キョウジュの心理学(10)臨床家,シンリン系大学を考える|富樫公一

富樫公一(甲南大学
シンリンラボ 第38号(2026年月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.38 (2026, May)

連載も残すところ3回だ。

「圧力がかかって,連載が止まらないことを願います」――そんな編集者の心配を聞きながら,何とかここまで来た。

そんなにやばいことを書いているのだろうか。

もしそうなら,圧力がないのは,まだ関係者の目に留まっていないからだ。見つかる前に書いてしまおう。

今回は,シンリン系大学のあり方だ。

この問題を避けて通ることはできない。

シンリン系大学は,今や大流行りだ。

公認心理師となるために必要な科目を開講する大学は,2025年1月時点で226校,大学院は191校だ(厚生労働省,2026)。専門学校を入れると,さらに多い。

日本の大学は810校だから(文部科学省,2025),3割近い大学にシンリン系の学部や学科が存在することになる。

私が大学に入ったのは,日本心理臨床学会が「臨床心理士」の制度形成へ本格的に動き始めた時期だ。その頃,シンリガクを学べる大学は数十校程度だった。

それが,90年代に入って急増した。リンショウシンリシブームだ。そして,コウニンシンリシ制度ができ,今では日本の3割近くの大学でシンリガクを学べる。

しかし,ほとんどの学生はコウニンシンリシにならない。2026年のコウニンシンリシ試験受験者数は2,400名だ。単純計算すると,最終的に国家試験を受けるのは,1大学あたり年間10人前後だ。

それでも,シンリン系大学の数は増え続けている。

これは何なのだろう。教員としては考えてしまう。

シンリン系大学をここまで増やして,大学は何をしようとしているのか。

教員は,これからの人材をどう育てようとしているのか。

コウニンシンリシ制度を支える側は,この状況をどう振り返っているのか。

シンリン系大学はなぜ増える

シンリン系大学が増える理由はいくつかある。

まず,大学経営の問題だ。

日本私立学校振興・共済事業団(2025)によれば,4年制私立大学594校のうち53.2%にあたる316校が定員割れだ。赤字経営も多い。

大学経営の根幹は授業料収入である。学生数を維持できなければ,大学そのものの存続が危うくなる。

大学は,コストがかからず,受験生に人気の学部・学科を作りたがる。

シンリン系は理系と比べて,設立・維持コストが格段に低い。国家資格と接続できるとなれば,宣伝もしやすい。

シンリン系大学は,大学経営上,魅力的な選択肢になりやすい。しかし,それだけで増やしてよいものなのか。

もちろん,理由は経営だけではない。

人気があるということは,シンリガクに興味を持つ学生が多いということだ。

現代社会の空気もある。

世の中はシンリガク化された言葉でいっぱいだ。

SNS空間は,シンリガクっぽい言葉で動いている。「承認欲求」「HSP」「自己肯定感」「毒親」「トラウマ」「ASD」は,検索すれば山ほど出てくる。

私は仕事柄タクシーに乗ることが多いが,運転手の話題は世相を表している。不景気になればその話だし,世界のどこかで戦争が始まればその話だ。阪神タイガースが元気な年は,運転手のしゃべりは止まらない

何かの都合で職業を問われ,うっかり答えたりすると,「トラウマって,歳をとっても,なかなか消えないものなんですね。友人が何十年も前の記憶に苦しめられていると言っていました。孫もADHDじゃないかと言われて,息子の結婚相手はショックでうつになったみたいです。人が生きるのは苦しいものですね」と,話しかけられる。

これだけ世の中がシンリガク化されれば,当然学生の関心も高くなる。

高校生の日常も,オールドメディアやSNSでは,不登校,いじめ,発達障害,マイノリティといった言葉で語られる。ハラスメントや虐待,居場所のなさ,学校と家庭のすれ違いなども,そうだ。

学生が関心を持たないはずがない。

多感な時代だ。世の中を説明できそうに見える原理があるとなれば,それに期待するのはあたり前だ。


脚 注

1. 最近は,広島カープの話はあまり聞かない。

2. 実際の言葉はこうだ。「いやあセンセイ,トラウマっちゅうんは,ほんま歳いってもなかなか消えんもんですわ。わしの知り合いにもおるやけど,もう何十年も前の話をいまだに引きずっとるんですわ。うちの孫も,最近ADHDちゃうか言われとるみたいで。嫁もだいぶしんどそうですわ。子どものことやし,学校や病院や言うて,あっちこっち振り回されて,しまいには嫁までうつんなっとるらしいですわ。こういうん,いったいどないしたらええんですかねえ,ほんま。なんや最近,みんな心しんどなりすぎちゃいますか。世の中ちょっとおかしなってとる気ぃしますわ」


シンリガク語を知らないと世の中を語れない

しかし,世の中がシンリガク語で埋め尽くされることに問題はないのか。

一昔前,トラウマや発達障害,愛着障害,うつなどの言葉は,専門家と当事者からしか聞かなかった。「自己肯定感」や「承認欲求」は,完全に専門用語だった。

シンリガク語が悪いと言っているのではない。

それによって,見えやすくなった問題や現象はたくさんある。救われた人たちもいる。

何か問題が起これば,専門家はシンリガク語で解説する。それによって対処法や予防法は生まれる。

それ自体を否定しない。

しかし,人間の生は,かつては常識や徳,倫理,宗教,あるいは人生経験といった言葉でも語られていた。それは本当にシンリガク語に置き換え可能なのだろうか。シンリガク語がとって代わることで失ったものはないのか(Cushman, 2002;富樫,2025)。

大学教員は,社会に対して,シンリガク語で世の中を説明できるような誤解を与えていないだろうか。

シンリガクによる問題の解決をうたった書籍は山ほどある。

シンリンラボだってそうだ。編集者は嫌がるかもしれないが,こんな連載を許している以上,この話が出るのはあきらめてほしい。

シンリンラボには,たくさんのシンリガク解説がある。

もちろん出版社としては,売れるものを作らなければならない。私の本のように売れないものばかり作ってはいられない。シンリガク語による世界の解説を通して,シンリン業界を発展させ,高校生や学生の関心を集めようとする。

もちろん,私もその一味だ。

世の中をシンリガク的に理解できるという幻想を与えてきたかもしれないことを,私たちはどれだけふり返ってきただろうか。

シンリガクの教員は,個人の相談を受けても,「それはわからない」とはあまり言わない。社会問題について問われても,シンリガク語で解説する。まるで,物理現象以外,この世にシンリガク語で説明できないものは存在しないかのようだ。

この論考だってそうだ。

「いじめや不登校,殺人事件,カルト問題,性的搾取,老年期うつなど,世の中にはいろいろな問題がありますが,シンリガクはそれを一見説明しているように見えるだけで,実際のところそうした人たちの心はほとんど理解できないんです」と,一度オープンキャンパスで言ってみたらどうか。

多分,大学から呼び出しがかかる。

シンリン系大学は何をしているのか

最初の問いに戻ろう。シンリン系大学の学生は,なぜほとんど専門家にならないのか。

理由はいくつもあるだろう。

先輩たちや教員から,「儲からないよ」と聞かされすぎたからかもしれない。

向いていないと思ったとか,他のことに興味がわいたということもあるだろう。

資格取得までの道のりが大変だから,というのもあるかもしれない。

シンリガクですべてを理解するには何十年も勉強しないといけないと,何でもわかったように語る教員に圧倒されたからかもしれない。

そもそも,最初から全員がコウニンシンリシを目指しているわけではない。

コウニンシンリシ教育自体の矛盾だ。

国家資格ができたことで,多くのシンリン系大学は,厚生労働省(と文部科学省)の基準をもとにカリキュラムを組み替えた。大学によっては,シンリガクの学生全員に,コウニンシンリシ科目を履修させている。しかし,シンリガクは,対人支援専門職養成と同じではない。シンリガクをただ学びたい者に,対人援助の訓練をしても,コウニンシンリシにならないのは当たり前だ。

ただ,それにしても少ない。

シンリガクに関心を持った学生でさえ,専門家になろうと思うほどには惹かれなかったということだ。

統計や研究法,アセスメント,実習など,専門科目は大量にある。それを学んでもなお,コウニンシンリシにならない。

中には,話を聞いて目指すことをやめた,という学生もいるかもしれない。

それは,学生が怠けているからでも,意識が低いからでもないだろう。

学生たちは,「心」に惹かれてシンリン系大学へ来る。

人間を理解したい。生きづらさを知りたい。人の心を知りたい。

大学で知ったシンリガクは,思ったほど心や世の中を説明してくれなかったのかもしれない。統計,研究法,アセスメント,実験,実習,支援法を学んでも,「心を理解するロマン」は満たされなかったのかもしれない。

学生たちが惹かれる「心」は,もっと曖昧で,広く,生きることそのものに近い何かだったのかもしれない。

ただ恋愛し,アルバイトをし,空気を読み,なんとなく友人とつるみ,季節に気分を左右され,眠くなり,面倒くさくなり,理由もなく落ち込み,理由もなく元気になる。

そんな生を,シンリガク語ですべて説明できるのか。

おそらく人は,そこまで「シンリガク的存在」ではない。

ただ,生きているから生きている人もいる。

トラウマ理論や愛着理論,パーソナリティ理論,認知理論,学習理論以前の生だ。

コウニンシンリシにならないのは,学生の方がずっと社会や人を知っているからかもしれない。

もしそうなら,大学は,大多数の学生や社会にとっての「心理学」を知らないということだ。

自分なら理想の臨床教育を作れるはずだ

「皆さんに伝えたいのは,シンリガクといっても,人間をすべて説明できるわけじゃないということです。人を支えようとするとき,その理論は確かに役に立ちます。だからと言って,シンリガクで人の心をすべて理解できるものではありません。うまく言えるかわからないけど,人の心の一つの描き方に過ぎないと思うんです。もちろん理論は大事です。自分だって,散々勉強してきたし,今も学び続けてます。でも,理論は,人を説明できる感じを与えてしまう。そこが怖い。わからないことだらけなのに,わかった気になってしまう。わかったと思った瞬間に,人そのものが見えなくなる。『あの人は愛着障害だから』とか,『あの人のナルシシズムは』とか言った瞬間に,人の複雑さが見えなくなってしまう。自分も迷っていますが,皆さんにも,シンリガクを学ぶと同時に,シンリガクを疑ってほしいんです。教員が教える理論だけをうのみにせず,皆さんがもともと持っていた心に対する理解を掘り起こしてほしい。そう思っています」

熱が入ったまま,授業を締めくくった。

学部生たちは真剣な目をこちらに向けている。

授業が終わったことを知り,我に返ったように,あらかじめ配布したリアクションペーパーに書き込みを始める学生もいる。

三日月がいなくなり,例外的に助教一人で担当することが認められた。

余計なことを考えず,自分が言いたいことだけを言える。学生たちは,真剣に自分の話に聞き耳を立てる。自分が,この大学の雰囲気を変えている気がした。

学部生たちが,一生懸命に書き込んでいるのを見ていた。

「センセイ,今日はまつたけ山にカラスがいないすよ」

TAの男子院生が教壇に上がり,おどけたように耳打ちした。

「そう?」ちらっと窓の外を見た。今日,初めてまつたけ山を見た。「見てなかったよ。そんな日もあるでしょ」

「そうですけど……」

院生は,つまらなそうに教壇を降りた。

学生たちの反応には自信があった。一番大切なことを伝えた。この思いは届くはずだ。彼らの反応が待ち遠しい。

「では,終わった学生からリアクションペーパーを提出して退席してください」

黒縁眼鏡の女子院生が学生に告げた。

「初めて本当の人間の話を聞いた気がしました」
「今までの授業と全然違いました」
「先生は他の心理学の先生と違うと思いました」

次々と重ねられていく紙を見ていると,そんなことが書いてあるのが目に入った。

ちゃんと授業をすれば,学生たちは真剣に聞くんだ。自分は三日月とは違う。

「センセイ!」紙を出した一人の女子学生が,教卓の横にぱっと出て,顔を上げた。「センセイが話してくれたみたいな心理学なら学びたいです。大学院に行きたいと思いました。シンリガクはつまらないなあと思っていたんですけど,センセイのところでなら,もっと勉強してみたいです」

「そんなことを言ってくれるのはあなただけです」謙遜してみたが,顔がほころぶのは止められなかった。「残念ですが,大学院の授業はまだ担当できないんですよ」

大学院の授業を担当するには資格がいる。職階をあげてから,学内審査を受けなければならない。「合」とか「○合マルゴウ」といわれるものだ。助教は審査を受けることさえできない。

「えー,残念です。もったいないなあ。センセイのところだったら,たくさん勉強したい学生がいると思います。仕方ないから,この授業でいっぱい勉強します!」

学生はくるりと踵を返して出て行った。

自分なら,正しい臨床教育ができるかもしれない。

「君には,附属病院のポストが用意されています。理想とする心理臨床をはじめから組み込んだ形を作れます」

理事長室で聞いたガッカチョーの声が脳裏に響いた。

あれから,数週間が過ぎた。どうするべきか,結論は出ていなかった。ただ,彼らの言うことにはとりあえず従っていた。

毎日臨床現場に出て,理想とする心理臨床教育を作りたい。魅力的だった。

大学院時代から,心理臨床のあり方に疑問を持ってきた。院生時代には,キョウジュと随分やりあった。

他の教員は真面目に考えているようには見えない。どれだけ臨床に携わっているのかも疑問だ。自分にそれが回ってきたのは偶然ではないかもしれない。

しかし,理事長のいうことは,不正に関与せよということだ。

「大人気のようです」黒縁眼鏡が,リアクションペーパーを取りまとめながら言った。「三日月キョウジュのときより,学生が真剣に聞いているようでした」

「よかったすね」男子院生は顔を上げない。「ちゃんとシンリガクの問題を指摘できるセンセイっていないす」

声に張りはなかった。

「では,行きましょうか」

教壇を降りて,三人で廊下に出た。

授業を終えたらしい別の教室から,たくさんの学生が廊下に出てきた。学部生をよけながら,三人で助教室まで歩いた。

二人とも,黙ってついてくる。

助教室のカギを開け,電気をつけた。

二人が,集めたリアクションペーパーと授業資料を机に置く。

「ここに置いておきます」黒縁眼鏡が言った。

「ありがとう。事務室のメールボックスを見てくるから,もう帰っていいよ」

「わかりました」

二人とも両手を体の前で重ね,並んでこちらを見ていた。

事務所に行くと,メールボックスは書類であふれていた。

複数の会社からの封書が束ねられていた。

中を見なくてもわかっている。架空の領収書だ。学長室を通して,法人本部に送るように言われていた。理事長が決済すると,自分名義で作られた口座に合計額が振り込まれる。誰が作ったのかも,どこの銀行の口座なのかも知らない。彼らが管理している。

事務職員が忙しそうにキーボードをたたいていた。

「あ,センセイ。お疲れ様です。授業終わりですか」

一人の職員が声を出した。

「あ,はい。そうです」

顔を見られなかった。

書類の束をごっそり抜き出して,助教室に向かった。書類の束は,見た目よりも重い。

助教室に戻ると,院生たちはまだそこにいた。

「あれ,帰ったんじゃなかったの」

「はい。帰ろうとは思ったのですが,土曜日の予定をお伺いしたいと思っておりました」

黒縁眼鏡は声を落とした。こちらの答えを知っているかのようだ。

「申し訳ないけど,今週もダメなんだ」

学長とガッカチョーが厚生労働省を訪問するのに付き合うように言われている。

「そうすよね。わかりました」男子学生が答えた。

「では,私たちは退散いたします」黒縁眼鏡が言った。

「……センセイ,偉くなっちゃったみたいすね」と,ドアまで歩いたところで,男子学生がぽつりと言った。

「偉くなんかなってないよ。使われているだけだよ」

「そうすよね。ただ,忙しいだけすよね」

「最近センセイは,センターにもいらっしゃいませんが」廊下に出た黒縁眼鏡は,くるりと振り返った。「あれから,ライフジャケットを着た方が土曜日の監督に来るようになりました。しかし,あの方は何もいたしません」

そのまま閉まったドアを見ながら,少し,胸が痛んだ。

ここ数週間,土曜日のセンター業務には行っていない。

週末になると,学長とガッカチョーに呼び出される。

工事業者に会ったり,省庁への挨拶に持っていく手土産を選んだりする。

もしかしたら,三日月がセンターにほとんど来なかったのはこのせいかもしれない。

仕方がないじゃないか。良い制度を作るためには,どうしても形が必要だ。

封書を全部開け,領収書を束にして,クリアファイルに入れた。きちんと計算していないが,合計すれば数千万になる。

この金はどこに行くんだろうか。

「あ,封筒を取ってくるのを忘れた」

大阪の法人本部に送るには,専用封筒を使うことになっている。

クリアファイルをつかんで,助教室を出た。

これを送れば,自分も立派な共犯だ。

陽の落ちた廊下は暗かった。廊下を歩いても,電気はつかない。

「センサーが壊れています。修復まで数日かかります」

回ってきたメールを思い出した。

エレベーターの方へ歩きだすと,向こうから人影が近づいてきた。顔は見えない。

下を向いたまま通り過ぎようとした。

「結局,あなたもそっち側に行ったわけだ」

顔を上げると,三日月だった。

本当にそこにいるのかわからないくらい,ぼんやりとしか顔が見えなかった。

「大阪に行かれたのではないですか」

「最後に受け取る書類があって来ただけです。もう二度と来ませんよ」

「そうですか。失礼します」

これ以上,話したくもない。

一礼して歩いた。

「確かに私は間違ったことをした。しかし,今はあなたも同じです」

背後から,三日月の声が聞こえた。

「私はあなたと同じではありません」振り返った。三日月は,背中を向けたままだ。「あなたは,自分が何でも治せると思い込んでいる。学生に自分の正しさを押し付けようとしている。それは,心理臨床ではありません。そんな幻想を与えたら,学生は自分でものを考えられなくなる」

「そうかもしれない。しかし,あなたも自分が正しいと思っている。あなたのシンリガク批判は,言っていることが逆なだけで,中身は同じだ」

三日月は,振り返りもしない。

「私はあなたとは違う。あなたと違って,学生はみんな自分の考えを喜んで聞いてくれる」

「あなたも,学生に本物を与えているつもりになっているだけですよ」

「そうだとしても,私は学生に嘘を教えたりはしない」

「こうなって初めて知りましたが,他の教員にも彼らのシンリガクがある。間違っているわけではない」

反論しようと口を開けた瞬間,ポケットの携帯が震えた。取り出すと,ガッカチョーからだった。

顔を上げると,三日月の姿はもうなかった。本当に彼はそこにいたのか。

「今,少しいいですか」ガッカチョーの声は落ち着いていた。「例の書類ですが,予定通り本部に回してください。あなたが心配する必要はありません。私たちは,必要な仕事をしている」

「でも,これは……」

「きれいな手続きではありません」ガッカチョーは,遮るように言った。

「しかし,きれいな手続きだけで,良い教育が作れるわけではありません。私は,臨床ができる人間を育てたいのです。心が傷ついて,苦しんだり,亡くなったりする人が少しでも減るように」

郷里で見たガッカチョーの姿を思い出した。

「そのためなら,多少のことは飲み込まなければならない。あなたには,できると思う」

「私に,ですか」

何をできると言っているのだろう。飲み込むことか。よい教育を作ることか。

「少なくとも,三日月さんにはできなかった」

名前を聞いた瞬間,胸の奥が小さく熱くなった。

「あなたにやってもらいたい。そうでなければ,この大学はこのままです。書類は回してください。その先は,私が引き受けます」

通話が切れた。

窓の外を見ても,暗闇に消されたまつたけ山の姿は見つからなかった。

文  献

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富樫公一(とがし‧こういち)
資格:公認心理師‧臨床心理士‧NY州精神分析家ライセンス‧NAAP認定精神分析家
所属:甲南大学‧TRISP自己心理学研究所(NY)‧栄橋心理相談室
著書:『精神分析が生まれるところ─間主観性理論が導く出会いの原点』『当事者としての治療者─差別と支配への恐れと欲望』『社会の中の治療者─対人援助の専門性は誰のためにあるのか』『分断の中の治療者―当事者性と倫理的転回』(以上,岩崎学術出版社),『Kohut's Twinship Across Cultures: The Psychology of Being Human』『The Psychoanalytic Zero』(以上,Routledge)など

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