馬場絢子(奈良女子大学)
シンリンラボ 第39号(2026年6月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.39 (2026, Jun.)
1.ディック・ブルーナとうさこちゃん
特段読書家でもなく,もっぱら電子書籍派の私の蔵書は僅かであるが,その中に,確かに「人生を共にしてきた」と言える作品がある。正方形に印象的な色遣いが目を惹く絵本,ナインチェnijntjeシリーズである。
オランダのグラフィックデザイナー,ディック・ブルーナDick Bruna原作のナインチェは,日本では「うさこちゃん」または「ミッフィー」の名で親しまれている。ディック・ブルーナがもつ色彩感覚やシンプルへの挑戦,シリーズに通底するこどもへのまなざし,リズミカルなテキストなど,うさこちゃんの魅力は語りきれない。本稿では,シンリンラボの読者にぜひおすすめしたい一冊,『うさこちゃんの だいすきな おばあちゃん』(福音館書店)をとりあげ,その内容に焦点を当てて紹介させていただきたい。
2.お別れの共有
本書で描かれるのは,幼いうさこちゃんが初めて体験する死別である。大好きな祖母を亡くしたうさこちゃんは,落涙する。そして,祖母の死を悼むのはうさこちゃんばかりではない。祖父をはじめ,大人たちもみな,大粒の涙を流すのだ。
もう だれも おばあちゃんを みることは できません。
おばあちゃんは これから ずっと しずかに やすむのです。
死とはどういうことか。死別とはどのような体験か。うさこちゃんの目や心を通じて,本書は丁寧に伝えている。
ヘビーなテーマを扱いながらもどこかあたたかいのは,このお別れが家族と共有できるものだからであろう。ブルーナの絵本で用いられる色は,感情や生活体験と結びついた6色(赤,黄,緑,青,茶,グレー)のみである。このうち,本書の前半では,背景色に赤が採用されている。ブルーナにとって赤は,あたたかい家族の色である(KADOKAWA, 2015)。お別れは悲しいことだが,その悲しみは家族で共有することができる。今までうさこちゃんの前で泣いたことがなかった大人たちまでもが涙している光景は,うさこちゃんの深い悲しみを「誰もが感じる一般的な反応」としてノーマライズしている。父による弔辞が,うさこちゃんにも分かる言葉で述べられることからも,子どもが疎外されず,悲嘆の輪に入れられている様子がうかがえる。
そして,美しい柩のやわらかい内側に静かに寝かされた祖母は,静かな森の「こけの おふとん」の下に埋葬される。亡くなった祖母が大切に弔われていることがうかがえる言葉選びも,本書の魅力である。
3.故人との関係性を紡ぎ直す
物語は後日談で締めくくられる。うさこちゃんは,その後もときどき墓前に通い,祖母が愛した花を手向ける。祖母に呼びかけ,聞いてくれている祖母を感じとるのである。
喪失を体験した際に生じる悲嘆については様々なモデルが存在するが,ここでは意味再構成モデル(Neimeyer, 2001)に言及したい。意味再構成モデルは,構成主義の立場に基づき,喪失により揺るがされた自己のナラティブの再確認・再構成を軸とする(Neimeyer, 2016)。そのためには,死別という出来事そのものの意味を探究するのに加え,故人とのこれまでの関係性に焦点を当て新たなつながりを見出すことが重要となる(Neimeyer et al., 2014)。すなわち,このモデルにおける故人とは,手放したり断ち切ったりする対象ではなく,つながりを維持していく対象なのだ(e.g., Neimeyer, 2006)。
生前の祖母は,庭を花でいっぱいにしてうさこちゃんを迎えてくれた。これからはうさこちゃんが,祖母の眠る墓を花でいっぱいにするのだ。そんなうさこちゃんの声を,祖母は聞いてくれている。それが,うさこちゃんが紡ぎなおした,祖母との新しい関係性なのだろう。
4.ディック・ブルーナが描く喪失
本書について,ブルーナは以下のように述べている。
死ぬということは人生の一部だと思っています。それも非常に重要な事柄だし,誰も避けて通ることができない。それを子どもも知るべきだと思います。(MOE編集部,2017)
愛する人との別れは悲しいことです。でも,あなたの人生はこれからも続いていくんだよ(森本,2015)
ブルーナは死をタブーとはしない。まっすぐに描いた上で,子どもたちにあたたかいメッセージを伝えてくれる。
ところで,ブルーナが描く涙は,基本的に1粒である。シンプルを極めたブルーナにとって,「それが最も悲しみを表現している」からである(KADOKAWA, 2015)。そんなブルーナの作品にしては珍しく,本書に登場するうさこちゃんは2粒の涙を流している。そしてもう1作品,2粒の涙を流すうさこちゃんを紹介したい。“my best wishes to Japan”というメッセージが添えられたそのイラストは,東日本大震災に寄せて描かれたものである。ブルーナは2粒の涙で,世界中の子どもたちと喪失に寄り添っているのだ。
5.ディック・ブルーナとわたし
私の研究テーマは,家族関係におけるケアであり,特に高齢の家族の介護に焦点を当ててきた。その歩みのなかで,看取りという喪失,認知症というあいまいな喪失など,様々な喪失を身近に感じてきた。また,2024年に発生した能登半島地震では,被災県の心理職(当時)として,人・街・暮らしなどの予期せぬ喪失を目や耳にすることとなった。喪失の最中で揺るがされながらも日々を生きている心に,心理学者は,心理職は,どのように関われるだろうか。『うさこちゃんの だいすきな おばあちゃん』は,そんな手がかりを与えてくれる本でもある。
ブルーナ自身の訃報を受けたのは,2017年2月のことであった。物心ついて初めて手にしたぬいぐるみがうさこちゃんだったわたしにとって,大きな喪失体験であった。当時大学院生だった私も大学教員になり,今年度はブルーナ没後10年となる。奇しくもこのタイミングで本コーナーに寄稿させていただくこととなり,夏には国際学会のため初めてオランダを訪れる予定である。その際には,我が家で最も古株のぬいぐるみにもご同行いただく所存である。
ブルーナ没後もうさこちゃんの人気は止まるところを知らず,グッズ展開は豊富さを増すばかりである。究極に洗練されたデザインの魅力が人口に膾炙しているのは,大変喜ばしいことである。しかし,ビジュアルのみならず物語に込められたブルーナのあたたかいまなざしにも気づいてほしい,というのが,面倒くさいオタクの願いである。
文 献
- KADOKAWA 編(2015)ディック・ブルーナ:夢を描き続ける力.KADOKAWA.
- MOE編集部 編(2017)MOE特別編集:ブルーナが語るミッフィーのすべて.白泉社.
- 森本俊司(2015)ディック・ブルーナ:ミッフィーと歩いた60年.ブルーシープ.
- Neimeyer, R. A. (Ed.).(2001)Meaning reconstruction & the experience of loss. American Psychological Association.
- Neimeyer, R. A.(2006)Bereavement and the quest for meaning: Rewriting stories of loss and grief. Hellenic Journal of Psychology, 3; 181-188.
- Neimeyer, R. A., & Thompson, B. E.(2014)Meaning making and the art of grief therapy. In:B. E. Thompson & R. A. Neimeyer (Eds.): Grief and the expressive arts: Practices for creating meaning. Routledge / Taylor & Francis, pp.3-13.
- Neimeyer, R. A.(2016)Meaning reconstruction in the wake of loss: Evolution of a research program. Behaviour Change: Journal of the Australian Behaviour Modification Association, 33 (2); 65–79.
馬場絢子(ばば・あやこ)
奈良女子大学 研究院生活環境科学系 臨床心理学領域
資格:公認心理師・臨床心理士
主な著書:『ライフキャリアを支える心理職の仕事』(分担執筆,創元社,2026年)










