富樫公一(甲南大学)
シンリンラボ 第39号(2026年6月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.39 (2026, Jun.)
大学の教職員には,入試監督業務がある。
最重要任務だ。
徹夜で科研費の申請書を書いていたとしても,締め切りを翌日に控えた連載原稿を一文字も書けていなかったとしても,決して休むことは許されない。遅刻もダメだ。
入試監督に遅刻した知り合いは,10年間「遅刻センセイ」と呼ばれた。
それくらい厳しく管理される。
入試の種類は増え続ける一方だ。
一般選抜,共通テスト利用入試,総合型選抜,公募推薦,指定校推薦,自己推薦入試,探究活動型選抜,プレゼンテーション入試,ポートフォリオ入試,地域枠選抜,グローバル人材選抜,高大接続型選抜,学校長推薦型選抜,総合判定方式,国際バカロレア入試,自己PR入試1と,挙げればきりがない。
国際バカロレア入試2ってなんだ? と驚いている場合ではない。
入試を統括する部局は,この種類の違いを完璧に把握しなければならない。特に優秀な事務職員が配置される。何度聞いてもわからない公募推薦と指定校推薦,自己推薦,学校長推薦の違いを理解できる人たちだ。
彼らは,(たぶん)全教職員の居住地と性格も把握している。誰と誰の仲が悪いのかも知っているはずだ。教職員を試験会場に割り振る。監督中にもめごとを起こされてはかなわない。
「AセンセイとBセンセイは一緒にしちゃ,ダメだよ」
今年配属されたばかりの若手職員は,ベテラン上司のチェックを受ける。
「6年前の入試で,AセンセイがBセンセイの弁当食べちゃったんだよ」
トラブルの芽はあらかじめ摘んでおかなければならない。
苦労して作られた担当表は,やがて全教職員に送られる。
「しまった。その日,別の仕事が入ってる!」
毎年のことなのに,なぜか毎年これをやらかす。しかし迷いはない。平身低頭で謝り倒し,その仕事を断る。
入試監督を断る選択肢はない。
脚注
1. 「新フンボルト入試」とか「世界適塾入試」「地域探究・貢献入試」もあった。何を測るのか推測もできない。↩
2. かなり優秀な学生が受ける入試だが,カタカナで書くのはちょっと,といつも思う。↩
入試は学生との出会い
入試は学生と大学との最初の出会いだ。
学生は将来を考え,熟慮のうえ大学や大学院を選ぶ。
大学も,どんな学生が欲しいのかを真剣に考える3。
その出会いがなければ,研究も教育も生まれない4。
だから大学は,公正性の確保に異様なほど神経を使う。
試験前には,監督業務の教職員が本部に集められ,遅刻,欠席はないかと確認する。本部員は,遅刻センセイがちゃんと来ていることを視認し,ホッと胸をなでおろす。4年前の遅刻のとき,呼び出してねちねちと注意しておいた成果だ。
時間が近づくと,本部責任者が入試業務の重要性について短い演説をする。全員起立した状態で聞く。絶対にミスをしないようにと,すべてのことは相互に監視(確認)するように言われる。
特に重要なのは,時間を合わせることだ。試験は,一秒早く終わっても,一秒遅く終わってもいけない。一秒早く終わっただけで炎上する。学長を筆頭に,エライ先生たちが記者会見で頭を下げることになりかねない。
「なぜ,一秒早く終わってしまったのですか」
「あなたたちの管理体制にはミスはなかったのですか」
記者たちの質問は厳しい。
「監督者の腕時計が試験中に急に止まってしまったのです」
そんな答えでは納得させられない。
「危機管理はどのようになっているのですか。腕時計の電池の残量は確認したのですか」と詰められる。
「人間は機械ではないですからね」などと発言したら大炎上だ。
監督者は全員,試験開始直前に腕時計を見ながら明石標準時に寸分たがわず一致させるように指示される。これから容疑者宅に突入する警察チームさながらに,全員全神経を張り詰めさせて腕時計に手を当てて構える。
基準とするのは,NTTの時報サービス「117」だ。
担当者は,待ち構える多数の監督者のために,マイクを携帯電話に当て,神妙な面持ちで指先を震わせながら番号をタッチする。
緊張のあまり,「1」「7」「1」とタッチしてしまう。
「こちらは,災害用伝言ダイヤルセンターです。録音される方は1,再生される方は2,暗証番号を利用する録音は3,暗証番号を利用する再生は4をダイヤルしてください」
ダイヤル? ダイヤルってなんだ。若手教職員の間にざわめきが漏れる。
彼らは,指で回す電話を博物館でしか見たことがない。
「すいません。すいません。すいません。間違えました」
担当者は深々と頭を下げる。
会場には緊張を伴った失笑が漏れる。真剣なまま,腕時計を構え続ける。
2024年3月までは,間違って177を押し,天気予報が流れることもあった。今はそのサービスもなくなったが,時報サービスは永遠になくならないはずだ。入試が続く限り,明石標準時とともに生き続けるインフラである。
脚注
3. これは,結構みんな本気で考えている。↩
4. 給料も生まれない。↩
受験生とは誰か
監督業務はマニュアルで管理される。
30ページを超えるマニュアルには,監督業務に関するすべてが書かれてある。
あらかじめ隅から隅まで読んでおく。試験直前にも全員起立した状態で再確認する5。
「どうせ,去年と同じだろ」と思ってはいけない。
内容は,毎年微妙に変わる。去年まで一人でよかった受験者のトイレ誘導が,二人になっていたりする。
そして,思索の宝庫でもある。
| 受験者から試験時間中にトイレ使用の申し出があった場合は,挙手により意思表示をさせ,監督者は静かに受験者を誘導してください。なお,試験室外への移動に際しては,不正行為防止の観点から,必ず監督者が同行してください。 同行する監督者については,原則として受験者と同性の監督者としてください。やむを得ず同性の監督者による対応が困難な場合は,本部へ連絡し,指示を受けてください。 |
ここで引っかかる。
性別とは何だろうか。誰が「男性」「女性」を判断するのか。マニュアルを作成した者は,どこまで身体を分類できると思っているのか。
そして問われる。
受験生が自分は女性にも男性にも分類されないと主張したら,どう対応するのか。そもそも,誰がその「同性」を決めるのか。
そんなことを思いながら,トイレに誘導し,入り口で彼らが用を足すのを待つ。
廊下は寒い。
もっと気になるのは顔確認だ。
試験の進行係になると,前に立ってマニュアル通りに読み上げて試験を進める。一字一句読み間違えてはいけないし,余計なことを付け加えてもいけない。
| 今から,監督者が受験生の顔と名前が一致しているのかを確認します。監督者が顔を上げるよう指示することや,マスクや眼鏡,帽子等を一時的に外すよう指示することがありますので,協力してください。 |
確かに,マスクと眼鏡,帽子をかぶっていたら,誰かわからない。有名アイドルかもしれない。
本人確認が必要なのはわかる。
しかし,この指示の暴力性をどう考えたらよいのか。
自分がこれを読み上げれば,会場の監督者たちは,問題文を読み始めたばかりの受験生に,顔を上げよと指示をする。
監督者の前で受験生が顔を上げ,マスクを外す。
監督者は,顔写真と目の前の顔を見比べる。
受験生は,問題を解く人ではなく,「確認される顔」だ。
それでも,読み飛ばすわけにはいかない。そんなことしたら,エライ先生たちの記者会見だ。どうせ前に出るのは自分ではない,と思ってはいけない。
目の前の受験生は,もはや「人生を背負った人」ではない。「識別される身体」だ。
脚注
5. 座ったほうが読みやすい。↩
監督者とは誰か
しかし,彼らは呼びかける。
私は,いろいろな思いを抱きながらここにたどり着いた人です,と。
咳をする人もいる。時計を何度も見る人もいる。鉛筆を落として慌てる人もいる。解答を終えたのかあきらめたのかわからないが,机に突っ伏している人もいる。
大丈夫かな。寒くないかな。体調でも悪いのかな。
思わず声をかけたくなる。
しかし,声をかけてはいけない。それをできるのは,彼らが手を挙げたときか,明らかに体調が悪いと判断できるときだけだとマニュアルに書いてある。それでも,気になってしまう。
遅刻して,息を切らして到着した受験生がいれば,「何かあったの。焦らなくていいよ。まずは息を整えて」と言いたくなる。
余計なことを言ってはいけないのは知っている。しかし,彼らを完全に識別される身体にすることはできない。
マニュアルは,受験生も,監督者も完全に管理することはできない。
臨床実践も同じかもしれない。
臨床実践でも,手続きとしてのインフォームドコンセントや記録,リスク管理,エビデンスのマニュアルに呼び止められる。これに従えと命じられる。
臨床家も「患者に応答すること」よりも「あとで責任追及されないこと」を優先しているときがあるかもしれない。
しかし,どんなにそうなっても,それだけでいることはできない。
目の前で「苦しいです」と訴える患者がいれば,それに応じてしまうからだ。
マニュアル化された緊張感の中でも,人は目の前の他者に拘束されている。それを「逸脱」と呼ぶこともあれば,「倫理」と呼ぶこともある。
今,自分はどうだろうか。
気がつくと,試験終了の時間だ。
監督者は答案を回収し,マニュアルどおりに枚数を確認する。
受験生たちは,最後まで「確認される身体」にはなりきらない。
受験生の顔を見る
担当の入試会場は,地域心理支援センターのあるサテライトビルだった。それほど大きくはないが,ホールのような部屋が各階にある。
授業にはほとんど使われない。地域向けの講演会や入試に利用される。
地方都市とはいえ,ビルの立ち並ぶにぎやかな場所だ。まつたけ山キャンパスを知らずに受験した学生は,合格後に自分が過ごす山の中のキャンパスを知って愕然とする。
空気はおいしいが,勉強以外にすることはない。車の免許を取るまで,軟禁状態だ。
最後の科目は英語だった。
音が出ない靴で,ゆっくりと机の間を歩く。
開始前にパーカーを脱ぐように指示した受験生も,夢中で解いていた。背中に「WHERE ID WAS, EGO SHALL BE6」の英文プリントがあったからだ。英語の試験では,服装もチェックする。
コツコツというペンが紙に当たる音とともに,受験生たちの集中力が伝わってくる。
大学経営の問題や教育水準の問題,ハラスメント問題と,話題に事欠かない大学だが,受験生はいつも真剣だ。出願経緯がどうであれ,彼らは未来をかけて受験する。
シンリン大学は,一学部一学科だ。ここにいる受験生はみんな,シンリン学科を目指している。定員は150名だが,大学院に進学するのは15名程度だ。大学の心理学教育とは何なのだろう。教員になって初めて,その数字を具体的に考えるようになった。
院生たちの顔が浮かんだ。二人とも一生懸命だ。
ケースに悩み,記録を書き,カンファレンスで発表し,面接に向かう。
これで十分なのだろうか。
院生たちは,通常一年程度ケースを担当する。長くても一年半くらいだ。
卒業すると後輩に引き継ぐ。
後輩も一年ほど担当して卒業する。
教育上は仕方がない。
しかし,クライエントとの関係が成熟し,行き詰まり,壊れかけ,そして再び作り直される過程をどこまで体験できるのか。
クライエントにとっても,本当によい制度なのか。
手前に座る受験生の机から,小さな消しゴムが落ちて転がった。
拾って,机に戻した。
受験生は軽く頭を下げる。
病院や学校,福祉現場での連携もそうだ。
実際の臨床は,面接室の中だけで完結することはほとんどない。
誰かと相談し,方針を調整し,衝突し,説明し,また面接をする。その繰り返しだ。
学生たちは,そのごく一部しか見ることができない。
大学が系列の病院や施設を持っているわけではない。教育に使える臨床現場には限界がある。もう少し何とかしたい。
「解答やめ」
だしぬけに,ガッカチョーの声が会場に響いた。進行を管理する主任監督に当たっていた。
受験生が一斉にペンを置く音が会場に響く。受験番号や氏名の記入漏れがないかを確認する指示が流れる。
ガッカチョーの指示のまま,答案を回収した。
枚数を調べ,監督者どうしで問題がないことを確認し,試験は終了する。
「おつかれさまでした」
「終わりましたね」
「最後の時間もトラブルはありません」
全員で本部に戻って報告をしたら,仕事は完了だ。
両手を組んで手を上に伸ばす職員もいれば,声を出せなかった時間を取り戻すかのように話し続ける教員もいる。
一日置きっぱなしのカバンの横に座って,足を伸ばした。
ほとんど立ちっぱなしの仕事だった。さすがに足が重い。
カバンをあけて,ケイタイを取り出した。
こんなにこいつに触れない日は,そうないな。一人でくすりと笑った。
ケイタイの電源を入れると,いきなり手の中で振動した。
画面には,「着信 理事長」とある。
場所を移そうと慌てて立ち上がると,三回鳴って切れた。
かけなおすには気が重く,画面を見たまま座った。
またケイタイが振動した。躊躇していると,四回鳴って切れた。
「終わりましたね。試験監督は神経が疲れます」
ふいの声に顔を上げると,ガッカチョーだった。
「おつかれさまでした」
「来てください。センターで話しましょう」
「はい」
言われるままに立ち上がり,一緒にエレベーターに乗った。
エレベーターの中には,「市民講座 子育てに活かすアンガーマネジメント」のチラシが貼られている。チラシの中では,唐草模様の服を着た女性キョウジュが,にこやかに笑みを浮かべていた。
日本中でやっていそうな講座だ。
地域心理支援センターはビルの二階にある。
到着すると,閉室のはずのセンターのすりガラス越しに明かりが見えた。
ガッカチョーは鍵を使うこともなく,ドアを開けた。
「おつかれさまでした」
受付席のお天気さんが,ちらっとこちらを見て小さな声を出した。
「あれ,入試期間は閉室のはずですよね」なんとなくホッとして,声をかけた。
「別の部屋の試験監督でした。終わったので,仕事を片付けに来ただけです」文句でもあるのかとでも言いたげな口調だった。
ガッカチョーは受付を通り抜け,空いている相談室に入って電気をつけた。
「座ってください」
「失礼します」
腰を下ろしたソファは,何の個性もない。見た目はきれいでも,無機質な応接セットだ。
「さすがに,疲れますね」ガッカチョーが肩を回した。「学生の不正もなく,無事に終わってよかった」
その言葉が妙に引っかかった。
「学生は,そう不正はしませんよ」
「相変わらずですね」ガッカチョーが少し口の端を上げた。「たしかに,ほとんどの人はしないでしょう。ただ,彼らもやるときはやる」
「それでも,大人ほどには不正はしないと思います」
沈黙が流れた。
「世の中には仕組みというものがあります。今や,大学自体,新規設置が難しい。医学部誘致ともなれば不可能に近い。ただ申請しても,何も動かない」
「わかっているつもりです」
「理想と現実ですよ」
ガッカチョーは目をそらさない。
「これができたら,児童養護施設と附属学校を作ります。医療,福祉,教育を接続した臨床実践と教育ができる。現場から切り離された面接だけではない訓練を学生に提供できる。臨床心理学のための総合臨床研究施設を作る。君が目指すものに近いはずです」
ため息が出た。構想は予想を超えていた。
実現するなら,一生をかけられる仕事ができる。身体が熱くなるのがわかった。
「力のある経営者だからこそ,できる」
「わかります」
「君だって不満でしょう? トリセツみたいな授業ばかりの教育を変えたい。同じ思いじゃないですか」
思わず手を固く握った。
「言ってましたよね」
「何をですか」
「臨床は日進月歩だ。質の高い教育をしたいと」
「はい」
「着任してわかったでしょう? 自分の臨床の場さえ十分に持てない教員が,学生を訓練する」ガッカチョーの視線はするどい。「臨床はそんな甘いものじゃない。システムが必要です。これだけのもの作れる機会は,人生に何度も来ません。アメリカを見てきたなら,わかるのではないですか」
見透かされているようだった。
「明日,大阪に行ってください。理事長と一緒に人に会ってもらいます。そのとき,その方に渡してもらいたいものがあります」ガッカチョーはカバンから20センチほどの厚さの紙包みを取り出して,テーブルに置いた。「自分の手で渡してください」
背中に,汗が流れるのがわかった。
「私がですか」
「君がです。ついでに,そのカバンの中にある領収書も理事長に渡してくるといい」
ガッカチョーの眼光は鋭い。
「これを,私が手で持っていくんですか」
「今や,日本中の銀行口座は国税のAIが監視してますからね」
試しに持ち上げると,包みはそれなりの重量があった。
「やらないなら,今はっきり断ることです。やるなら,仕事を完遂してください」
目をそらすことができなかった。
「理事長はああいう人ですから,逆らったらどうなるかわかりません。しかし,私は君を守ります。お父さんから預かった責任もある」ガッカチョーは瞬きもしない。
しばらく,目を合わせたままの時間が流れた。
受験生たちの顔が浮かんだ。院生たちの顔も浮かんだ。
なぜか,大学院時代の同級生の顔も浮かんだ。
大きく,一息ついた。
「お預かりします。理事長との合流時間やその他の計画は指示を待ちます」
「わかりました。よろしくお願いします」ガッカチョーは立ち上がった。「覚えてないみたいですが,私は子どもの頃の君を知っています」
「えっ」思わず,顔を上げた。
教員宿舎の光景が頭に浮かんだ。
「他人の子をあやす暇があったら,自分の家族を見なさいよ!」
突然,幼馴染の母親の叫ぶ声が頭に響いた。
反射的に左耳を塞いだ。身体が固くなっていた。左肩が痛んだ。
まるで,今聞いたようだった。幼馴染が亡くなる前の記憶だ。そうわかっているのに,声は少しも古びていなかった。
ふと部屋を見渡すと,ガッカチョーの姿はなかった。
カチッと,扉の樹脂製ラッチが穴にはまる音がした。
身体が硬くなっていた。紙包みをカバンの奥にしまうのも一苦労だった。持ち上げたカバンはひどく重い気がした。
部屋を出る前に,もう一度面接室を見渡した。
中身のない箱だ。カウンセリングルームらしい雰囲気だけは備わっていた。
受付に,お天気さんはもういなかった。
共有の鍵が保管されているキャビネットを開けると,書類の束が置かれていた。
「見るだけ見ておいてください」と,お天気さんの付箋が貼られている。
鍵と一緒に取り出して机の上に置いた。重なった書類が横にすべって崩れた。
一番上は,まつたけ山キャンパス裏の工事工程表と完成図の写しだった。下の書類は,受注会社の契約書だ。関西の中小企業で,代表役員は理事長と同じ姓だ。次も同じような書類だった。法人名は違うが,やはり関西の企業で,代表取締役は親族のようだった。
数百億と記載された見積書は,金額が大きすぎて,妥当な額なのかさえわからない。わかっていたことだが,実物を目にすると息が詰まった。
ニューヨークで再会したときの同級生の沈んだ声を思い出した7。
「仕事でひどく悩んでいたんだと思う。建築会社に勤めてたんだけど,関西の大手大学の工事を受けるたびに難しい顔をしてた。やりたくないことをやらされているって。でも,あの人はそれ以上何も言わなかった。何も聞かされず,何に悩んでいるのかもわからなかった」
配偶者を事故で亡くした同級生だ。
書類を棚に戻そうとすると,一枚の紙がひらひらと床に落ちた。
ネット記事を印刷したものだ。
「大学再開発に疑惑 親族企業への利益誘導との指摘」
大学名や個人名は出ていないが,理事長の関与がほのめかされていた。
キャビネットに収めた書類の束に戻そうとしたが,途中で止めた。そのまま,二つ折りにしてカバンにしまった。
電気を消すと,真っ暗になった。さっき取り出したはずの鍵の場所がわからない。
何も見えない。
机の上を手探りで探していると,ケイタイが震えた。
理事長だった。
暗闇にバイブレーションの音が響く。
止まらない。
まだ止まらない。
気味が悪くなって,カバン横のポケットに押し込んだ。
「あった」
床に落ちた鍵が,ケイタイのうっすらとした光に浮かびあがった。
急いで扉を開け,外に出た。廊下の蛍光灯が人を感知して点灯した。
額に汗がにじんでいた。鼓動が高鳴っている。
鍵を閉めて,息を整えた。
「明日は,大阪だ」
付記:本作は100%フィクションである(ほんとうだ)。実在する人物,団体,出来事とは全く関係がない。もし似ていると思ったとしても,それは気のせいだ。
なお,本作中に登場する試験監督業務,マニュアル,手続き等の描写は,特定の試験制度や実際の運用を記述したものではなく,すべて物語上の表現として構成されたものである。
脚注
6. 私はこれができない。↩
7. まもなく発売!『私たち、心理臨床家は倫理的転回の中にいる』(遠見書房)番外編を見てね。↩
富樫公一(とがし‧こういち)
資格:公認心理師‧臨床心理士‧NY州精神分析家ライセンス‧NAAP認定精神分析家
所属:甲南大学‧TRISP自己心理学研究所(NY)‧栄橋心理相談室
著書:『私たち、心理臨床家は倫理的転回の中にいる』(遠見書房),『精神分析が生まれるところ─間主観性理論が導く出会いの原点』『当事者としての治療者─差別と支配への恐れと欲望』『社会の中の治療者─対人援助の専門性は誰のためにあるのか』『分断の中の治療者―当事者性と倫理的転回』(以上,岩崎学術出版社),『Kohut's Twinship Across Cultures: The Psychology of Being Human』『The Psychoanalytic Zero』(以上,Routledge)など









