼馴染が母親の自死の巻き添えになって亡くなったことを思い出した。
自分だって,どのようにでもなり得たんだ。誰も,そうなるだけの必然的な理由があってこの世に投げ出されたわけではない。でも,彼らは彼らの人生を背負っていかなければならないし,自分は自分の人生を背負っていかなければならない。
そんな大きなものを前にして,何かできるというのだろうか。
「自分は,何も見ていなかった」思わず空を仰いだ。
そんな大きなものに対して,何かしなければならないと思わせるのは何なのだろうか。
問いはまだ,終わらない。
謝 辞
本稿は,打波祐子氏をはじめとする臨床実践図書講読会のメンバーとの議論に強い影響を受けている。メンバーの豊かな感性と正直さに敬意を表したい。彼らが,私をナルシストっぽいと思っているかはわからない。
文 献
- 富樫公一(2023)社会の中の治療者─対人援助の専門性は誰のためにあるのか.岩崎学術出版社.
- 富樫公一(2024)トラウマと当事者性,根元的罪悪感.2024年日本精神分析学会第70回大会教育研修セミナー発表原稿.
- Togashi, K.(2020)The psychoanalytic zero: A decolonizing study of therapeutic dialogues. Routledge.
- Togashi, K.(2023)Contingency, a sense of surprise, and trauma. Psychoanalysis, Self, and Context. 18; 540-551.
- Togashi, K.(2024)A surprise of impermanence and radical unjustifiability. Paper presented at the 45th Annual Conference of International Association for Psychoanalytic Self Psychology, Rome, Italy.
富樫公一(とがし・こういち)
資格:公認心理師・臨床心理士・NY州精神分析家ライセンス・NAAP認定精神分析家
所属:甲南大学・TRISP自己心理学研究所(NY)・栄橋心理相談室・JFPSP心理相談室
著書:『精神分析が⽣まれるところ─間主観性理論が導く出会いの原点』『当事者としての治療者─差別と支配への恐れと欲望』『社会の中の治療者─対人援助の専門性は誰のためにあるのか』(以上,岩崎学術出版社),『Kohut's Twinship Across Cultures: The Psychology of Being Human』『The Psychoanalytic Zero』(以上,Routledge)など