末木 新(和光大学)
シンリンラボ 第38号(2026年5月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.38 (2026, May.)
学生には常々「学ぶこととは,世界の見え方が変わることである」と言っている。私の本棚を見返すと,私自身のものの見方を変えてくれたと感じる本が多数ある。読者のものの見方を変えてくれるであろう機能を持つような本は色々とあるように思われるが,ここではウイリアム・R・ミラーとステファン・ロルニックの『動機づけ面接法―基礎・実践編』を取り上げさせていただきたい。
動機づけ面接は,文字通り,対話相手に何らかの行動を引き起こすための対話技法及びその背景理論である。本書は著者らが開発した動機づけ面接を体系的に説明した最初の書籍であり,その有用性から,その後も多数の続編が出版されている。関連書籍は多数出版されているが,技法が使用されている対話の様子を見るためには,原井宏明先生監修の「動機づけ面接トレーニングビデオ【導入編】【応用編】」を参照するのが手間も少なくお手頃であろう。私自身が動機づけ面接に出会ったのは,強迫性障害を抱えたクライアントに曝露反応妨害法を導入しようとしたものの,それが上手くいかずにもがいていた時である。本書を読み,原井宏明先生の面接の様子をDVDで何度も見て,どうにか真似をしようとしたのも懐かしい思い出である。
動機づけ面接はそもそも臨床の現場で実践知として開発されたものであり,当然のことながら,我々が一般に不適応だとか病気だとか呼ぶような状態(例:強迫性障害)にあるクライアントに,適応的で健康的な状態になってもらうための行動(例:曝露)を実行してもらうために役立つものである。そのような臨床的有用性を有することは当然のことであり,動機づけ面接の効果については一定のエビデンスが存在する。具体的には,アルコール使用障害への介入技法としてそれなりに堅牢なエビデンスがあり,それ以外にも,生活習慣(例:喫煙,肥満,運動)の改善のための対話技法として有用だという結果が存在する。
興味深いことに,本書には,動機づけ面接の理論や技法は臨床的有用性を持つのみならず「悪用することも可能なので,注意をするように!」という趣旨の但し書きがついている。筆者は,本書を読んだ当初はこの注意書きにはあまりピンときていなかった。「悪用とはどのようなことだろうか……。動機づけ面接は,確かに,ある種の行動を対話相手に動機づけることはできる。しかし,どう考えても,対話相手にどのような行動でも実行させることができるような魔法の杖ではない。せいぜいが,葛藤状態にある相談者の中にある動機づけの種を育てて花を咲かせるようなものであり,種がない状態から種を植え付けるようなことはできない。それでは,悪用するとはどういうことだろうか……。」
本書を読んでものの見方が変わった結果,残念なことに,確かにこうした対話の技術が悪意の元に用いられることによって,「随分な事態」が生じるのだということを実感する出来事がいくつかあった。動機づけ面接の理論と技法を知らなければ,そんなことが技術的に可能なのだということにも気づかなかったが,せっかくの機会なので,動機づけ面接の「可能性」について一例を具体的に論じておきたい。
筆者はその専門の都合上,自殺に関する様々な記録/データに触れさせていただく機会がある。ある時,死にたいと思いながら自殺は様々な理由でできないので,殺して欲しいと他者に嘱託殺人を依頼した人とされた人との対話記録を目にする機会があった。その事案は最終的に(嘱託)殺人に至ってしまった事案であったが,依頼から(嘱託)殺人に至るまでの対話記録を閲覧し,筆者は戦慄した。そこで生じていたコミュニケーションが,ほとんど完璧に動機づけ面接の理論に沿った形で推移していたからである。
死にたいと願う者は死のみを考えているわけではない。実際には,様々な葛藤があり,生と死の間を揺れ動いていることが多い。ある瞬間に高まった自殺念慮も,常にその高さが続くわけではなく,波があることが通常である。動機づけ面接の理論によれば,その生と死の葛藤を明確化し,矛盾を拡大した上で,抵抗を手玉にとりながら戦略的な共感を行い,自己効力感を援助することで,生か死かの意志決定を促進することができる。
そして,これは,どちらの方向にも応用可能である。生と死の狭間で揺れる者に対し生の意義や死の問題に戦略的に共感をし,抱える困難を解決するための具体的な方策を一緒に考えながら生に向けた自己効力感を高めれば,生きる方向へと動機づけることができる。一方で,死の意義や生の苦しさに戦略的に共感をし,具体的な死の方法を提案・提供して死に向けた自己効力感を高めれば,生を終わらせる方向へと動機づけることができる。
通常の自殺予防のための危機介入事業であれば,前者の戦略に則った対話が実行される。心理職をやっていれば,前者のような対話記録を目にしたり,自分自身で実践したこともあるかもしれない。前者が可能であることは,我々が体験的にも理解できるものである。しかし,我々の通常の業務の中で,後者(死に向けた意志決定のためのコミュニケーション)を目にすることはない。もちろん,自分自身で実践したことがある者も皆無だろう。理論的には可能であることは理解できても,実際に死にむけた意志決定支援が動機づけ面接によって可能であることを目にした衝撃は非常に大きなものであった。「悪用することも可能なので,注意をするように!」という警告にどこまでの事態が想定されていたのかは不明であるが,このような使用方法は間違いなく可能である(もちろん,私が目にした対話の主体は動機づけ面接の理論を知らなかったであろうし,その対話は偶然に発生したものだっただろうが)。
現在,いわゆる安楽死(積極的安楽死や医師幇助自殺)が合法化される傾向は世界的に見ても加速している。こうした死が最も多いカナダやオランダでは,既に全死亡の約5%が安楽死となっているようである。安楽死の実行プロセスは様々であるが,当然,どのような国・地域であれ,当事者の主体的な意思決定は重視されており,確認のために専門家との対話が必要な国・地域がほとんどである。しかし,他者との対話が「主体的な」意思決定にどのようにして影響を与えるかということに関する知識がなければ,そのプロセスが公正なものであったか否かは評価できない。増大する社会保険コストを抑えるために,高齢者に動機づけ面接を施し,「主体的な」意思決定を通じて安楽死を促進するといった使用方法は,間違いなく技術的に可能である。
学ぶこととは,世界の見え方が変わることである。本書の提示する動機づけ面接に関する知識の有無は,安楽死の見え方にも大きな影響を与えるものであろう。
末木 新(すえき・はじめ)
和光大学 現代人間学部 教授
公認心理師・臨床心理士
主な著書:『自殺学入門―幸せな生と死とはなにか』(金剛出版,2020),『シン・自殺論』(金剛出版,2025)










