こうしてシンリシになった(40)シンリシになるつもりは,そもそもはなかった|元永拓郎

元永拓郎(帝京大学)
シンリンラボ 第40号(2026年7月号)
Clinical Psychology Laboratory, No.40 (2026, Jul.)

宮崎県出身の私は,高校までは,純粋の理系で,生物学を志していました。世界史や地理も好きでしたが,人の気持ちは,予測できず,あいまいで,時にこちらに迫ってくるもののように感じていました。

そんな典型的な理系であった私ですが,生物学でも,当時はやりの遺伝子操作とか遺伝学的なものは好きではなく,遺伝子という設計図で生きもののあり様が決まるという考え方は,信じられませんでした。生きもののあり様は,いろんなものの影響で異なってくる,そこに面白さがあると,漠然と考えていたように思います。大自然の中をフィールドワークする生物学者なんていうのもよいかもと,漠然と考えていました。

そんな私が出会ったのが,大学2年次の知的障害の人の通う「共同作業所」でした。地域にある仕事の場である通所施設ですね。その働く人たちの週末の余暇の時間ということで,散歩したり,料理したり,ゲームしたりと,一緒に活動する場を作るということで,学生ボランティアとしてかかわりました。そこに通う知的障害の人たちが,人懐っこくて愛嬌がある人もいれば,警戒してなかなか人を近づけない人もいたり,個性的でした。

そのような活動をする中で,どうも実験室で実験データや試料と向き合っている研究者よりも,世の中に出かけていって活動(フィールドワーク)する方が,自分にはあっている,自分の心や身体が求めていると,強く思うようになりました。大学を再受験することも考えたのですが,受験するならかなりのエネルギーも使うので厳しいかなと悩んでいました。そんな時,今から考えれば無謀ですが,ある教授の先生の部屋を突然ノックして訪問し,迷っていることを一気に語ってしまいました。その先生は,しっかりと話をきいてくれて,「僕が君の話をきいて思うのは」という言葉に続けて,保健学科(当時,現「健康科学科」)の話をしてくれました。

そうかということで,さっそく保健学科に行っていた友人に話をしに行って,一緒に大学院入試の勉強をしようということになり,語学とヘルスサイエンスの勉強を始めました。といっても,ヘルスサイエンスの教科書は当時なかったので,看護学の教科書を必死に勉強しました。保健学科でもどの教室に行くか悩みましたが,フィールドワーク,そして障害者が関係するところということで,精神衛生学教室(当時,現「精神保健学教室」)に行くことを決め,どきどきしながら,当時の教室の主任教授である佐々木雄司先生に電話をしたところ,「おもしろいなー」といって,話をしに行くことになり,「いろんな人に来てほしいんだ」という話となり,大学院からは,精神衛生学教室に行くことになりました。

佐々木雄司先生は,精神衛生活動が専門で,地域で精神障害者をどのように支えるかを実践として追及する,フィールドワーカーでもあり,シャーマニズムの専門家でもありました。精神科医でしたが医師らしくなく,地域で生活するシャーマンはもちろん,地域の民生委員,市井の人々の力を尊重し,そこから謙虚に学ぶ姿勢を持っていました。

また,先生の行う講演にも何度も一緒に行きましたが,佐々木先生の講演は,成功例ではなく,失敗例を挙げ,その反省から,何が地域活動にとって必要か,という話を繰り返しされていました。そして,失敗例から自ら学ぶという話に,地域の人々が,とても生き生きしながら声をかけ,そして先生が,皆さんの力があるからこそ,精神的な病を持っている人が,地域で生活していけると,声をかけていました。先生は自らを「地域屋」と呼んでいましたが,地域屋の神髄を感じました(佐々木,2002)。

私は,大学院生の時から,大学受験予備学校で精神保健のカウンセラー(生活カウンセラー)として,心理面での相談に取り組む活動を行ってきましたが,佐々木先生は,予備学校を,ひとつのコミュニティとして捉えて,そのコミュニティに対してメンタルヘルスサービスを展開するという考え方を提示しました。当時の予備校の課長(後の部長)が,飲み会の席で,「先生,個別の面接はもちろん,予備校生全員を対象とするんですよ」と何度も語っていて,佐々木先生の考え方が,現場のキーパーソンに伝わり,そして実際に動き始めることを,実感しました。

このように,個室の中で相談と,学校全体を対象とした活動とを,どのように一体的に行っていくかが,予備校での活動では重要となりました。当時は,まだスクールカウンセリングが制度化されていない頃でしたので,モデルがない中で模索しながら一歩一歩進んでいました。結局この予備校での活動は,現在まで続けていて40年を迎えています(元永・早川・中野,2026)。

このような個別相談とコミュニティ(生活の場)での活動を有機的につなぎながら展開する方法を何とか理論的に整理したいと考え執筆したのが,遠見書房から発刊した『サイコセラピーは統合を希求する』(元永,2021)です。サイコセラピーは,そもそも統合的な性質を帯びざるを得ず,そこにはコミュニティの動向とも相互に交信しあうことを論じました。統合的に面接しているという方は多いと思いますが,その統合の方法について,さまざまなまなざしがあることを認識するきっかけとしていただければと思います。

こんな風に書いていると,すんなりとシンリシの道が進んでいるようにもみえますが,決してそんなことはありません。そもそも予備校の臨床実践は,無資格での活動でした。臨床心理士を取ったのは,後になってからです。精神衛生学に基づく実践は,精神医学の影響もあり,公衆衛生学も学び,保健師や看護師の実践も参照にし,福祉学的なソーシャルワーク的な方法も学びといった風に,臨床心理学も含めたさまざまな学問の影響を受けました。そして,自分は果たして何者なのか,将来はどこに向かっていくのか,という,アイデンティティが揺れる20代でした。ですので今でも,資格というものへの懐疑というか,資格はあくまで入口であり,その人がどのように専門性を持ち,専門職性(プロフェッショナリズム)を確立していくかが重要であると思っています。

「私は何者なのか」という問いは,その後も形を変えて現れました。法律を学んだのも,制度を考えたのも,コンピテンシーを整理したのも,結局は同じ問いだったのかもしれません。資格を含む心理支援にまつわる法律や制度を問い,「シンリシとは何か」という問いへの答えを探しました。この営みから法律関係の本がまとまり,幸運にもロングセラーとなっています(津川・元永,2016)。また,公認心理師のカリキュラムでは法制度に関する科目『関係行政論』が設定され,それまでの法律関係の学びを生かして教科書を編集発刊することになりました(元永,2020)。

この本のエピソードを一つ。公認心理師が関係しそうな法律や制度を多様な執筆者に執筆してもらい,その法律群の元になるのが日本国憲法であるということで整理しました。そしてこの本の終わりのところで,公認心理師の活動は,日本国憲法でうたわれているところの個人の尊重や人権を守ることを具現化するためにある,とまとめ,法律監修を頼んでいる黒川達夫先生に全文を読んでいただいた時のことです。黒川先生は,法律家も書けない法律の趣旨を大切にした実践に基づく内容を書いてくれていてうれしい,というお褒めの言葉と同時に,心理支援とは,日本国憲法の理念を具現化するという整理もあるだろうけれど,心理職ならではの考え方や大事にしていることもあるのでは,とふとおっしゃられました。

私はこの言葉を聞いてはっとして,そして,うまく言葉にできない自分がいることに気づきました。これは,シンリシの専門性に対する根本的な問いでした。さっそく私は,その教科書の最後のページに,シンリシの本質に関する姿勢について,苦労しながら書き加えました。でもうまく語れていないことに直面し,専門性や専門職性とは何かについて,ずっと考え続けることになりました。

その問いは,公認心理師という国家資格が,世の中に広がっていく中で,私たちがどうしても説明しなければならない問いでした。もちろん,それぞれのシンリシが自分の実践に基づいて自分の言葉で語る必要があると思いますが,語るための手がかりとしての考え方は整理する必要があると考えました。その考え方が,日本公認心理師協会が掲げる『コンピテンシー・モデル』です(日本公認心理師協会,2022)。そして,その専門性について深く考えるための書籍も出版しました(元永,2025)。

公認心理師の専門性をどう段階的に深めていくか,その研鑽の枠組みの提示は必要と思います。日本公認心理師協会は専門認定制度を整えました。各人の職業的発達は,それぞれが自ら考えていくべきものと思いますが,考える上での目安のようなものは必要と思います。その目安や手がかりとして,上記の専門認定制度が整えられたということです(日本公認心理師協会,2022)。

専門認定制度は整いましたが,実際にどのように自分の臨床実践の人生を歩むかは,さまざまでしょう。私も,山あり谷ありの歩みの途中です。まだまだ至らないこと,苦手な臨床場面もあります。でも,その歩みをがつがつ進めず,ゆるりと散歩するように,自分のペースで,時に休みながら,お茶してほっと一息つきながら,足を進めたいものです。

シンリシの歩みも,散歩のようなものかもしれません。目的地に向かって一直線に進むというより,道草をしながら,時に立ち止まりながら歩いていく。その途中で,出会いがあり,自分自身とも出会い直していく。私はシンリシになったというより,人との出会いの中で,シンリシになっていったのかもしれません。(元永,2026)。

文  献
  • 元永拓郎(2020)関係行政論(公認心理師の基礎と実践 第23巻【第2版】).遠見書房.
  • 元永拓郎(2025)心理職のコンピテンシーとは何か.誠信書房.
  • 元永拓郎(2026)歩くと心が軽くなるのはなぜかー散歩の心理学.筑摩書房.
  • 元永拓郎・早川東作・中野良吾(2026)受験期のこころを支える 大学受験カウンセリング.金子書房.
  • 日本公認心理師協会(2022)コンピテンシー・モデル.https://www.jacpp.or.jp/pdf/competency_model_jaccp.pdf
  • 日本公認心理師協会(2026)認定専門公認心理師.https://www.jacpp.or.jp/qualification
  • 佐々木雄司(2002)生活の場での実践メンタルヘルスー精神衛生学体系化へのチャレンジ.保健同人社.
+ 記事

元永拓郎(もとなが・たくろう)
帝京大学文学部心理学科教授
資格:公認心理師・臨床心理士,日本公認心理師協会認定専門公認心理師
宮崎県宮崎市出身。東京大学理学部生物学科卒,東京大学大学院医学系研究科保健学(精神衛生学)専攻博士課程を経て,博士(保健学)。駿台予備学校生活カウンセラー,日本外国語専門学校生活カウンセラーとして活動。1997年より帝京大学医学部精神神経科学教室助手(心理)を経て,2001年より帝京大学文学部心理学科に勤務。2013年より現職。公益社団法人 日本公認心理師協会会長。
主な著書:『受験生,こころのテキスト』(共著,角川学芸出版,2006),『新しいメンタルヘルスサービス』(単著,新興医学出版,2010),『サイコセラピーは統合を希求する』(単著,遠見書房,2021),『心理職のコンピテンシーとは何か』(単著,誠信書房,2025),『歩くと心が軽くなるのはなぜか』(単著,筑摩書房,2026)など
趣味:ランニング,散歩

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