臨床心理検査の現在(18)神経心理検査③小児への神経心理検査|齊藤敏子

齊藤敏子(神奈川リハビリテーション病院)
シンリンラボ 第22号(2025年1月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.22 (2025, Jan.)

1.はじめに

脳血管疾患や脳外傷,脳炎脳症など,成人が罹患する脳神経の疾患やその後遺症はよく知られるようになった。罹患後に起こりうる後遺症を捉え,定量的評価ができる成人対象の神経心理検査は数多く開発され,目的や臨床像に合わせて選択し実施することが可能となっている。

これらの疾患は小児期にも罹患し,後遺症が残存する場合も多いが,小児を対象とする神経心理検査は現状では限られている。そのため,既存の検査を神経心理学的に読み解き,小児の発達段階の知識も考えあわせて臨床像の把握を試みることが多い。

本稿では,「成人用ウェクスラー知能検査(WAIS-Ⅳ)が適用できない年齢(16歳未満)」の小児に実施できる検査を全般的に紹介し,それらから神経心理学的に捉える視点の一部を紹介したい。

2.検査開始前の準備

1)情報の確認

検査開始前に,対象となる子どもの情報を確認する。年齢,受傷・発症の時期,疾患名,損傷を受けた脳の部位,急性期の治療経過,現状の身体機能,視力・聴力などの感覚機能,呼吸・嚥下・発声機能の状況,などは医療機関の紹介状や外来初診時の記録に記載されていることが多い。他,受傷・発症前の生活状況なども記載されていることもあり,あわせて確認する。

疾患名や損傷を受けた脳の部位からは,巣症状そうしょうじょう (focal sign)や頻発する神経心理学的症状が予測できる。現状の身体機能からは,車いすが使える机,吸引器を置くスペースや電源など,検査室の物理的な配慮の他,座位保持力や耐久力を考慮した実施時間の配慮,現状で可能そうな検査の選定,などを検討できる。

時に,年単位の過去に脳神経の疾患に罹患し,「急性期の病院で『もう大丈夫』と言われて退院したけど,何か違う」と保護者が来院することがある。紹介状がなく急性期の経過が明確にわからなくても,日常生活の中で子ども本人や周囲が感じる違和感や困りごとが,症状を予測する手がかりとなるだろう。

以前他機関で心理検査を実施していた場合は,「いつ・どんな検査を」受けたか確認し,短期間での再実施にならないよう努めている。公認心理師法第42条(連携等)にのっとり,以前に検査を実施した機関への連絡が必要な場合がある。主治医をはじめ自身の所属内で相談し,先方との協議・調整など適切な対応が望ましい。

2)検査場面への適応予測と対応の検討

情報を確認した後,臨床像を様々に予測し準備を行う。検査の選定のほか,子ども特有の事前準備としては,検査場面への適応の予測と対応の検討であろう。

心理検査は限られた時間で個人の能力や特性を理解するためのツールである。有益な情報を提供してくれる一方,被検査者には心的な負担をかけることになる。そのため,検査を受ける目的や意義を説明し,理解してもらった上での導入が必要である。多くの成人は,検査を受ける構え(受検態度)を過去の様々な経験から確立しており,検査場面に適応することができる。

一方,小児は年齢や発達段階により「意義」「目的」の理解が難しいことが多く,大人から指示されて課題に取り組むことに慣れている子もいれば慣れていない子もいる。また,特に脳損傷を受けて間もない時期は,急性期に臥床せざるを得なかったことによる体力や筋力の低下に加え,ものを考えることで容易に疲れてしまう脳の症状(神経疲労)が高確率で起こりやすい。

これら「発達段階」「課題に取り組む経験の有無や程度」「脳損傷後の臨床像」という視点から検査場面への適応を予測し,検査導入や場面提供を考えていくことが多い。子どもの発達段階や理解度に合わせて,実施目的と実施内容=「何のために・どんなことを・どのくらいやるか」を伝える工夫をしている。具体的な対応は後述したい。

3)検査バッテリーの選定

先述の事前情報からの予測をもとに,子ども本人に実施する検査を選定する。実際に使用する検査を表1に示す。

表1 小児への神経心理検査

定量的評価が可能な検査援用できる成人対象の検査
全般的 発達面新版K式発達検査2020
遠城寺式乳幼児分析的発達検査*
知的機能ウェクスラー検査(WPPSI-Ⅲ WISC-Ⅴ)
KABC-II
田中ビネー知能検査Ⅴ
MMSE
HDS-R
注意 遂行機能DN-CAS認知評価システム
ウィスコンシンカード分類テスト
Reyの図形(模写)
遂行機能障害症候群の行動評価(BADS)
記憶Benton視覚記銘検査
ベンダーゲシュタルトテスト
リバーミード行動記憶検査(RBMT)
WMS-R
視知覚・動作などFrostig視知覚発達検査
大脇式知能検査
コース立方体組み合わせテスト
レーブン色彩マトリックス検査
標準高次動作性検査(SPTA)
標準高次視知覚検査(VPTA)
行動性無視検査日本版(BIT)
社会的認知TOM(心の理論課題検査)
生活面S-M社会生活能力検査(第3版)*
Vineland -II*
TBI-31*

*は保護者から聴取

あくまで筆者のやり方であるが,まず認知機能把握のベースとなる知能検査や発達検査を選ぶ。次に特定の機能が測定できそうな検査の候補をいくつか考えておき,ベースの検査を実施しながら優先度を検討し,付加的に実施していくことが多い。例えば,就学前〜小学校中学年くらいの小児には,年齢や臨床像に応じて新版K式発達検査2020・WISC-Ⅴ・WPPSI-Ⅲのどれかを選択し,実施しながら付加する検査を考えている。

検査実施前には,ベースとなる検査の課題がどの高次脳機能を使って解くのか,神経心理学的観点から検討し頭に入れておく。そうすることで,課題遂行中のちょっとしたつまずきから機能低下の仮説を立てることができ,「次にどの検査を行うか」決める手がかりとなる。

付加的に実施する検査は,成人対象の検査と内容が似ているものを選ぶことが多い。例えば,TMT-J注1)やストループテスト注2)はDN-CAS注3)に,BADSの「鍵探し検査」は新版K式発達検査2020の中に似た課題がある。

これら定量的評価が可能な検査の中から選定できると望ましいが,展望記憶・遅延再生など,成人用しか開発されていない高次脳機能の様相を把握したい場合は,成人対象の神経心理検査を追加することもある。小学校高学年〜中学生くらいだと取り組めることが多いが,当然ながら子どもに過大な負担がかかっていないか注意しなければならない。近年では、荏原ら(2006),小林ら(2007),宇野ら(2005)など,成人用の神経心理検査を定型発達の小児に実施した結果をまとめており,参考にしている。

注1)TMT-J(Trail Making Test 日本版)
注2)ストループテスト:色名語がその色とは異なったインクの色で提示され(例:みどり),そのインクの色を答えることを求められると,言葉から妨害を受けうまく答えられない。これをストループ効果という。一方,言葉が表す色と色パッチを照合することが求められても,インクの色に妨害されることを逆ストループ効果という。ストループテストはこれら2つを測定する検査で,注意機能を多面的に測定できることが特徴である。
注3)DN-CAS認知評価システム:J. P. DasのPASSモデルを理論的基礎とした,子どもの認知処理過程を評価する検査。対象年齢は5歳0か月〜17歳11か月。

3.ご本人への検査実施

1)実施前の説明と導入

実施前に簡単な面談と検査の説明を行う。面談では主に背景情報の聴取を行うが,小児の場合は見当識の確認としての意味合いも持つ。学校名や学年,入院日や自覚症状を聞く,検査中に筆記課題の用紙に今日の日付を書いてもらうなどでも把握できる。

これらの聴取方法は様々で,筆者の所属でも,インタビューのように質問する者もいればアンケートのように記入してもらう者もいる。正解はなく,検査を実施する機関の特性によっても違うかもしれない。話が弾まないときは無理に聞き出さず,検査の説明にうつることが多い。

検査の説明の際は,年齢や発達段階に合わせて文言の平易さを調整するが ,①「(検査を通して)あなたの得意なことや上手にできることを教えてほしい」こと,②「全ての検査課題がわからなくてもよい」こと,③「やりにくいときやわからないときは教えてほしい」こと,は明確に伝えるようにしている。また,「検査」と表現すると注射や点滴を,「テスト」と表現すると学校のテストを連想して警戒されることが多いので,「クイズ」や「頭の体操」と表現を変えるなどの工夫もしている。

筆者はリハビリを主とする病院に勤務しており,入院している子どもたちのほとんどは理学療法や作業療法など,いわゆる「体のリハビリ」を受けている。そのためか「ここはリハビリ病院だから,体のリハビリもやるし,頭のリハビリもやるのよ」と説明すると,理解してくれる子が多い。

それらと合わせて,検査の種類数やかかる時間などを具体的に説明しておく。子どもによっては検査の種類分数字を紙に書き,チェックしながらすすめることもある。

付き添いの保護者が同席している場合は,子どもに説明した後,表現を大人向きに変えて保護者に再度説明するようにしている。

2)検査実施中の留意点

検査中よく考えるのは「この検査はどこまでやろうか」だと思う。いざ開始してみると,予測より神経心理学的症状が強く子どもの負担が大きいことがある。新版K式発達検査や田中ビネー知能検査は各年齢級に様々な課題が含まれるという特徴があり,神経心理学的症状の様相によっては通過不通過がずっと混在したまま続き,基底年齢の算出や通過上限の確定に手間どることが多い。

予測より症状が重そうなら,実施が難しそうな下位検査はいったん見送る。検査中あくびが出たりボーッとしているなど神経疲労の症状が見られたら早めに切り上げて休憩を入れる。衝動性が高く遊んで発散したそうな雰囲気のある子には,「3個クイズやったら遊ぼう」と見通しを示して誘いかけてみる。何らかの時間制約があるなどの事情を除けば,「いっぺんに・フルスケール実施」にこだわらず,こまめな休憩や何回かに分ける方が,子どもへの負担を軽減できるように思う。

また,頻度は少ないが,神経心理学的症状のひとつである口唇傾向が見られることがある。安全・危険の判断なく手にとったものを口に入れてしまうため,細かい用具を出さない・筆記課題の際は鉛筆を口に入れないよう注意して見守る,など安全面の配慮が必要である。

3)検査実施が難しい場合

ときには検査実施自体が難しいこともある。上肢や発声など身体機能全般の制約が大きい,失認や失語など巣症状が重い,全般的認知機能の低下があり検査場面の理解や適応が難しい,漠然とした不全感があり「やらされる・試される」ことに抵抗がある,など,要因は様々である。

どう対応するか,筆者の所属でも様々であるが,筆者は「クイズ1個だけやったら遊ぼう」という誘いかけを試してみることが多い。その「1個だけ」をあえて易しい検査課題にして達成を大げさにほめると,そのまま導入できる場合もある。「1個だけ」としぶしぶつきあってさっさと遊びだすのが毎回の「お決まり」になる場合もある。誘いかけの意味がわからない子や,誘われていることに気づかない子もいる。それらも含めて「その子らしさ」と捉え,遊び場面やコミュニケーションを通してその子を「知り」,神経心理学的症状を探っていく方法に切り替える。傍目からは「遊んでいるだけにしか見えない」かもしれないが,遊びを通した行動観察で得られる情報は多い(殿村ら,2006)。

4)保護者への実施

小児へ検査を実施する際は,小児本人に実施する検査に加え,保護者から聴取する検査を組み合わせ,使用する検査を選ぶのが一般的である。検査場面より生活場面のふるまいの方が本人の臨床像をよく表すことが多いためである。

入院中の子どもの場合,病棟看護師が評定する生活面の評定尺度(FIM・WeeFIM注4)など)を参考にすることが多い。久保ら(2007)の脳外傷成人を対象とした生活場面での評定尺度(TBI-31)注5)も参考になる。

神経心理学的症状を抱える小児の保護者に生活情報を聴取する際は,受傷・発症間もない時期は特に,保護者の戸惑いへの配慮が必要である。突然子どもが倒れ,意識不明のあと後遺症が残ると告げられて,冷静でいられる保護者はほとんどいない。もし実施するなら,入院リハビリテーションが軌道にのり,面会を重ね,子どもを客観的に見る余裕が出たころに,タイミングをはかって実施するのが望ましい。

注4)FIM(Functional Independence Measure):機能的自立度評価法 日常生活動作が自力でどの程度可能かを評価する方法。WeeFIMはFIMの小児用の通称。
注5)TBI31:脳外傷者の認知-行動障害尺度

4.検査結果のフィードバック

成人の場合,検査結果のフィードバックはまず本人と家族に行われ,そこから支援機関や職場などへ広げていくことが多い。小児の場合もおおむね同様であるが,本人の年齢によっては,保護者へのフィードバックが最初に行われ,本人へは行われない場合もある。これは,子どもが発達の途上にあり,自分を客観的に捉える視点がまだ十分でなく,抽象的な説明を理解し自身と照らし合わせて考えるのが難しいという理由もあるだろう。

臨床的には,説明が理解できない年齢でも,受傷・発症後の違和感や不全感に気づいているように感じる場面はある。連続性をもって感じ始めるのは小学校中学年くらいからで,小学校高学年〜中学生になると「社会の年号が覚えられない」「ずっと座っているとボーッとしてくる」など,具体的な事象を挙げて得意・苦手を語れる子どもが出てくる,くらいの感覚だろうか。訴えはしなくても,子ども本人は困っていたり,「なんかうまくいかない」と不全感を感じている可能性は大いにある。

心理士ができることは,検査結果を正しく読み取り,子どもの生活を想像してできるところ・つまづきやすいところの両方を予測し,それらに対する具体的な対処を周囲に伝えていくことではないかと思う。「こうすれば大丈夫」「こうやればうまくいく」と,具体的体験を通じた実感と共に伝えていくことが,広い意味での検査結果のフィードバックでもあると思う。

また,小児期の高次脳機能障害は,年齢が長じてから顕在化する場合が多い。生活の中の変化を見逃さず,継続的に,くり返し評価し続ける姿勢も重要であろう。

5.おわりに

小児の神経心理学的症状の把握は,小児用に開発された知能検査・発達検査を神経心理学的知識と子どもの発達という2つの観点から読みとくことで可能となる。実施時は「いっぺんに・フルスケール」にこだわらず,適用できる検査を可能な範囲で実施しながら,子ども本人の様子をよく観察する。定量的評価を基本としつつ,ときには成人用の神経心理検査を援用して,困りごとの背景にあるご本人の症状や認知機能の様相を把握できることが望ましい。

これは賛否両論あるだろうが,検査終了後子どもが「なんかわかんないけど楽しかった」で終われるといいなと思っている。「楽しかった」「またあしたくるね」と子どもに言ってもらえたらおおむね成功である。日々そうできるよう,自身の知識とアイディアと低下気味の体力を総動員して,日々現場に臨んでいる。

文  献
  • 荏原実千代・高橋伸佳・山崎正子ほか(2006)小児認知機能の発達的変化―小児における高次脳機能評価法の予備的検討.リハビリテーション医学,43-4.
  • 小林久男・小林寛子(2007)健常学齢児における遂行機能障害症候群の行動評価(BADS)の検討.埼玉大学紀要:教育学部,56-2.
  • 久保義郎・長尾初瀬・小崎賢明ほか(2007)脳外傷者の認知-行動障害尺度(TBI-31)の作成―生活場面の観察による評価.総合リハビリテーション,35-9.
  • 殿村暁・斉藤敏子・長谷川庸子ほか(2006)実践講座心理評価③ 子どもの心理評価―生活支援に活かすために.総合リハビリテーション,34-3.
  • 宇野彰・新家尚子・春原則子ほか(2005)健常児におけるレーヴン色彩マトリックス検査―学習障害児や小児失語症児のスクリーニングのために.音声言語医学,46-3.
+ 記事

齊藤敏子(さいとう・としこ)
神奈川県総合リハビリテーションセンター 神奈川リハビリテーション病院リハビリテーション部心理科
資格:公認心理師,臨床心理士,臨床神経心理士

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