伊藤弥生(久留米大学)
シンリンラボ 第37号(2026年4月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.37 (2026, Apr.)
ケーキをひとつ買う時は
「女の人がケーキをひとつ買うのは,うれしいことか悲しいことがあった時。
だからリボンをいつもより心をこめて結んでて」
20代の頃,ケーキ屋でバイトをしていた先輩が話していた。こんな人がいてくれる限り生きていけそうな気がした。
ありがとう。
こんなあなたがいろんなところにいてくれたから,私もやってこれた。
現場で会ってきた女性たち
がんばって生きている人を応援する仕事が好きだ。
不妊治療のクリニックで臨床をはじめて,非常勤で細々だが30年になる。
周りのオメデタを喜べない自分が嫌。
生理が来る度に落ちこむ。
妊活をはじめてから夫婦関係が難しい。
治療をしても結果が出ない。
どうしたいかわからなくなってきた。
40歳が迫ってきて焦る。
大事な夢でずっとがんばってきたから諦められない。
彼女たちは不妊特有の状況にある。でもその全てが不妊というわけではない。
仕事,健康,人間関係,家事など他にもエネルギーが必要なことは多い。
不妊だからといって日常のあれこれは待ってくれない。もめごとは続きトラブルも起こる。人生上の大きな出来事が重なることもある。
もろもろオンゴーイングなところに,不妊関係の荷物が加わったのだ。逆に治療をはじめた後にいろいろ起こって,妊活が難しくなることもある。
特殊なカウンセリング?
不妊の女性のカウンセリングをしていますと話すと,ああ特殊な……,と言いたげな反応をよくされる。
がんばってる人を応援してるだけなんだけどと思う。どう言えばいいのか。
日常でカウンセリングルームの外でお会いするような女性たちと,カウンセリングルームの中でお会いしている,とでもいうような。
彼女たちと話すこと
実際カウンセリングで彼女たちと話すことは,狭義の不妊・不妊治療に関することだけではない。
むしろ,生活上のストレスや,将来/人生に関わるテーマが絡むことが多い。
不思議に思われるかもしれないが,スクールカウンセリングを思い出していただくといい。
とりあげるのは狭義の学校のことだけではなく,子どもたちが学校で健やかに過ごせるように,その支障となる背景の問題も視野に入れ,環境との相互作用に留意し,広い視座から成長を支援なさっているだろう。
それと同じく,不妊・不妊治療特有の困難については当然あつかうが,子どもを作ることをめぐって本人やカップルが安心し納得して,自分(または自分たち)らしく進んでいけるように,水平方向や時間軸での相互作用も意識して良循環となる支援をする。
仕事や人間関係のストレスによって不妊に関する困難感が増すことはよくある。逆に日常でうれしいことが起こると治療のストレスが和らぐことがある。
妊活を始める前からあった思いや出来事が,子どもを作ることに影響していることは少なくない。また今大変な思いをして治療に取り組んでいることが,これからの自分や夫婦関係を変えていくこともある。
このような水平方向・時間軸での相互作用が連鎖し,流れが変わる。
このようなことだから,わたしの臨床実感は特殊なカウンセリングというより,日常でもお会いするような,がんばってる女性たちとの対話ということになる。
行きつ戻りつ対話すると
対話を行きつ戻りつ重ねていくと,大変ながら,いや大変だからこそ,ここまでやってこれたのは自分に力があるから,ということに彼女たちは気づいていく。
また揺れることもあるが,それは生きていれば誰しもありうること。
元気や自信は何度でも取り戻していける。
彼女たちを応援する手立ては,不妊に関するメンタルヘルスの知識——感情のジェットコースター,ゴールのないマラソン注1)など——といったものもあるが,基本は分野を問わないものだ。
それはクライアント(Cl)を自身の人生の専門家として中心において丁寧に進める,協働的な対話だ。
注1)
感情のジェットコースター:妊娠への期待と失望が月経周期(治療開始後は治療周期)ごとに短いスパンで繰り返され感情が激しく上下する状態のこと。
ゴールのないマラソン:妊娠率は統計的指標でありいつ妊娠するかは誰も断言できない。いつ授かるか見えない中で治療を頑張り続ける状態のこと。
対話で起こってくること
この対話を重ねると,こんなことが起こってくる。
- 大変な中でも自分がよくやってきたことに気づく。
- 自分が一番望むのはどんな状態かについて落ちついて考えられる。
- その望みの助けとなるリソース(力・資源)が既に自分に様々にあることがわかる。
- 自分の大切なモノ・ヒト・コトとの関係が豊かになる。
- 実はもう,一番望む方向に歩いていたことを知り,次の一歩も具体的にイメージできる。
「なんか大丈夫な気がしてきた……」
自然にまた一歩進みたくなる形で,その人らしい歩みをサポートする。
大変なのは女性に限らないけれど
彼女たちはもろもろオンゴーイングな日々を回しながら,新しい命を授かるという人生の一大事に取り組んでいる。
そこにある大変さは,不妊だけというより,社会的要因が強く関わることがある。
そして大変なのは女性に限らない。
お互いのくたびれように抱きあわんばかりになる相手は性別を問わない。
ただ,わたしがお会いするのは圧倒的に女性が多く,わたし自身が女性だ。
小さくても実感を持ってなにか語れるなら,女性,さらに言えば成人女性についてになると思う。年齢的なことを言えば20代後半から50代の女性たちだ。
セージンジョセイって誰のこと?
話の都合上,成人女性と書いてみたが,セージンジョセイって誰のこと?と思ってしまう。
成人女性という言葉だと,抽象的で遠い存在しか浮かばない。
大人の女性,ではどうだろう。
成人女性よりは具体的になるが,落ち着きはらった女性のイメージで,今の女性たちの生きようの広がりを表現しにくい。
よく考えれば,そもそもわたしが全ての女性について語れるはずがない。
分をわきまえ,私が語りうるのはどんな女性たちなのか考えてみよう。
私がお会いしてきたのはこんな女性たちだ。
彼女たちは,大人としてのやさしさや思慮があり,同時に年齢に縛られず,自分らしさを大切にする。
それは,声高な主義・主張というより,私はこうする,私はこれが好きといった,日常や生活のあり方として柔らかくあらわれている。
そうだ,大人女子という言葉がいいかもしれない。
大人女子──定義と背景
大人女子という言葉は今ではファッション業界に限らず日常的に使われるが,辞書的ないい定義が見つからない。専門用語ではないから難しいのだろう。
ここはAIにこの言葉の使われ方をざっと拾ってもらい,大人女子という言葉がわたしが語ろうとする女性たちを指す言葉としてふさわしいか確認したい。
「大人女子」は,日本のメディアやライフスタイル誌などで用いられる現代語であり,単なる年齢区分ではなく,成人した女性のライフスタイルや意識を表す表現として使われます。
具体的には,30代前後を中心に,成熟した大人としての自立性や落ち着きを持ちながら,若々しい感性や自分らしさを大切にする女性像を指すことが多い語です。この言葉は雑誌『InRed』などの特集で広く使われるようになり,“大人の女性”と“女子”の語感を結びつけた造語として定着したとみられています(imidas)。
この語は社会的な年齢階層(例えば「女性」「婦人」など)を公式に定義する制度的な用語ではなく,流行語的な用法であり,必ずしも法律や公的な基準に基づくものではありません。ただし,雑誌・広告・日常会話において,自己表現やライフスタイルの文脈で広く使用されているという点で,現代日本語の一つの語彙として認識されています(imidas)。
(ChatGPT Deep Researchより)
上記の通りAIが示した定義と,この連載で語ろうとする女性像のずれは小さく,大人女子という言葉を使っても問題はなさそうだ。
応援したい相手の心にフィットする表現
大人女子という言葉を使う理由についてやや消極的に書いたが,この言葉はこの連載でフォーカスする女性たちを指すのに,(少なくとも現段階で)もっともフィットする表現だと思う。
女性自身が生み出し,女性に支持されてきた言葉だ。
「女子会しよう!」「いいねいいね」
こうした心の弾みは,これが成人女性の会や婦人会といった言葉だったら出てこないだろう。
女性たちの心を明るくする言葉だ。
この連載はこの社会でがんばる女性たちを応援するものだ。彼女たちの心にフィットする表現を選びたい。
ほんとうの声
大人女子の彼女たち。
たくさん喋っているようにみえるが,ほんとうの思いを落ちついて話せる場所はあるのだろうか。
つらくても軽い口調で話し,「ま,仕方ないか」と自分で片づける。
「起きられる,笑える,仕事だってやれてる。
でもほんとは大丈夫じゃない」
キョンキョン注2)も,そんな日々があったことをシェアしてくれていた(ホントのコイズミさん)。
大人女子のリーダーにもあったのだ。
彼女の活動が,「ほんとは大丈夫じゃない」人たちを心に留めるものであることは,広く知られるところだ。
注2)キョンキョンこと小泉今日子氏。現在は会社の代表取締役も務め,芸能の枠を超えた次世代育成にも尽力。政治的発言や社会課題解決にも積極的で強く輝く姿が目立つが,生きづらい存在への深い眼差しを持つ。このことは「ホントのコイズミさん | Podcast on Spotify」でも示され,自身がアイドル時代に困難感を抱えた時期があったことも語る。
一番望むことって?
自分は何を望んでいるんだろう。
「あれ食べたい」「旅行,ここ行きたい」くらいは考えても,ほんとうはどうなりたいか,どうなってたら一番いいかまではなかなか考えない。
日々,目の前のことで精一杯。
ふとこのままでいいか不安になって考えようとすると「青い」「無理無理」といった声が外からも内からも聞こえてくる(この声は「ディスコース」と呼ばれる)。
実はこの不安は,流されきっていない証なのだと思う。このままじゃと引っかかるのは,そこに「ないことにはできない大切なもの」があるから。
自分が一番望む状態が見えると,流れが変わりだす。
その望みは灯りとなり,照らしてくれる。
こんな日々でも,その望みに向かってすでに歩いてきたことを知ることが,何より自分を励ましてくれる。
対話による支援
自分の一番の望みを知り,実はそこに向かっていたことに気づくような心の作業は自力では難しい。
頼りになるものとして,ソリューション・フォーカスト・ブリーフセラピー(以下ソリューションと略)とナラティヴ・セラピー(以下ナラティヴと略)の2つをあげたい。
ソリューションとナラティヴは第二世代の家族療法の代表的なものとなっている。
家族療法は相互作用に注目し,円環的にものごとをとらえ,好循環をうながす。
第二世代は協働的な治療的対話を特徴としている。
どちらのアプローチも,Clを自身の人生の専門家として敬意を払い,Clが一番こうなりたいという状態に、より近づく流れを促進する対話実践を行う。
外的対話・内的対話
ここで対話に関する概念をあげておこう。
外的対話・内的対話という考え方を知っておくと,ソリューションとナラティヴの,特にナラティヴが何をしようとしているかがつかみやすくなる。
外的対話(external dialogue)とは,他者との会話のことだ。
他者との間で行われる観察可能な言葉によるコミュニケーションの過程を指す。対面に限らず,電話・文章・オンライン上のやりとりなども含まれる。
外的対話は,情報交換にとどまらず,意味が社会的に構築されるプロセスととらえられる。
ナラティヴが依拠する社会構成主義注3)においても,外的対話は個人の思考や自己理解の形成に重要な役割を果たすものとされている。
内的対話(internal dialogue)とは,頭の中で行われる自分との会話のことだ。
個人の内側で行われる思考・内省・自己評価などの過程を指す。内的対話は,意思決定や感情調整,自己理解の基盤となる。
心理学において,内的対話は他者との外的対話が内在化されたものとされ,社会的経験と切り離された純粋に個人的な現象ではないと考えられている。
外的対話と内的対話は循環的な関係にある。このことを心に留めておいていてほしい。
外的対話が内的対話を形成し,内的対話が外的対話に影響を与える。
この連載では,外的対話・内的対話から考える,大人女子のほんとうの声と一番の望みについて書いていく。
注3)社会構成主義は,「私たちが現実だと思っているものやその意味づけは、社会的な相互作用の中で作られる」と考える。言語は単なる記述手段ではなく,現実を形づくる構成媒体として働く。真実や常識(性別・正常/異常・価値観・制度など)とされるものは,絶対ではなく文脈に依存し,文化・歴史・社会の中で構成され変化しうる。
ディスコース(常識・普通・当たり前)
生きる上での困難を左右するディスコースについてもとりあげる予定だ。
ディスコースの専門的な定義は難解なので,とりあえずある集団で広く共有されるモノの見方,つまり常識・普通・当たり前のことだと思っていただきたい。
ディスコースは外的対話で作られ,内的対話に強く影響する。
ディスコースという用語の語感が難しそうだが,常識・普通・当たり前だからどこにでも転がっている。
「先輩の言うことは聞くものだ」「就活はスーツを着る」「束縛は愛している証拠」など無限にある。
身近な集まりから国レベルまであらゆる集団にある。
ディスコースのパワーは強いが,対話で作られたものなので対話で緩められることを書こうと思う。
大人女子の困りごと
困りごとを抱えた大人女子たちが,自分の一番の望みにより近づいてくための対話については,特に丁寧に書きたい。
彼女たちは,大人としてのやさしさや思慮があり,同時に年齢に縛られず,自分らしさを大切にする。それは,私はこうする,私はこれが好きといった,日常や生活のあり方として柔らかくあらわれている。
彼女たちはこんな風に生きているから素敵に見えるし,空気を悪くするのをよしとしないので問題などなさそうに思える。
実際わたしがお会いする女性たちも,こんなことを抱えていたなんてと驚くほど話をきくまでわからない。
この連載では,この社会で生きる,一見問題がなさそうな大人女子が広く抱える困りごとに手を当てる。
困りごとは漠然とした不全感から,消えることを選ぶ寸前の絶望まで幅広いが,できるだけカバーしたい。次のような声をとりあげることを考えている。
他の人のインスタを見てモヤモヤする
自分がメンタルを崩すなんて……
「現実逃避」をしすぎる
子どもに怒りすぎて自己嫌悪
こんなに苦しいのは自分のせい……
パートナーとのことをどうしたら?
いくらがんばっても結果が出ない
ほんとは,もうずっとキエタイ
ソリューションとナラティヴで
大人女子を応援する手立てとして,わたしはソリューションとナラティヴを活用している。その理由は彼女たちのサポートに相性がいいからだ。
この2つのアプローチにわたしは職業人生後半に出会った。こんな仕事をしたかったと思わせてくれるものだが,ソリューションは軽いと誤解され,ナラティヴは臨床に落としこむのは難しいと思われやすい。わたしも誤解したしまだまだ勉強中だ。
この連載がソリューションとナラティヴのほんとうの姿に触れ,もっと知りたくなるきっかけにもなれたらうれしい。
「入口の風船みたいな作家でありたい」。『フィフティー・ピープル』の著者,チョン・セランはそう語ったことがある。
その真意は,「複雑な思考や苦悩を読者とともにしてくれる作家はたくさんおられるので,私は軽やかな,気安い作家になりたい」ということだった。
遊園地や百貨店の入り口で揺れるカラフルな風船のように,文学に接近するエントランスで読者を迎える存在でありたい。
そして自分を通過して他の作家の作品も読むようになってくれたらいいという願いである。(斎藤,2018)
本連載のこれから
現在わたしの臨床の実際は,ソリューションを中心としナラティヴは基本姿勢をエッセンス的に活かすものになっているが,今後導入編と実践編にわけて書いていく予定だ。
導入編では,どうして・どんなことを考えて大人女子の支援に携わってきたのか,なぜ臨床を始めて20年もたってオリエンテーションを変えたかなど背景をお示した上で,ソリューションとナラティヴとは何かについてコンパクトにご説明したい。
実践編前半はソリューションを活用する支援についてとりあげる。ソリューションは技法が目立つが,ベースにある考えを活かし,流れに留意した面接運びができるかどうかで有用な支援になるかどうかが分かれる。
カウンセリング事例(架空)について,各回1セッション分を具体的に提示し,対話の進め方のポイントを解説する。そしてそうした支援の大人女子への意味を考える。
実践編後半はナラティヴは活用する支援についてとなる。ナラティヴも技法に飛びつかれるが,基本姿勢を活かしてなんぼだ。ナラティヴの基本姿勢を形にするユニークな実践が,大人女子にいかに役立つかお示ししたい。
なお日常に浸透しているディスコースの問題もとりあげるため,カウンセリング事例(架空)に加えて日常で見聞きする外的対話・内的対話も素材とする。
便宜上ソリューションとナラティヴと分けたが,わたしの臨床では混然一体となっている。実践編の特にナラティヴについての号ではソリューションについても触れることが多くなる。
また本連載の主眼は困りごとを抱える大人女子の支援であるため,それに役立つアプローチがあればソリューションとナラティヴに限らず(この2つと相性がいいものになるが)についても触れる。
質問を活用する対話の魅力
ソリューションとナラティヴは,技法的な面では質問を活用することが特徴だ。
カウンセリング場面での質問というと,「情報収集のため」と勘違いされたり,「侵襲的にならないか」と心配されるがご安心いただきたい。
この2つのアプローチの質問は,Clの力を穏やかに賦活する優しいものだ。
詳しくは2号以降でと思うが,ひとつ例をあげて魅力の一端をお伝えできればと思う。
ソリューションとナラティヴの質問を使いこなすには修練が必要だが,もっとも大切なことは,Clを自身の専門家として本当に信じることだ。
ここがOKなら,たどたどしくても役に立てる。
論より証拠。
恥は自分からかこう。わたしが初学者の頃の例だ。
たどたどしい質問でも
(以下の事例は守秘義務への配慮からカウンセラーの質問に関する記述以外は複数事例を合成して創作したものである)
Aさん(30代)には不妊治療のクリニックでお会いした。彼女は結婚前から多くの困難がありながらも懸命に生きてきた。念願の第一子が不妊治療で授かり忙しさは増したが,長男が愛おしく「この子に兄弟を」と思い不妊治療を再開した。
治療自体は経験があるためさほど不安はなかったが,多忙だったところに不妊治療が加わり,その他の問題もあって気持ちの波が大きくなった。そこで不妊治療を落ち着いて進めるためにカウンセリングを利用することになった。
当時のわたしはまだ問題志向だったので,彼女の訴えについて一緒に考える形で進めた。でもひとつ落ちついたと思ったら別の問題が浮上することが続いた。
悩んだ末ソリューションをとりいれてみることにした。もともとは必要とあらばひたすら聴き続けることも厭わない傾聴重視タイプだったが,現状を打破する必要があった。
うまい展開などできないが聞けそうなタイミングで〈どうなったらいいですか?どうなってると一番いいですかね?〉と質問してみた。
質問はその視点で考えてみるよう誘うもの
Aさんはポカンという顔をした。
でも「ソリューションはClが考えてみたことがないことを聞くので,すぐに答えは返ってこないのが当たり前。適切に粘るのがポイント。粘って答えが返ってこなくても,その視点を贈ることに意味がある」という教えを思いだし,懲りずにその後もこの質問をした。
Aさんは徐々に,聞かれていることはわかる,まだちょっとわからないという反応に変わっていった。
さすがに毎回のように聞くのはどうかと思いだした頃,Aさんがうれしそうな顔で切り出した。
不妊治療をやめるつもりだと言う。
……治療をはじめてから息子と遊ぶ時間がとれなくなっていたが,久しぶりにゆっくり遊んだら息子が輝くような笑顔だった。
それを見て,自分の一番の望みが何かわかった。息子のためにと始めた治療だったが,今一緒に過ごすことが大切だとわかった……
Aさんは穏やかに語った。
どうやってわかったのかたずねると,茶目っ気ある表情で教えてくれた。
……カウンセリングで質問されたから。変わった質問だなと思ったが,何度も聞かれるので自分でも一番望むことは何だろうと日常で考えるようになった。そしたらはっと気づいた。……
Aさんとはその後数回お会いしたが,問題の話はすっかり影を潜め,自信も感じられる柔らかな笑顔で息子との時間について語った。
質問のインパクト
拙い展開でもこんなことが起こる。質問のインパクトは大きい。
我が子の輝くような笑顔は,Aさんにとってそれが自分の一番の望みであることを教え,自分がその望みに貢献してきていることを教えるものだっただろう。
これ以上エンパワーされるものはない。
これは子どもと遊ぶことを優先し不妊治療をしない方がいいという話ではない。
子どもの輝く笑顔を見て腹が決まり,この子のために治療を頑張りぬこうという決意となることもある。
また質問が功を奏したことには,「この質問について考えてみよう」と思ってもらえるだけのラポールを築いていたことなど他の要因もあるだろう。
だが質問しなければ,こんなことは起こらなかった。
自分の一番の望みとその望みに自分が貢献してきている事実を知ることは強い。
もちろんたどたどしい質問がいつも上手くいくわけでなく,腕はあげたいものだ。
質問を活用する対話については「とにかく練習・練習・練習!」と教科書にも書いてある。わたしも先輩方に「2〜3年は手足がもつれるよ」と言われたが,本当にそうだった。
わたしもまだまだだが,質問をする度にこちらが余計な助言をする必要がないことを確認する。清々しく,臨床の面白さを実感する時だ。
質問すると信じられるように!?
質問がClの力を賦活するものとして機能するにはClを自身の専門家として信じることが欠かせない。
でも逆に質問をすると,「ほんとにご自身のなかに答えがあるし,力がおありなんだな……」とより信じられるようになってくる。良循環が起こる。
キョンキョンじゃないけれど
その本を読みたくなるような書評を目指して十年間,たくさんの本に出会った。読み返すとその時々の悩みや不安や関心を露呈してしまっているようで少し恥ずかしい。
でも生きることは恥ずかしいことなのだ。私は今日も元気に生きている。(小泉,2015)
そうか,書くことも生きることも恥ずかしいことなのだ。
せっかくいただいた機会。
生きるのも悪くない,彼女たちがそう思えてくる連載を目指そう。
ケーキの箱のあのリボンのように。
※本連載の性質から文中の出典提示は最小限とさせていただき,以下に主要文献をあげますのでご参照ください。
文 献
- 정세랑 Chung Serang(2016)피프티 피플 Fifty people.(斎藤真理子訳(2018)フィフティ・ピープル[となりの国のものがたり01].亜紀書房.)
- Михаил Михайлович Бахтин Bakhtin, M. M.(1975)Вопросы литературы и .эстетики.Художественная литература.(新谷敬三郎・佐々木寛・伊東一郎訳(1988)ことば対話テキスト:ミハイル・バフチン著作集 8.新時代社.)
- De Jong, P. & Berg, K. I.(2012)Interviewing for solutions (4th ed.). Brooks/Cole Pubulishing.(桐田弘江・住谷祐子・玉真慎子訳(2016)解決のための面接技法[第4版].金剛出版.)
- Foucault, M.(1975)Surveiller et punir : Naissance de la prison. Gallimard.(田村俶訳(2020)監獄の誕生〈新装版〉—監視と処罰—.新潮社.)
- 伊藤弥生(2007)不妊治療における心理臨床にみる女性たち.In:園田雅代・平木典子・下山晴彦編:女性の発達臨床心理学.金剛出版,pp.155-166.
- 伊藤弥生(2022)未来のポジションから考える思春期へのブリーフ的支援.In:黒沢幸子・赤津玲子・木場律志編:思春期のブリーフセラピー こころとからだの心理臨床.日本評論社,pp.184-198.
- 伊藤弥生(2023)【特集 こころを支えるお仕事】嘘ではない希望と|-シンリンラボ創刊号.
- 伊藤弥生(2023)【特集生きづらさ再考!—こんな社会で生きてくために】いつか肩をたたきあう日まで|-シンリンラボ4号.
- 厚生労働省(2025)不妊治療と仕事との両立サポートハンドブック.
- 小泉今日子(2015)小泉今日子書評集.中央公論社.
- 小泉今日子(2023)♯118「いいじゃん別に人間!?子供時代のキャッチーなあだ名!」-ホントのコイズミさん
- 国重浩一(2013)ナラティヴ・セラピーの会話術.金子書房.
- 黒沢幸子(2024‐2025)臨床がうまくなる!浅くて深いブリーフセラピー.シンリンラボ.
- 溝上慎一(2008)自己形成の心理学:他者の森をかけ抜けて自己になる(世界思想ゼミナール).世界思想社教学社.
- Morgan, A.(2000)What is narrative therapy?: An easy-to-read introduction. Dulwich Center Publications.(小森康永・上田牧子訳(2003)ナラティヴ・セラピーって何?.金剛出版.)
- 中山元(1996)フーコー入門[ちくま新書 71].筑摩書房.
- 日本家族研究・家族療法学会編(2013)家族療法テキストブック.金剛出版.
- Pare, D. A.(2013)The Practice of Collaborative Counseling & Psychotherapy Developing Skills in Culuturally Mindful Helping. SAGE Pubulications.(能智正博・綾城初穂監訳(2021)協働するカウンセリングと心理療法―文化とナラティヴをめぐる臨床実践テキスト.新曜社.)
- Payne, M.(2006)Narrative Therapy (2nd ed.): An Introduction for Counsellors. SAGE Publications.(横山克貴・バーナード紫・国重浩一(2023)ナラティヴ・セラピー入門.北大路書房.)
- 集英社(2007-)「情報・知識&オピニオン imidas」
- Лев Семёнович Выготский Vygotsky, L. S.(1934)Мышление и речь. осударственное социально-экономическое издательство.(柴田義松訳(2001)思考と言語 新訳版.新読書社.)
伊藤弥生(いとう・やよい)
所属:久留米大学文学部心理学科
資格:公認心理師・臨床心理士
主な著書:伊藤弥生(2022)未来のポジションから考える思春期へのブリーフ的支援.In:黒沢幸子・赤津玲子・木場律志編:思春期のブリーフセラピー こころとからだの心理臨床.日本評論社.
伊藤弥生(2007)不妊治療における心理臨床にみる女性たち.In:園田雅代・平木典子・下山晴彦編:女性の発達臨床心理学.金剛出版.
趣味:ゆるめの「NO FASHION,NO LIFE」です。メガネにわりと凝ってます。






