私の本棚(17)『プチ哲学』(佐藤雅彦)|野村れいか

野村れいか(九州大学)
シンリンラボ 第17号(2024年8月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.17 (2024, Aug.)

座右の書となっているお勧めの本を紹介する,というテーマで本コーナーの依頼を受けた時,瞬時にいろいろな本が思い浮かんだ。大学時代の恩師が授業で教科書として使用していた丸田俊彦先生の『サイコセラピー練習帳─グレーテルの宝捜し』(岩崎学術出版社,1986)は,それまで実験や統計法など基礎心理学を中心に学んできた私にとって,刺激的であり,ワクワクしながら読み進めたのを覚えている。『子どもの心に出会うとき─心理療法の背景と技法』(金剛出版,1996)や『臨床心理学と〈生きる〉ということ』(日本評論社,1997)など,村瀬嘉代子先生のご著書も大学時代に読み漁り,村瀬先生の下で学びたいと思い,大正大学の大学院を受験したこともあった(見事に落ちましたが……)。精神科病院で勤務した際に当時の院長からいただいた中村哲先生の『天、共に在り─アフガニスタン三十年の闘い』(NHK出版,2013)や青木省三先生の『こころの病を診るということ─私の伝えたい精神科診療の基本』(医学書院,2017)も捨てがたい。

本棚を眺めては,一冊に絞ることができずに数日が過ぎた。あれこれ考えている時には決められなかったのだが,そろそろ締切がやばいなと焦り始めた時にふと,そうだ,この本にしよう! と決めて手にとったのが今回紹介する『プチ哲学』である。

専門書でもなく,小説でもない。著者がまえがきに書いているように「解説付きの漫画」である。私の手元にあるのは2000年7月に発行された第三版であり,表紙や裏表紙は茶色の斑点がつき,「なるへそ! の集大成」と書かれた帯はヨレヨレですっかり古本である。24年前に購入した本書は今,研究室の本棚で心理学の専門書とともに,しかもすぐに手の届くところに置かれている。

「ちょっとだけ深く考えてみる─それが,プチ哲学」

本書は「不変」「想像力」「価値のはかり方」など31のテーマが扱われている。1つのテーマにつき,見開き2ページでタイトルと解説付き漫画が描かれており,気楽に読み進めることができる。著者自身も前書きで「むずかしく考えず気楽に楽しく読んでもらえたら」,「そして気に入ったテーマがあれば,ちょっとだけ深く考えてみて」と述べており,タイトルである『プチ哲学』を上記のように表現している。

24年前にこの本を手にとったのは,修士課程を修了した後,1日4時間×週2日スクールカウンセラーとして働き始めた頃である。当時スクールカウンセラーは現在のように全校配置ではなかったし,その学校にとって私が初めてのスクールカウンセラーであった。

スクールカウンセラーを身近に感じてほしい,気軽に「こころの教室」に来てほしいという思いから,「こころの教室便り」を毎月発行することにした。自分自身のことや対人関係で思い悩むことも多く,多感な中学生に“こころ”に関することをわかりやすく伝えたい。「ほんの少し見方を変えるだけで気持ちが変わることもある」,「こんな考え方もあるのか!」,といったようなことを深刻になりすぎずに,さらりと紹介したい。説教っぽくなったり押しつけがましくなったりするのも嫌だし,難しいのも何だか違う。何かを伝えたいという思いはありつつも,自分ではうまく言葉にして伝えることができずにいた時,本書と出会い,「これだ!」と思った。こころの教室に本書を置くと同時に,気軽に読めるが,個々の状態に応じて何かを感じ,考えるきっかけになれば良いなと思い,「こころの教室便り」の中で本書の『「弱点の有効利用」ということ』や『結果と過程』等のテーマを引用し,紹介した。

その後も研修会や授業の中でたびたび本書の内容を紹介し,自分では端的に表現できないことやうまく伝えられないことを私に代わって本書が伝えてくれたように思う。

本書を知らなくても,「だんご3兄弟」の曲やNHKで現在も放送中の「ピタゴラスイッチ」,「0655」や「2355」を知っている読者は多いのではないだろうか。本書は「だんご3兄弟」や「ピタゴラスイッチ」を生み出した佐藤雅彦先生の本である。ピタゴラスイッチは子どもだけでなく,大人がみても楽しめる番組だし,「大人のピタゴラスイッチ」が一時期放送されていたと記憶している。それらの番組のエッセンスと本書は共通するものがあると感じる。気楽に視聴できる(読むことができる)のだけれど,よく見るといろいろな仕掛けや工夫がされていて,それまで自分が“常識”,“当たり前”だと思っていたことが思い込みであり,狭い見方になっていたことに気づかされる。

私の手元にあるマガジンハウス版では,31のテーマに関する漫画の後,漫画家の中川いさみ先生とのプチ対談が掲載されている(現在は中央公論新社から文庫版として出版されており,「プチ哲学的日々」という書下ろしが加わっているようです)。「こういうふうに考えることが面白いということを一緒に話していけたら」という佐藤先生の言葉を機に対談は展開していく。二人の語りは漫画やCM作りなどクリエイティブな活動・仕事に関することについてである。何かを新たに創り出していくことと相手の話に耳を傾け,本人の適応を支えていく心理職の業務は全く別のもののように見えるが,対談で間接的に語られている“間”や“ユーモア”,ものの見方やとらえ方は心理支援においても共通することであり,大切なことのように感じる。

今でも考えがまとまらなかったり,行き詰ったりした時,本書を読むと何かしらのヒントが得られ,「まあ仕方がない」と肩の力が抜ける感覚がある。こうして書いてみると,私は24年前スクールカウンセラーとして初めて臨床現場に立った時から今もなお,本書のお世話になっており,まさしく座右の書であることに気づいた。

読む時の自分の状態によって,こころに響く,刺さるテーマが異なるのも,本書の面白いところである。「うっかり電池くんの証明法」,「プッチンプリンの法則」など興味をひくタイトルがついているので,ぜひ皆さまも一度手に取って,今のあなたが“ちょっと気になる”テーマは何か,試してほしい。なぜそのテーマに引っかかる(気になる)のか,ちょっとだけ深く考えてみると新たな気づきがあるかもしれない。

+ 記事

野村れいか(のむら・れいか)
所属:九州大学大学院人間環境学研究院講師
資格:公認心理師 臨床心理士
主な著書:『病院で働く心理職:現場から伝えたいこと(編著,日本評論社,2017)

目  次

コメントを書く

あなたのコメントを入力してください。
ここにあなたの名前を入力してください

過去記事

イベント案内

新着記事