臨床心理検査の現在(13)TAT①TATの歴史・特徴・実施手続き|外川江美

外川江美(帝京大学)
シンリンラボ 第17号(2024年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.17 (2024, Aug.)

1.TATの歴史

TAT(Thematic Apperception Test:主題統覚検査)は,ロールシャッハ・テストと並ぶ代表的な投映法心理検査であり,図版に描かれた絵を見て物語を作るというもので,ハーバード・サイコロジカル・クリニックの所長であったマレーMurrayと同クリニックのスタッフによって開発され,1943年に発表された。スタッフの1人であったモルガンMorganの貢献が特に大きかったことが知られている。図版の由来を調べると,写真から絵に描き起こしたものやオリジナルの描画がなされたものなどがあり,その多くはモルガンの手によるという。彼女の画風がTATの個性を作っているところは多分にあるだろう。

TATは北米で誕生しているが,その誕生の地で早くから,描かれた人物の人種の偏りや絵の古めかしさなどについて批判を受け,代替法(CAT,SAT,TEMAS,RATC,APT,PPT)が開発された経緯がある。しかし,それらはさほど普及せず,マレー版TATは形を変えず生き残っている。日本でもかつて早大版(試案)が開発されたがこちらも普及せず,いわゆる西洋人が登場する時代がかった絵刺激にも関わらず,マレー版TATは違和感なく現在まで使い続けられている。欧州でも日本同様,マレー版TAT(以下,特に区別する必要がない場合はTATと表記)が愛好されている。

高齢化が進んだ日本の現状を踏まえると,上記の批判の中でベラックBellak(1973)が開発したSAT(The Senior Apperception Technique)が改めて注目され,心理臨床実務への活用可能性が検討されるかもしれない。

2.TATの特徴(利用状況)

TATの特徴はロールシャッハテストと比較しながら理解すると分かりやすい。ロールシャッハテストはストレスが掛かった際に心が持ち応える力,いわゆる自我機能を査定するのに適していて,人を家に例えると,ロールシャッハテストはその家の構造面の強度や安定性をとらえようとしていると言える。これに比してTATは,現在抱えている葛藤のほか,価値観・態度・志向・対象の捉え方(自己認知,他者認知)・時間的展望などなど,家の強度面には特に問題がなく(精神的な破たんを来さず),その家の住人がどのような生活を志向し実際に営んでいるか(営んできたか),インテリアや住まい方に現れるような質的側面をとらえようとしているのである。

このような差異に基づいて,TATは精神科医療領域よりも非行・犯罪臨床実務で活用されてきた歴史がある(少年鑑別所の資質鑑別や家庭裁判所の少年調査など)。ある程度,社会生活を営める状態の人が,生き方につまずき,不適応の原因として価値観や態度の偏りが問題になる場面である。

3.実施手続き

実施手続きが標準化されていないことはTATが心理検査として信頼性が弱いとされる大きな要因である。図版の使用枚数や使用する図版の選択がその都度検査者に任されているという心理検査は確かに珍しいだろう。このほか,教示,質疑の仕方,記録方法,検査者と被検査者の座り位置なども定めはない。ここでは,TATに関する国内外の学術情報に基づき,実施手続きに関して判断する基準を項目別にまとめておく。

1)実施前の準備

TATの実施適否を判断する際に対象者の知的能力を考慮する必要がある。特に,言語能力に制約がある場合,対象者のアウトプットはスムーズでなく,検査実施自体が苦痛体験になってしまう。見えたものを挙げていけばよいロールシャッハテストに比して,TATは見えたものを組み合わせてストーリーに仕立てることを求めているため,作業の難易度はやや高いのである。筆者は非行・犯罪臨床でTATを実施してきて,面接でのやりとりや本人が書いているもの(日記・作文)から言語能力をおおまかに捉え,TAT実施の適否を判断していた。知能検査の結果によらず面接でおしゃべりが自在な場合は特に無理なく(本人としても楽しく)取り組める場合が多かった。

2)教示

マレー版TATのマニュアルに記載されている教示は,「知能の一つの形である想像力のテストです」,「できるだけドラマチックな物語を作ってください」,「物語には過去・現在・未来を入れてください」,「物語の長さは5分くらいです」というもので,物語の構成や長さを指示しているだけでなく,物語の出来を問うようなニュアンスもあることが分かる。この教示は発表当時から不評でTAT研究者・臨床家に採用されず,決して指示的にならず(反応の形を示してしまわず),検査に対する苦手意識を和らげることを重視した言い回しが工夫されている。

筆者が非行・犯罪臨床実務で用いていた教示は次のようになる。「これから絵を見せますので絵を見て1枚ずつにお話を作ってください。お話を作るというと難しく聞こえますが,絵にはある場面が描かれていて,その中の人はどんなことを考え感じているか,何をしているかということを話してもらいたいのです。それから,この場面が今現在とすると,この前はどうだったか,この後はどうなるのか,というような時間の流れも話の中に入れて下さい。じゃあ,やってみましょう」下線部が作業のポイントになるのでそこを漏らさず分かりやすく伝えることと,心理検査への緊張感が少しでも軽減されるよう意図している。

また,一度の教示で対象者が十分に理解できていないことも想定し,それを補う方法を工夫している。既述の教示を行い,対象者の理解を確認してひとまず図版1を施行し,そこでいったん立ち止まるのである。「実際にやってみてどうですか。やり方の分からないところはないですか。続けて大丈夫ですか」と尋ねると,対象者が躊躇を感じていれば頭を傾げたり「うーん」と言ったりするので,「ではもう一度やり方を説明しますね」と言って再教示を行う。対象者から困惑の表情がなくなり,口頭でも教示を理解できた,続けて構わない旨を述べていたら,図版2以降に取り掛かるのである。対象者が図版1で語った内容に教示で求めた要素が全て備わっている場合は,再教示は特に必要ない,このまま続けて構わないといった反応が返ってくるので,速やかに再開する。

このワンクッションを入れることのメリットは,教示で求めた要素(筆者の教示の下線部分)が語られていない反応の取り扱いに際して,教示の理解不足がその原因ではないことを明らかにできることにある。頭で分かったつもりでもやってみると分かっていなかったという部分まで早めに解決しておけば,何が求められているのか(課題)を理解した上で「語らない」「語れない」事態が発生したと見なせるのである。

3)図版選択

図版の裏に対象の年代と性別を示すアルファベットが記載されているが(M:成年男性,F:成年女性,B:男子,G:女子),これも発表当初からそのまま踏襲されることなく,研究者・臨床家の判断に任されている。

さらに,マレーらは,基本となる図版11枚と対象者の性別と年齢に応じて9枚を選び,計20枚で実施することを推奨し,10枚ずつを各1時間で別々に実施するスタイルだったが,このような2回に分けて実施する方法を採用している例は見かけず,ロールシャッハテストと同様に1回で全工程を終わらせる方法が(国外でも)主流であろう。1回で全工程を終わらせることは効率上のメリットだけでなく,用意した図版全てを語り終えるまでのひとつの大きな流れを途中で止めたくないという意味もある。

TATは,図版1から図版10の前半シリーズに日常的・現実的な場面が描かれ,図版11から図版20の後半シリーズは非日常的・抽象的な内容が描かれていて,質の異なる2部構成になっている。つまり,前半シリーズと後半シリーズを通して実施することにより質の異なる構成の効果で段階的な退行が促進され,後半の図版でより深い部分の投映(語り)が引き出されるのである。後半シリーズの最初にくる図版11は無意識の世界に引き込む効果があるとされている。段階的な退行効果を妨げないという視点に立てば,使用する図版と枚数の判断も変わってくるだろう。国内外のTAT研究における使用図版の選択は前半シリーズに偏りやすく,それは対人状況への反応を捉えたいという検査ニーズがあるから当然と言えるものの,後半シリーズからもある程度の枚数を確保しておくことが望ましいのである。

では,図版選択に関するポイントをいくつか挙げておく。TATの研修を実施すると初級者のみならず中級者以上からも図版選択が難しい,選び方が分からないという声をよく聞く。まず,図版がどういった反応を引き出しやすいか(図版特性)を十分把握しておいて,対象者の何を捉えたいのか(検査目的)に合うものを選択することが基本となる。例えば,異性関係を捉えたいときは,#4,#10,#13MFは外せないという要領である(#は図版の意)。図版特性の把握においては,TAT研究の初期の主要知見を参照できる『TATアナリシス』(坪内,1984)や,図版ごとの反応出現頻度データ(日本人版)が整理され掲載されている『TATの世界』(鈴木,1997)が基本資料となるだろう。最近では,北米で活発にTAT研究を展開しているスタインStein(2012)を中心とするグループがTAT反応を数値化して統計的に図版特性を示そうとしている。こうした情報も取り入れて各図版の持ち味をしっかり吟味しておくことが必要である。

しかしながら,海外の研究知見をそのまま日本のTAT実施に取り入れられない場合もある。それは例えば,図版12BGの取り扱いである。海外ではさほど重要でない図版の1枚に分類され利用頻度も低いようであるが,筆者の経験では,他の図版を拒否・失敗し続けた者が図版12BGを前にしたとき初めて物語を作ることができたという例は少なくないのである。自然の風景が描かれている図版は珍しく,人間関係にトラウマを抱えた対象者などへの利用価値はむしろ高いと言える。

次に,国内でも利用に関して見解の分かれる図版について説明する。図版16には何も描かれておらず,これを目の前に置かれた対象者はきょとんとした表情になり,検査者に「どうしたらいいか」尋ねてくることが多い。この図版については自由に絵を思い浮かべてそこから物語を作るよう教示し直すことになる。図版16に対する反応というと,筆者の臨床経験では,図版の地が白いことを捉えて雪景色や霧の中と設定し「周りは真っ白で何も見えません」とするパターン,あるいは,ここぞとばかりに自由に物語を作るパターンの両極端になりやすい。検査終了後に好きな図版を尋ねると,後者の反応パターンを示した者は図版16を選ぶことが多いが,前者ではむしろ意味が分からないからという理由で嫌いな図版に位置付けることが多い。後者の反応に出くわせば,図版16を実施しないことは対象者の情報を豊かに引き出す重要なきっかけをわざわざ放棄するようなものと捉えるだろう。しかし,この反応パターンに出くわす確率は高くなく,そうなると,後半シリーズの途中で作業モードが切り替わることの損失が無視できない。作業モードの切り替えとは,見えたものに反応する受動的投映から,自ら絵を思い浮かべてそれを基に物語を作る能動的投映に切り替えることを指している。これにより,前半シリーズから後半シリーズへ移って段階的退行が順調に進行している途中で意識がリセットされることの損失が懸念されるのである。退行という概念を持ち込まずとも,作業に慣れて自分語りが豊かになってきていたのに(後半シリーズでよく観察される状態である),それをわざわざ止めてしまうことのもったいなさは感じるだろう。筆者にTATの手ほどきをしてくださった法務技官(心理)の先輩方の見解も対象者の反応パターンと同じく両極端に分かれていた。結論として,図版16を使用するとすれば,後半シリーズの途中でなく,段階的退行を損なわない順番,つまり,全シリーズを終えた後に実施するという使い方を推奨する。

こうして対象者ごとに事前に揃えた図版のセットを通して,対象者は自身の内面世界の旅をすることになる。出会う図版ごとに心の内を様々に刺激され,秘めた思いや記憶を引き出され,情緒的に揺さぶられながら心の奥へと進んでいく。図版のセットは図版1に始まり,図版20に終わることが望ましい。いずれも主人公の心情が語られやすい図版特性をもっているため,内面の旅の出発と終着点での自分語りにそれぞれ注目したい(図版16を実施するときは,図版20で終了したあとになる)。

4)質疑(inquiry)

TATの実施手続きもロールシャッハテストと同様に自由反応段階と質問段階に分け,検査者は教示を行った後は対象者の自由な反応を損なわないよう質問を差し挟むことはせず,質問段階にまとめて質疑を行うことが主流である。指示的にならずに(後の反応に枠組みを示さずに)質疑を行えないことを考えれば自由反応段階の質疑は行うべきでない。

では,質疑の必要なときとはどういうときか,2種類に分かれるが,質疑のほとんどは一方に集中する。それは,教示で求めた内容が物語に含まれていない場合と図版によって期待される反応が出ていない場合であり,もう一方は,何らかの精神症状を疑うような場合である(発生頻度が低いためここでは記述を省略する)。

教示で求めた内容(その中の人の行動・考え・気持ちについて,現在・過去・未来の時間の流れについて)が語られていないときは,そのまま質問して確認すれば良い。例えば,人物の内面に言及がない場合,「この中の人は何を考え感じているでしょうか?」と尋ね,過去に言及がない場合,「この場面の前(過去)はどうでしょうか?」と尋ねるのである。

図版によって期待される反応が出ていない場合に行う質疑では,そもそも期待される反応が何か分かっていないと質疑の要否を判断できないので,事前にその情報を頭に入れておく必要があるが,これは図版の選択時に踏まえた情報と同じである。つまり,図版特性として挙げた,各図版が引き出しやすい反応(研究知見)と日本人の反応出現頻度データ(図版ごと)である。

この場合は確認の仕方に工夫が必要である。例えば,図版1にはバイオリンと一人の男の子が描かれているが,親や教師などが物語に登場することが多く,つまり,絵にない人物の導入が期待されている。ここで人物の導入がない場合に,「男の子以外に人物は?」などと直接的に尋ねることは避けたい。このような聞き方をすると対象者が期待される反応を察してその場で人物を追加してしまいかねず,対象者自身の反応を捉えることができなくなるからである。

筆者の臨床経験では,「男の子とバイオリンとの出会いは?」と尋ねると,対象者から,「親に買ってもらいました」というような言い方で人物の導入が示されることが多い。間接的な聞き方をすれば,こちらが期待する点について対象者に気づかれず,自由反応段階に近い状態で確認することができる。そして,このようにバイオリンとの出会いを問われて,「バイオリンは自分で買いました」と言い切り,誰も導入しないことを示した場合,対象者独自の重要な反応であることが分かる。TATでは語られたことのみならず語られなかったことの意味も大きいのである。

引用文献
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外川江美(とがわ・えみ)
帝京大学文学部心理学科 教授
資格:公認心理師,臨床心理士
著書:矯正施設における動機づけ面接法.臨床心理学,17; 786-789.(2017),5.査定 TAT.犯罪心理学事典.日本犯罪心理学会編,丸善出版,pp.336-339(2016),性犯罪者の処遇プログラム(1)-矯正施設での実践―.犯罪心理臨床.生島浩,村松励編,金剛出版,pp.148-159(2007) 
専攻:犯罪心理学
趣味:美術鑑賞,山歩き

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