臨床家への問いかけ(4)患者やクライエントをどのようになおすのか②:どのようになおすのか|富樫公一

富樫公一(甲南大学
シンリンラボ 第16号(2024年月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.16 (2024, Jul.)

その日は,朝からどんよりとした曇り空だった。

自宅を出て空を仰いだ。

分厚い黒い雲が立ち込めている。

「やはりな」と,思わず声が出る。「晴れるはずがない」

告白してフラれた場所から睡眠時の脈拍まで,自分のすべてを知るiPhoneが,午後2時半からは土砂降りだと教えてくれた。

今日は午後2時40分から,4限と5限連続で「ケースカンファレンス」がある。

ケースカンファレンスは大学院の授業の一つだ。付属の心理相談センターで院生が担当したケースを検討する。「どのようになおすのか」を,みんなで議論する場所だ。

院生とセンセイはほとんど出席する。

インテークカンファでは,新規の受理面接だけが対象となるが,ここでは何カ月もやってきた面接のすべてがチェックされる。言い訳はきかない。

半期に1回から2回,発表が回ってくる。

ついにそれが来たのだ。

昨晩から,少し胃が痛む。

どうしても,今日は行かないといけないのだろうか。

最寄りの駅の改札まで来たところで,足が止まった。右ひざが少し震えていた。

「行きたくない」

声に出てしまった。こんな自分になったのは初めてだ。

平日の昼すぎだ。就学前の女児と母親らしき女性が手をつなぎ,声を弾ませながら,自分を追い越し,改札を抜けていく。

いや,大丈夫だ。発表準備は3週間前から始めた。4日前には資料の下書きを終え,スーパーヴァイザーに見てもらった。「これで,いいんじゃない1」と言ってくれた。

研究室の先輩もゴーサインをくれた。インテークカンファで,キョウジュにこっぴどく叱られていた先輩だ。同じジュンキョウジュのゼミにいる。

キョウジュとジュンキョウジュが犬猿の仲だと教えてくれたのも先輩だ。

センセイたちは,なんであんなに仲が悪いんだろう。

ふと,余計な考えが浮かぶ。

ダメだ,ダメだ。センセイたちの仲の悪さなどどうでもいい。今日はどうもおかしい。ケースカンファに集中して,ちゃんと発表を終えること。それが今日の使命だ。何を聞かれても堂々と答えればいい。怖がることはない。「ケースカンファは,みんなが一緒に考えてくれる場だからね2」と,ジュンキョウジュも言っていた。

気がつくと,院生室にたどり着いていた。

もう逃げられないのだ。一時間後には,ケースカンファが始まる。刑執行前の囚人は,こんな気分なんだろうか。

「しまった。アルフォートチョコレートを買ってくるの忘れた」

あれがないと力が入らない。唇をかんだ。

今度大袋を買って,院生室のデスクにおいておこう。


脚 注

1. あてにならない。

2. そんなはずがない。


今月の問い

前回の続きである。

問いは「あなたは,患者やクライエントをどのようになおすのか」だ。

忘れていた人は,第三回をもう一度読み,「♡いいね」をぽちっと押して欲しい。♡が100を超えたら原稿料が上がるかもしれない。

前回は「なおす」について考えた。今回はいよいよ「どのようになおすのか」である。

一番人気の問いだ。

大学院に進学する学生も,学会やセミナーに参加する臨床家も,これを知りたくて高いお金を出す。

心理学っぽい本を買うのだってそうだ。上手になおせるようになりたいと,本を探す。

倫理的転回を知りたくて本を探す人はいない。

第三回を公開してすぐに,メッセージが届いた。

「思わずAmazonの先生の本をチェックしてしまいました。先生が書かれていたほど,順位は低くないじゃないですか」
「さすがに,あそこまでは桁は多くなかったですよ」
「大丈夫。先生は私にとっては有名人です」

みんな,正直だ。

なぜか「S先生は誰ですか」と聞く人はいない3

せっかくAmazonを覗いたのだ。そのまま購入ボタンを押して欲しい。

「どのようになおすのか」という問いは,臨床家を悩ませる。

すぐに答えられないのだ。

「ケースによるよ」とか,「単純に答えられない」と言いたくなる。

背景や問題,人間関係,本人の能力,利用できる社会資源など,患者やクライエントを取り巻く状況が,人によってあまりにも違うからだ。

ある程度方向性はあるが,なおし方は一様ではない。


脚 注

3. 誰か聞いてくれるんじゃないかとワクワクして待っていた。空振りだった。


なおし方を探すのは簡単だ

「なおし方? 簡単なことだ。調べればすぐにわかる。キミは,ちゃんと有効な心理療法を調べたのか?」と,キョウジュは簡単に言ってのけた。

ケースカンファが始まっていた。

今日はキョウジュの機嫌が悪い。心理学科の会議でひと悶着あったらしい。カンファの前に,ミニキョウジュがわけ知り顔でしゃべっていた。

うちのジュンキョウジュとやり合ったようだ。

丁度,印刷した資料に通し番号をつけていたところだった。聞こえないふりをした。

「どうなんだ?」キョウジュに再度尋ねられ,我に返った。

雨は,いよいよ本降りだ。

「す,すいません。貴重なご意見をありがとうございました。検討します」

キョウジュに難癖をつけられたら4,こうやって答えれば良いと,先輩に教えられた台詞だ。

治療経過の第一期まで読み終わったところだ。

「結局ね,これを聞いても,キミがどんな治療法を選択したのかわからないんだよ。そもそも『見立てと方針』が『ラポールを作って,安心して話ができる関係を作る』だろ? これは方針ではない。キミは,このケースをどうやって治療することにしたんだ」

雨足が早くなった。

「警報出てるみたいよ」と,遠くに座る同期の二人がひそひそ話している。

「答えられないのか?」キョウジュは追及を緩めない。

「でも先生,そんな簡単にはいかないんです。このケースは結構複雑ですし」

「ケースというのは複雑なものだ!」キョウジュが声を荒げた。「その中から治すべきことを取り出し,それに対する適切な治療方針を立てるのがキミの仕事じゃないか!」

ぴかっ。外が光り,同時に雷鳴が轟いた。

うつむいていた院生たちも,驚いて窓を振り返った。豪雨だ。

「落ちたんじゃね?」
「やば」

「キミは,アメリカ心理学会のサイトを見たのか?」大きな雨音が部屋を包む。「あそこには,『実証的に支持された療法(EST)』のリストが並んでいるだろ(APA, 2024)。授業でもやったはずだ。あれは見たのか」

ESTだ。公認心理師の授業で何度説明を聞いても,EBPやESRとの違いがわからなくて困ったあれだ。

「あれは,みんなエビデンスのある治療法だ」まるで,自分が作ったサイトかのようだ。「『うつ病に対する感情焦点化療法』とか,『心的外傷後ストレス障害に対する長期暴露療法』とかあるじゃないか。どの病名にどの治療法が効果的かすぐわかる。あれから選べばいい」

「でも,先生。調べたんです。あのサイト」

キョウジュがギロリと大きな目をこちらに向けた。「だったら,わかるだろ。迷うはずがない」

「思ったほど数が載っていないんです。リストにある治療法は全部で88種ですが,対象となる症状は2つ,疾患は29です。要するに,31の問題に対する治療法しか載っていませんし,『線維筋痛症』とか『コカイン中毒』とか,半数近くは対象が限定されています。全体的にみると,うつ病とアルコール・物質依存,PTSDの治療法ばかりだし,なにより,このケースのように『物心ついたころから障害を持って生まれた兄の世話を一生懸命してきた優等生が,進学してすぐに友人関係でつまずき,しばらく保健室登校をしていたところ,不安になった両親と,妙に熱心なクラス担任に毎日に話しかけられているうちに,部屋に引きこもってしまった女子中学生の慢性的な苛立ちと悲しみ』に対する治療法がないんです」

「それを症状や疾患に落とし込んで,治療法を選ぶんだ。そんなこともわからないのか」

「はい,はい。ありがとうございます。検討します。それでですね,困ってですね。別のケースを発表することも考えたのですが,それもぴったりくる治療法がないんです。先生は,『日本の労働法のもと,一度雇用した社員をクビにしたことがない保守的な企業で管理職になった中年男性が,仕事をせずに遊んでばかりいる部下に対して止められなくなってしまったハラスメント発言』に対するエビデンスのある治療法はご存じですか?」

「まだそんなこと言うのか」キョウジュの声が一段低くなった。「そういえば,キミの研究室はジュンキョウジュのところだったな」

遠くの雷鳴が聞こえる。雨のやむ気配はない。


脚 注

4. (編集者註)富樫氏の妨害で,校正が反映されずにアップされてしまいました。「難癖をつけられたら」を「意見をいただいたら」に訂正し,お詫びいたします。


広大な文脈と膨大な治療的要素

臨床は,文脈の中にある。

一口に「症状」「疾患」と言っても,背景はすべて違う。同じケースは世の中に一つもない。

目の前の人の症状をなおしたければ,どんな世代の,どんなジェンダーの,どんな体質の人が,どんな歴史の中の,どんな社会状況の,どんな関係性において,どんな体験をしたのかを知らなければならない(Bacal, 2010)。

その人が置かれた状況は,あまりにも広い。

そのうえで,自分との関係を考慮していくつかの介入法を考える。

学校とか地域とか,一対一の面接にならない現場なら,なおさらだ。

だから,なおし方はすぐに答えられない。

なおす要素も,完全には特定できない。

それぞれの治療理論には,効果のある要素が想定されている。しかし実践は,それだけでは説明できない。

ノークロス(Norcross, 2002)は,どの心理療法にも共通する有効な治療的要素に,「治療同盟」「集団療法における結束」「共感」「目標の合意と協力」の4つを挙げる。それ以外にも,「肯定的配慮」「一致」「フィードバック」「同盟断絶の修復」「自己開示」「逆転移のマネージメント」「関係の解釈」の7つの信頼できる共通要素があるという。

しかし,すべての心理療法がこれを治療理論に組みこんでいるわけではない。

つまり,どんな心理療法も,理論にない治療的要素に頼るところがあるということだ。

治療者の人間的魅力もそうだ。

笑顔一つでクライエントを元気にできる治療者はやっぱりいる。

自分のところに来る患者のほとんどが,自分に好かれたくて,勝手に元気になるんだよ,と打ち明けてくれた同僚がいた。なんて傲慢だと思ったが,確かに妙な魅力があり,話しているだけで元気になる。

転移や逆転移,間主観的相互交流,コミュニケーションスキルといった専門用語で説明することも可能だが,要するに人間的魅力があるのだ。

ただ,そういった話にしてはいけないことになっているから,公式には議論されない。同僚も,そんな話をするのは非公式の宴席だけだ。

治療場面と関係ない要素だってある。

予期せぬ大金が入ったとたん,症状が解消されるような場合だ。

経済状態も立派な治療的要素だ。

実験状況のように統制された場面でさえ,こうした要素同士が直線的ではない形で影響し合い,全体が動く。一つの介入がどのような結果を生むのかを完全に予測することは不可能だ(Coburn, 2002, 2007)。

曖昧な議論

結局,なおし方をはっきりと教えてはもらえないのだろうか。

ケースカンファの資料を読み進めながら,そんなことを思った。

他人の発表を聞くたびに思っていたが,自分で発表しても同じだった。

方法を知っていそうなセンセイは細かいところを説明してくれないし,それ以外のセンセイはあいまいでよくわからない。

ともあれ,資料は読み終わった。あとはディスカッションだ。

残りは30分。司会が参加者に意見や質問を促した。

沈黙の時間が流れる。

「私から少し」と,院生が口を開かないのを見て,女性のセンセイが話し出した。彼女はいつもiPadを持っている。持っていない場面を見たことがない。手に張り付いているという噂もある。「ここ,改行しないといけませんね。あと,ここのカッコはかぎかっこではなく,三角カッコです。こういうやつですね」と,空中で指を〈〉の形に動かす。「行間は詰めすぎ。あと,三ページ目下から5行目と四ページ目の上から7行目に誤字があります。私からは以上です」

「すいませんでした。ありがとうございました」

ペンで誤字を修正した。あとで見返すことはない。

「私からもいいですか」学部生に人気の女性のセンセイが高い声を出す。「頑張っているのはわかるんだけど,何が問題で,どうすれば解決できるのか,どんな介入をし,どう検証したのか,それを説明するのが大切です。介入前後に使う評価指標は? それがなければ,効果があったのかどうかわかりませんよ」

彼女の研究室の壁には,学会で発表した研究のポスターが4枚貼ってある。臨床歴は長いと聞くが,本人からケースの話を聞いたことはない。

「ケースフォーミュレーションになっていません。行き当たりばったりに見えます」
「は,はい。ご指摘ありがとうございます」

具体的な介入と指標を教えください,と尋ねようと思ったがやめた。答えはたぶん返ってこない。

教室のドアが開き,男性のセンセイが入って来た。「いやー,すいませんすいませんすいませんすいません。遅れました」

先のとがった革靴に,足に張り付く黒パンツだ。靴下はいつも履いていない。

「まいったまいった。雨,ひどいっすねえ。おかげで遅刻っすよ」

このセンセイが遅刻しなかったのは,初回だけだ。

「全然発表を聞いてないから,トンチンカンかもしれませんが,うん。よくやってる。すばらしいよ,あなたは。なかなか難しいケースに見えるよ,これ。内容は知らないけど。こうやって資料とあなたを見比べればわかるよ。頑張ってるよなぁ。あなたがそうやってこのクライエントのために一生懸命やっていることに意味があるんだよ。いやあ,立派! 自信持っていいよ」

自信を持てるはずがない。

「死の欲動は性の欲動を凌駕する」ずっと目を閉じていた男性のセンセイが,扇子を取り出して広げた。「この女子中学生は,あなたの体に噛みつき,引きちぎろうとしているのだ。兄の障害の苦しみを取り入れたところにある羨望だ。それを解釈することで,病理構造体を解体することができる。そうすれば,彼女は,自分が対象と自己をスプリットさせ,自分と兄の攻撃性を他人に担わせていたことを洞察する」

何を言っているのかわからないが,暗い気持ちになった。

気が合わない

「時間はあと少しですが,他に何かありますか」と,司会が声を出した。

「では,一言だけコメントしますね」

ジュンキョウジュだ。

「最初にESTとか言っておられた先生がいらっしゃいました。とっても重要なお話だったと思います。私がここで付け加えたいのは,人間はデータではないことです。大切なのは,クライエントの話をよく聞き,理解し,状況に応じて対応することのはずです」

外をちらっと見た。雨は相変わらず激しい。

キョウジュの眉間にしわが寄っている。

ジュンキョウジュは続ける。「すべてはそこからです。まずはこの方が何に苦しんで,何を求めて,何を守ろうとしているのかを自分の言葉で書いてみたらどうですか。技法や理論もありますけど,院生なんですし,最初からそんなにがっちりと見立てや方針を立てられるはずもありません」

「ちょっといいですか。大切なお話をされているのはわかります」キョウジュが割り込んだ。「しかし,あまりふんわりしたこと言っていると,心理職は話を聞くだけで何も解決しないと言われかねませんよ。適切に仮説を立て,それに見合った方法を用いて,それが適切だったかどうかを確認する。それが科学的な思考の基礎ですからね」

「部屋にこもっているのがよくないのは当たり前です。私は,ふんわりとした話をしたつもりもありません。いろいろ仮説を立て,どう解決するのか考えていくべきなのは当たり前です。しかし,ここは大学院です。臨床の基礎をまず知るべきだと言ったのです。サイトを見て治療法を決めればいいとか言ってるから,人間性が疑われるとか言われるんです」

ガーン。ガランガランガラン。

誰かが廊下にある金属性のごみ箱をひっくり返したようだ。

「人間性が疑われる? 誰がそんなこと言ったんですか。私はね,サイトを見て決めればいいと言っているのではない。あなたも心理学やっているなら,言葉はちゃんと使っていただきたい。あれだけで何とかなるはずがない。専門家はエビデンスと合理性をもとに仕事をするべきだと言っているのです。最近出した本にもそう書いた」

キョウジュの最新刊のタイトルは長い。

【学部生・大学院生・初心者必携】
7ステップですぐに身につく初心者のためカウンセリング技法超簡単入門初級編~公認心理師国家資格・臨床心理士資格受験はこれ一冊できまり

400人が履修する学部一年生前期の授業の教科書に指定されているらしい。実際に,授業で使われたことはないという噂だ。

「一年生の授業で教科書に指定するのがポイントなんだよ。二年生になると教科書を買わなくなるけど,一年生前期の学生は必ず購入するからね」

ミニキョウジュが,院生室で偉そうに解説していた。

「あの本,読んでいただけましたか?」

「残念ながら,先生のご著書は(一冊も)拝読していません」

「先生のメールボックスにも入れておきましたが5

「そうでしたか。タイトルが長くて妙にポップな表紙だったので,業者の持ってきたカタログかと思って,見逃したかもしれません」

先週ゼミで研究室に入ったとき,「ご自由にどうぞ」とポストイットが貼られていたのを見た。

「まだあるので,よかったら献本しますよ」

「結構です」ふんっと鼻が鳴った。

ケースカンファは終わった。

議論をまとめる人は誰もいない。すべて言いっぱなしだ。

ふーっと,深く息を吐いた。

回収した資料をまとめていると,一人の先生が近づいてきた。

「ありがとうございました。興味深いケースでしたよ」

端っこで話を聞いていた講師だ。

彼は,いわゆる基礎系と呼ばれる心理学の教員だ。知覚の実験などをしている。臨床はやらない。授業担当ではないが,興味深いからといつも端に座っている。

「素人が口を出すのはどうかと思ったんですが。でもこれ,ちゃんと効果が出てるんじゃないかなぁ。ひきこもっていた子がこうやってセンターに来ているわけだし,学校にだって少しずつ行き始めてますよね」

「そうなんですよ。でも,誰もそこは拾ってくれないんです」

泣きそうになった。

「この方は,ずっとお兄さんの面倒を見てきたし,人のために動かないといけない人でしょう? 周りが自分のことで不安になって騒いだら,その人たちの感情も背負わないといけなくなるじゃないですか。でも,自分の思いを言えるようには育っていない。他人の感情を避けるには,ひきこもるしかなかったかもしれませんよね。でも,あなたがこうやって彼女の気持ちを大切にしているので,少しずつ安心してきたところじゃないですか。今の段階で登校を強く促すのは早い感じもするから,この子の許可がもらえるなら,両親や担任の先生とも話をして,彼らの不安や気持ちも聞きつつ,その気持ちを彼女にぶつけないようにできないか相談してみるのも方法かもしれません。登校させる方法を具体的に考えるのは,それからかな。でもこれ,大学生相手のぼくの経験で言っているだけなので,中学生には当てはまらないかもしれません」

うわぁ。一番まともなコメントだ。

「ありがとうございます。今日一番聞きたかったお話でした」

甲子園の球児のように頭を下げた。

発表してよかったと,心の底から思ったのだ。

「よかったです。でもぼくは完全に素人ですからね。感想みたいなもんです。頑張ってください」

爽やかな風を起こして,講師は部屋を出て行った。

外は暗くなり始めていた。雨はすでにやんでいる。

臨床のセンセイたちは,廊下でエレベーターを待ちながら談笑している。

「ダメですよ,先生。学生の前でキュウジュにあんな言い方したら。学科会議の席じゃないんですから」

「だってあの先生,本を出すたびに2冊も,3冊もメールボックスに入れるんですよ」


脚 注

5. 大学のセンセイは,本を出すと,絶対に読まないとわかっている同じ学科のセンセイたちにも寄贈しなければならない。


どちら側からなおし方を考えるか

「シンリンラボ,読んでますよ。あんなに書いて大丈夫ですか?」

数年ぶりに会った同僚は,真剣に心配してくれた。

心当たりがありすぎて,どの部分のことかはわからない。

今月もドキドキするが,書いてしまったものは仕方がない。

これ以上おかしなことを書かないうちに,「どのようになおすのか」に応えてしまおう。

この問いは難しい。

臨床状況に即して応えようとすると,明確なことが言えない。

理論に即して応えようとすると,理論の治療機序を話すだけで,その患者をどのようになおすかの話にならない。

どの理論モデルをどの患者のどの問題に対して,どのタイミングでどう用いるのかは,ケース次第だからだ。

カンファレンスの議論があいまいになる要因の一つである。

心理療法の学派は増え続けている。

1980年代には400種を超え(Kazdin, 1986; Garfield, 1987),現在は500種を超える(Prochaska & Norcross, 2018; Norcross & Alexander, 2019)とも言われる。

500以上の心理療法を学び,広大な文脈の中で刻々と変わる治療状況を見て使い分けるのは不可能だ。

結局,自分好みの心理療法を学ぶことになる。

当てはまるケースをその方法で治療する。完全に当てはまらない場合は,それを修正して使う。あるいは,その考えに,他に学んだいくつかの方法を組み合わせる。それでも扱えないケースは,専門の異なる臨床家に紹介する。

技法折衷とか,理論統合とか,同化的統合とか,複数の心理療法を様々な形で組み合わせる臨床家もいるが,それはそれで,一つの理念のまとまりだから,話はそう変わらない。

しかし,前回も話したように,私たちは思想や観念の形態に呼び止められる(Althusser, 1970)。学派を選択した臨床家は,アイデンティティと忠誠心を問われるのだ(富樫,2023)。

それが二つ以上集まると,衝突する。心理業界の信念対立は伝統みたいなものだ。

心理療法におけるオリエンテーションの対立には,フロイト以来の長い際立った歴史がある。黎明期には,治療体系どうしが,相争うきょうだいのように,「ドグマがドグマを食べる」環境の中で,注目と成功を競い合った。……対立するオリエンテーションの信奉者同士の相互反感や,みっともない侮辱の応酬は,まさに当時の秩序だった。

(Norcross & Alexander, 2019, p.3)

「みっともない侮辱の応酬」とはすごい表現だ。

具体例はいくらでもあるが,とても書けない。同僚をさらに心配させる。

これは昔話ではない。

自分の学派の理論が一番正しく,それ以外を間違いのように扱う臨床家は意外といる。他の理論を,不道徳で罪深い考えのように扱うことさえある。

しかしそれは,目の前で苦しむ患者を第一に考える姿勢ではない。

理論を第一に考え,コミュニティに忠誠を示そうとする姿勢だ。

適合しない患者は「治療理論に従わない間違った患者」にされる(富樫,2021,印刷中)

だから,同じ学派の会議では,どこでも同じような話になる。

学派横断的な議論の場では,対立が顕在化するか,話が曖昧になる。

曖昧になるのは,対立を避けるため,それぞれが確定的な意見を出すことをなんとなく避けるからだ。これも,カンファレンスに影響する。

やはり,目の前で苦しむ患者を第一に考える姿勢ではない。

では,どうするか。

私たちの前に,苦しむ人がいる。あるいは,私たちの力を必要とする人がいる。

その患者の治療法は,どの書籍にも書かれていない。

この仕事の一番苦しい点は,私たちが向き合うのが人であることだ。

この仕事の一番有利な点も,私たちが向き合うのが人であることだ。私たちはその人と話し合うことができる。専門家としての責任において,ともになおしかたを探し,それを話し合い,試みたことを検証する。

それが一番心強い。

文  献
  • Althusser, L.(1970)Idéologie et appareils idéologiques d’État. La Pensée. 150. (西川長夫(訳)(1975)イデオロギーと国家のイデオロギー装置.In:国家とイデオロギー.福村出版.)
  • American Psychological Association(2024)Psychological Treatments. https://div12.org/treatments/
  • Bacal, A. H.(2010)The power of specificity in psychotherapy: When therapy works-and when it doesn’t. Northvale, Jason Aronson.
  • Coburn, W. J.(2002)A world of systems: The role of systematic patterns of experience in the therapeutic process. Psychoanalytic Inquiry, 22(5); 655-677.
  • Coburn, W. J.(2007)Psychoanalytic complexity: Pouring new wine directly into one’s mouth. In: P. Buirski & W. J. Coburn (eds.), New Developments in Self Psychology Practice (pp.3-22), Jason Aronson.
  • Garfield, S. L.(1987)Towards a scientifically oriented eclecticism. Cognitive Behaviour Therapy, 16(3); 95-109.
  • Kazdin, A. E.(1986)Comparative outcome studies of psychotherapy: Methodological issues and strategies. Journal of Consulting and Clinical psychology, 54; 95-105.
  • Norcross, J. C.(2002)Empirically supported therapy relationships. In: J. C. Norcross (ed.) Psychotherapy relationships that works: Therapist contribution and responsiveness to patients (pp. 3-32). Oxford University Press.
  • Norcross, J. C., & Alexander, E. F.(2019)A primer on psychotherapy integration. In: J. C. Norcross & M. R. Goldfried (eds.), Handbook of psychotherapy integration, 3rd Edition, (pp. 3-23). Oxford University Press.
  • Prochaska, J. O., & Norcross, J. C.(2018)Systems of psychotherapy: A transtheoretical analysis. Oxford University Press.
  • 富樫公一(2021)当事者としての治療者─差別と支配への恐れと欲望.岩崎学術出版社.
  • 富樫公一(2023)社会の中の治療者─対人援助の専門性は誰のためにあるのか.岩崎学術出版社.
  • 富樫公一(印刷中)「陰性治療反応」という概念の使用について.精神分析研究,68(3).

富樫公一(とがし・こういち)
資格:公認心理師・臨床心理士・NY州精神分析家ライセンス・NAAP認定精神分析家
所属:甲南大学・TRISP自己心理学研究所(NY)・栄橋心理相談室・JFPSP心理相談室
著書:『精神分析が⽣まれるところ─間主観性理論が導く出会いの原点』『当事者としての治療者─差別と支配への恐れと欲望』『社会の中の治療者─対人援助の専門性は誰のためにあるのか』(以上,岩崎学術出版社),『Kohut's Twinship Across Cultures: The Psychology of Being Human』『The Psychoanalytic Zero』(以上,Routledge)など

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1コメント

  1. 田植が終わり、梅雨時の水管理にようやく目途が立ちましたので、やっと富樫先生の文章を読ませていただきました。今回もとても面白かったです。確かに「これだ!」というようななおし方があるのであれば、苦労はしませんね。(「間違った患者」ってビックリしました。そんなこというヒトがいるほでしょうか。)ついでに駆け出しの修行中だった頃のことも思い出しました。(精神分析っぽい解釈をされていたセンセイも居られましたが、笑ってしまいました)現在生まれて初めての水稲づくりに勤しんでおります。手元にある「ボイストレックWS-883」(今からこれに収められた楽曲に歌詞を付ける作業に入ります)の取扱説明書に正確に従っていけば、チャーんと作動してくれるような世界とは、全く違う体験世界に居る気がして仕方ありません。JAから「水稲づくりは、こうするのだよ」という講習も受けましたが、「JAが言うようにやればいいかって言うと。。。」と農業の師匠の一人である分家のお兄さんは仰られる。確かにそう!と田植えから梅雨時の水管理を振り返りつつ、自らの臨床もついでに振り返ったりしております。今回もありがとうございました。
    註)JAとは農業協同組合のこと。お世話になってます。

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