村本詔司(神戸市外国語大学 名誉教授)
シンリンラボ 第40号(2026年7月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.40 (2026, Jul.)
影響力のある,あらゆる思想について言えることだろうが,ユング心理学(分析心理学)に対する関心も三種類が認められるようだ。第一の種類である実用的関心がもっとも普通であろう。ユング派の分析家による臨床実践が端的な例である。そのような専門的な営みでなくとも,ユング心理学の知見を借りて,自分の心や気になる対人関係を見つめ直したり,興味をそそる映画や小説,あるいは何かと話題になる社会・文化現象を解読したりする人は少なくないだろう。そこでのユング心理学は,いわばツール(道具)あるいは照合枠として機能しており,それが,吟味されないままに,さまざまな事象の理解,解釈,謎解きに応用されているにとどまっている。
第二の関心のもとでは,実用性や有用性は度外視されて,ユング心理学自体に関心が向けられる。すなわち,たとえば,この心理学はそもそもまともな科学と言えるか,むしろ,既成宗教が形骸化した現代社会での代理宗教ではないのか,かりに科学だとしても,物理学や化学,生物学などと同じ自然科学というよりは,むしろ,歴史学や文学研究などといった人文科学ではないのか,また,この心理学はどのような時代的背景のもとで登場し,その説得力はどのような社会経済的構造に支えられているのか,などといったことが問われる。こういった関心を抱く人は,心理学よりもむしろ心理学以外の分野(哲学,宗教学,社会学,物理学など)の学生や研究者たちである。しかも,特にユング心理学はそういったタイプの関心をもたれやすい心理学であるように思われる。
ユング心理学に対する第三のタイプの関心は,その創始者であるユングの人物と人生そのものに向けられる。彼の祖先にはどのような人がいて,どのような家柄に生まれ,どのような家族生活を送り,どのような環境と時代を生き,どんな本を読み,どのような人々と交わり,そこでどのように振舞ってきたか,そして,そうしたこと一切が彼の人格と思想の形成にどのような役割を果たし,あるいは,どのような偏りを生み,その一方で,彼が構築した独自な心理学が世の中でどのように機能してきたか,そして,彼の思想が生前及び死後にどのように変容してきたか,等々が関心事となる。
筆者はどちらかと言えば,第三の関心でユング心理学に関わってきた。この心理学についての一応の展望を得るうえで何よりも勧められるのがいわゆる『ユング自伝』である。半世紀以上前にみすず書房から出版されている。ただし,英語訳からの重訳という問題を抱えており,ユングの真意が正しく日本語で伝えられているのかどうかが,どうしても気になってしまう。さらに,ユングの死後,『赤の書』その他の,生前は未発表だったセミナーや書簡などが続々と出版されてきている。そのため,今日,ユングに関する歴史的研究が活況を呈しており,ユングをめぐる風景がかなり変貌してきている。最近,元のドイツ語版から改訳され,元の題で出版された『回想・夢・思索』は,そうした状況を踏まえて,訳の正確さを期し,監訳者による詳細な訳注と年表,文献ガイド,厚みのある解説を含んでおり,今後のユング研究に欠かせない。
伝記を含めて多くの専門的なユング研究の論文と書物が何よりもこの本に依拠して書かれてきた。だが,その成立事情から言えば,この本がはたしてユングの「自伝」であり,信頼するに足る一次資料と言えるかどうかは怪しいということが,今日のユング研究者の間での常識になろうとしている。というのは,本書は,編者とされる,ユングの秘書で元患者,分析家のアニエラ・ヤッフェが,彼の承認を得ながらではあるが,彼の著作を使いながら,自伝の形をとった一種の文学作品にまとめ上げたものだからである。そのテキストのどの箇所での語り手が,ユングとヤッフェ,さらには,ユングの第一人格と第二人格のどちらであるかは,実際には,見分けることが不可能であろう。歴史と物語の区別の彼方を指し示している点で,それはそれで興味深い。
ユング心理学はしばしば,すでに自己完結していて神秘的な雰囲気さえ漂わせがちである。しかし,この本では,幼年期から死を目前に控えた執筆時点に至るまで,それが常に生成途上の心理学として語られている。ユング心理学なら十分に通じていると思い込んでいる読者にとっては,自分の理解の程を確かめるチャンスとなろう。読者は,巷でわかりやすく紹介されているユング心理学をいったんは括弧に括って,この本で描かれるユングの人生航路を追体験しながら,彼の心理学が形成されるプロセスを共にすることが期待される。ただし,何らかの事情があってのことであろうが,本では語られないままになっていてその後明らかになってきている諸事情(たとえば,交霊会の裏事情,彼の妻以外との女性たちとの関係,ナチス・ドイツとの関係,思想史的背景など)がある。読者はこれらを記した訳注や解説などで本文を補いながら,読み進めてゆけばいい。ひょっとすると,今まで思いもよらなかった新たなユングの実像が浮かび上がってくるかもしれない。つまり,読者は,歴史的研究の面白さをこの本で経験することになるのだ。
心理学と歴史学が無関係だと思い込んでいる心理学者は今も少なくないかもしれない。しかし,ある意味で,こうした歴史的研究の作業は,ひとりひとりのクライエントとじっくり付き合い,その生活史(人生物語り)を聞かせてもらい,その人物像をいっしょに組み立てなおしながら,結果的にクライエントの生き直しを援助してゆく臨床家の仕事とそれほどかけ離れていないのではないだろうか。実際,ユング自身,この本で,「歴史なしに無意識心理学はありえない」と言っているのだから。
どのセラピストに会うかによってクライエントのその後の人生が異なりうるように,誰がいつどのように読むかによって,浮かび上がってくるユングの実像と思われるものも,ずいぶん違ったものになってくる。人間理解やテクストの読みは,各自の関心,教育的背景あるいは訓練のあり方,歴史・社会・文化的要因などに影響されているはずだ。自分の理解や読みを規定しているこうした要因に気づき,考慮に入れることで,それらのレベルはより深いものになってゆくだろう。筆者は,本書の具体的な内容にあえて詳しく立ち入ることを避けた。それは,実際に読んでのお楽しみである。
村本詔司 (むらもと・しょうじ)
神戸市外国語大学名誉教授。立命館大学客員協力研究員。
The Editorial Board Member of the Journal of Humanistic Psychology
主な著書:『ウルス・アップの近世西洋仏教発見史』(単著,禅文化研究所,2022),『ユングとゲーテ』(単著,人文書院,1992),『ユングとファウスト』(単著,人文書院,1993),『Awakening and Insight : Zen Buddhism and Psychotherapy』(共編著,Routledge,2002),『心理学と宗教』(単訳,人文書院,1989),『ツォリコーン・ゼミナール』(共訳,みすず書房,1991)他多数。











